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【 リストラの大地 その1 】 [鉄鋼]

【 リストラの大地 その1 】

中国製鉄業のリストラが厳しく断行されています。

http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM17H5L_X10C16A8FF2000/?dg=1

でもその割には、同国の鉄鋼生産量は減少せず、輸出量も減っていません、少し不思議ですが、生産量・出荷量を維持しながら、人員と設備の削減を実行できるなら、本当の意味でのリストラと言えます。 まあ、元々、中国の鉄鋼業は人が多すぎたので、経済合理性から考えれば人員削減は避けられない事だったのですが、これによって地方都市の製鉄所に勤めていた多くの人が「鉄椀飯」を失うことになります。

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「鉄椀飯」とは国営企業や大企業に勤める人が一生食いっぱぐれが無いことを、民間企業に勤める人が、少しやっかみを込めて語る時の表現です。

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もともと、中国ではお上(中央政府)からの通達をいかにうまくすり抜けるかが、下々(地方政府から庶民まで)の知恵とされていました。

「上に政策あれば、下に対策あり」なんて言葉がまるで諺のように語られています。

だから、これまで中央政府が非効率で儲からない企業や公害企業を潰せ・・と号令をだしても、地方政府はなかなか従いませんでした。

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中央政府から見れば、生産過剰で価格下落を招き、公害を出して諸外国から非難される企業はまっぴらですが、地方政府からみれば、それらもありがたいドル箱であり、雇用の受け皿にもなっているので、おいそれとは潰せません。それに企業からも地方政府の幹部に多額の献金が流れているはずです。

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しかしこのまま地方政府の勝手にさせておいては、中央政府の指導力が問われます。習近平氏と李国強氏の微妙なライバル関係にも影響します。そして、国家を代表するような基礎産業をリストラする際には、それなりの準備が必要です。でも失業者がいない建前の共産主義国家としてスタートし、高度経済成長を遂げてきた中国には、その経験とノウハウがありません。 いや中国だけではありません。日本だって、バブル崩壊後の経済低迷期には、本当の意味のリストラがうまくいかず、人々は狼狽したのです。

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私が鹿島製鉄所にいた頃、たいして多くもなかった私の部下をリストラせよとの指示が下りました。 私は、本来業務をしながら、茨城県、千葉県、東京と、歩き回り、社員の引き取り先を探しましたが、ずっと製鉄所に勤務してきた中高年の社員を引き取ってくれる企業はごくまれでした。他の業界も不景気だったのです。

そうこうするうちに、自分も辞めることになり、自分で再就職先を探すことになりました。こちらは、何とかなりましたが、会社側で私を引き取る企業を用意することはできませんでした。「ある産業を合理化する際は、受け皿となる雇用機会を前もって確保しなければならない」 これは2000年代に私が経験した事に基づく考えです。

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中国は国家規模での産業構造の転換を求められているのに、その準備ができていません。そしてその中で鉄鋼だけを取り上げてリストラせよ・・といっても難しいのです。

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鉄鋼産業のリストラと産業構造の転換には2つのポイントがあります。

(1)  製鉄産業/鉄鋼産業をどの様に改革し、とのように近代化していくか。

(2)  第二次産業から第三次産業、第四次産業への転換、動脈型産業から静脈型産業への転換をどう進めていくのか。

この視点がなければうまくいきません。

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(1)  については、ある程度明白です。

中国は、全国に散らばる、小規模で生産性の悪い高炉を潰し、電気炉に転換すべきなのです。中国は、世界中から鉄鉱石と良質な原料炭を買いあさり、原料相場の変動をきたしていますが、郷鎮企業と呼ばれる小規模な製鉄所であれば、高炉ではなく電炉の方が適しています。 中国ではかつて毛沢東が土法高炉というとんでもない製鉄方法を提案して、国家経済を破壊しかかった事がありますが、そこに決定的に欠落していたのは、高炉法は規模が大きいほど効率的で、小規模な高炉はナンセンスであるという常識です。電炉も規模が大きい方が生産性はいいのですが、高炉ほどではなく、小規模でも小回りの利く経営が可能です。

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そして、電炉法は何といっても鉄鉱石も原料炭もいりません(少しは使います)。さらに重要なのは、原料となるスクラップの供給事情です。 中国では大規模な自動車の普及(モータリゼーション)が始まって、10年以上経ちます。 世界を見渡すと、爆発的なモータリゼーションが始まって20年程度経過してから、スクラップの供給が潤沢になります。 スクラップが潤沢に供給される社会というのは電炉法による製鉄経営が成り立つ社会です。 中国の人は、一台の自動車に長く乗りますから、20年というタイムラグはもう少し長くなりますが、もうそろそろ、電炉法への転換が始まる頃です。

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米国では、前世紀のうちに、製鉄業の主役が高炉から電炉に切り替わりました。日本はまだ高炉の方が優位ですが、これは日本の高炉産業が高価格の高級品に特化しているから生き残っているのです。

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中国で消費される多くの鋼材、および中国から出荷される多くの鋼材は、日本の高炉メーカーが製造するような高級品ではありません。 つまり、中国もそろそろ電炉に切り替えるべきタイミングなのです。 そうすれば公害対策の負担も軽くなり、PM 2.5も減り、北京の秋には青空が戻ります。単に従業員を減らすのではなく、同時に設備やビジネスモデルも刷新しなければ、リストラされる人も浮かばれません。

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つまりスクラップアンドビルトでなければ、装置産業の改革はできないのですが・・・、中国も日本もそれが苦手です。

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アメリカのアクション映画やSF映画を見ると、廃墟となった工場の中で乱闘するシーンがあったりします。よく見ると、ペンシルバニア州の製鉄所跡が撮影に利用されていたりして、少し心が痛みます。

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五大湖の周辺にあった古い製鉄所の多くは廃墟になりました。 ピッツバーグのようにハイテク産業の発展で経済を活性化し雇用を維持できた例は希で、多くの都市はラスティゾーン(錆びついた地域)になってしまいました。

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その代わりに新しく登場したミニミルは、電炉法を採用し、最小限の人員で操業しますが、その多くは米国の南部(サンベルト地域)に建設されています。 製鉄所への勤務にこだわる技術者や技能者は、北部から南部へ移住すれば仕事を続けられますが、自分の故郷にこだわる人は葛藤を強いられることになります。

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彼らもまた、廃墟となった製鉄所が背景に登場する映画を見て、複雑な思いに駆られるかも知れません。

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勤務する製鉄所がお取り潰しになり、転職や転居を強いられた人々の困難は、米国でも日本でも大変です。 でも居住地の変更が容易でなく、省を越えての人の移動が少ない中国の場合はなおさらでしょう。

それについては、次回、管見を述べます。


【 凝固現象解析 】 [鉄鋼]

【 凝固現象解析 】

 

今回は、鋼の凝固だけあって、ちょっと硬い話です。

単に溶けた鋼が冷えて固まるだけなのに、この現象がかくも複雑で難しいのは、鉄以外の成分が混じっているからです。ご専門の方には、何をいまさら・・と言われそうですが、鋼は純鉄ではなく、炭素との合金です。

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そして溶質元素は、凝固する過程で偏析を起こします。それが難解で複雑で、そして魅力的な現象なのです。液体の状態と固体の状態では、溶解しうる溶質濃度が異なるからで、固相と液相では濃度が異なります。その比率は平衡分配係数で示されますが、これはあくまで平衡論の世界です。 速度論ではまた違う景色が見えてきます。

K0Cs/CL  ここでK0は平衡分配係数、CSは固相中の濃度、CLは液相中の濃度です。

凝固現象は、一瞬で全体が凍るわけではなく順番に凍っていきます。だから偏析がおこるのです。

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そこで平衡分配係数に基づいて、基本的な偏析の式を示したのはScheilです。

