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【 神戸製鋼について思うこと その3 】 [鉄鋼]

【 神戸製鋼について思うこと その3 】

 

日本の鉄鋼業(高炉メーカー)はかなり特殊な世界です。狭い社会で、同業他社というかライバル会社は数社しかありません。鉄鋼や冶金の学科を持つ工科系の大学や総合大学の数も限られ、指定校制などと言わなくても、技術者の出身校はごく少数の大学に限られました。自社にも他社にも大学の研究室の先輩や後輩がたくさんいて仲間意識の強い社会です。

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特に、今の鉄鋼大手の経営者が入社したころ、つまり1980年代は、まだおおらかな雰囲気が残っていました。等質な教育を受け、似通った価値観と専門知識を持った学生達が、鉄鋼各社に分かれて就職しました。就職の競争は激しくなく、大学の研究室では、希望が重なれば、じゃんけんやあみだくじで鉄鋼メーカーを選んだりしました。新日鉄と神戸製鋼の差は大きくありません。

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鉄鋼各社に分かれた後も母校の研究室OBの結びつきはあり、鉄鋼協会や金属学会の学会は、さながら同窓会のようで、情報交換もおおらかでした。

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だから、神戸製鋼だけに特殊な技術者が集まったとは考えられません。どの鉄鋼メーカーも同じです。言葉を換えれば、今回と同じ問題はJFEでも新日鉄住金でも、日新製鋼でも東京製鉄でもTOPYでも起こりうるということです。

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それでもなお、神戸製鋼固有の事情を探ってみます。そうすると、やはり阪神淡路大震災に思い当たります。 鉄鋼大手の中では規模が小さく、財務体質も他社(当時の新日鉄、川鉄、NKK、住金)に比べて見劣りした神戸製鋼ですが、この震災による神戸製鉄所の被害は特別でした。しかし、問題はその後です。

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ガントリークレーンを福山製鉄所から神戸製鉄所へ運ぶといった、敵に塩を贈る逸話もありましたが、とにかく復旧工事は猛スピードで進みました。倒壊した天井クレーンの修理に駆け付けたクレーンメーカーの技術者は寒い屋外で寝袋にくるまりながら、作業に従事しました。神戸製鋼の社員はそれ以上に、一所懸命仕事をしたそうです。その結果、高炉がわずか2.5ヵ月で再火入れされるという奇跡を人々は経験しました。しかし、その後がいただけません。

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神戸製鋼の社長(当時)は、復旧作業に従事した人を讃え、地震発生直後に現場に駆け付け、それ以降、休日はおろか睡眠時間もない不眠不休の作業を行った彼らの働きぶりを美談として語りました。

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しかし、これは本当に美談なのか?

当然ながら社員には、自らが被災者だった人も多くいます。自宅が倒壊して避難所暮らしだった人もいるでしょうし、家族に怪我人や犠牲者がでた人もいるはずです。仮にそれらの災害を免れても、家族はライフラインを絶たれ、食糧にも事欠く日々が続いていたのです。 その家庭を顧みず、会社の為に滅私奉公で働くことが良い事なのか? これでは電通も真っ青のブラック企業ではないか? コンプライアンスはどうなっていたのか?(当時、そんな言葉はありませんでしたが)。

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製鉄所の復旧は、会社の経営上の緊急課題です。大きさにもよりますが、高炉が1日止まれば、損失は数億円に上ります。だから急ぐのは分かります。でも、あの時点の神戸製鋼の状況を考えれば、高炉の復旧が仮に一月遅れても会社が倒産した訳ではありません。 実際、製鉄所では高炉が冷え込んで出銑できなくなるというトラブルがまれにあります。一月間ほど高炉が不調になれば、数十億円の損失がでますが、それで会社が潰れることはありません。製鉄会社が潰れるのは、旧山陽特殊鋼や旧寿製綱、あるいは救済合併された旧住金の例を見る限り、経営者が絶望的に愚かだった場合だけです。くどいようですが、設備トラブルや生産停止で製鉄会社は潰れません。あくまで経営者の能力・資質だけが倒産の理由となります。

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神戸製鉄所の迅速な復旧で得をしたのは、滅私奉公で働いた社員ではなく、経営者と株主(流行りの言い方ではステークホルダー)です。 社長にしてみれば、それらの利益のために、非常事態の家庭を顧みず、働いた社員はいじらしいでしょうが、それは美談ではありません。 そしてそれを肯定したところから、同社の歯車は狂っていったはずです。

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会社の為に他のことを犠牲にする・・という価値観は、大震災のあと、市民権を得て、会社の中の常識になっていきます。 会社ファーストの思想はやがて独善的になり、データの改竄や捏造をしても、それが会社の利益になるのならいいではないか?という、まさに「空気」ができあがります。そして経営者はそれを「良し」とします。

やはり、価値観が倒錯し不正がはびこったのは、「空気」のせいです。

想像の域を出ませんが、その「空気」ができたのは、大震災以降でしょう。

鉄鋼が最初なのか非鉄が最初なのか、これは分かりませんが、神戸製鋼の「空気」を考える必要があります。

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では最近になるまで、内部告発は無かったのか? 不正を正そうとする意見や不正を発見しようとする試みは無かったのか?

それは多分無かったのでしょう。 前述の通り、製鉄所の技術部門の職場とは、等質な教育を受け、仲間意識に強い技術屋が構成する一種のギルド的な世界だったからです。

 

それについては次号で申し上げます。


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【 神戸製鋼について思うこと その2 】 [鉄鋼]

【 神戸製鋼について思うこと その2 】

 

2. 統計学的な手続きを理解しているか?

オヒョウが製鋼工場に配属されてびっくりしたことがあります。300tonの溶鋼の成分を分析するのに、小さな柄杓でサンプルを掬い、小さなカプセルに入れて分析室に送るのです。

「このサンプルの代表性はどうやって保証するのですか?」と尋ねると、先輩の技師は「溶鋼中の溶質元素の拡散速度は非常に速く、成分の均一性は担保されている」と答えました。

実際にはそうでもない・・というのは工場の中で働き始めて理解しました。

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溶鋼の場合はそれでもいいですが、固まった鋼の場合は問題です。一つのロットでも圧延条件、熱処理(焼き入れ焼き戻し)条件等、性能にバラつきが出ます。測定結果に一定のバラつきがあることを前提にして考えます。

そのうえで、母集団との比較で、調査対象のロットの測定値が、バラつきの範囲内で合格とみなすべきか、異常でイレギュラーとみなすべきかを判断するには、F検定などの統計学的な手法が必要となります。

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そのF検定を行うには、判断に必要なサンプル数が必要ですが、膨大なサンプルで機械試験を行うには、お金と時間が必要です。(作業の多くはロボットが行いますから人手はそれほど必要ありません)。

