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【 ロボット医者に頼る時代 】 [鉄鋼]

【 ロボット医者に頼る時代 】

 

知識を詰め込んで擬似的な知能を持たせたコンピューター(最近はAIと言いますが)が大流行です。そして、その知識の量も増え、内容もどんどん高度になっていきます。

その昔は、手書きの郵便番号の読み取りをコンピューターにさせるだけで、大変だったのですが、最近は自動車の自動運転に使われ、前方をフラフラと走行する自転車が自動車に接触する危険性まで予知するそうです。酔漢にはありがたい運転代行サービスも、そのうちコンピューターがするようになるでしょう。

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そのAIがさらに進化し、東大入試に合格するとか、医師国家試験もその内合格するだろうとの予想です。

http://news.mynavi.jp/news/2015/09/17/048/

http://techon.nikkeibp.co.jp/atcl/feature/15/327442/100300011/?ST=ndh

そう言えば、もう20年くらい前ですが、製鉄所の高炉でもAIを使おうとしたことがありました。製鉄所の高炉は実にデリケートです。少しでも操業条件を間違えると、高炉の冷え込みという事態に至り、数百億円の損失をもたらし、会社の経営にも影響します。その高炉のコンディションはベテランの作業員が判断し、不調の気配が現れた時の対応もベテラン社員の経験と知恵に依存していました。

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曰く言い難い微妙な感覚で炉況を占い、そして理屈で説明できない対処法を講じるのですから、あまり科学的ではありません。大学で難しい微分方程式を解いて論文を書いて卒業したスタッフも、ベテランの作業員にはかないません。 そのベテラン作業員も高齢になりますが、技術の伝承ができていません。後継者に引き継ごうにも、鉄鋼不況の時期に採用を絞った為、後継者も不足しています。

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さて困った。どうしようか・・という事態になり、技術者達は、「そうだコンピューターにノウハウを移植してベテラン作業員が引退しても対応できるようにしよう」と考えました。

ちょうどその頃、判断ロジックを組むのに適したLISPというコンピューター言語が登場し、活用されていました。 その改良型のPROLOGという言語をさらに高炉操業用に改造し、ベテラン作業者から作業のノウハウを聞き取り、それをコンピューターのプログラムに組み込むという仕事です。(最近はAZ-Prologの時代です)

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古事記の編纂を真似て、古参の作業長に稗田阿礼の役をしてもらい、プログラマーには太安万侶の役をやって貰った訳です。 そしてできたプログラムの行数を後で担当者に訊くと、1万ステップぐらいだったとのこと。 意外に少ないな・・というのが私の印象です。一人の男が半生をかけて打ち込んだ仕事のノウハウがたった1万ステップとは?・・。

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推測するに、これは自分が蓄え、文章化されていないノウハウや勘所をうまく表現できず、完全にはプログラムに反映できなかったのではないか?と私は思いました。しかし門外漢の私が専門家の仕事にケチを付ける訳にはいきません。

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やがてその成果は雑誌「鉄と鋼」に技術報告として掲載され、すばらしい成果として強調されました。しかし、それからほどなく、W製鉄所の高炉は冷え込み、出銑量は激減し大問題となりました。 その頃、製鉄各社は高度成長期に採用した社員の一斉定年退職を迎えだしたのですが、技術伝承はできておらず、経営上の大きな問題になりました。ベテラン社員のノウハウや勘所が大事だったのは、高炉だけでなく、全てのプロセスだったのです。 AIを活用してノウハウの文章化と蓄積を行う必要があったのですが、うまくいきませんでした。 今、各製鉄所には、定年を過ぎた60代後半から70代の人がまだ指導役として残っています。

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製鉄プロセスへのAIの適用は、どんどん進んでいますが、私の感覚ではまだ不十分であると考えます。設備診断などでは成功していますが、「溶け物」を扱う、製銑・製鋼の操業プロセスは不確定要素が多く難しいのです。

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コンピューターは計算や解析の能力には優れますが、ファジイな判断能力は、相変わらず苦手なのです(ノイマン型のコンピューターの場合ですが)。

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今、コンピューターが目指している医師国家試験は、客観試験で、幾つかの解答候補の中から正しいものを選ぶ方式ですから、これはコンピューターに向いています。しかし、大学の6年間で学ぶ情報量をコンピューターに入れるとなると、やはり数百万ステップになるでしょう。高炉の溶解プロセスも、人間の消化器系に似たところがありますが、レベルは全く違います。医師国家試験に要求される知識量は遥かに膨大です。

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では単純な客観試験で、医師としての能力とは必ずしもリンクしない国家試験は別にして、医師の診断業務をAI(もっと言えばロボット)に代替させることは可能でしょうか? 医師の診察と言っても、いろいろなデータを総合して、病気の病名、原因、程度、治療方法について決断を出すだけですから、本来、コンピューターが得意な作業です。

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NHKで、総合診断医を目指す若いレジデント医に、珍しい病気や診断の難しい病気をカンファレンスの形で紹介する「ドクターG」という番組がありますが、もし医学知識を満載したパソコンに白衣を着せて、回答者に加えれば、おそらく人間の若手医師よりはるかに高い正答率を示すはずです。

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では人間の医者よりロボット医者の方が誤診率が低い・・ということになれば、人々は人間の医者でなく、ロボットの診察結果を信用するようになるのでしょうか?