Scheilの式は固液共存相において、溶質がどう分配されるかを示したものです。

CL=C0(1-g)(k0-1) ここで、C0は最初に全部液体だった時の濃度、は固相率です。

CS=K0CL=K0C0(1-g)(K0-1)

凝固が進行しますと固液界面は時々刻々移動していき、gが大きくなって1に近づきますが、この式なら物質バランスもとれて問題なく偏析を説明できます。

ここで重要なのは、液相中の濃度は均一なのに対し、固相中の濃度分布は不均一だという事です。固相中の濃度は、その部位を固液界面が通過した時の固相側の濃度が保存されます。つまり、液相中の溶質拡散速度は無限大で、固相中の溶質拡散速度はゼロという仮定です。

しかし、実際にはそうではありません。実際には、固相中でも溶質原子の拡散は進行します。ではどう考えたらいいのか? そこで解を出したのは、MITFlemings教授です。

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彼が考案したのは、Brody-Flemingsのモデルと呼ばれていますが、下記の前提条件を元に数学的に表したものです。

1. 1次元で考える

2. 液相は完全混合(濃度は均一)

3. 固相では有限な拡散が進行する

4. デンドライトは、放物線形状に成長する X/λ=(t/tf)(1/2)

   実はデンドライトの先端形状については、円形(球形)とするモデルも

可能です

 

それを数式で表すと偏微分方程式になります。

CL(1-k)dX/dt =Ds+(λ―X))dCL/dt at xX

CS=KCL                   at x = X

∂CS∂x0                 at x=0

∂CS∂t=DS2CS∂x2         in the solid

 

これを凝固偏析の厳密解と考えます。さらに、固相内の拡散を溶質拡散層の厚みを用いて近似すると、

CL=C01fs12γk)](k-1)(1-2γk)

ここでγ=Dstfλ2

 

この式を導出したFlemingsSolidification Processingは名著として知られ、凝固を学ぶ人達のバイブルとなっています。その後、さらに進んだモデルをチューリヒ工科大学のKurz教授、あるいは大阪大学の大中教授が考案されていますが、一般的にはBrody-Flemingsの式で凝固偏析の説明ができるようになったとされています。

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しかし、この方程式は容易に解けません。コンピューターで数値計算しようとしても、簡単ではありません。その問題を解決したのは、将棋名人でもあった小林純夫博士です。小林博士はこの計算にKummerの合流型の超幾何関数を用いて計算する方法を考えました。確か1988年頃の事です。

Kummerの合流型超幾何関数とは、F(p,q;z)Σ (p)rZr(q)rr!で示される関数で、液相の溶質濃度は、CL=C0Σξnfns で表されます。

本当は、この関数について詳述したいのですが、このブログの趣旨から外れます。

コンピューターは本来、無限級数で示される計算が得意ですが、この合流型超幾何関数は簡単ではありません。

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当時のワークステーションでも長い計算時間を要しましたし、パソコンでの計算は無理でした。小林博士は、パソコンでも計算できる簡易型の計算式も用意しましたが、Flemingsの厳密解を正確に計算できることがKobayashiの計算式の特長でしたから、簡易式はその特長を損なうものでもありました。

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その後、計算機の性能は飛躍的に向上し、かつてスーパーコンピューターの性能を、パソコンの性能が凌駕するようになりました。もう計算機の性能に悩む必要はなくなり、誰でもKobayashiの計算式を使って、偏析現象の確認と到達溶質濃度を把握できるようになりました。しかし、そこで問題があります。

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偏析の理論解、もしくは計算の解は、最終的に非常に高い値を示します。しかし、実際の鋳片の偏析レベルは確認が難しいのです。一般には、EPMAの線分析、或いはMAPPING ANALYZERが偏析レベルの評価に用いられますが、原子レベルでの偏析を把握できる訳ではありません。

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現場的に実施できる斜角カウントバックやドリルサンプル分析では、サンプルの単位が大きすぎて本来の偏析レベルの評価には不適当です。(それでも用いていますが)。偏析については、理論の方が実際の分析より先を行っているのです。

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Kobayashiの計算式の登場で、Brody-Flemingsの式の計算が可能になり、偏析の理論解析の問題は一段落しました。しかし、研究は進んでいます。イリノイ大学のBrian Thomas教授のグループはデンドライトの先端形状を円錐としたモデルで理論解析しています。横浜国大の戎嘉男博士は、デンドライト先端形状を球形にして、ポロシティの発生もモデルに取り込み、数値解析を3次元のテンソル計算で行う先駆的な研究をしています。

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しかし、1960年代から1980年代にかけて、凝固と偏析に関する理論解析が急速に進んだ頃に比べれば、少し研究がおとなしくなった印象があります。特に2000年以降、新しい理論研究の論文は少ないようです。

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それは多くの問題が解決し、取り組む課題が減ったからでしょうか?私は多分そうではないと思います。おそらく若い有意の研究者が鉄鋼の凝固にあまり魅力を感じず、取り組む人が減ったのが理由でしょう。数値解析の技術は全ての物理現象のシミュレーションに応用でき、何も金属や鉄鋼の凝固にこだわらなくてもいいのです。

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私は1980年代から1990年代にかけて、米国の高炉メーカーが衰退していくのを目で見ていました。産業構造の変化よりも、原料価格や為替の変動よりも重要なのは、人材の枯渇です。斜陽産業にはまず優秀な人が集まらなくなり、そしてあるタイムラグを置いて、産業全体がシュリンクしていきます。基礎的な凝固解析の世界でも、1990年代以降、研究者が集まらなくなっているのかも知れません。そう考えると少し暗澹とした気持ちになります。

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私自身は研究する機会もその能力もなく、研究者の不在を嘆く資格はありません。しかし、かつてBrian Thomas教授やKurz教授にお会いした時、その情熱的で研究心に燃えた姿勢に驚いた記憶があります。ああいう情熱的な研究者は21世紀に入って減りつつあるのかな・・・。寂しい話です。

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このブログを読まれた鉄鋼関係の技術者から「それは違う」と反論が来ることを

お待ちします。


【 ピーターの法則とグラスシーリング 鉄鋼の場合 】 [鉄鋼]

【 ピーターの法則とグラスシーリング 鉄鋼の場合 】

 

ピーターの法則については、以前のブログでも簡単に説明しましたが、一言で言えば、競争社会では誰もがいつかは限界に達する・・というものです。

どんな組織でも、実力が認められれば昇進します。しかし、昇進したポストではそれまで以上の能力を求められます。或いは全く違った能力を求められます。その結果、昇進を重ねていっても、どこかでついていけなくなり、「能力不足」の烙印を押されて、出世競争から外れることになります。

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ちょうど甲子園のトーナメント戦で、優勝校以外は、全て最後の試合で敗北を喫して甲子園の砂を袋に詰めて帰るのと同じように。

つまりピーターの法則に則れば、ピラミッド型の競争社会では誰もが最後に挫折し後味の悪い形で、組織を去ることになります。

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今でも完全にピラミッド型の組織を維持している会社は少数かも知れませんが、いずれにしても、昇進レースとは椅子取り競争です。上に行けば行くほど、競争は苛烈になり、求められる能力は高くなります。しかし、不思議なことに鉄鋼メーカーの製鉄所では必ずしもそうではなかったのです。それは、入社時点の選別とグラスシーリングがあったからです。

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入社時点で、学歴やその他の条件で、ゴール地点を決めておけば、上に行くほど競争が苛烈になるという問題は防げます。あるハンディキャップを持って入社した人は、ある時期、ガラスの天井にぶつかって、それより先に進めませんが、その場に安住すれば、その地位で実力を遺憾なく発揮できます。それに不満な人は会社を飛び出します。

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一方、グラスシーリングの無い人は、余裕をもって次の段階に進めます。競争はさほど激越ではありません。しかし、そのポストに本当にふさわしい能力があるかは別問題です。