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全ての生産現場では納期短縮や、中間在庫の削減、コスト低減が求められますから、膨大なサンプルで機械試験を行うことは目の敵にされます。そうなると、合理化の一環で、機械試験の回数は減らされます。その過程でデータ改竄や、捏造の誘惑に駆られます。

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もともと、日本の工業製品の品質の高さとは、高精度の作り込みやバラつきの少なさに裏付けられていました。例えば、板の上に、許容誤差プラスマイナス1mmで印を付けよという課題を出したとします。日本の職人なら、その印の位置分布は図-1でした。ドイツの職人なら、図-2です。中国の場合は、多分図-3でしょう(こればオヒョウの想像です)。

 

 発生確率分布.png

バラつきを減らすというのは品質管理の要諦であり、戦後の日本が品質管理手法を現場に持ち込んで以来継続するモノづくりの基本思想です。

その延長上に、3シグマや6シグマという、許容不良率を規定する考え方があります。

しかし、バブル崩壊以降、メーカーのトップの考え方は大きく変化しました。

-1の作り込みは、オーバースペックではないか?不要な精度を確保するためにコストと時間がかかっているのなら、そこを合理化して必要最小限の品質でコストミニマムの製品を作るべきではないか? という意見です。図-2を目指してはどうか?という考えです。

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その結果、日本のメーカーの品質のバラつきは、図-1から、図-2に変化してしまいました。

しかし。ドイツ人はどうか知りませんが、ぴったり図-2の枠に納めることなんてできません。どうしても、図-3になってしまいます。そうすると、かつては無かった許容公差を外れる部分が発生します・・・・。それをどうするか?

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少し前の日産自動車のCMで、矢沢永吉が、「やっちゃえニッサン」とつぶやく場面がありましたが、日産だけではありません。日産も神戸製鋼も東芝もズルをする時には、「やっちゃえ」と心の中でつぶやいたに違いありません。

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神戸製鋼は、図-3のはみ出た部分をごまかし、図-2に見せたのでしょう。

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では、オヒョウが勤務した旧S金属の場合はどうだったか・・・。

私が扱った分野では何重にも規格がありました。

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一番広く、緩い規格はJIS規格です。それに該当しなければ、話になりません。後進国や中進国が製造する無規格の駄物と競争しても価格面で勝ち目は無いからです。

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そのJIS規格の内側に、社内規格があります。住友の製品としてカタログに乗せ、販売するためには、差別化が必要であり、JISよりも厳しい規格になります。

さらに特定の顧客との契約時には、もっと厳しいスペックが要求されることになります。石油パイプライン用材料はAPI規格に準拠することが必須ですし、NACEBPといった条件も付加されます。ほかにも、いろいろな条件が付与されます。

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その段階では、それらの規格を満足する鋼材をつくれる鉄鋼メーカーは世界に数社しかなく、競争というより、お客と一緒に世界最高のものを作ろう!という気概に燃えることになります(少なくともオヒョウはそうでした)。

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そうして受注後に現場で製造する訳ですが、実際の製造時にはバラつきの発生も考えて、もっと狭い範囲で、成分値は目標管理されます。

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しかし、そこは人間のすること・・・。成分外れや機械試験外れは発生します。そこで、製造現場は品質管理担当と協議します。品質管理担当は、成分設計の技術者と相談し、社内管理では外れていても、客先と約束した範囲に入っていれば、そのまま特採として合格扱いにします。客先と約束した範囲を外れていれば、特採は許されず、製品は転用するかスクラップにして、作り直しとなります。ごくまれに、客先が許可した場合は、客先が認めた特採対象としてそのまま出荷されます(外れ幅が小さく、納期が逼迫している場合等)。

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何重にもチェック機構があり、改竄や捏造は、一個人では不可能だったはずです。つまり言葉を換えれば、今回の神戸製鋼の不祥事は、一個人の犯罪ではなく、組織ぐるみだったということです。

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では、JISISOの審査機関は機能しなかったのか?あるいは製鉄所内には内部告発を考えた人はいなかったのか?という問題に突き当たりますが、その辺りは次号で管見を述べたいと思います。

 

以下 次号


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【 神戸製鋼について思うこと その1 】 [鉄鋼]

【 神戸製鋼について思うこと その1 】

 

ご承知の通り、神戸製鋼で製品の品質保証手続きに不正が見つかり、大きな問題になっています。最初はアルミ・銅といった非鉄部門だけでしたが、やがて主力の鉄鋼部門にもスキャンダルは広がり、同社の信用は大きく毀損されました。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO22886420Q7A031C1X11000/?n_cid=DSTPCS001

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この問題の背景や原因について、多くの人がいろいろなことを語っています。

曰く、バブル景気の後の、経営の引き締めの過程で、同社は「ものづくり」の根底にある大事なものを見失ったとか、派遣などの非正規社員ばかりを増やし、職人気質の現業社員が引退する時の技術の伝承ができなかったとか・・・。

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でも、私はどれも少し違うように思います。報道では不正が行われたのは40年ほど前からだそうです。問題はもっと根深そうです。では、今回のスキャンダルの原因は何か?あるいは他の鉄鋼メーカーはどうなのか?オヒョウはどう考えるのか?と訊かれると、返答に窮します。

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専門外の事なら、無責任な知ったかぶりを書き散らすオヒョウですが、製鉄所の品質管理問題は私の専門外とは言えません。現時点で情報は限られていますし、無責任なことは書けません。

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それでも敢えて言うなら、今回の問題の根本の原因は「空気」ではないか?と言いたいです。

昭和時代の作家にして、評論家、書店主であった山本七平は「空気の研究」という不思議な本を著しています。彼は日本社会と日本人を客観的に眺めることが得意でしたが、彼によれば、日本の組織が何かを決定する場合は「空気」が非常に重要な役割を果たすというのです。

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戦艦大和を沖縄特攻に向かわせたのも空気だそうです。責任者である誰かが決断して命令したというより、特攻に行かざるをえない雰囲気が海軍にあったため、大和は特攻に出発したようです。

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神戸製鋼の場合も、最初に誰がデータの捏造をしろと命令したのか、あるいはJISISOを欺くよう誰が指示したのか・・を追及してもダメでしょう。誰か特定の個人ではなく、団体として、ぼんやりとした暗黙の了解のうえで不正は始まったのでしょう。

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無論、そこにはいろいろな背景があります。

1. 一流の大企業であること

神戸製鋼には金属材料の権威がたくさんいて、一部の分野では産官学の研究をリードする会社です。鉄鋼便覧の執筆者にも名を連ね、工業規格の作成にも影響を与える研究者が多くいます。場合によっては、ユーザーである機械メーカーよりも、品質問題に詳しい専門家がいます。そうなると、なぜ専門家である我々がJIS規格を遵守しなければならないのか?という疑問が湧きます。そこで、「自分達が判断すれば、それで良いではないか?」という驕りがでます。そこに陥穽があります。