そうなると、医療機関での人間の医師の役割は変化します。 いろいろな検査データを採取してコンピューター医師に報告(というよりデータ入力)する仕事になってしまい、コンピューターに使われる単純労働者(判断業務を伴わないという点で・・)に変化する訳です。人間がコンピューターのしもべになるのは、プライドの高い医師にはつらいでしょうが、なに、既に工場では多くの人間の労働者が、コンピューターの指示に基づいて作業しています。高い専門知識と判断能力が問われる、飛行機の操縦だって、今は自動操縦で着陸できるようになりました。

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でも、医療の場合、問題は患者の方です。こちらは100%人間ですが、コンピューターの計算結果である診断をすなおに受け入れられるでしょうか? 

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採取した血液の分析結果とCT画像の解析結果から、あなたの病名は胃癌で、2年後の生存率はこれこれです・・・なんて、かん高いコンピューターの合成音声で言われても、「そんなもの信用できるかい!」と腹立たしくなるに違いありません。

「人の健康と生き死にの問題なのだから、もっと血の通った人間的な対応をしろ!」と

怒鳴りたくなるに決まっています。

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しかし、今後、医療需要はますます高まり、それに対して人間の医者は不足し、かつ診療費は高額になるでしょうから、どこかでロボット医者が必要になります。医師国家試験を満点でパスした総合診断医の機能を持つロボット医者が、一家に一台(いや一人と言うべきか)配置される時代が来ます。

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おそらくは、ヘルスメーターや、トイレの便座が、医療診断機能を持つようになり、トイレで用を足しただけで、糖尿だの痛風だの、癌だの診断を下し、手術を受けろとか薬局で薬を入手しろ・・だのと煩く言う時代が来ます。なんだかいやだなぁ。

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やっぱり、人間の医者に、瞼の裏側の貧血を確認して貰い、口の中の舌苔と扁桃の腫れを見てもらい、聴診器で呼吸音と心音を聴いてもらい、そして肋骨の当りを打診して貰わなければ、医者の診察を受けた気になりません。 それをロボットが代行してもねぇ。

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第一、病気にならないロボットに、患者の気持ちが理解できるのか?

例えば、不眠症になって、羊の数を数えても眠れなくなった男の気持ちをAI

理解し、適切な診断を下せるのか?なんだか嫌だなぁ。

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もっとも、この問題については、LISPPROLOGも無かった頃からSF作家に問題として提示されています。傑作「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」です。

将来、医学の診断業務がロボットにゆだねられ、製鉄所の仕事もロボットの作業になる日が来るかも知れません。

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その時、製銑工場長がロボットになったとしても、高炉が冷え込んでしまったら、やはり不眠症になるでしょう。そこでロボット医師のアドバイスは、「電気羊の数を数えて休んでください」・・という事になるでしょう。


【 ベクトルの甲子園 】 [鉄鋼]

【 ベクトルの甲子園 】

 

私の高校生時代ですから、もうずうっと昔の事です。母がTVを観ていて、唐突に私に「ベクトルって何だい?」と尋ねてきました。 母が訊いた理由は分かっています。 TVの画面には評論家が登場してなにやら持論を展開しています。

評論家は「だから、彼と私ではベクトルが違うのですから、ここで議論しても仕方ないのですよ」と、高い声で説明しています。

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私は内心苦笑いしながら、知ったかぶりで答えました。

「ベクトルというのは、方角に、大小を示す大きさを掛け合わせたもので、長さの示された矢印みたいなものさ」

さらに私はそれに続いて

「だけど、この評論家は、単に『考えの方向が違う』と言えばいいだけのところを、わざわざ気取って『ベクトルが違う』と言ってみただけだろう。彼の頭の中では単なる方向もベクトルも同じ意味なのではないか?」と言おうとしたところで、当時T大生だった兄に遮られました。

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「オヒョウの説明も間違ってはいないけれど、ベクトルとは・・・」と、話し始め、「より上位の概念であるテンソル量のひとつの種類であり、複数のスカラー量を組み合わせて、ひとつの意味を持たせたものだ・・・」と説明しました。 

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兄の説明は厳密かも知れないけれど、母親にとっては、そちらの方が分かりにくかったのでは?・・と、私は今でも思っています。 実際のところ、私はベクトルというものをなめて考えていました。「どうせ、3次元空間までを考えればいいのだし、内積と外積さえ理解すればいいや・・」。ベクトルは行列計算と併せて考える必要があります。

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当時、高校でベクトルの内積を習い、大学の初年級で外積を習いました。ベクトルの外積を学べば、回転する独楽がなぜ倒れないかを説明できます(正確には、説明できるようになるかも知れません)。

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ところが、学校を出て社会人になったあと、奇妙なものが登場しました。コンピューターのベクトル演算という概念です。

コンピューターメーカーのクレイ社が、数値解析に特化した新しいコンセプトのコンピューターを開発し、スーパーコンピューターと名づけました。 初代はCRAY-1という機種です。そしてその高性能コンピューターの特長はベクトル演算です。 為念、申し上げれば、私が母に説明したベクトルとはかなり遠い概念です。

