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【 リストラの大地 その1 】 [鉄鋼]

【 リストラの大地 その1 】

中国製鉄業のリストラが厳しく断行されています。

http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM17H5L_X10C16A8FF2000/?dg=1

でもその割には、同国の鉄鋼生産量は減少せず、輸出量も減っていません、少し不思議ですが、生産量・出荷量を維持しながら、人員と設備の削減を実行できるなら、本当の意味でのリストラと言えます。 まあ、元々、中国の鉄鋼業は人が多すぎたので、経済合理性から考えれば人員削減は避けられない事だったのですが、これによって地方都市の製鉄所に勤めていた多くの人が「鉄椀飯」を失うことになります。

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「鉄椀飯」とは国営企業や大企業に勤める人が一生食いっぱぐれが無いことを、民間企業に勤める人が、少しやっかみを込めて語る時の表現です。

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もともと、中国ではお上(中央政府)からの通達をいかにうまくすり抜けるかが、下々(地方政府から庶民まで)の知恵とされていました。

「上に政策あれば、下に対策あり」なんて言葉がまるで諺のように語られています。

だから、これまで中央政府が非効率で儲からない企業や公害企業を潰せ・・と号令をだしても、地方政府はなかなか従いませんでした。

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中央政府から見れば、生産過剰で価格下落を招き、公害を出して諸外国から非難される企業はまっぴらですが、地方政府からみれば、それらもありがたいドル箱であり、雇用の受け皿にもなっているので、おいそれとは潰せません。それに企業からも地方政府の幹部に多額の献金が流れているはずです。

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しかしこのまま地方政府の勝手にさせておいては、中央政府の指導力が問われます。習近平氏と李国強氏の微妙なライバル関係にも影響します。そして、国家を代表するような基礎産業をリストラする際には、それなりの準備が必要です。でも失業者がいない建前の共産主義国家としてスタートし、高度経済成長を遂げてきた中国には、その経験とノウハウがありません。 いや中国だけではありません。日本だって、バブル崩壊後の経済低迷期には、本当の意味のリストラがうまくいかず、人々は狼狽したのです。

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私が鹿島製鉄所にいた頃、たいして多くもなかった私の部下をリストラせよとの指示が下りました。 私は、本来業務をしながら、茨城県、千葉県、東京と、歩き回り、社員の引き取り先を探しましたが、ずっと製鉄所に勤務してきた中高年の社員を引き取ってくれる企業はごくまれでした。他の業界も不景気だったのです。

そうこうするうちに、自分も辞めることになり、自分で再就職先を探すことになりました。こちらは、何とかなりましたが、会社側で私を引き取る企業を用意することはできませんでした。「ある産業を合理化する際は、受け皿となる雇用機会を前もって確保しなければならない」 これは2000年代に私が経験した事に基づく考えです。

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中国は国家規模での産業構造の転換を求められているのに、その準備ができていません。そしてその中で鉄鋼だけを取り上げてリストラせよ・・といっても難しいのです。

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鉄鋼産業のリストラと産業構造の転換には2つのポイントがあります。

(1)  製鉄産業/鉄鋼産業をどの様に改革し、とのように近代化していくか。

(2)  第二次産業から第三次産業、第四次産業への転換、動脈型産業から静脈型産業への転換をどう進めていくのか。

この視点がなければうまくいきません。

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(1)  については、ある程度明白です。

中国は、全国に散らばる、小規模で生産性の悪い高炉を潰し、電気炉に転換すべきなのです。中国は、世界中から鉄鉱石と良質な原料炭を買いあさり、原料相場の変動をきたしていますが、郷鎮企業と呼ばれる小規模な製鉄所であれば、高炉ではなく電炉の方が適しています。 中国ではかつて毛沢東が土法高炉というとんでもない製鉄方法を提案して、国家経済を破壊しかかった事がありますが、そこに決定的に欠落していたのは、高炉法は規模が大きいほど効率的で、小規模な高炉はナンセンスであるという常識です。電炉も規模が大きい方が生産性はいいのですが、高炉ほどではなく、小規模でも小回りの利く経営が可能です。