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神戸製鋼の製品の代表である鋼製ワイヤーの場合、(用途によって異なりますが)、例えばエレベーター用途では安全率は5以上が基準です。つまり、エレベーターの定格荷重が200Kgであっても、実際には1000Kg乗せても破断しない・・という設計です。

「それなら、鋼材の性能が多少劣っても事故には至らないではないか」。安全率の設定には、品質のばらつきを補償する意味もありますが「自分達の製品のばらつきは小さいから、そこまで余裕をみる必要はない。どうせ問題は無いのに設計者は慎重に過ぎる」と考えたくなります。しかし、材料屋はあくまで材料屋です。設計に干渉するというか、設計の安全率、即ち設計思想まで勝手に忖度するというのは、倨傲にすぎます。

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日本を代表するメーカーの場合、その驕りに気を付けなくてはなりません。オヒョウの経験を言えば、ある品質問題でトヨタ自動車を訪問したことがあります。どうせ、鉄鋼の専門家はこちらだから・・と高をくくっていたところ・・・、応対してくれたトヨタの技術者は、オヒョウ以上の鉄の専門家でした。大学の専門も鉄鋼材料ということで、製鉄所の技師と同じ土俵で同じレベルで議論できます。あやうく私は恥をかくところでした。

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神戸製鋼の幹部や管理職者に、鋼材(特に高性能の線材条鋼や、薄板の超超ハイテン)について「俺たちが一番詳しいのだから」という慢心があったならば、不正行為の引き金になります。

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しかし、今回の事件にはそれ以上に根深い問題がたくさんあります。神戸製鋼固有の問題もあれば、鉄鋼メーカー全体について言える問題もあります。また戦後の日本のメーカーすべてに共通する問題もあります。

それについては次号で申し上げます。


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【 事故と責任 その1 】 [鉄鋼]

【 事故と責任 その1 】

 

いささか旧聞ですが、3年前の新日鉄住金名古屋製鉄所の爆発事故に関連して、同社の管理職2名が業務上過失傷害の容疑で書類送検されました。今後、起訴されるか否かは未定です。同時に半田労働基準監督署も労働安全衛生法違反の容疑で法人としての同社と別の社員2名を書類送検しています

http://www.nikkei.com/article/DGXLASFD06H3J_W7A600C1CN8000/

この事故は、死亡災害こそ免れましたが、15人が怪我をした大事故で、近隣にも大きな迷惑をかけました。製鉄所長は更迭、副社長が愛知県知事に謝罪に訪れるなど、新日鉄住金にとって、大失態ともいうべき事件でした。

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いずれ、原因調査が完了し、責任の所在が明らかになれば、刑事罰の対象も明確になるだろうと思っていましたが、警察が送検したのは、当時の工場長(製鉄所長ではなく多分コークス工場長)と当時のコークス課長という2人の中間管理職です。

理由は、乾燥した石炭を長期間貯留すれば、自然発火する可能性があるのを知りながら、あえて石炭の移動などの指示をしなかったという「無作為の罪」です。

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現実は、そんなに簡単ではなく、事故発生の経緯ははるかに複雑だと思うのですが、あえて単純化しています。 実際のところ、工場長や課長が、自ら石炭槽の内容物の乾燥状態や保管期間を把握し、具体的な積み替え指示をしていたとは考えにくく、実際に状況を把握し操作していたのは、その部下だろうと思います。しかし、具体的な指示を出していなくても、監督責任は免れるものではなく、最終的には管理職の責任になります。でも、なるほど・・と思う半面、これでいいのか?という疑問も残ります。

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事故や災害の責任を追及する際、現場で操作していたオペレーター個人に求める考え方と、その行為者を監督すべき立場の管理者に求める考え方、組織の代表者として経営トップに求める考え方の3種類があります。

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普通、刑事罰の対象になるのは、直接の行為者か、監督する立場の人の場合が多く、経営トップの責任が議論されるのはまれです。組織に明らかな欠陥があって、それが危険をもたらす事を承知の上で放置していたとか、経営トップの指示が、ことさらに安全を無視・軽視するもので、安全対策を阻害していた・・等の場合以外は、経営トップには罪は及びません

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では事故や災害の責任は誰が負うのでしょうか? 私はやはり経営のトップに一番大きな責任があると思います。

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製鉄所で最もあってはならないことは死亡災害です。例え高炉が冷え込んで出銑できなくなっても、例え大停電で圧延ラインが止まっても、例え黒煙モクモクの公害騒動を起こしても、死亡災害に比べればましです。従業員やその他の人々が怪我をしたり、亡くならないことが一番大事です。

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しかし実際には、死亡災害は無くなりません。 景気が良くなればなったで、忙しさのために災害は発生しますし、景気が悪くなればなったで、非定常作業の増加などで死亡災害は発生します。そして災害を出した工場の工場長や、災害発生部門の室長は社内で厳しい責めを負うことになります。 つまり安全管理や防災対策を徹底しなかったために災害が起きたのだ・・という理屈です。

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しかし、不思議なことに災害を出すか出さないかは、その管理職の昇進にあまり影響を与えません。某製鉄所の歴代の製鋼工場長を眺めると、一番人望があり、評価が高かった(とされる)工場長は、在任中に一番死亡災害の件数が多かった人です。また最後に死亡災害を出した時の工場長は副社長まで昇進しています。 しかし、その一方で部下に怪我人を出したために出世コースから外れた人もいます。

これはどういうことでしょうか?

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どんなに管理者が努力・留意しても、災害や事故はある確率で発生します。無論、各種の対策を徹底することで発生頻度は下がりますが、ゼロにはなりません。 たまたまその人が工場長だったり室長だった時に、事故や災害が発生したとしても、それは運が悪かったのだという見方もあります。 

今回の、名古屋製鉄所の爆発・火災事故で、中間管理職の工場長と課長が送検されたことに微妙な違和感を持つのはそのためです。

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一方で、災害や事故は後の対応が大変です。遺族への陳謝・慰撫、監督官庁への対応、元気をなくした職場への励まし、等の各種のフォローが必要ですが、(言葉は悪いですが)それらをそつなくこなした管理職は高い評価をえます。一種の怪我の功名です。

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逆に左遷や異動の候補になっていた管理職の場合、事故や災害をきっかけに異動させることもできます。 事故や災害は口実にも利用されるのです。

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繰り返しになりますが、災害・事故の有無は必ずしも人事評価に反映しません。

そうなると、経営者は真剣に事故防止や災害防止を考えているのか?ということになりますが、本当のところは私には分かりません。 想像するに、中間管理職の段階を過ぎて、上級の管理職または経営者のレベルに達すると、最重要関心事は、安全や災害ではなく、業績になるのでしょう。

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新日鉄住金の場合、ROE 5%が経営者の合格ラインになるそうです。現実には5%に到達していないため、米国の株主から会長と社長の解任を提案されたそうです。 一方で死亡災害をだしたから、あるいは公害をだしたから・・という理由で会長や社長を解任するという動きは全くありません。

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死亡災害は、毎年ほぼ確実に発生しますから、そんなことを言い出すと、誰も社長を続けることができなくなる・・という意見もありましょうが、それはナンセンスです。

ROEと部下の生命のどちらが大事か・・という質問になります。

経営が厳しさを増す中、安全対策や事故対策の優先順位が下がり、経営上の最大関心事でなくなるというのは非常にまずいと思います。

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ではどうすべきか?