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そこで言うベクトル演算とは、同じ仕様(浮動小数点型で示される数値)の多くのデータに対して、一斉に同じ演算を行うことによって、全体の計算速度を飛躍的に上げるものでした・・・。でも、これは口で語るのは簡単ですが、それを使いこなすのは大変です。 プログラムの作成には独特のテクニックが必要で、容易ではありませんでした。

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単にFORTRANで有限要素法の計算を行うのとは違い、コツが必要だったのです。プログラムをベクトル演算に向いたものに書き換えるベクトル化処理が必要でした。

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私の同期入社で頭脳明晰な熱解析の専門家であるK君は、アメリカ留学で最新の数値解析手法を学び、帰国後、早速それを応用して「形鋼のTMCP化」というテーマで研究を始めました。 当時、研究所にはNECが開発したスーパーコンピューターであるSX-3が導入され、注目されていたのです。

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製鉄所内の報告会でK君がH形鋼を水冷した時の伝熱計算結果について報告しました。温度分布を示す3次元の鮮やかなグラフを前に、聞き手の副所長が「これはスパコンを使って計算したものか?」と尋ねます。「はい」とK君。しかし、なぜか、彼は私を見てニヤリと笑います。

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報告会の後で、私が、「この計算は有限要素法なの?それとも差分法なの?」と訊くと、「有限要素法だけどね、スーパーコンピューターではなく、自宅のパソコンで計算したものさ。ベクトル演算ではない」 「でもね。SX-3の導入は、上司の方々のご理解があって実現したのだ。スーパーコンピューターが役に立っているということで、喜んでいただければありがたいことだと思う」

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彼は自宅のパソコンでFORTRANが動くようにして、巨大なプログラムのひな形を走らせ、バグを潰してから、会社のスーパーコンピューターで本格的なプログラムを走らせるという手法で数値解析の研究をしていました。

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その後、私は製鉄所から離れ、数値解析とも遠い世界で暮らしています。その間、数値解析の進歩は著しく、ベクトル演算の概念は、並行処理、並列処理と進化し、最近では非常に多くのCPUをシンクロさせて処理するグリッドコンピューティングの時代になりました。 もはや単一のコンピューターの計算速度を競っても意味があまりなく、コンピューターの集合体の計算速度が議論されます。一つのコンピューターの中でベクトル演算の速度を競った時代は20世紀に終わりました。

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忘れていた数値解析の世界ですが、先日面白い新聞記事を見て思い出しました。

http://www.nikkei.com/article/DGXMZO91432960X00C15A9000000/

野球だけでなく、高校生や高専生が全国規模で集まり、トップを争うコンテストの事を、よく「○○甲子園」と言います。特にスポーツではない、文化系の部活のコンテストで、「甲子園」の名前が用いられます。 有名なのは開成高校が抜群に強い「俳句の甲子園」ですが、それ以外にもあります。

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しかしスーパーコンピューターのプログラムを競う甲子園があるとは知りませんでした。この新聞記事によれば、名付けて「スーパーコン2015」。 (私が高校生だった頃は、パソコンはおろか電卓すら無かったのに、最近の高校生はスーパーコンピューターを使うのか・・)。

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そしてプログラムの課題として与えられたのは化学反応のシミュレーションとその結果のパターン認識技術です。ひょっとしてこれはベクトル演算の技術を求めているのか? ちょっと懐かしいな。それとももっと進んだ並列処理の技術を要求しているのかな? 

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プログラムの計算時間は作成者の才能で、天と地くらい違うことがあります。コンテストで優勝したのは、名にし負う進学校、筑波大付属駒場の生徒達です。彼らをはじめ、この甲子園に参加したのは皆天才少年達ばかりです。その作品は大学教授も舌を巻くほどだそうです。

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おりしも、鉄鋼協会と金属学会では秋の全体講演会を九州大学で開いています。発表内容をみると、昔と同じように、コンピューターによる数値解析がたくさん報告されています。今も昔も、鉄鋼の研究開発では数値解析技術が非常に重要なのです。

「ああ、あの甲子園に参加した天才少年達が、将来鉄鋼業界に入ってくれれば研究は進むだろうなぁ」 私は、分不相応にも日本の鉄鋼業界の将来のことを考え、そして幾らかの羨望の思いを込めて、天才少年達を思い出しました。

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しかし、彼らの就職先はgoogleなどのIT業界が主体だそうです。重厚長大の鉄鋼業界を相手にしないかも知れません。 「鉄鋼業界と僕たちでは、ベクトルが違いますから・・・」なんて言われたら、どうしましょう。


【 ルコント監督とその世界 その2 】  [鉄鋼]

【 ルコント監督とその世界 その2 】 

 

以前、弊ブログで、造船所が登場する日本の映画3本について言及したことがあります。山田洋次の「故郷」、降旗康夫の「居酒屋兆治」、熊切和嘉の「海炭市叙景」の3本です。どれも、造船所が悲劇の源、あるいは諸悪の根源のように扱われています。

