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【 金の工面 】 [鉄鋼]

【 金の工面 】

組織の中で仕事をしていると、つくづく感じることが幾つかあります。その一つは、事業(エンタープライズ)とは、畢竟、金の工面に尽きるな・・ということです。

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組織の中で、最も尊敬され、発言力が大きく、大きな顔をできるのは、素晴らしいアイデアを出した人でも、額に汗して頑張った人でもなく、予算をぶんどってきた人です。財布の紐を握る人をいかに説得して出資させるか・・という仕事には独特の技能が必要で、事業の成功の最初の鍵は、そこにあります。

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頭脳の明晰さと研究能力が全て・・と思われるノーベル賞級の物理学の世界でも、つまりは予算を獲得できるか・・・です。ノーベル賞受賞者2名を輩出したスーパーカミオカンデもその才覚なしではできませんでした。小柴教授が、(おそらくはニュートリノが何かを知らない)文部官僚を説得して予算を引き出したから実現したのです。小柴博士が、頭脳明晰な最高の研究者であることは論を待ちませんが、それだけでなくプロジェクトの企画案画者として優れていたのも事実です。 湯川博士や朝永博士の時代のように、紙と鉛筆だけでノーベル賞の研究ができる時代ではないのです。

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もっと、ずっと身近な例を考えましょう。装置産業の典型である、鉄鋼業も、製鉄所建設の費用の工面をどうするかが重要です。 第二次大戦後に独立した新興国の多くは、国を象徴する各インフラと並んで、高炉一貫製鉄所を自分の国に持ちたいと考えました。国家の近代化には、鉄が必要と認識されたからです。 しかし、費用面・技術面の制約から、それを実現できた国は少数です。

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そして比較的に早い段階で製鉄所を持てた国は、それなりに経済発展し中進国レベルに到達しています。しかし、資金調達できなかった国は、21世紀でも途上国のままです。

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概算では、今、高炉から、鋼板の圧延ラインまでを備えた一貫製鉄所を建設しようとすれば、場所にもよりますが、邦貨で一兆円以上はするでしょう。それを調達できる国は限られます。

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ご承知の通り、新日鉄の始まりの一つである、官営八幡製鉄所は、日清戦争の後の清国からの賠償金で建設されました。それが為に、新日鉄が中国上海の宝山製鉄所の建設にあたって技術支援をした際、一種の恩返し的な感覚で、使命感を持って仕事をした人もいるそうです(本当かね?)

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ちなみに、1969年にできた韓国の浦項製鉄所(POSCO)は日本から提供された賠償金で建設しています。日本からの賠償金は韓国の国家予算の3年分以上でしたが、その事を記憶する韓国人は少ないようです。日本からの賠償金はいわゆる従軍慰安婦への個別補償には使われませんでしたが、国家全体を豊かにすることに使われました。 そしてPOSCOは昨年まで営業赤字を出さない優良企業でした。

でも残念ながら、韓国には浦項製鉄所建設に関して、日本に感謝している人はいないようです。

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製鉄所建設の資金調達に苦慮したのは、日本の製鉄所も同じです。旧住友金属は和歌山製鉄所の建設にあたって、世界銀行から融資を受けています。高度成長時代の入り口にあって、日本はまだ貧しく、自国内での資金調達が難しかったのです。

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事業計画と借金の返済の見通しなど、詳しい説明書を元に、融資を画策したのは名経営者と言われた日向方斉氏です。彼は、計画通り借金を返済し終えた後、米国の世界銀行に行き、融資のお礼を言いました。世界銀行の方は、多くの国や事業に融資したが、返済した後にお礼を言いに来た律儀な男はお前だけだ・・と、感心したとのことです。これは日経新聞の「私の履歴書」にも登場しているエピソードです。

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しかし、製鉄所が一国の近代化を支え、経済基盤の確立に貢献したのは20世紀の事です。 今、世界中で鉄鋼生産が過剰となり、決して儲かる商売でなくなった以上、巨額の設備投資をこの産業に行うのは馬鹿げています。 

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でも昔の成功体験をそのまま引き継ぎ、一貫製鉄所を欲しがる中進国や途上国は、たくさんあります。例えばインドネシアとか、ベトナムとか・・・・。

私が懸念するのは、中国版アジア開銀と言うべき、AIIBが、それらの国に安易に融資しないか?ということです。金の工面は重要ですが、逆に工面に成功しても、それはそれで問題です。

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米国が主体となった世界銀行、日本が主体となったアジア開発銀行は、単に融資先の事業だけを見ているのではなく、グローバルな市場の需要と供給のバランスを見て、その融資が適切かを判断します。だから鉄鋼が世界中でだぶついている現在、新しい製鉄所の建設にそれらが融資する可能性はありません。

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でも歴史の浅いAIIBに、それらを行う能力があるかは不明です。新興国が一貫製鉄所の建設を望み、融資をAIIBに申し込んだとして、その事業が適切か否かをAIIBは洞察できるでしょうか? そしてAIIBでは経済合理性以外に、中国などの政治的思惑が影響する可能性があります。 自国内の過剰な鉄鋼生産能力の解消すら困難な中国が、将来の自国の衛星国からの製鉄所建設の要望を拒否できるか不明です。

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その結果、融資したならしたで、融資先の事業の破綻をもたらし、融資しなかったらしなかったで、AIIBは恨まれることになります。金貸しというのは、本質的に人々の恨みを買う商売です。誰からも恨みを買わず、感謝される銀行は、おそらくバングラディシュのブラミン銀行ぐらいでしょう。

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中国は、それを承知のうえでAIIBを始めたのでしょうが、困難はこれから発生します。

東南アジアには、ビジネスチャンスはまだまだあり、有能な若い労働力がたくさんあります。 足りないものは、事業を開始するための莫大な資金・・ですか、そこで適切な投資や融資がなされるか? です。 残念ながら、貸す方も借りる方も経験が少なく、危険を伴います。つまりプロジェクトで一番重要な、金をぶんどって来る役割を担える人物だけが足りないのです。

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私がベトナムに滞在した時、ホーチミン市近郊のフーミィで、韓国資本で完成した電炉工場が、全く稼働しないまま、野ざらしになっているのを見ました。 同じような事例がアジア中にありそうです。

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歌舞伎の「京鹿子娘道成寺」に登場する一番有名なセリフは、

「鐘に恨みは数々ござる」ですが、これからの東南アジアでは「金に恨みは数々ござる」というセリフが登場するかも知れません。 AIIBの今後がかなり心配です。


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