私は重大事故を出した場合、当該製鉄所の所長は解雇、社長と副社長は1年間、報酬を100%減額というくらいの対応が必要だと思います。 一年以内の退職時は退職慰労金はもちろんなしです。 それが覚悟というものです。

今回の名古屋製鉄所の事故では製鉄所長が更迭されていますが、全く不十分な対応です。

多くの事故・災害・公害で、犠牲者の遺族、あるいは被害を受けた近隣の住民の処罰感情は高いのに、現状ではそれに答えていません。それに甘い処分の先には、不完全な再発防止策しか見えてきません。

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刑事責任が末端のオペレーターや中間管理職にしか及ばないのなら、なおさら経営責任については、経営トップがしっかりとるべきだと思います。 

以下、次号


【 米国の鉄鋼業 その2 パイプをどうする? 】 [鉄鋼]

【 米国の鉄鋼業 その2 パイプをどうする? 】

 

前回の繰り返しになりますが、米国の石炭産業の復活を掲げ、自動車産業の国内回帰を唱え、鉄鋼の専門家を閣僚に入れるトランプ大統領は、米国の基礎産業の復活に、まじめに取り組むかも知れません。

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ニューヨーク出身の彼が、米国北部の伝統的産業である、鉄鋼、石炭、自動車、機械などの産業にこだわるのは、ある意味で当然かも知れません。

同じ共和党でもブッシュ政権時代は、南部のテキサス州が地盤で、石炭ではなく石油産業を重視しました。国務長官だったラムズフェルドなど、石油関連産業の経営者を要職に据えましたし、ブッシュファミリー自身も石油産業で潤った一族です。

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同じ米国内でも、この北部と南部の違いを意識してか、トランプ大統領は鉄鋼産業に肩入れします。鉄鋼業界もトランプ氏のこの姿勢を歓迎します。

しかし、彼自身は、米国の鉄鋼産業にあまり詳しくないのかも知れません。

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先日も、Keystone XLと呼ばれる、米国とカナダを結ぶパイプラインの建設を提案しましたが、そこで用いられる鋼管は、当然米国製であるべきだ・・というスピーチが登場しました。

この大統領の声明は124日に出され、126日のAmerican Metal Market紙の1面に掲載されました。

それによると、溶鋼段階から、厚板、製管、コーティング段階までを米国で行う “by American Policy”を貫く・・というのです。 しかし、それは可能なのか?

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American Metal Market紙によればAIIS(アメリカ国際鉄鋼協会)は、早速検討に入ったといいますが、関係者は首を傾げており、「トランプ大統領は鉄鋼のことをあまり知らないのではないか?」という声もあるそうです。

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私の記憶が正しければ、エネルギーのパイプラインに適した高品質のUO鋼管を製造する工場は米国にはありません。フロリダのPanama Steelは厚板から鋼管を製造しますが、UOではありません。今からUOミルを建設するとなると・・・、トランプ氏の任期中には間に合いません。 材料となる厚板も、その元の鋼材を製造する製鋼工場もありません。

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北米で最も高性能なUO鋼管を製造できるのは、メキシコの太平洋岸のラサロ・カルディナス近くにある鋼管工場です。これは旧住友金属と現地資本の合弁で作られ、日本の住金で製造されるのと同レベルの大径鋼管を製造できます。

しかし、住金が手を引いたあとは、確か開店休業状態だったはずです。

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もともと、Keystone XLというパイプラインの建設は、オバマ前大統領が却下したプロジェクトだったのですが、トランプ氏が、一つの意趣返しとして復活させたものです。

もし、トランプ大統領が高性能・高品質のパイプラインを建設したいなら、ここはメキシコ大統領に頭を下げて、この工場を稼動させて、パイプを米国に運ぶしかありません。

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南部出身で、石油や鋼管の業界に詳しいブッシュ大統領なら、こんな間抜けなことにはならなかったのですが、トランプ大統領では仕方ありません。

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メキシコとの国境に壁を作り、その費用をメキシコに負担させる・・という暴言により、両大統領の関係は決定的に冷え込んでいますが、このパイプのプロジェクトを利用して両者の関係を回復することもできます。

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閑古鳥の鳴いている大径管工場を稼動できるならメキシコにとってもありがたい話ですが、それを機会にNAFTAの有用性を改めて確認することもできます。

パイプを用いた両国間のパイプ作りが可能になるのです。

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しかし、そこに問題点が一つあります。メキシコにあるのはUOの製管工場だけで、材料となる高品質の厚鋼板は外国から持ってくるしかありません。具体的には、日本から太平洋を横断して持ってくることになります。

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そうなると、NAFTAだけでなくTPPの有用性をトランプ大統領に認めさせることになり、日本政府としては面目躍如・・となるのですが、そう簡単ではありません。 日本では大分製鉄所の厚板工場の火災事故のために、当分、日本全体の厚板生産の能力が不足するのです。 

American Metal Market紙には、そこまで書いてありませんが、実に大分の厚板工場火災は、日本の経済外交にとって、全くの大痛なのです。

 

(我ながら、オチのひどさに自己嫌悪になりますが)。


【 米国の鉄鋼業 その1 昔の名前で出ています 】 [鉄鋼]

【 米国の鉄鋼業 その1 昔の名前で出ています 】

政治家としては未知数のトランプ大統領ですが、彼がどういう政策を行うかは、閣僚にどういう人物を選ぶか・・で占うことができます。いささか旧聞になりますが、ご存知の通り、外交については対中強硬派の人物や保護貿易主義の人物が起用されています。米国では伝統的に保護貿易主義者と自由貿易主義者が交互に登場するのです。