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日本で一番大きな製鉄会社の副社長だったTさんに話を伺ったことがあります。

「大卒社員を、技術系と事務系で比べると、最初は技術系の方が優位に立っているのに、課長・参事級の時に逆転してそれ以降は事務系の方が優位に立つ。これはなぜだと思うかね?」

Tさんは自分で質問して自分で答えます。

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「入社時点では技術屋の方が専門知識を持ち、戦力としても優れている。修士課程を終えた人はなおさらだ。一方事務屋は大学時代に遊んでいたのか、専門知識を持たず、即戦力にもならない。しかし技術屋は、その後、専門知識を深める一方で視野を広げることを怠る。事務屋は広い視野と判断力を養い、総合的な判断力などが求められる管理職になった時点で立場が逆転するのだ。その後、両者の差は広がる一方だ」

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なるほど・・と思う反面、それはなぜ?と思いました。やがて気付きました。技術屋の世界にはヒエラルキーがある一方で、競争原理が働かないのではないか? 高専卒、短大卒、私大卒にはガラスの天井があります。一方、それが無い人には、エスカレーターがあります。その結果、地位が上がっても、それに対応せず、自分が最も実力を発揮した時点で、能力や思考が停止してしまうのではないか?

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製鉄所にいた頃、いろいろな噂を聞きました。

「××副所長は工場長としては名工場長だったけれど、副所長としては力不足だなぁ」。

「△△副所長は、考え方や注目点が総作業長のレベルだね。副所長の器ではない」。「うちは、工場長が作業長レベルの仕事をして、部長が工場長のレベルの仕事をし、そして所長は・・、なんと総作業長レベルの思考で判断している」

実際、本来工場長の能力しかなかった人が、次長、部長、所長になっても、考え方は工場長のレベルのままです。

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さらに問題なのは、専門知識や現場の細かい情報に拘るあまり、視野を広げる訓練を受けられないことです。

製鉄所では、どれだけ多くの専門知識や現場の情報を知っているかで、その人の能力を測る風潮がありました。上司は常に部下が現場の状況をどれだけ把握しているかを試し、自分の方がより多くの知識を持っていることを誇り、情報を持たない部下を叱責しました。

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現場第一主義自体は、結構なことですが、本来作業長が知っていればいい事柄を、副所長が工場長に尋ね、答えられなければ許されないというというのでは問題です。

会社の経営全体の動向よりも、工場の天井の電球が一つ切れていることの方が重要視されたのです。

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勢い、中間管理職者は、ワイドショーの現場レポーターのようになり、情報を聞きまわって上司に報告することが主要任務になってしまいました。そうして視野狭窄に陥る技術屋を、事務屋は少し軽蔑しながら追い越していったのです。

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やがて、大会社同士の企業統合が起こり、全く違う社風の2つの会社が合併しました。そうなると、同レベルの人を比べて、その思考の違いに驚くことになります。 新日鉄と住金が経営統合した時、私は既に社外の人間でしたが、近くで両方の中間管理職の人を見る機会に恵まれました。 役職と経験の割には下の立場で思考するS社、逆に自分の地位より高い立場で考える管理職が多いN社、性格はかなり違いました。

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どちらがいいとは言いにくいのですが、役職だけが上で、発想のレベルが低い人は通用しません。副所長になっても総作業長レベルでしか考えない人はやがて淘汰されるでしょう。そして経営統合後数年たった時点で振り返ると、本社の住金出身者は随分減ったみたいです。

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別会社との統合により、正常な競争原理が復活し、ピーターの法則が成立するようになったということでしょう。 総作業長がふさわしい人は、総作業長を続ければよく、工場長がふさわしい人は工場長を続ければいいのです。

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ガラスの天井も学閥も、やがては消えていくでしょう。しかし新日鉄住金には、それでも課題が残ります。上に行くほど圧倒的に事務屋が優位で、技術屋が劣位になるという企業風土は、以前の会社のままです。これを解消してイーブンな会社にするには、技術屋が圧倒的に優位なJFEと経営統合する必要があります。 そうすれば、専門や出身に関係なく公平な競争が行われる会社になります。

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しかし、前述のTさんは、こうも言っています。

「だいたい、課長から上のポストに就いて、技術屋だの事務屋だのと区別して考える発想がいけない。 俺は技術屋だから、事務屋だから・・という言い訳を許してはいけないのだ」


【 グラスシーリング 】 [鉄鋼]

【 グラスシーリング 】

 

大統領や首相や自治体の首長に女性が就く例が増えてきました。 英国はサッチャー女史以来の女性首相となるメイ首相が誕生し、EUの盟主であるドイツのメルケル首相と交渉することになります。米国ではヒラリー・クリントン氏が大統領になる可能性が増しています。台湾では蔡総統が誕生しました。そして日本では小池百合子氏が初の東京都知事になります。1959年にセイロンの大統領にバンダラナイケ女史が就任してから60年弱、女性のリーダーが一貫して増加傾向なのは間違いありません。

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政治家や行政府の長だけでなく、いろいろな分野で女性がリーダーに就いています。私が暮らす呉では海上自衛隊の護衛艦の艦長に女性自衛官がなっています。

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いろいろな職場や社会で、女性の昇進に限界があり、ある地位から上には登れない・・という状況をグラスシーリングと呼んでいましたが、だんだんガラスの天井は薄くなっていくようです。やがて無くなるでしょう。

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私が某高炉メーカーに勤務していた頃、ジェンダー差別としてのグラスシーリングが話題になりました。当時、製鉄会社は女性の活用という点で最も遅れた産業だったのです。

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「オヒョウ君、グラスシーリングについてどう思う?」と訊かれた時、私は口ごもり、うまく答えられませんでした。 すると相手は私がグラスシーリングという言葉を知らないのだ・・と思って、解説してくれました。 しかし、私はそうではなく、別のことを考えていたのです。

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私に問いかけをしてきた相手は東大卒で、社費留学で海外の名門大学で研究し、Ph.Dを取得した技術者です。将来を嘱望され、役員・取締役コースが見えている人でした。その一方で、私大出身の技術者は参与から上への昇進は難しいとされていました。「昇進差別があるのは男女だけではありませんよ。グラスシーリングは、学歴やその他の条件についても存在します」そう言おうとして、私は言えませんでした。

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「我々の職場でも女性の活用を図るべきではないだろうか?」その質問に咄嗟に応えることができず、私は米国出張時に経験した話でごまかしました。

「アメリカのLTVを訪問した時、女性の作業長がいるのに驚きました。CC(連続鋳造設備)のタラップを彼女が先導して登って行ったのですが、彼女の巨大なお尻に圧倒されて、押しつぶされそうな思いがしました。あれだけの迫力がある女性だったら、作業長はじゅうぶん勤まるでしょうね」そう言って、私はごまかしました。

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ちなみに、米国の製鉄所では作業長は基本的に大卒です。彼女の場合、LTVのライバル会社のベスレヘムスチールにブルーカラーとして就職したのですが、会社の奨学金を得て、大学を卒業し、その後LTVに転職して作業長になったのです。

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「そりゃまた仁義にもとるのではないですか?」と私はへたくそな英語で質問しましたが、彼女はウィンクして「アメリカではよくあることで問題はない」と答えました。

当時、日本の大手鉄鋼メーカーでは会社間の転職はタブーでしたし、会社の奨学金を貰った後に退職する場合は、返済義務がありました。作業長は基本的に大卒ではなく、そして製鋼工場の職場は男性だけの職場でした。

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米国で起こっている現象は、1030年遅れで、日本でも起こるという法則がありますが、まさにそうでした。今、日本でも雇用は流動化し、転職は当たり前になりましたし、女性は製鉄所の現場で活躍しています。大卒のブルーカラーもたくさんいます。

