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【 凝固現象解析 】 [鉄鋼]

【 凝固現象解析 】

 

今回は、鋼の凝固だけあって、ちょっと硬い話です。

単に溶けた鋼が冷えて固まるだけなのに、この現象がかくも複雑で難しいのは、鉄以外の成分が混じっているからです。ご専門の方には、何をいまさら・・と言われそうですが、鋼は純鉄ではなく、炭素との合金です。

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そして溶質元素は、凝固する過程で偏析を起こします。それが難解で複雑で、そして魅力的な現象なのです。液体の状態と固体の状態では、溶解しうる溶質濃度が異なるからで、固相と液相では濃度が異なります。その比率は平衡分配係数で示されますが、これはあくまで平衡論の世界です。 速度論ではまた違う景色が見えてきます。

K0Cs/CL  ここでK0は平衡分配係数、CSは固相中の濃度、CLは液相中の濃度です。

凝固現象は、一瞬で全体が凍るわけではなく順番に凍っていきます。だから偏析がおこるのです。

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そこで平衡分配係数に基づいて、基本的な偏析の式を示したのはScheilです。

Scheilの式は固液共存相において、溶質がどう分配されるかを示したものです。

CL=C0(1-g)(k0-1) ここで、C0は最初に全部液体だった時の濃度、は固相率です。

CS=K0CL=K0C0(1-g)(K0-1)

凝固が進行しますと固液界面は時々刻々移動していき、gが大きくなって1に近づきますが、この式なら物質バランスもとれて問題なく偏析を説明できます。

ここで重要なのは、液相中の濃度は均一なのに対し、固相中の濃度分布は不均一だという事です。固相中の濃度は、その部位を固液界面が通過した時の固相側の濃度が保存されます。つまり、液相中の溶質拡散速度は無限大で、固相中の溶質拡散速度はゼロという仮定です。

しかし、実際にはそうではありません。実際には、固相中でも溶質原子の拡散は進行します。ではどう考えたらいいのか? そこで解を出したのは、MITFlemings教授です。

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彼が考案したのは、Brody-Flemingsのモデルと呼ばれていますが、下記の前提条件を元に数学的に表したものです。

1. 1次元で考える

2. 液相は完全混合(濃度は均一)

3. 固相では有限な拡散が進行する

4. デンドライトは、放物線形状に成長する X/λ=(t/tf)(1/2)

   実はデンドライトの先端形状については、円形(球形)とするモデルも

可能です

 

それを数式で表すと偏微分方程式になります。

CL(1-k)dX/dt =Ds+(λ―X))dCL/dt at xX

CS=KCL                   at x = X

∂CS∂x0                 at x=0

∂CS∂t=DS2CS∂x2         in the solid

 

これを凝固偏析の厳密解と考えます。さらに、固相内の拡散を溶質拡散層の厚みを用いて近似すると、

CL=C01fs12γk)](k-1)(1-2γk)

ここでγ=Dstfλ2

 

この式を導出したFlemingsSolidification Processingは名著として知られ、凝固を学ぶ人達のバイブルとなっています。その後、さらに進んだモデルをチューリヒ工科大学のKurz教授、あるいは大阪大学の大中教授が考案されていますが、一般的にはBrody-Flemingsの式で凝固偏析の説明ができるようになったとされています。

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しかし、この方程式は容易に解けません。コンピューターで数値計算しようとしても、簡単ではありません。その問題を解決したのは、将棋名人でもあった小林純夫博士です。小林博士はこの計算にKummerの合流型の超幾何関数を用いて計算する方法を考えました。確か1988年頃の事です。

Kummerの合流型超幾何関数とは、F(p,q;z)Σ (p)rZr(q)rr!で示される関数で、液相の溶質濃度は、CL=C0Σξnfns で表されます。

本当は、この関数について詳述したいのですが、このブログの趣旨から外れます。

コンピューターは本来、無限級数で示される計算が得意ですが、この合流型超幾何関数は簡単ではありません。

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当時のワークステーションでも長い計算時間を要しましたし、パソコンでの計算は無理でした。小林博士は、パソコンでも計算できる簡易型の計算式も用意しましたが、Flemingsの厳密解を正確に計算できることがKobayashiの計算式の特長でしたから、簡易式はその特長を損なうものでもありました。

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その後、計算機の性能は飛躍的に向上し、かつてスーパーコンピューターの性能を、パソコンの性能が凌駕するようになりました。もう計算機の性能に悩む必要はなくなり、誰でもKobayashiの計算式を使って、偏析現象の確認と到達溶質濃度を把握できるようになりました。しかし、そこで問題があります。

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偏析の理論解、もしくは計算の解は、最終的に非常に高い値を示します。しかし、実際の鋳片の偏析レベルは確認が難しいのです。一般には、EPMAの線分析、或いはMAPPING ANALYZERが偏析レベルの評価に用いられますが、原子レベルでの偏析を把握できる訳ではありません。

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現場的に実施できる斜角カウントバックやドリルサンプル分析では、サンプルの単位が大きすぎて本来の偏析レベルの評価には不適当です。(それでも用いていますが)。偏析については、理論の方が実際の分析より先を行っているのです。

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Kobayashiの計算式の登場で、Brody-Flemingsの式の計算が可能になり、偏析の理論解析の問題は一段落しました。しかし、研究は進んでいます。イリノイ大学のBrian Thomas教授のグループはデンドライトの先端形状を円錐としたモデルで理論解析しています。横浜国大の戎嘉男博士は、デンドライト先端形状を球形にして、ポロシティの発生もモデルに取り込み、数値解析を3次元のテンソル計算で行う先駆的な研究をしています。

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しかし、1960年代から1980年代にかけて、凝固と偏析に関する理論解析が急速に進んだ頃に比べれば、少し研究がおとなしくなった印象があります。特に2000年以降、新しい理論研究の論文は少ないようです。

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それは多くの問題が解決し、取り組む課題が減ったからでしょうか?私は多分そうではないと思います。おそらく若い有意の研究者が鉄鋼の凝固にあまり魅力を感じず、取り組む人が減ったのが理由でしょう。数値解析の技術は全ての物理現象のシミュレーションに応用でき、何も金属や鉄鋼の凝固にこだわらなくてもいいのです。

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私は1980年代から1990年代にかけて、米国の高炉メーカーが衰退していくのを目で見ていました。産業構造の変化よりも、原料価格や為替の変動よりも重要なのは、人材の枯渇です。斜陽産業にはまず優秀な人が集まらなくなり、そしてあるタイムラグを置いて、産業全体がシュリンクしていきます。基礎的な凝固解析の世界でも、1990年代以降、研究者が集まらなくなっているのかも知れません。そう考えると少し暗澹とした気持ちになります。

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私自身は研究する機会もその能力もなく、研究者の不在を嘆く資格はありません。しかし、かつてBrian Thomas教授やKurz教授にお会いした時、その情熱的で研究心に燃えた姿勢に驚いた記憶があります。ああいう情熱的な研究者は21世紀に入って減りつつあるのかな・・・。寂しい話です。

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このブログを読まれた鉄鋼関係の技術者から「それは違う」と反論が来ることを

お待ちします。


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