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そして、アメリカ政府の閣僚に私が名前を知る人物がなることなど、普通は無いのですが、今回は複数います。どちらも鉄鋼の関係者で、今の時代に重厚長大産業の関係者が就くというのは異例です。トランプ氏が鉄鋼や石炭など重厚長大産業を重視する現われかも知れません。既に多くの報道がなされていますが、一番的確なのは日経新聞の西條氏の記事です。

http://www.nikkei.com/article/DGXMZO12003590T20C17A1000000/?df=2

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一人は、NUCORの経営者として有名なダニエル・デミッコ氏です。彼に会った人の話では、非常にきさくな人物で、フランクな性格、誰とも気軽に話し、そして即断・即決する人物だそうです。実にアメリカ的な経営者です。全体的には沈滞ムードが漂う米国の鉄鋼業界で一人勝ちに近い実績をあげた人物を政権のアドバイザーに起用するということは、本当に米国の基礎産業にてこ入れする気かも知れません。

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もうひとりは、USTR(米通商代表部)の代表となるロバート・ライトハイザー氏です。

http://www.msn.com/ja-jp/news/world/%e3%80%90%e3%83%88%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%83%97%e5%a4%a7%e7%b5%b1%e9%a0%98%e5%a7%8b%e5%8b%95%e3%80%91%e3%80%8c%e3%83%91%e3%82%a4%e3%83%97%e3%82%82%e7%b1%b3%e5%9b%bd%e8%a3%bd%e3%81%a0%e3%80%8d-%e3%83%88%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%83%97%e5%a4%a7%e7%b5%b1%e9%a0%98%e3%80%81%e3%82%aa%e3%83%90%e3%83%9e%e6%b0%8f%e5%88%a4%e6%96%ad%e8%a6%86%e3%81%97%e3%81%a6%e3%83%91%e3%82%a4%e3%83%97%e3%83%a9%e3%82%a4%e3%83%b3%e3%81%ae%e5%bb%ba%e8%a8%ad%e6%8e%a8%e9%80%b2%e3%81%ae%e5%a4%a7%e7%b5%b1%e9%a0%98%e4%bb%a4/ar-AAmc9ux?ocid=LENDHP

彼は1980年代~1990年代 USTRの副代表でしたが、その時期に、日本から米国への鋼材輸出は急ブレーキがかかりました。1990年代の初めに私が米国に赴任したとき、私がした仕事の一つは、日系の自動車会社などのユーザーに、日本からの鋼材の代わりに、米国のパートナーの会社の鋼材を使ってくれ・・とPRする奇妙な仕事でした。

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自社の製品を売るのではなく、ライバル会社の製品をPRするのですから・・。

現地(米国)に組立工場を建設して現地生産に切り替えられる自動車産業は結構ですが、鉄鋼業はそうはいきません。莫大な投資と時間がかかる一貫製鉄所の現地移転は困難です。

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仕方なく鉄鋼各社は、それぞれ米国内にパートナーとなる鉄鋼会社を探し、そこに技術移転して日系企業のユーザーをサポートしたのです。

新日鉄 =Inland Steel

川崎製鉄=Armco Steel

住友金属=LTV Steel

日本鋼管=National Steel

神戸製鋼=US Steel

日新製鋼=Wheeling Pits

といった具合です。米国の大手鉄鋼メーカーで日本と組まなかったのはBethlehem Steel

ぐらいで、米海軍の軍艦用の鋼材は、一手にBethlehem Steelが製造していました。

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ライバル会社に技術ノウハウや商権を渡すというのは奇異なことですが、鉄鋼業界では時々あります。八幡製鉄と富士製鉄が合併した時には、独禁法を回避するため、レール鋼の製造技術と商権を日本鋼管に譲渡しました。今話題の新日鉄住金と日新製鋼の経営統合ではMg入りの特殊メッキ鋼板の製造技術が神戸製鋼に譲渡される見込みです。

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しかし、米国の独禁法では資本関係にない会社同士が協力して技術を共有することを禁じています。そこで、日本の鉄鋼各社は米国のパートナーの会社に資本参加し、その多くは損失となりました。

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つまり、ライトハイザー氏がかつて副代表だった時代は、日本の鉄鋼業にとっては屈辱的で苦難の時代だったのです。その結果、日本からの鋼材輸出は激減し、20年後もその状態は続いています。今、日本から輸出されているのは、米国製鋼材では対応できない高級鋼が殆どです。

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そう考えると「昔の名前で出ています」とばかりに、ライトハイザー氏が再登場しても、日本相手に強硬な政策は実行できませんし、実施しても意味がありません。

スーパー301条をしかけたり、ダンピング訴訟を濫発するとしたら、中国や韓国が相手となる可能性が高いと思われます。しかし中国製鋼材は駄物が多く、米国の鉄鋼産業とすぐにバッティングする可能性は低いのです。むしろ安価な鋼材を入手できない米国の機械産業が困ります。

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そうなると、影響を受けるのは韓国です。韓国の鉄鋼産業については、現時点で内需が弱く、輸出に依存する比率が高いのですが、中国の景気減速、米国の輸入規制となれば、製品を持っていく先がありません。

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今現在は、大幅な黒字を出し、生産もタイトで繁忙感のあるPOSCOですが、ライトハイザー氏を相手にして大丈夫なのだろうか?韓国の鉄鋼業界は楽天的すぎるのではないか?・・と余計なことを考えてしまいます。

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しかし、トランプ大統領のこの政策は妥当なのか? 疑問です。

その辺りについて、次報で考えてみます。

以下 次報


【 産業の老いる日 その2 】 [鉄鋼]

【 産業の老いる日 その2 】

その現象は、まず大学のキャンパスで、あるいは高校の教室で起こります。 最初に学生や生徒が、自分の専攻分野として、鉄鋼・冶金・金属を選ばなくなります。 それから10年、20年後に、その分野での研究成果が減っていきます。学会が盛り上がらなくなります。 同時期に各企業の設備投資や研究開発費が減っていきます。 最後に企業の利益が減り、産業全体の規模が縮小していきます。米国ではその現象が起こりました。

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米国ではかなり前から、優秀な学生が鉄鋼業界に集まらなくなっています。30年ほど前に聞いた話ですが、エリート中のエリートとも言えるハーバード大学ビジネススクールを卒業したMBAの新人は、当時大会社であったUSスチールに誰も入らなかったのです。 

では理工系の学生達はどこへ行ったのか? IT業界でベンチャーを立ち上げたり、金融の世界に入る人もいます。 そして医学部へ進み医師になる人も多くいます。実際に物を作る機械や材料の分野は・・・あまり人気がありません。アメリカにも3Kの業界を嫌う傾向があるようです。

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一方、泥臭い技術の塊りである鉄鋼業界の方も、逆に学校秀才を敬遠したようです。ニューコアの創業者で伝説的な経営者であるケン・アイバーソンは、その自叙伝の中で、ニューコアとMBAとの相性が良くない・・と語っています。ものづくりの原点から離れたところで勉強した秀才は、製鉄所には不向きだったというのです。