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「故郷」では石運搬船の船長が、尾道の造船所に転職することを、しかたなく苦役に就く悲劇、あるいはまるで人生の敗北のように描いています。「居酒屋兆治」は、不景気の中、社員のリストラを強いられた函館ドックの人事課長が、自ら脱サラする話で、その主人公にリストラを強いた悪役の重役がガンで死ぬ・・と言う話です。 逆に「海炭市叙景」では函館ドックをリストラされた主人公が経済的に追い詰められ、ケーブルカー代にも事欠く・・という悲劇を扱っています。 どうしてこうも造船所は悲劇的で悪役なのか・・。

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では製鉄所はどうなのか?と言えば、製鉄所も登場する映画は、私が知る限り数本しかありません。 1本は「ディアハンター」で、かつて私の上司であった栗田満信氏が社内誌に書いていました。 ペンシルバニアの古びた製鉄所で働く若者達は、田舎町で、地味だけれどそれなりの青春を謳歌していましたが、やがてベトナムの戦地に行き、精神を冒され、人格が破壊され、人生を失っていきます。 栗田氏は、映画の冒頭に登場する、近代的な計器類もない、旧式で素朴な高炉が印象に残る・・と言っています。

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それ以外では・・・正確には製鉄所とは言えませんが、キューポラのある街では、小規模なキューポラが登場します、溶鉄の入った鍋に接近し、原始的な光学温度計であるOPOptical Pyrometer)を操作する労働者が印象に残ります。

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それ以外ではコン・リーが主演する中国映画の「活きる」です。 これは20世紀の中国の歴史を一市民の目を通してダイナミックに描く大作ですが、革命の熱に浮かされて、土法高炉なるものを作り、鉄ではなく泥を製造する労働者達が登場します。

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ああ、映画に登場する製鉄所もロクなものではないな・・・と思っていたのですが、面白いことに、今回のルコント監督の「暮れ逢い」でも、冒頭に製鉄所が登場します。20世紀初頭のドイツの製鉄所です。 詳しい場所は示されませんが、デュッセルドルフやフランクフルトの名前が登場しますから、デュイスブルグのティッセンか、ドルトムントのヘッシュあたりがモデルかな?と推測します。

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今回の登場人物は、労働者ではなく、経営者の参謀となる技術者です。「原料となる資源がドイツには無いことが、ドイツの製鉄業のネックだ」と看破し、マンガンの調達に原料コストの1/3を割いていること、ニッケルも足りない・・と訴えるあたり、これは特殊鋼を製造するクルップ社がモデルかな?と思います。ドイツには鉄鉱石も原料炭もふんだんにあり、主原料には事欠かないのですが、特殊鋼用の合金成分の資源が足りないのです。

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世界大戦の前、各国がニッケルやクローム、モリブデンなどの合金成分の確保に密かに努めていたことは事実です。この映画は、かなり鉄鋼に詳しい人が脚本を書いたな・・と理解できます。 1912年頃のドイツであれば小型の高炉を並べて、平炉で溶鋼を吹いていた時代です。 それらは既に現存しませんが、映画の中ではうまくごまかしていました。

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20世紀初頭のドイツの製鉄所に興味があって、この映画を観たのですが、大事な部分はごまかされていました。でも鉄鋼に於けるマンガンの重要性に言及した映画はこれが初めてでしょう。

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もうひとつ興味深いのはオーナー経営者と参謀となる技術スタッフの関係です。 実は世の中には2種類の製鉄会社があります。 オーナーがいて私企業として存在する製鉄会社と、国営または官営の会社として始まり、今は株式会社の体裁を取るものの、公的企業の性格が強いものの、2種類です。

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日本では、高炉メーカーに公的企業が多く、電炉メーカーにオーナー企業が多い訳ですが、世界を見渡すと、高炉メーカーでもオーナーが所有する会社もあります。どちらが良いかとか、どちらがあるべき姿か・・は何とも言えませんが、オーナー型の製鉄会社を知らない、私としては、ドイツのオーナー型の製鉄会社にとても興味があったのです。 ちなみに、日本の製鉄会社のオーナー一族を描いた作品に「華麗なる一族」がありますが、あれはだめです。あれは、製鉄のことを知らない人が書いた作品です。

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あくまで一般論ですが、オーナー企業では、意思決定が迅速です。一方、国営もしくはそれに準じた企業では意思決定が遅く、しばしば機会を逸します。一方、オーナー企業では、オーナー一人では正確で緻密な分析が難しく、情報量にも限界があります。

優秀で有能な参謀や部下を置いて、情報を集め、分析させる必要がありますが、そのような人材を見つけられるか、あるいはその人物を信用できるかが鍵になります。それ以上は、このブログでは言えませんが、日本中の企業でみられることです。

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「暮れ逢い」では、若い参謀の能力を認め、彼の提案を受け入れる、聡明なオーナーをアラン・リックマンが演じますが、死期を悟った彼が、若い妻を青年に譲ろうとして煩悶するというのは・・どうも理解できません。この映画の重要なポイントなのですが・・。

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そして、この映画でもう一つ、興味深い点があります。第一次大戦前夜のドイツとは、どんな世界だったのか?ということです。 第一次大戦の勃発は第二次大戦の場合とはだいぶ違います。 大国間の政治・経済摩擦や外交の失敗、軍事的緊張が高まった上での勃発という点では同じですが、第一次大戦は、セルビアでのオーストリア皇太子夫妻の暗殺という偶発的事件で始まった訳で、それまでドイツ国内には戦争直前の緊張感は乏しかったようです。