一方、米国のベスレヘムスチールもLTVスチールもなくなってしまいました。そして日本の住友金属もなくなってしまいました。

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21世紀の今、ジェンダー差別は、どこでもなくなりつつありますが、いろいろな理由で昇進の差、到達できるポストの限界は残っています。 男女の差ではなく、学歴、門閥の違いによる、ガラスの天井は残っているのです。

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サイモンとガーファンクルの曲に、”One man’s ceiling is another man’s floor”という曲があります。彼らが育ったニューヨークでは多くの人がアパートに住んでいます。普通に何階建てかの住宅に住んでいればあたりまえのことですが、自分の天井が他人にとっては床なのだ・・という事実は何かを象徴しているかに思えます。

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大会社に勤めると実感するのですが、出世コースとそうでないコースでは、出発点と終着点が異なります。例えば昔の国鉄です。大卒の本社採用というエリートの場合、駅長というポストが出世コースのスタート地点です。一方、大卒でない一般職の場合、順調に出世した最後の到達点が駅長です。国家公務員でも財務省のエリートコースの人にとっては、税務署長がキャリアのスタート地点ですが、エリートコースでない人にとっては税務署長が終着駅のポストです。

製鉄会社の場合、技術系でエリートでない人にとっては工場長(課長級)が最終ポストで、一方エリートコースを歩む人にとっては工場長がスタート地点です。

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明確な階級社会で、学歴で昇進が明確に規定されているという点では、軍隊が一番でしょう。 戦争をしていない時の軍隊は、日々訓練をするだけですから、完全な官僚機構となります。優秀な成績で学校(士官学校や兵学校、海軍大学や陸軍大学)を卒業して任官することが全てです。 そうして構成された階級組織の軍隊が本当に戦力として強いか・・は不明です。やや疑問が残ります。

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江田島にある、旧海軍の資料を集めた教育参考館には特攻で戦死した多くの兵士の名簿があります。それを見ると同じ特攻の戦死者でも、兵学校卒は尉官か佐官なのに対し、兵学校を出ていない予科練の卒業生は、一飛曹や二飛曹といった具合に、兵か下士官のままです。彼らはどんなに戦果を挙げても、士官にはなれなかったのです(教育を受けて特務将校になる人はいました)。英霊となった後も身分の差は続きます。

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ベテランのパイロットで多くの戦果を挙げた撃墜王の列伝を見ると、米国や英国では、ほとんどが将校に昇進しているのに対し、日本では下士官のままです。頑張っても上に行けない世界であった日本の軍隊・・・日本が戦争に負けた理由はそこにもあるのかも知れません。

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一見、公平な競争社会のようで、実はスタート時点でそれぞれゴール地点が違う社会、いやスタート地点そのものが違う社会が、いかに不健全で活力を削ぐものであるか、経済成長が長く滞っている日本では真剣に考える必要があります。

ところで、競争社会に於ける、個々人の昇進と限界について研究した「ピーターの法則」という理論があります。以前、このブログで取り上げたことがありますが、グラスシーリングとピーターの法則について、また稿を改めて考察してみたいと思います。


【 ドン・キホーテとGAMESA 】 [鉄鋼]

【 ドン・キホーテとGAMESA 】

 

スペインの風力発電設備メーカー大手のGAMESA(ガメサ)とドイツのシーメンスの風力発電事業部門が合併することになりました。

シーメンスはどちらかというと北の方(北欧、北米)の地域に強く、ガメサの方は南の方(南欧、インド)に強かったので、競合する地域はあまりなく、合併によるシナジー効果は大とのことです。風力発電は、設備投資が本格化した1980年代は、群雄割拠の状況で、デンマークの企業(NEGミコン、ベスタス等)などが先行していましたが、ここに来て、合従連衡が進み、有力企業は2,3に絞られてきそうです。

http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM30H2H_Q6A130C1NNE000/

http://www.siemens.com/press/en/pressrelease/index.php

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将来、風力発電の世界は、米国のGEとドイツのシーメンスの2グループになるのではないか?とかってに想像します。その理由として、個々の発電設備の大型化が進むと同時に、陸上型から洋上型(海底固定式と浮体式の2種類)に移行しつつある点が挙げられます。

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大型化していく過程で、大きな工場を持つ大企業が有利になっていきますし、海上型は独特のノウハウが必要になります。 シーメンスは海上型を建設するノウハウを持ち、実績も豊富ですが、ガメサはそうではありません。 ガメサ側としては、生き残りを図るには、シーメンスと組む必要があったのでは?と思います。

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一方、日本の現状はどうか?と言えば、少し遅れています。浮体式の海上型の風力発電設備は今実験をしている段階です。もともと、タワー型の構造物を建設する技術、グラスファイバーなどの複合材料で大型の翼を作る技術、減速ギヤや旋回ギヤなどの大型の歯車を噛み合わせる技術、潮風に吹かれる環境での防錆技術などは、日本が得意とするものです。それなのに、風力発電ではからっきし駄目です。

それはなぜか? 歴史的経緯と、現代の政策上の問題点の2点から説き起こします。

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もともと、日本には風車はあまりありませんでした。天然の動力に頼る場合は、水車が多用されました。一方、欧州や砂漠地帯では、風車が一般的でした。オランダの風車は特に有名ですが、スペインなどにも多くあります。あのドン・キホーテが挑んだのも風車です。

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欧米の平坦な土地には、急峻な水流がありません。だから水車が使えません。それどころか水も潤沢にはありません。だから井戸から風車の動力で水を汲み上げる方式が普及しました。いや、水が多すぎても困るのです。干拓後のオランダのゼロメートル地帯では水を汲み出す動力として風車を用いました。なるほど、確かにオランダでは水車は無理です。 

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そして、欧州ではコムギを粉にして、パンを焼きます。全ての集落で製粉作業は重要で、牛馬に頼るか、風車に頼るか・・という選択になります。一方、日本では、お米を炊いてご飯にして食べる食文化でした。無論、臼を引いて粉を作る作業はありましたが、風車を作るニーズはそれほどありませんでした。この事情は日本だけでなく、中国の華南から東南アジアにかけて共通であり、その地域で風車があまり見られなかった理由の一つかと思います。

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現代の発電手段として考えた場合、高緯度の北欧では、再生可能エネルギーといっても、太陽光発電だけでは無理です。なぜなら、冬場の暖房用や照明用電力が最も必要となる時期に太陽光が射さないからです。だから、欧州では季節によらず安定的に電力が得られる風力が盛んになったのです。

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それに対して、日本政府は、再生可能エネルギーの開発に当たって、太陽光発電にあまりに偏り過ぎました。 その背後に、有力なソーラーパネルメーカーだったキョーセラ、シャープ、サンヨーなどの政治的圧力があったかは不明です。しかし、結果的に、土地の狭い日本で、エネルギー密度の低い太陽光発電ばかりを推し進めたのは不適切だったと思います。高コストの太陽光発電の電力の買い上げは、電力料金に跳ね返り、一般家庭の家計の負担になるだけでなく、電力依存型の基礎産業を苦しめています。

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太陽光発電のパネルは、コモディティ化し、低価格の中国製品が市場を席捲すると、日本のソーラーパネルメーカーは苦境に陥りました。サンヨーは中国企業に身売りして既になく、シャープは台湾企業の傘下で再建中です。

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では風力発電はどうだったのか? 日本では安定的に強い風が吹く土地は、竜飛岬などに限られ、どこでも発電できる訳ではない・・というのが、従来の見解でしたが、これは陸上型に限った話です。海上型を考えた場合、島国で海岸線の長い日本ほど適した国はありません。 海洋構造物の建設ノウハウについても、日本は無い訳ではありません。この技術は海底油田の掘削リグの建設・設置技術と共通します。いずれにしても、なぜ、もっと早く風力発電に力を入れなかったのか・・。

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既に発電装置に用いるギヤなどのサプライチェーンは、シーメンスやGEが世界的なネットワークとして構築しており、日本企業が後から参入する余地は少ないのです。