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実は同じことが、大手高炉メーカーだったLTVでもありました。外からスカウトしたMBAは製品の値上げで、短期的に収益を上げることはできても、長期的な視野で製造業のビジョンを描けなかったのです。四半期毎の決算報告で瞬間的に良い数値を出せても、産業全体を見渡したり、長期的な計画を立てることができませんでした。

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アメリカの製鉄会社は研究開発部門を閉鎖し、そこにいた優秀な研究者は大学の教授に転じました。しかし、そこで研究が継続した訳ではありません。カーネギーメロン大学でもピッツバーグ大学でも、イリノイ大学でも、研究のスポンサーは製鉄会社です。産業の縮小は大学の研究にも影響を与えました。 そしてその大学の研究室で実験をして論文を書いていたのは、もっぱらアジアからの留学生です。彼らは研究がまとまると母国に帰ってしまい、米国での研究は、教授の引退とともに途絶えてしまいます。

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私は、自分でいうのもおこがましいですが、20年ほど前、重厚長大産業の衰退を米国と英国で見てきました。閉鎖されて錆びついた製鉄所、従業員の過半数がリストラされ、ガランとした厚板工場の事務所。閉鎖され、窓ガラスが割れた製鉄会社の研究所の建物。

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アメリカの現状は厳しい・・。20年ほど前、そう考えた私は、学会でシカゴに来られた京都大学のM教授にそのことを訴えました。M教授はマルテンサイト変態の研究で知られる気鋭の研究者でした。その後、住金の顧問や鉄鋼協会の会長も経験されています。

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シカゴのステーキハウスで夕食を取りながら、私は

M先生、米国の鉄鋼業は衰退の傾向にあります。まず若い人が鉄鋼業界を目指さなくなり、それが時間差を置いて、ボディーブローのように鉄鋼業の弱体化を招いています」 と言いますと、M教授は、

「それはね、日本でも起こりつつある問題だよ。まだまだ日本の鉄鋼各社は元気で、研究開発も盛んにおこなわれ、世界の鉄鋼業界をリードする立場にあるけれど、若い学生たちに、金属・冶金・鉄鋼の人気が無くなってきている。米国の現象と同じように、時間差を置いて、将来、鉄鋼業全体で、研究開発の低迷や、世界での日本鉄鋼業の地位の低下が懸念されるよ」

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京都大学のM先生は、その状況をひしひしと感じて危機感を持たれていました。

京都大学の工学部で、入学試験の合格ラインが低いのは金属工学科でした。東京大学の理科一類からの進学先で、金属工学科は早くから「底なし」でした。つまり、定員割れをきたし、成績順で選んだ場合、誰でも入れるという状態でした。

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M先生は 「だから学科名から、金属だの冶金だのという名前を廃して、材料工学とかマテリアル工学という名前にして、研究対象を広げたり、視点を変えたりしているのだけれど、あまり効果はないのだよ」

私は 「どうも金属とか冶金というと、実験はきついし、あまりスマートではないし、学生に敬遠されるのですね。 私の友人などは、長時間かかる平衡実験のために寝袋を抱えて、実験室に泊まり込む冶金の学生を揶揄して、『彼らは冶金専門で鉄屋を目指すと言うけれど、本当は夜勤専門で徹夜を目指しているのさ』と言っていましたよ」

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M先生は、「いや言葉遊びの問題ではない。僕だって、学科の名前を変えたところで、それで希望する学生が増えるなどとは考えていない。本当は金属学の面白しさと奥深さを学生や生徒に説明して理解してもらう事が重要なのだが・・・・。実験が大変なのは、理工系ならどの分野でも同じだよ。 根気と辛抱が必要なのはどの学問も同じだよ。でも、このまま金属・冶金を希望する学生が減っていったら、大学の研究室は外国からの留学生ばかりになってしまうね」と語って、肉の塊をパクリと口に入れました。

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実はこの問題は、金属・冶金だけの問題ではありません。日本では、理科系の大学を目指す高校生が減りつつあります。その理科系の学部でも人気のある医学部や、理学部、農学部に比べて、工学部の人気は低落傾向にあるそうです。

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理科系に進んだ、私の愚息二人を引き合いに出すのも、おこがましいのですが、一人は農学部、一人は理学部に入り、工学部には行きませんでした。

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今、日本鉄鋼協会の雑誌「鉄と鋼」や「ふぇらむ」を読むと、日本の金属学や鉄鋼の研究は、依然盛んです。 私が言うのも生意気ですが、研究レベルが低下しているとは思えません。 でも、1980年代のように革新的な技術が次々に出現する時代でもなさそうです。そして大学の研究室を覗くと、昔、米国の大学で見た景色と同じで、そこでは多くの留学生が活躍しています。 M教授が予測した通りです。

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強い既視感を感じながら、M教授の言葉を思い出します。

「本当は、金属学の面白しさと奥深さを学生や生徒に説明して理解してもらう事が重要なのだが・・・・」。

日本の鉄鋼業が、米国や英国の鉄鋼業の轍を踏まないために、行うべき事は多くありますが、時間的余裕はあまり無い・・・・。私はそう思います。


【 産業の老いる日 その1 】 [鉄鋼]

【 産業の老いる日 その1 】

 

今年の14日付けのAMM紙(American Metal Market紙)を読んでいたら、面白いことが書いてありました。 アメリカの鉄鋼産業には2017年問題とも言うべき問題があるというのです。それは鉄鋼各社で、今年、経営幹部から中間管理職、ベテランの作業員まで含めて、大量の定年退職者が出て、大幅な人事の刷新が行われる問題です。

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1980年代初頭、レーガノミクスで米国の景気が一時的に好くなった時期に、大量に就職した人達が定年を迎え一斉に退職するのです。記事の題名は“Steel moves a step closer to retirement ‘bomb’” というもので、2017年に発生する大量退職問題を時限爆弾に例えています。

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定年を迎える人が多いという、その点だけを聞くと、職場の若返りは結構なことじゃないか・・と思いますが、ことは簡単ではありません。

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米国の会社は業務の引継ぎや技術の伝承がシステマティックにできない場合が多いのです。会社側は技能や技術伝承のための教室まで設けて対応しているとの事ですが、そううまく行くとは思えません。ノウハウを失う製鉄会社は一時的に相当の戦力ダウンとなるでしょう。

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そしてもうひとつはいわゆるレガシーコストの問題です。退職者は会社と縁が切れる訳ではなく、退職者の年金(ペンションプラン)負担や医療保険負担が会社にのしかかります。現在働いていない人達のコストを会社が負担するのです。