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そして、電炉法は何といっても鉄鉱石も原料炭もいりません(少しは使います)。さらに重要なのは、原料となるスクラップの供給事情です。 中国では大規模な自動車の普及(モータリゼーション)が始まって、10年以上経ちます。 世界を見渡すと、爆発的なモータリゼーションが始まって20年程度経過してから、スクラップの供給が潤沢になります。 スクラップが潤沢に供給される社会というのは電炉法による製鉄経営が成り立つ社会です。 中国の人は、一台の自動車に長く乗りますから、20年というタイムラグはもう少し長くなりますが、もうそろそろ、電炉法への転換が始まる頃です。

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米国では、前世紀のうちに、製鉄業の主役が高炉から電炉に切り替わりました。日本はまだ高炉の方が優位ですが、これは日本の高炉産業が高価格の高級品に特化しているから生き残っているのです。

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中国で消費される多くの鋼材、および中国から出荷される多くの鋼材は、日本の高炉メーカーが製造するような高級品ではありません。 つまり、中国もそろそろ電炉に切り替えるべきタイミングなのです。 そうすれば公害対策の負担も軽くなり、PM 2.5も減り、北京の秋には青空が戻ります。単に従業員を減らすのではなく、同時に設備やビジネスモデルも刷新しなければ、リストラされる人も浮かばれません。

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つまりスクラップアンドビルトでなければ、装置産業の改革はできないのですが・・・、中国も日本もそれが苦手です。

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アメリカのアクション映画やSF映画を見ると、廃墟となった工場の中で乱闘するシーンがあったりします。よく見ると、ペンシルバニア州の製鉄所跡が撮影に利用されていたりして、少し心が痛みます。

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五大湖の周辺にあった古い製鉄所の多くは廃墟になりました。 ピッツバーグのようにハイテク産業の発展で経済を活性化し雇用を維持できた例は希で、多くの都市はラスティゾーン(錆びついた地域)になってしまいました。

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その代わりに新しく登場したミニミルは、電炉法を採用し、最小限の人員で操業しますが、その多くは米国の南部(サンベルト地域)に建設されています。 製鉄所への勤務にこだわる技術者や技能者は、北部から南部へ移住すれば仕事を続けられますが、自分の故郷にこだわる人は葛藤を強いられることになります。

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彼らもまた、廃墟となった製鉄所が背景に登場する映画を見て、複雑な思いに駆られるかも知れません。

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勤務する製鉄所がお取り潰しになり、転職や転居を強いられた人々の困難は、米国でも日本でも大変です。 でも居住地の変更が容易でなく、省を越えての人の移動が少ない中国の場合はなおさらでしょう。

それについては、次回、管見を述べます。


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コメント 2

Ar

失礼します。
先の凝固解析は6回読ませて頂きました。しかしながら、私には???でした。
文面を個人的に教科書代わりに保存させて頂いても宜しいでしょうか?

確かに廃墟の製鉄所、更なるレイオフには毎度非常に悲しい感情がこみ上げてきます。
by Ar (2016-08-23 23:28) 

笑うオヒョウ

Ar様 コメントありがとうございます。

凝固解析については、考えていた事をそのまま、ブログにしたためてしまったもので、読み返してみれば、不親切の塊のような悪文であることを恥じる次第です。 本当は誰だって分厚い教科書を読まなければ分かるはずもないことを、独りよがりに書いてしまいました。これは私自身がこの凝固計算で悩んでいたのと戎博士にお会いして、その感想を書きたかったからですが、もともと、私は会社の業務に関することを記載するのをタブーとしており、それにも反してしまいました。 これからも独りよがりな文を書く可能性がありますが、その時は忌憚のないご意見をお願いします。

またのコメントをお待ちします。
by 笑うオヒョウ (2016-08-24 02:37) 

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