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しかし、希望はあります。これからの風力発電は第二ラウンドに入ります。もはや風車単体の規模や能力を競う時代ではなく、システムとして議論する時代です。風力発電設備はグリッド化した発電ネットワークの一つの要素として機能する訳で、それを制御するスマートグリッドの技術が中心になります。その場合、風力発電設備に求められる機能としては、蓄電池を持いて風のある時と無い時で出力を平準化する機能。余剰電力を用い、電気分解で水素を製造する機能は近い将来必要になるかも知れません。

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日本の風力発電は、遅れをとったとはいえ、まだまだ世界一になれる可能性はあります。 その為には、沿海部の海上型風力発電設備の設置を促す法的な処置や行政による設備メーカーへの応援が必要です。いきなり風力発電設備全体で世界一になるのは難しいでしょうが、スマートグリッドの技術、翼や歯車の素材といった要素技術で、日本が覇権を確立することは可能です。

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原発停止後の日本で、ソフトバンクや京セラにそそのかされて、太陽光発電だけに注力したことは、大きな政策ミスでした。今は当時の政権とは異なりますし、政策の方針転換は何時でも可能です。 なにしろサンヨーもシャープも姿を消したことですし。


【 非CAPTIVE MARKET化 】 [鉄鋼]

【 非CAPTIVE MARKET化 】

 

以前、日本で「系列」と言われた企業群を英語でどう説明したらいいのか?と迷った時、最適の言葉は、Captive Marketである・・と気づきました。日本の自動車産業に於いて、部品メーカーが系列化している状況を、外国人に説明した時のことです。外国の自動車産業では部品メーカーは独立していて、明らかに日本とは事情が違ったからです。

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しかし、私の工夫は無意味でした。相手のアメリカ人は「KEIRETSU」という日本語を知り、既に日本の自動車産業のシステムを理解していたのです。系列にはいい面と悪い面があります。相互に排他的な契約は、経営の自由度を小さくし、効率化を妨げます。一方で大会社の系列に入っていれば安心という甘えも生じます。

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それを嫌った、日産のゴーン社長は、系列を破壊しました。一方、トヨタの場合は、系列が残っていますし、他の産業でも、大手メーカーの周辺には下請けや納入企業で構成する○○会が存在します。しかし、締め付けは緩く、他社との公正な取引を阻害するものにはなっていません。今、日本の自動車産業で、Captive Market (自動的に親会社に買い上げてもらう分の市場)は収縮しつつあるようです。

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一方、他の産業でもCaptive Marketの存在や是非が議論されています。原料から製品まで多くの工程があり、最終製品が多岐に亘る素材産業などです。

具体的には、鉄鋼の場合、鉄鉱石から、最終製品のメッキ鋼板や厚板、鋼管、形鋼までの多くの工程を一つの企業が担当し、多くの場合は一つの製鉄所内で製造しています。

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一つの会社内の製造工程ですから、Captive Marketも何もないのですが、それでいいのか?という問いかけが出てきました。製造工程を上工程と下工程に分けたり、一部の製品を作る工場を別会社化する方が効率的だという考え方です。ここでいう上工程とは、溶けた段階の鉄や原料を扱う工場群で、低付加価値ながら、規模の拡大でひたすら効率化を図る部門です。一方、下工程とは、小ロット・多品種・高付加価値を追求する部門で、同じ製鉄所内でも性格が異なります。

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それなら、別会社にしては?とか、別の場所に設置すれば?という考え方が登場します。日本の製鉄所で最初にそれを実践したのは新日鉄住金の大分製鉄所と言えます。当時、合併前の八幡製鉄と富士製鉄がそれぞれに一貫製鉄所を建設する計画を立て、それではオーバーキャパシティになると心配した通産省が両社の合併を誘導すると共に、新設する製鉄所を1箇所にしました。それが旧富士製鉄系列の大分製鉄所です。大分製鉄所は、大規模な上工程を持ち、各製鉄所に中間製品となる熱延鋼板を供給する基地になっています。

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実は製鉄所の最適な立地条件は、技術革新や世界の経済事情によって変化します。

その昔、鉄鉱石や石炭の歩留まりが悪かった頃は原料立地が前提でした。初期の頃は、石炭の産地、その次には鉄鉱石の産地に近いことがよいとされ、最後に消費地立地型の製鉄所に移行しました。例えば19世紀までは、製鉄所と造船所は近くにありました。 

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しかし、20世紀以降は、事情が違います。鉄鋼の需要家が自動車、家電、建材等、多岐にわたり、工場も世界中に散らばっているため、製鉄所をそれぞれに対応させる事が不可能になったからです。

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そこで私は考えました。大分製鉄所の例のように、製鉄所の上工程と下工程は別の場所にあるべきだ。そして、その間は半製品(鋼片や熱延コイル)を移動させればいいではないか?

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さらに、下工程が使う半製品は必ずしも、同じ会社の上工程で製造されたものである必要はない。品質・価格・納期(QCD)が最適であれば、他の会社の半製品を購入してもいいではないか?例えば、新日鉄住金のスラブ(鋼片)をJFEの熱延工場が圧延してもいいではないか?

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これは鉄鋼業界に於ける、Captive Marketの破壊です。私は、鉄鋼半製品の貿易がこれから盛んになるのではないか?と思いました。実際、シカゴにいた頃、日本の製鉄所のスラブを米国の製鉄会社に売る仕事も行いました。1990年代初頭の頃です。

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「これから21世紀にかけて、鉄鋼のCaptive Marketは破壊される」そう思いました。

しかし、実際にはそうはなりませんでした。大手鉄鋼メーカーは、半製品ビジネスに非常に消極的でした。 その理由は多くあります。例えば、

1.     大手高炉メーカーは最初から、上工程と下工程の能力バランスが一致した一貫製鉄所を持っていた。半製品を売ることで、自社の下工程の機会損失が生じることを不可とした。

2.     半製品は付加価値が低く、儲からない。 同じ10tの鉄鋼を運ぶのに要する輸送費は同じです。でも、自動車用メッキ鋼板に比べれば、スラブの単価は安く、商売としては儲かりません。 「何が悲しくて、我々はスラブなど売らなくてはならないのか?」とか「我々はスラブを売るために、転炉の吹錬をしている訳ではない」と製鉄所でさんざん毒づかれた記憶があります。

3.     欧州では、企業間の半製品取引を進める前に、企業合併が進み、欧州全体を、アルセロール・ミッタル他、2,3社でカバーする時代になってしまった。

4.     スラブなどの半製品需要は高炉の巻き替え時期などに一時的に増大するが恒常的な需要は少なかった。

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しかし、ここに来て少し、状況に変化が生じています。米国で活況を呈しているミニミル(電炉メーカー)は上工程の設備投資を最小限にとどめて、付加価値の多くを生み出す、下工程に投資しています。当然、上工程と下工程の能力バランスが崩れ、半製品の外部調達が当たり前になりつつあります。北米ではCaptive Marketが崩壊しつつあるのです。

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もう一つは中国の問題です。世界の粗鋼の過半数を作り、その安値販売を外国から糾弾されている中国は、多分、来年あたり、本格的な能力削減に取り組むでしょう。

その場合、非効率な小型高炉や小型の製鋼工場がまずヤリ玉に上がり、廃棄の対象になるでしょう。決して、上工程と下工程のバランスを取りながら、能力削減する訳ではありません。 そうすると、上工程と下工程の能力バランスが崩れ、半製品の市場が大きな意味を持つようになります。

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北米と中国では鉄鋼の半製品ビジネスはこれから大きくなる可能性があります。

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一方、一番遅れているのは日本です。鉄鋼業界に於いては、「系列」が厳然と存在します。JFEのスラブを新日鉄住金が圧延することは未来永劫ないかも知れません。