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オバマ大統領が考えた一種の国民皆保険制度(いわゆるオバマケア)は、米国の医療保険制度を根本的に見直すはずでしたが、トランプ次期大統領はそれを反古にする考えです。会社が退職者のために負担するコストは減らないでしょう。そしてその退職者が2017年に一斉に増えるのです。一部のミニミルを除き元気がない米国の鉄鋼産業にとって、2017年問題は頭の痛い話だろうと思います。

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それでは、日本の場合はどうだろうか?と考えます。日本はやはり米国と違います。年金負担は、一企業の問題というより国全体の問題として捕らえられています。定年を迎える人達の意識も違います。 私オヒョウも含めて、定年後も働こうという人が多くいます。会社から請われて嘱託や顧問で残る人も多くいます。(勤労意欲旺盛ということもありますし、定年から年金受給開始までの間の収入確保という事情もあります)。 団塊の世代の退職もそれほど一斉ではありませんし、技術・技能の伝承も外国よりはうまくいっています。 それでもベテランの退職に伴うロスは大きく、技術・技能の伝承は、鉄鋼各社の大きな課題です。

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高炉の操業技術などは、AIを活用して、技術伝承を進めています。語り部となるベテラン作業長から聞き手の技術者がノウハウを聴き取り、それをLISPPROLOGといった言語のプラグラムで、コンピューターに移植し、ノウハウの喪失を防ごうとしました。数万ステップに及ぶプログラムでベテラン作業長の知識・経験を全て網羅できたかは不明ですし、人工知能そのものも、現在あるIBMのワトソンなどと比べれば素朴なもので限界があった訳です。

しかし、この現代の太安万侶と稗田阿礼の努力のお陰で、米国の2017年問題のようなことは防止できています。

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しかし、人材に関して問題は無いのか?と言えばおおありです。 鉄鋼産業に於ける人材の問題は、先進国共通で、良質の人材は枯渇しつつあるのです。 そして人材の枯渇こそが産業を衰退させるのです。

 

そのあたりの事情については次号で管見を述べたいと思います。


【 重力場とデンドライト(柱状晶) 】 [鉄鋼]

【 重力場とデンドライト(柱状晶) 】

 

昔、雑誌「鉄と鋼」で見た不思議な写真を覚えています。

金属結晶の写真ですが、一方向凝固の過程で、定期的に明瞭なデンドライト(柱状晶)が現れ、その後にデンドライトが消滅して、等軸晶(equiaxial crystal)の領域が現れ、さらに再びデンドライトが現れる写真です。これは飛行機の急降下で短時間の微小重力状態をくりかえし発生させ、その間に一方向凝固を行う実験の結果です。

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重力が存在する環境下ではデンドライトが成長し、重力が存在しないか微小であればデンドライトにはならない・・という証拠写真でした。(残念ながら引用元の文献を失念しました)

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確実なのは、デンドライトの成長には液相側に流動の存在が必要ということです。

一般的には、温度差+濃度差 → 密度差・比重差 → (重力下での)対流の存在と考えれば分かりやすく、重力場の存在はデンドライト成長の必要条件と考えられたのです。例えば以下の報告があります。

http://www.jasma.info/wp-content/uploads/past/assets/images/jornal/19-2/2002_p125.pdf

https://www.jstage.jst.go.jp/article/tetsutohagane1955/76/8/76_8_1211/_pdf

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1980年代、私は鋼の凝固においてデンドライト凝固がカタストロフィックに終了し、等軸晶凝固に切り替わる引き金となる条件は何か?を考えていました。いろいろな説がありましたが、はっきりしません。上司・先輩のアドバイスでは液相側で流動が無くなることが引き金だろう・・とのことでした。

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重力は常に一定ですから、流動を妨げる抵抗の存在が重要であると思われました。凝固が進むと液体の流路が狭くなり、流動抵抗が増し、流動限界固相率に達するとデンドライト成長は止まりますが、その流動限界固相率をDarcy流れの理論に基づいて、北海道大学の高橋教授などが計算されました。

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しかし、私は重力とデンドライト成長の関係について、いまひとつ理解できなかったのです。その疑問は今も続いています。疑問点は多くありますが、

1.液相側の局所的な濃度差や温度差は、それほど大きいとは思えません。はたして強い熱対流を起こす理由となりうるのか?仮に熱対流があったとしても、マクロ的な溶鋼流動に比べて相対的に小さく無視しうるのではないか?

2.重力場は、方向が一定で下向き(当たり前ですが)。一方、凝固は三次元的で、各方向にデンドライトは成長する。垂直方向の成長と水平方向の成長に差が見られないのはなぜか?

3.熱対流がなくても他の対流が存在する。重力場がなければ熱対流はないが、他の対流、例えばマランゴニ対流の影響を考慮すべきではないか?

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特に3は重要なポイントで、微小重力下でもデンドライトはできるのではないか?というのが私の考えですが、それについて専門家から解答やアドバイスをいただくことはできませんでした。当時、私は製鉄所を離れて海外事務所に異動になったからです。

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ご専門でない方に申し上げます。マランゴニ対流とは重力の代わりに表面張力が原因となって起こる対流のことです。目に見える例としては、ワイングラスの内側でワインの雫がなかなか液面に降りてこない現象があります。「エンゼルの涙」とか言うそうですが、私は文学的な表現が苦手です。

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無重力下または微小重力下ではマランゴニ対流が顕在化して、通常とは異なる形態のデンドライトができるはずではないか?それなのに等軸晶になるのはなぜか?

どうも飛行機や竪坑を用いた短時間の微小重力実験ではそこのところが分かりません。 誰か本格的な実験をしてくれないかな?と考えていましたが、ちゃんといました。

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デンドライト成長とマランゴニ対流の関係を研究した例として、阪大の岡野氏の研究などがあります(残念ながら鉄鋼ではありませんが)。

http://www.jasma.info/wp/wp-content/uploads/2013/02/2013_p002.pdf

そして宇宙ステーションでは大西宇宙飛行士が本格的にマランゴニ対流の実験を行う予定です。

http://www.nikkan.co.jp/articles/view/00397830

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実は宇宙ステーションの運営を考えた場合、難しいのは、研究のマネジメントです。もっと言えばコストに見合うような研究テーマを継続的に確保できるか?です。 無重力に近い微小重力、非常に気圧が低い高真空、宇宙空間の厳しい放射線環境、それらを有効活用し、宇宙空間でなければできない実験テーマはそれほど多くありません。一方、宇宙飛行士を一定期間、宇宙ステーションに滞在させて、実験を行うためにかかる費用は莫大です。本当に行う価値のある研究・実験テーマを掻き集めて計画を立てないと、せっかくの日本の実験棟「きぼう」も遊んでしまいます。 正直に言って、これまでの日本の研究テーマの中には、どうでもいい研究が多く含まれていました。

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魚のコイは宇宙酔いをするか?なんてテーマは、人間が宇宙酔いをするか否かを確認するための基礎実験だったそうですが、既に人間の宇宙飛行士が長期間宇宙に滞在しているというのに、今更コイで何を確認するのでしょうか? 無重力下でクモはどのように巣を張るのか?なんてテーマも・・・どうでもいい事に思われてなりません。

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研究テーマを提案した学者達は真剣だったのでしょうが、実験を請け負わされる宇宙飛行士達はどう思っていたのか・・・。多分ばかばかしいと思いながら実験したのではないでしょうか?