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第一次大戦の前のドイツを知る上で、私が参考にしたのは、トーマス・マンの「魔の山」ですが、その小説では、平和で優雅だったドイツ(というよりヨーロッパ)社会が突然、戦火にまきこまれ、唐突に小説は終わってしまったのです。

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同じように、第一次大戦前のドイツが書かれているのは、最近亡くなったギュンター・グラスの「ブリキの太鼓」ですが、第一次大戦前の部分は一部しか登場しません。だから第一次大戦直前のドイツがどのように描かれているのか・・興味深かったのです。

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戦争で負けた方の歴史はしばしば葬り去られます。それでも第二次大戦前の状況は、日本・ドイツともかなり情報があります。 しかし、第一次大戦前のドイツの状況はどうだったのか?そして戦争の背景に存在する基礎産業、特に鉄鋼産業はどうだったのか?を私はこの映画で確認したかったのです。

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そのある意味で不純な目的は、半ばしか達成できませんでした。 しかし、ルコント監督の新しい側面を確認でき、彼が新しい映画を作り始めたことを確認できただけで、今回は満足すべきかと思います。 従来の耽美的な女性の美しさを追求する作品とは少し離れましたが、作品の幅を広げたとも言えます。 彼の次回作に期待します。


【溶質原子の人生】 [鉄鋼]

【溶質原子の人生】

これは、もともとブログではなく、10年前に江陰仮面さんにお送りした私信ですが、10年経って、ブログに転載します。 個人的には、海外で勤務する日本人の機能はあまり変わっていないようにも思います。

 

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人生の一時期を異邦人として過ごす事は、その人の人生観に影響を与え、それなりに有意義であると私は信じています(というか、そう考えなければ、やっていられない)。しかし、ゲマインシャフトであれ、ゲゼルシャフトであれ、その集団の中で、常にマイノリティであり続けるという事は、緊張を強いられる事であると同時に、自己のアイデンティティの確認を常に迫られるという事です。・・・・ああ、大嫌いなカタカナ外来語を多用してしまいました。

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平たく言えば、日本人が2人しかいない会社で、自分の位置づけを常に気にしなければならない・・・という事です。中国人スタッフであれ、親会社の経営者であれ、私の周囲の人達は、「オヒョウの仕事は、本当に日本人スタッフ(または日本人の給与が相当な高職能者)でなければ不可能なものなのか? オヒョウの仕事と同質の業務をローカル企業では、オヒョウの数十分の一のギャラで行っているのではないか? オヒョウは中国人の数十倍優秀か?」という疑問は持っています。

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私の(決して多くはない)給料は、分割して日本で支払われる事で、カムフラージュされていますがそれでも私の当地での生活は、中国人スタッフには優雅なものに見える筈です。私のレゾンデートルを、対日本は別にして、昆山の中国人スタッフにどう理解して貰うか?

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「出資元の親会社から派遣されて監督にきたのだ。文句を言うな」という資本主義の論理は、

日本人側のトップ(当社の場合は総経理)にしか適用できません。他に日本人固有の業務・職能はあるか?私の貧弱な中国語の能力では、対日本のインターフェースとしては機能しますが、インタープリターとしては機能しません。元々、通訳や翻訳という技術的な業務は、私の職務記述書にはありません。という事で、私の場合「本来なら中国人でもできる仕事を日本人がやっているだけ」と言われた時に反論する為の理論武装が必要です。

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日本企業の中には、現地法人の売上規模や、利益額に応じて、駐在しうる日本人スタッフの数を規定するものもありますが、当社では「給料分以上稼ぐなら、日本人を何人置いてもよい。その方が儲かるから」という単純な発想です。一方、私は、地位と給与が保証された平和な日々を、とうの昔に捨てており、自己の働きと報酬を常に天秤に掛けて、職場の居心地を量っている毎日です。しかし、その中で、直接、売上金額を示せるポストでもないのに、どうやって自分の価値をアピールできるか?

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難しいところですが、私が目指すのは侵入型固溶体としての存在です。明らかに異質な存在として組織に割り込み、緊張をもたらす事で、組織を強靱にするというのが、私の考えです。

(多少の摩擦も覚悟の上です)。

異国で働く多くの日本人は、早く現地の組織に溶け込み、同化する事を念頭に置いており、いわば置換型固溶体を目指しています。しかし、一部の有能な人を除き、「それなら日本人である必要はなく中国人でよいではないか」という事になります。埋没して同化すれば、もはや固溶体でさえなくなり、単体の金属になります。 私は、敢えて中国人が行う業務は抛擲し、中国人+αの業務を行っていく必要があると考えています。(現実はなかなかそうもいきませんが)。私が自分の事情を臆面も無く、くどくど述べるのは、中国での日系企業全体に共通することだからです。日本と中国(香港資本)の合弁である製鉄会社に於いても他人事ではありません。