でも、近く予想されるのは、電炉業界の再編です。こちらも同様に、小型あるいは生産性の劣る工場と、特色のない、低付加価値品を製造する工場は淘汰されます。

その再編の過程で、半製品市場は大きくなると思います。

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Captiveの元々の意味は捕われ者、虜囚といったネガティブな意味であり、本来なくすべきものだと思います。 企業同士に自由な選択肢がある中で、相互に利益が出る関係を模索すれば、おのずとCaptive Marketは無くなります。 日本の鉄鋼産業が本当に自由化され、その競争力を問われる時代が、もうすぐ到来する予感がします。


【 金の工面 】 [鉄鋼]

【 金の工面 】

組織の中で仕事をしていると、つくづく感じることが幾つかあります。その一つは、事業(エンタープライズ)とは、畢竟、金の工面に尽きるな・・ということです。

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組織の中で、最も尊敬され、発言力が大きく、大きな顔をできるのは、素晴らしいアイデアを出した人でも、額に汗して頑張った人でもなく、予算をぶんどってきた人です。財布の紐を握る人をいかに説得して出資させるか・・という仕事には独特の技能が必要で、事業の成功の最初の鍵は、そこにあります。

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頭脳の明晰さと研究能力が全て・・と思われるノーベル賞級の物理学の世界でも、つまりは予算を獲得できるか・・・です。ノーベル賞受賞者2名を輩出したスーパーカミオカンデもその才覚なしではできませんでした。小柴教授が、(おそらくはニュートリノが何かを知らない)文部官僚を説得して予算を引き出したから実現したのです。小柴博士が、頭脳明晰な最高の研究者であることは論を待ちませんが、それだけでなくプロジェクトの企画案画者として優れていたのも事実です。 湯川博士や朝永博士の時代のように、紙と鉛筆だけでノーベル賞の研究ができる時代ではないのです。

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もっと、ずっと身近な例を考えましょう。装置産業の典型である、鉄鋼業も、製鉄所建設の費用の工面をどうするかが重要です。 第二次大戦後に独立した新興国の多くは、国を象徴する各インフラと並んで、高炉一貫製鉄所を自分の国に持ちたいと考えました。国家の近代化には、鉄が必要と認識されたからです。 しかし、費用面・技術面の制約から、それを実現できた国は少数です。

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そして比較的に早い段階で製鉄所を持てた国は、それなりに経済発展し中進国レベルに到達しています。しかし、資金調達できなかった国は、21世紀でも途上国のままです。

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概算では、今、高炉から、鋼板の圧延ラインまでを備えた一貫製鉄所を建設しようとすれば、場所にもよりますが、邦貨で一兆円以上はするでしょう。それを調達できる国は限られます。

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ご承知の通り、新日鉄の始まりの一つである、官営八幡製鉄所は、日清戦争の後の清国からの賠償金で建設されました。それが為に、新日鉄が中国上海の宝山製鉄所の建設にあたって技術支援をした際、一種の恩返し的な感覚で、使命感を持って仕事をした人もいるそうです(本当かね?)

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ちなみに、1969年にできた韓国の浦項製鉄所(POSCO)は日本から提供された賠償金で建設しています。日本からの賠償金は韓国の国家予算の3年分以上でしたが、その事を記憶する韓国人は少ないようです。日本からの賠償金はいわゆる従軍慰安婦への個別補償には使われませんでしたが、国家全体を豊かにすることに使われました。 そしてPOSCOは昨年まで営業赤字を出さない優良企業でした。

でも残念ながら、韓国には浦項製鉄所建設に関して、日本に感謝している人はいないようです。

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製鉄所建設の資金調達に苦慮したのは、日本の製鉄所も同じです。旧住友金属は和歌山製鉄所の建設にあたって、世界銀行から融資を受けています。高度成長時代の入り口にあって、日本はまだ貧しく、自国内での資金調達が難しかったのです。

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事業計画と借金の返済の見通しなど、詳しい説明書を元に、融資を画策したのは名経営者と言われた日向方斉氏です。彼は、計画通り借金を返済し終えた後、米国の世界銀行に行き、融資のお礼を言いました。世界銀行の方は、多くの国や事業に融資したが、返済した後にお礼を言いに来た律儀な男はお前だけだ・・と、感心したとのことです。これは日経新聞の「私の履歴書」にも登場しているエピソードです。

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しかし、製鉄所が一国の近代化を支え、経済基盤の確立に貢献したのは20世紀の事です。 今、世界中で鉄鋼生産が過剰となり、決して儲かる商売でなくなった以上、巨額の設備投資をこの産業に行うのは馬鹿げています。 

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でも昔の成功体験をそのまま引き継ぎ、一貫製鉄所を欲しがる中進国や途上国は、たくさんあります。例えばインドネシアとか、ベトナムとか・・・・。

私が懸念するのは、中国版アジア開銀と言うべき、AIIBが、それらの国に安易に融資しないか?ということです。金の工面は重要ですが、逆に工面に成功しても、それはそれで問題です。

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米国が主体となった世界銀行、日本が主体となったアジア開発銀行は、単に融資先の事業だけを見ているのではなく、グローバルな市場の需要と供給のバランスを見て、その融資が適切かを判断します。だから鉄鋼が世界中でだぶついている現在、新しい製鉄所の建設にそれらが融資する可能性はありません。

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でも歴史の浅いAIIBに、それらを行う能力があるかは不明です。新興国が一貫製鉄所の建設を望み、融資をAIIBに申し込んだとして、その事業が適切か否かをAIIBは洞察できるでしょうか? そしてAIIBでは経済合理性以外に、中国などの政治的思惑が影響する可能性があります。 自国内の過剰な鉄鋼生産能力の解消すら困難な中国が、将来の自国の衛星国からの製鉄所建設の要望を拒否できるか不明です。

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その結果、融資したならしたで、融資先の事業の破綻をもたらし、融資しなかったらしなかったで、AIIBは恨まれることになります。金貸しというのは、本質的に人々の恨みを買う商売です。誰からも恨みを買わず、感謝される銀行は、おそらくバングラディシュのブラミン銀行ぐらいでしょう。

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中国は、それを承知のうえでAIIBを始めたのでしょうが、困難はこれから発生します。

東南アジアには、ビジネスチャンスはまだまだあり、有能な若い労働力がたくさんあります。 足りないものは、事業を開始するための莫大な資金・・ですか、そこで適切な投資や融資がなされるか? です。 残念ながら、貸す方も借りる方も経験が少なく、危険を伴います。つまりプロジェクトで一番重要な、金をぶんどって来る役割を担える人物だけが足りないのです。

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私がベトナムに滞在した時、ホーチミン市近郊のフーミィで、韓国資本で完成した電炉工場が、全く稼働しないまま、野ざらしになっているのを見ました。 同じような事例がアジア中にありそうです。

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歌舞伎の「京鹿子娘道成寺」に登場する一番有名なセリフは、

「鐘に恨みは数々ござる」ですが、これからの東南アジアでは「金に恨みは数々ござる」というセリフが登場するかも知れません。 AIIBの今後がかなり心配です。


【 時効硬化 】 [鉄鋼]

【 時効硬化 】

 

今は知りませんが、昔は、日本からドイツに出張する人は、フランクフルトの空港に到着して、デュッセルドルフまで空路か鉄道で行くのが普通でした。鉄道の場合、途中のケルン駅のすぐ横にあるケルンの大聖堂を見て、その高さに驚くことになります。電車(ICE)の窓から見上げても、頂点は見えません。下車してケルンの大聖堂(マルと言います)を見上げることになります。或いは健脚を誇る人は大聖堂に歩いて上ることになります。

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しかし、観光地ケルンを記憶する人は多くても、その次の小さな駅Duren(デューレン)に気づく人は希です。もしいるとすれば、すぐ近くのアーヘン工科大学やマックスプランク研究所に留学する冶金金属学の研究者/技術者ぐらいです。その昔、Durenでは一つの発明があったのです。