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金属関係の研究も多く実施されています。特に、比重差が大きく、重量のある地上では決して均一に混じらない2種類の金属を混ぜて、新しい物質を作り出す研究が宇宙実験で進歩しました。 しかし、凝固現象の本質の追及という点ではデンドライトの研究の方が面白そうです。

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繰り返しになりますが、金属凝固にマランゴニ対流の影響が現れるか否か、これは興味深い問題です。そして私が長い間、解を求めて得られなかった問題です。今回、大西宇宙飛行士の実験によって、それが明らかになるのだとしたら、実に楽しみで、ワクワクします。 

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問題は、その答えが出る時、私がまだ現役の鉄鋼技術者でいるかですが・・・。


【 リストラの大地 その2 】 [鉄鋼]

【 リストラの大地 その2 】

日本の製鉄所でも一部が空洞化したり、スクラップ化されたりします。

高炉を失った製鉄所では、その喪失感は、製鉄所内部だけでなく、企業城下町であるその町全体に広がります。 釜石、堺、広畑などで発生したことは、今小倉の町で進行しつつあります。

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高炉以外でも、企業のリストラの一環で一部の工場が無くなることがあります。W製鉄所では、大径鋼管工場と厚板工場が無くなり、設備はそれぞれ外国に売却されました。厚板工場がなくなり、がらんとした建物だけが残る・・というのは、寂しい風景です。

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残された巨大空間を利用して、社員の気持ちをなんとか盛り上げ、元気づけようと考えたのは、後で社長になるT野さんです。 彼は厚板工場の跡地を利用して人力飛行機を組み立て、毎年琵琶湖で開かれる鳥人間コンテストに参加することを提案し、実現させました。

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作られた飛行機自体は、かなり劣悪なもので、成績もさんざん・・つまり、飛び出した後、すぐに自由落下して終了・・・したそうですが、ひとつのお祭りとしてW製鉄所の社員を元気づけたのは事実です。

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しかし、今回リストラされる、中国の製鉄所が皆人力飛行機の組み立てをする訳にはいきません。 空き家となる工場の一部は電炉工場に作り替えるとしても、膨大な余剰人員をどうするか? 中国政府の鼎の軽重を問われる問題です。

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一般論として、マクロ的な産業構造の転換を語る場合、第一次産業から第二次産業へ、第二次産業から第三次産業へと、移動を促す訳ですが、これは容易ではありません。それができるような器用な人、あるいは優秀な人は、自分で転職していきます。

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昨日まで溶鉱炉の炉前でヘルメットと耐熱服を着て作業していた人が、いきなり小売店の販売係をしたり、保険の外交員をしてもうまくいくはずがありません。

日本でも産業構造の変化に伴う、雇用の需要と供給のミスマッチが問題化していますが、これは中国でも全く同じです(多分韓国も)。どこの国でも同じなのですが、リストラ断行の前に、職業教育の機会を充実させ、また社員の意識改革をする必要があります。 

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そして何よりも重要なのは、国家経済の余裕です。 そこが問題なのです。

中国の場合、目の前に超高齢化社会が迫っています。 長年の一人っ子政策のツケで、高齢者の占める人口比率は、まもなく日本を追い越します。 少子化の中、夫婦共働きが当然の中国の家庭では、自宅での介護は非現実的です。社会全体にとって老人福祉・老人介護は喫緊の課題になり、そして福祉産業は非常に重要な産業になります。

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鉄鋼業で大量の余剰人員がでれば、介護・福祉の産業が受け皿となって、引き取ればいいではないか?とは誰もが思う事ですが、そう簡単ではありません。

介護・福祉といったサービス業は、製造業のようにさらに経済を豊かにする循環機能はありません。サービスを受ける人は利益を得ますが、そこで終わります。

社会はコストを負担しますが、メリットを享受できません。 だから老人福祉の充実には、その負担に堪えられるよう、社会に富が蓄積していることが必要です。 北欧が福祉の先進国でありうるのは、富が蓄積した社会だからです。

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経済成長著しく、世界第二位の経済大国になった中国ですが、その点は弱いのです。

一部の資料では、中国の国家としての借金はGDP2.5倍とのことで、これは借金大国の日本の上を行きます。 日本と同じように、債権者のほとんどは国内なので、対外債務にはなっていない点はいいのですが、本当に豊かな国家を築くには甚だ心もとない状況です。

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どうせ私達の世代は、年をとっても年金など貰えないだろう・・と中国の若者は予測し、それならば・・と有意の人材は海外に流出します。 困った事態です。

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その中で、旧態依然の産業をリストラし、産業構造の転換を図らなければいけないのですが、まだ高度成長の余韻が残り、バブルが弾ける前の今しかチャンスはありません。田舎の小さな製鉄所は潰し、そこの従業員には、職業教育を施し、中国全土に新たな「青山」を見つけてもらうしかありません。

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そう考えると、中国経済には余裕は無いはずです。それなのに、中国政府がしていることと言えば・・・、お大尽よろしくアジア・アフリカの貧しい国々へのお金のバラマキ、そしてアメリカに対抗すべく分不相応に注ぎ込む軍事予算、誰も乗らない僻地への高速鉄道の建設、ゴーストタウン化が見えている中の大規模住宅建設、それに宇宙開発です。 一言で言えば成金趣味です。 他にお金を使うべきところはたくさんあるのに。

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鉄鋼だけではありませんが、一部の工業製品は、全世界的に供給過剰の状態です。その結果、近く始まるのは、厳しい過当競争です。そこで生き残るには、他の追随を許さない高品質化・高付加価値化、または他に負けないコスト競争力のどちらかが必要です。中国はこれまで他国に比べて圧倒的に優れたコスト競争力を持っていましたが、もうそんな時代ではありません。

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中国の人件費は急上昇し優位性を失っていますし、装置産業では設備の生産性がコストを決定します。 スクラップアンドビルドができない産業は滅びます。

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中国の製鉄所が経営破たんした後どうするのか?その展望が見えず、その準備もできていないようです。 どうしようもなければ、製鉄所の跡地をハリウッドの映画会社に貸して、廃墟の撮影に利用してもらうか、・・・あるいは人力飛行機を組み立てるか・・でしょうね。


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