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新製鉄所において、建設段階の過渡的な時期は、固有の知識、技術を持つ日本人スタッフは不可欠と認識されますが、高炉が稼働し、安定操業に入れば、話は変わります。日常的なオペレーションを行う機構に組み込まれた日本人は、一管理職ですから、「本当に日本人でなければならないのか?」という目で見られます。

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かつてLTVやその合弁子会社に出向したS金属の方々は、皆そういう目で見られました。「アメリカ人従業員をどんどん解雇する一方で、アメリカ人より高給の日本人を呼ぶのはどういう事か? 彼らにしかない価値とは何か?」と問われた訳です。アメリカでも中国でも合弁企業に日本から派遣された人は皆同じ問題を抱えています。

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過日、私の勤務先の同僚である中国人技術者と酒を飲んだ時、「どうだろうねぇ。僕は侵入型固溶体として機能しているだろうか?」と尋ねたところ、彼はニコニコしながら、「そうですねぇ。オヒョウさんの場合は固溶体云々じゃなく、Vacancy(原子空孔)ですね」という

酔いが醒める様な回答でした。「やれやれ私の存在自体が無であるとは『ぬるぽ』なのか」とがっかりしたのですが、その日の夜、風呂の中で思い返し、彼はVacancyではなく没関係と言い「問題ないよ」の意味だと気づき大いに安堵した次第です。

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でもこの前も、従業員に指さされて「ぬるぽ!」と呼ばれる夢を見ましたが・・・。

 

※ また変な言葉を多用してしまいました。

ぬるぽ:Null Pointer Exception 意味はインターネットでご確認ください。


【 織部焼展に行く その1 ビルバオの鉄 】 [鉄鋼]

【 織部焼展に行く その1 ビルバオの鉄 】

 

3月のある土曜日、私は広島県三次市にある美術館に出かけました。

奥田元宋・小田女美術館です。http://www.genso-sayume.jp/

古田織部の作品を並べた織部焼の展示会があるからです。 茶の湯や焼き物で、千利休の跡を継ぐ存在として、古田織部は巨人です。しかし、彼の残した芸術である織部焼とは何か?を考えると、曖昧模糊として分からないのです。

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古伊万里とか古九谷とか、その焼き物の産地と製造年代を規定すると、説明は容易です。しかし、織部焼・・というと、古田織部の影響を受けた作品群ということになるので、明確な定義が難しいのです(少なくとも私には)。 だから実物を見て、自分の理解を明確なものにしたい・・・という思いで織部焼の展示会に出かけました。

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一緒に行くのは、広島県の茶道である宗箇流を学ぶ人達です。織部と同時代に生き、独自の茶道の流派を確立した上田宗箇は、織部焼と共に語られるべき人物です。

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殺伐とした殺し合いが続く戦国時代、陰惨な戦争や処刑の一方で、美術を鑑賞しそれを尊ぶ心を持った武将がいたことは、私には不思議です。それを「へうげもの」と呼ぶ人もいますが、上田宗箇はその一人です。

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そういう訳で、織部焼の展覧会の会場の入り口には、上田宗箇の甲冑が置かれています。一目で国産の鎧兜ではなく、輸入品(南蛮渡来の舶来品)であることは明らかです。胴着の形状は、日本製の鎧ではなくドン・キホーテが着ているような、一枚板のそれです。

「これは、ビルバオの鉄だな・・・」

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以前、ある理由から、世界の鉄山を調べた事があります。鉄自体は、砂鉄からも学校の校庭にある赤土からも取り出すことができ、世界中に分布しています。しかし商業生産に適した鉄鉱石の産地である鉄山はそう多くありません。 ユーラシア大陸の鉄山で最も東にあるのは、中国の鞍山でしょう(日本列島も含めれば釜石)。一方、最も西にあるのが、スペインのビルバオです。ちなみにユーラシア大陸北端の鉄山は、スェーデンのキルナです。ユーラシア大陸南端の鉄山はインドにあると思います。

脱線しましたが、ビルバオは、16世紀に発見された欧州屈指の鉄山で、その時代の欧州の武器や甲冑はビルバオ産の鉄鉱石から作られていた可能性が高いのです。

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当時の日本の鉄(和鉄)は、磁鉄鉱を主体とした砂鉄から、たたら製鉄法で作られています。一方、当時の西欧の鉄は、鉄鉱石(赤鉄鉱)を、原始的な高炉型の炉で精錬しています。両者は同じ鉄とはいうものの全く別物です。日本も欧州も鉄の圧延技術は未発達で、鍛造による加工が主体でした。従って薄い板を作るのは苦手だったのですが、それでも欧州では薄い板を作ることができ、甲冑は1枚板でできていたのです。

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しかし、私が上田宗箇の甲冑を見て、これは和鉄ではなく欧州の鉄だと思ったのは、薄板でできていたからではありません。問題はその色というか、錆です。上田宗箇の鎧は全体に赤茶色に錆びていたのです。

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和鉄はあまり赤錆を発生しません。比較的に銀色を保ちますが、上手に酸化させれば、表面に黒錆(Fe3O4)が発生します。これは緻密で強固な錆であり、それ以上酸化を進行させず、鉄を保護します。だから、和鉄では黒錆を珍重します。