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20世紀の初め、人々は新しい軽金属であるアルミニウムの活用に知恵を絞っていました。しかし、アルミは軽いものの柔らかすぎて、用途は限定されます。何とか強度を上げられないか・・と研究者達は知恵を絞り、いろいろな実験に取り組みました。

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ある時、Durenの研究者はアルミに銅や亜鉛を混ぜて強度が上がらないか調べましたが、結果はさっぱりです。諦めてその日は帰宅し、翌日実験室に戻ってみると、柔らかかった合金が硬くなり、強度がアップしています。これはどういう事だ?と調べてみると、軽いのに高強度の合金ができていたのです。合金の強度は数日経つとますます上がっています。科学者は、この新しい金属にデューレンという地名とアルミニウムの名前を合体させてデュラルミン(ジュラルミン)と命名しました。

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やがて、第一次世界大戦が始まりました。ドイツは飛行船の骨組みに新合金のジュラルミンを用い、その飛行船でロンドンを空襲しました。 イギリス軍は撃墜した飛行船を調べ、軽くて強い未知の金属が用いられているのに驚きました。「一体これは何だ?」

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戦争は終わり、ジュラルミンの研究はさらに進みました。真っ先に飛行機に応用され、それまで木と布(キャンバス)だった機体と翼がジュラルミンになりました。

銀色に輝く、全金属製の飛行機は、ドイツのユンカースが初めてですが、日本も全金属製の飛行機を開発しました。最初に全金属製の飛行機を製作したのは、広島県呉市の広にあった海軍工廠で、その工場は今も残っています。ある電炉メーカーの鋳造工場になっているのです。

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さらに日本では優秀な冶金学者を擁する住友伸銅所(住友金属)がジュラルミンを改良し、超超ジュラルミンを開発しました。有名な話ですが、超超ジュラルミンは、最初にゼロ戦の翼桁材に用いられました。捕獲したゼロ戦を調べた米軍の技術者は、軽くて強い未知の金属が用いられているのに驚きました。「一体これは何だ?」

(ただし、今度はアメリカ英語で・・)

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今は、超超ジュラルミンという言葉はあまり使いません。アルミ合金の7000番台と言った方が分かりやすいのです。そう、ご存知の通り、今の新幹線の車体は、7000番台のアルミ合金が使われています。 そして中国版の新幹線「和諧号」だって7000番台のアルミ合金が使われているはずです。 中国が自分の高速鉄道を「中国で開発されたオリジナルだ・・」と言い張るなら、「その車輌に使われているのは、日本で発明され、かつてゼロ戦に使われていた合金だよ」と言ってやりましょう。

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しかし、私が中国人なら「ジュラルミンだって、超超ジュラルミンだって、最初に武器に使い、しかも発明した方が結局戦争に負けたじゃないか」と言い返します。たしかにその通りです。

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多くの金属について言えることですが、発明されたら先ず武器に用いられ、人の血を流すことに使われます。全く凶なるもの・・と言うべきです。

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ジュラルミンはなぜ強度が出るのか?・・・という疑問は、ジュラルミンが発明された4年後に解かれました。凝固後の金属内に析出物が時間差を置いて生成する時効硬化という現象が見つかったのです。(すると時効硬化は析出硬化の一種ということになるのですが、厳密な議論はこのブログでは避けます)。

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しかし、私は、時効硬化が1907年に発見されたとする説に賛成しません。もっと早く中世の錬金術師によって発見されていたではないか? 私はそう思います。

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その昔、金を、他の元素の合金によって作ろうという虚しい努力が続いていました。 赤くて柔らかい銅と白色で柔らかい亜鉛を合金にすれば、中間の黄色でもっと柔らかい金ができるのではないか? メンデレーエフの周期律表を持たず、ラボアジェ程度の化学しか知らない錬金術師ならそう考えても仕方ありません。

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しかし銅と亜鉛を合金にしてできるのは、ご承知の通り、真鍮(つまり黄銅)です。 色こそ黄色で黄金に似ていますが・・(と書いて、私は金の色を知らないことに気付きました。黄銅なら見慣れている五円玉の色ですから間違えませんが、ヤマブキ色の黄金とやらは、殆ど見たことがありません)、真鍮は金ほど柔らかくありません。

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王様の前で金を作ってみせると大見得をきった錬金術師は、慌てず、「出来立てだから硬いのです。時間が経てば柔らかくなります・・」と口からでまかせを言いました。 翌日、ますます硬くなった真鍮を見て、王は怒り、錬金術師の首を刎ねました。一般に共晶型の合金は、単体の金属より延性や展性が劣ります。今は当たり前の知識ですが、当時は誰も知りません。 真鍮という有用な合金を発明した錬金術師は、嘘を言った罪で処刑されてしまったのです。 この翌日にさらに硬くなった真鍮(黄銅)こそが最初に確認された、時効硬化であると思います。

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注意深い方、或いは金属に詳しい方は、覚えておられるでしょう。最初にジュラルミンの成分として、アルミに銅と亜鉛を加えた・・と書きました。つまり、デューレンで発明したアルミ合金とは、アルミに真鍮を混ぜたもので、その時効硬化は、ある意味予想された結果だったのです。(勿論、今だから言えるのですが・・)。

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時効硬化は、他の方法では強度アップが難しい柔らかい非鉄金属を強化する方法として利用されましたが、鋼でも用いられます。宇宙ロケットやミサイルに用いる究極の高強度鋼であるマルエージング鋼も時効硬化を利用しています。惑星探査機「あかつき」や「こうのとり」気象衛星「ひまわり」を載せたH2型ロケットもマルエージング鋼を使っています。

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いや時効硬化は、金属だけではないのです。最近の報道では、プラスチックを時効硬化させる方法を研究しています。 オヒョウはお正月のお餅が硬くなる現象が時効硬化なのかが気になります(冗談です)。それどころか、時効硬化は物質だけではないのです。組織も硬直化します。

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かつて、超超ジュラルミンを世に送り出した頭脳集団、S友金属も、いつしかその経営が硬直化していきました。バブルの時期に「やわらか頭」をキャッチフレーズに宣伝したのですが、逆に経営者の発想も経営理念も固くなる一方でした。負債額はどんどん増え、ついには単独で会社を維持できなくなり、ライバル会社に吸収されて消滅しました。

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「あれ~? 柔らかくなるはずなのに、逆に硬くなっちゃったよ」と山瀬まみなら言うところです。 中世の錬金術師の時代ならば、打ち首となるところですが、今の経営者は経営に失敗しても生き恥をさらさざるをえません。 刑事罰の責任と違い、経営者の罪には時効は無いのです。


【 在庫は善か悪か? その2 】 [鉄鋼]

【 在庫は善か悪か? その2 】

 

日本の多くのメーカーは在庫を持つことは悪だ・・と考えています。 すぐには現金化できず、ひたすら保管費用や金利負担が発生する在庫は、製品だろうと原料だろうと悪であり、これを最少にすべきだというのが、昨今のキャッシュフロー重視型の経営です。 しかしその歴史はそれ程深くなく、トヨタのカンバン方式が原点ではないか?と私は思います。今では信じられないことですが、昔はトヨタも資金繰りで悩んだ時代があり、コスト削減の一環として在庫減らしに着目したようです。 それを現場で見える形にしたのがカンバン方式です。

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そして今、日本の多くの製造業は借金をしながら経営をしています。多くの経営者や管理職者が在庫を減らす必要性を痛感しています。

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一方、中国はどうか? 長い間、計画経済のもと、上意下達で示されたノルマを消化することが、生産者の最大の目標でした。工業製品にせよ農産物にせよ、生産した製品は全て国家がさばいてくれるので、売れ残りの心配はありません。