鉄のことをクロガネというのは多分そのためでしょうし、黒錆を帯びた鉄器は外国でも人気です。

http://biz.searchina.net/id/1563574?page=1

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一方、欧州の鉄は赤錆(Fe2O3)が多く発生します。これは腐食を進行させ、穴を開け、鉄全体をダメにします。 上田宗箇の鎧は、欧州の赤錆の色だったのです。

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和鉄と欧州の鉄の錆の違いはどうしておこるのか? この問題に明確に答えたのは、東工大名誉教授の永田和宏博士です。 永田先生は、たたら製鉄でできる鉄には、酸素[O]が過飽和の状態で固溶しているから錆びにくいと説明されます。

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そもそも日本式のたたら製鉄は不思議な精錬方法です。高炉=転炉法と同じく、間接製鉄なのに、最終段階で脱酸工程がありません。普通、脱酸しないリムド鋼は凝固時にリミングアクションが起こり、穴だらけになります。だから、現代の鋼は殆どが、アルミなどで脱酸したキルド鋼なのですが、たたら製鉄の和鉄は脱酸しなくても、リミングアクションが無いのです。 それは絶妙な方法で溶存酸素を制御しているからですが、

そのため、凝固後の鋼中には過飽和の酸素が残ります。そのため、表層にはFe3O4の膜が発生し、それ以上錆は進行しません。 一方現代のキルド鋼は鋼中の酸素がほとんど無く、錆びる時にはFe2O3が発生し、錆は進行します。

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鋼中の酸素が多いほど、錆びない・・という逆説的な発想です。この説は永田教授の「仮説」ではありますが、私はこの説は正しいだろうと信じます。 なぜなら、私自身がたたらの操業に立ち会った時、1300℃台の炉内で、溶けた酸化鉄(FeO)の粒が白く光るのを目撃しました。 放射率の低いFeでは白く光らないはずですし、光るとしたらFeOでしょうし、そしてFe/FeO1300℃台で平衡関係にあるからです。だから、たたらで製造したズク(銑鉄)やケラ(鋼鉄)に、酸素がふんだんにあると考えるのは合理的です。

・・・・・・

「やはり西洋の鉄は錆びやすいのか・・。何百年も経って、ビルバオの鉄の欠点が判明した訳だ。 やはり錆を理解しなければ、鉄の事は分からない・・・」。

そこで、同行しているKさんから声がかかります。

「サビを理解しなければ、本当の茶道も茶道具もわかりません」

「甲冑ばかりみていないで、お茶碗を見に行きましょう」と私を階下の展示室に誘います。

 

以下 次号


【 鵜の真似をする鴉 水に溺る その2 】 [鉄鋼]

【 鵜の真似をする鴉 水に溺る その2 】

 

1990年代、米国の高炉メーカーがミニミルに着目しだした頃、もうひとつの流行が米国にありました。MBAブームです。経営学大学院を卒業した人を幹部に迎え入れ、企業の経営を合理的にしようという考えです。

文科系の学部の場合、学者を志すのでない限り、学部で十分に勉強すれば、大学院は必ずしも必要なかろうに・・というか、屋上屋を重ねるような学歴主義はいかがなものか?とオヒョウなどは思ったのですが、実際にMBAを取得した人はそうではないと言います。

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ビジネススクールで学ぶのは、浮世離れした学問ではなく、実際のビジネスに密着した実際的なノウハウなので、卒業すれば企業の即戦力となるし、そこで学ぶと学ばないとでは、考え方も違うし、働き方も違う・・というのです。

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今は無き、米国の高炉メーカーLTVもバリバリのMBAを幹部として雇い入れました。1990年代の初めです。彼が最初に行ったのは製品の値上げです。ちょうどその頃、米国の景気がよくなり、鉄鋼の需要が増大していたのです。鉄鋼メーカーとしては滅多になり値上げのチャンスだった訳です。

・・・・・・

クリーブランドの製鉄所に行った私に、日本から派遣されている上級アドバイザーのO氏が話しかけました。

「なあ、オヒョウよ。値上げの方法として、このLTVの論法はなかなか面白いと思わないか?」

それは、直列に並ぶ製鉄所の生産工程で、ボトルネックとなる工程を探し、その工程を通過する製品の価格を上げるというものです。

・・・・・・

高炉=溶銑予備処理=転炉=炉外精錬=連続鋳造=熱延=酸洗=スキンパス=冷延=焼鈍=メッキ・・という具合に製鉄所の工程はつながっているのですが、各工程の生産能力は同じではありません。 必ず、生産能力の少ない、ネックとなる工程があり、その工程の能力が製鉄所全体の生産能力を制約することになります。換言すれば、その工程を通すことによって、他の工程には機会損失が生じることになります。 そのロスコストを、そのネック工程のコストに被せて、製品の価格に転嫁しようと考えたのが、若きMBA氏です。

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例えば、熱延の酸洗工程の能力が足りない場合、酸洗をしない黒皮コイルに比べて、酸洗コイルの値段が非常に高いものになります。連続鋳造の能力が足りない場合は、連続鋳造で製造した鋳片は、インゴットの鋳片より高い値段になります。