(実際には共産主義国では、工業製品の内、消費材は慢性的に不足し、農業製品については、しばしば大幅に余ったり、極端に不足したりしていましたが)。

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それらの国では、在庫は必ずしも悪ではありません。むしろ在庫は財産です。在庫はノルマを超過達成した証ともいえ、誇るべきことともいえます。 明日必要とされるものを今日作ることは、日本の工場では悪ですが、中国の工場では善です。明日の分の労働を前倒しで今日行ったのだから何が悪い?となります。

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日本も中国も温帯モンスーン気候です。 明日の天候は分かりません。「花に嵐のたとへもあるぞ」と中国の詩人も日本の作家も言いましたが、農作業では、今日できる作業は今日する必要があります。収穫を明日にしたところ、暴風雨が来て作物を台無しにすることもありえます。仕事の前倒しは、日中共通の美徳です。

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でも、それは農業でのこと。市場経済のもとでは、作りすぎも、製品在庫を抱えることも凶なのです。 市場経済の歴史が浅い中国企業はこの理解が足りません。

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そもそも論で言えば、在庫に限らず、品物の存在をポジティブに考えるかネガティブに考えるかという問題です。 ちょっと哲学的な問題ですが。

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英語では品物を「goods」と言います。つまり「いい物」であり、在った方が良い、所有する方が幸福である・・というのが品物です。換言すれば西洋では品物がたくさんあることは善であり、多く所有することは豊かである・・となります。 在庫もそれに含まれます(多分)。

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翻って、東洋はどうか? 中国語で品物は「東西」であり、「良い悪い」の概念から遠い単語です。日本語の「品物」も同様でニュートラルな単語です。 逆に「荷」という単語となると、これは所有者に負担となるネガティブな意味を持った単語です。どうも東洋には所有を必ずしも吉とはせず、所有欲に恬淡とした思想があるように思います。 「人は皆旅人である」と考えれば、身につける荷物は少ないほうが吉です。

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ああ、それなのに、今の中国は品物に拘り、とにかく多くのものを作りすぎ、売れずに嘆いています。鉄鋼製品であれ、マンションであれ、彼らの製品在庫は「goods」ではなく「load」です。その一方で外国では爆買いを行い、所有欲全開です。 かつて中国と日本が共有した、品物に固執しない思想はどこへいったのか?

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中国の人々にお願いしたい。

どうか、鉄鋼の過剰生産だけは止めてくれ。 世界の鉄鋼産業のために。 

だけど、日本での爆買いは止めないでね。

たかがメイドインジャパンの品物だけど、それらを中国で使ってもらえれば、少しでも日本のことを正しく理解する中国人が増えるだろうから。

今から50年前、当時の日本はソニーやホンダの製品を通じて欧米の人々に、日本という国を理解し、親近感を持ってもらいました。どんなにスピーチが上手な外交官よりも、ソニーのトランジスタラジオとホンダのバイクは雄弁に日本を説明しました。

つまり、その頃の日本の工業製品はまさしく「goods」だったのです。

(今、炊飯器や洗浄便座がその代わりになるかは分かりませんが)


【 在庫は善か悪か? その1 】 [鉄鋼]

【 在庫は善か悪か? その1 】

 

世界中で鉄鋼製品とスクラップの価格が下落しています。理由はいろいろありますが、中国が鉄鋼製品を作りすぎているのが最大の原因です。ほんの10年ちょっと前まで中国の鉄鋼生産能力は年間1億トンにもなりませんでした。それが今は年間6億トン以上です。日本の鉄鋼生産量が年間1億トン~1.1億トンであることを考えれば、途方もない量です。それでも、中国が高度成長を続け、鉄鋼の国内消費が旺盛だったら問題は無いのですが、経済成長にブレーキがかかり、余剰分を輸出に回したので、世界の市場は大混乱です。

http://www.nikkei.com/article/DGXLASDX30H1C_Q5A031C1FFE000/?n_cid=DSTPCS010

http://www.nikkei.com/article/DGXLASFL29HM8_Z21C15A0000000/

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ご承知の通り、高炉一貫製鉄所は、操業を簡単に止めることはできません。大幅な減産をするのにも技術が必要です。だから限界利益さえ出れば・・、或いは限界利益がでなくても生産を続け、売らなければなりません。余剰分は捨て値で輸出します。

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中国の鉄鋼輸出は既に年間1億トンに達しており、それだけで日本の生産量に匹敵するのですが、その輸出価格がまた安く、ビレットという鉄鋼の半製品では鉄鉱石と石炭の価格より安いのでは?と思われます。どう考えても採算が取れるとは思えません。俗に言うお札を貼り付けて出荷する・・という形です。(中国の場合なら、毛沢東の肖像画のついた人民元札です)。

http://www.japanmetal.com/news-a2015102762198.html

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どうしてこんなことになるのか?無論、中国政府は、生産設備と生産能力が過剰であることを認識し、効率の悪い中小の製鉄所や老朽化した設備の休止・廃止を求めています。 それがうまくいかないのは、一部の評論家によれば、地方政府にとって、納税面でも雇用面でも一種のドル箱である、製鉄所を彼らが簡単に手放すはずがない・・・ということだそうです。 

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公害問題しかり、中国では中央の政府が号令をかけても、なかなか末端が動きません。 「上に政策あれば下に対策あり」とうそぶいて、網の目をくぐることに長けた人物が多くいるのです。

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スクラップ&ビルドは製造業の世界では当たり前です。 私が育った石川県は繊維産業が盛んな土地ですが、零細な機織(はたおり)業者がたくさんありました。「8台機屋」と呼ばれた業者は、繊維不況になると、補助金を貰い、古い織機から順番にハンマーで打ち壊して生産能力を削減しました。 好況になれば、改めて新しい機械を入れて増産するのです。 そうして業界は設備を更新していき、生産性を上げて競争力を維持できたのです。 ただ、子供心に「まだ使える機械を壊すのはもったいないなぁ」と思ったのを記憶しています。

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中国の鉄鋼産業も、旧式の設備を廃棄し、新型で効率のいい設備に集約すべきなのですが、それがうまくいきません。高炉を持つ製鉄所を整理統合するのは大変だ・・と私も思います。 日本の製鉄所でも、高炉を止めて、製鉄所から製造所へ格下げになった工場が多くありますが、関係者の落胆は大きく、地元は文字通り、火の消えたような寂しさとなります。 近々この事態が日本で予想されるのは小倉です。

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まあ、それは仕方ないとして、中国の政策には理解できない点が多くあります。中小、あるいは老朽化した製鉄所の整理統合が、まだ進まないのに、一方で、最新鋭の超大型製鉄所を建設したりしています。

http://www.japanmetaldaily.com/metal/2015/steel_news_20150925_1.html

この湛江鋼鉄は日本で言えば大分製鉄所と君津製鉄所を合わせたようなコンセプトの製鉄所です。厚板を中心に鋼板類を製造するとともに、半製品のスラブを宝山製鉄所等に供給する役割を担うことになります。 そうなると、長期的には上工程能力の再配分と最適化が実現しますが、短期的には半製品であるスラブの供給過剰を招くことになります。 今、世界的に供給過剰感があるスラブを作って、遠くまで運ぶ・・という発想は理解できません。 厚板だって、造船業に元気がなく、しかも設備投資が一巡した中国で、どうして増産するのでしょうか?

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実は鉄鋼以外にも供給過多になって値崩れを起こし、苦しんでいる工業製品は、中国に多くあります。例えば、マグネシウム、合金鉄、レアアースがそうですし、素材以外では太陽光パネルが該当します。下記の記事を見れば、液晶パネルも近くそうなるでしょう。

http://www.nikkei.com/article/DGXKZO93408860Z21C15A0X11000/?n_cid=DSTPCS003

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それらを考えると、中国での生産過剰は、単に地方政府が中小の製鉄所を潰さないからとか、急に中国の経済成長にブレーキがかかったから・・といった理由ではなさそうです。もっと根本的な、理由がありそうです。

 

それについては次号で。


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