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その話を聞いて私は思いました。

「一見合理的な論理だけれど、これはあまりに生産者側の都合ばかりじゃないか?顧客の立場になった考え方が少しもない」

実際、鋼材が売れている時は「この理屈が嫌なら買わなくていいよ」と言えたのです。

・・・・・・

LTVは一時的にその論法で鋼材価格を吊り上げ、収益を拡大しました。しかし、すぐに不景気が訪れ、今度は逆に鋼材を買い叩かれることになりました。米国の高炉メーカーが電炉のミニミルと違うのは、その高い固定費です。特にレガシーコストと呼ばれる退職者の年金や医療保険の負担がばかになりません。

・・・・・・

するとたとえ限界利益を確保した値段で売っても、全部原価では大赤字ということになります。損益分岐点は高くなり、価格設定の下方弾力性はなくなり、経営は窮屈になるのです。そして前述のボトルネック理論は、価格引下げの局面では、裏目にでます。

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そこでMBA氏は、彼らの本領とも言うべき行動にでました。上品にM&Aという言い方もありますが、私に言わせれば「会社ころがし」です。それはMBA氏が最も得意とするビジネスです。

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彼らは企業をひとつの価値あるいは商品と考えます。企業価値あるいは株式の時価総額・・といったものを極大化し、それを他人に売りつけて、利益を出す。或いは、企業価値の高い会社をなるべく安い値段で買収して、利益を出すという、ビジネススクールで学んだ商売をしようとしました。

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彼らはオハイオ州にあったカッパーウェルドという少し怪しげな会社を買収しました。しかし、蓋を開けてみると、大手高炉メーカーであったLTVは、逆にカッパーウェルドに乗っ取られたのです。一種のトロイの木馬型の乗っ取りですが、小が大を呑みこむという点では「華麗なる一族型」の合併劇です。

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実はカッパーウェルドは、別の日本の鉄鋼会社(電炉メーカーのD社)との合弁会社を、シカゴに持っていたのですが、その不誠実な経営姿勢に手を焼いたD社は、合弁を解消しました。その直後にカッパーウェルドはLTVに吸収合併され、そして逆にLTVの主導権を握ったのです。しかし、彼らは鉄の事を知らず、まじめに製鉄会社を経営する積もりも無かったようです。

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LTVはほどなく倒産し、その資産は売り飛ばされました。製鉄所の幾つかは、アルセロール・ミッタルのものになりました。

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その少し前、LTVは、NUCORを真似て南部のアラバマ州、ディケーターに、ミニミルの子会社TRICOをつくりました。 日本のS友金属、英国のBスチールとの合弁企業です。 しかしそのTRICOも、満足に操業できないまま倒産しました。TRICOに雇われ、確実な現金収入を得られると期待したアラバマのプアー・ホワイトの人たちは、路頭に迷い、立ち尽くすことになりました。21世紀の初めの頃の話です。そのTRICOは、今、NUCORに買い取られ、黒字の操業を続けています。

・・・・・・

TRICO消滅から10年以上経ったある日、私は今の勤務先の会長と昔話をする機会がありました。 私はTRICOの設備やビジネスモデルに問題があったことを知っていたので、TRICOの失敗の原因を技術的な問題として指摘しました。

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しかし、Y会長は一言 「いや、それは問題の本質とは違うね。TRICOの失敗の本質は、大手高炉メーカーの発想のままで、ミニミルを経営しようしたことだ。この2つは全く異なるビジネスモデルであり、高炉一貫製鉄所の感覚で電炉製鉄所を経営しようとしてもうまくいくはずがない。そのことに経営者が気づかなかったのが失敗の本質だよ」

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昔のことを思い出すように語る人は、しばしば遠くを見るような表情をするものですが、

この時のY会長は、そうではなく、オヒョウの顔を真正面から見ます。

(ああ、そうか。TRICOのことを言いながら、実は、大企業的感覚が残っている私のことを戒めておられるのだ)と私が気づいたのは、1分後です。

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Ken Iversonはその著書の中でMBAブームを揶揄しています。

MBAには確かに優秀な人物が多いのだろうが、残念ながらNUCORと相性のいいMBAは現れない。 何人ものMBANUCORに入社したが、不幸なことに、みな早くに退職することになった」

・・・・・・

現場第一主義のKen Iversonとしては、机上で空論を繰り広げるMBAの仕事を認めることはできなかったのでしょう。 その後継者である、Dan Dimiccoの著書は「American Made」です。 アメリカは、製造業が再び元気になり、「ものづくりに回帰するぞ!」と宣言する本なのかも知れません。 翻って、日本はどうか? 日本でも米国の後を追って、MBAブームが到来し、今彼らが若手経営者として活躍を始めています。でも、実際に汗を流して、会社の規模を拡大した訳でもないのに、M&Aでライバル会社を吸収し、業界のシェアを大きくしたとか、世界何位になった・・と自慢する経営者ばかりです。

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なんだかLTVの末路が思い出されてなりません。


【 鵜の真似をする鴉、水に溺る その1 】 [鉄鋼]

【 鵜の真似をする鴉、水に溺る その1 】

 

米国在住の先輩のM氏が、NUCORの前経営者の回顧録を贈ってくれるそうです。(代金はちゃんと支払う予定ですが・・)。 著者は、先日引退したDan Dimiccoで本の名前はAmerican Madeです(邦題はなし)

http://www.amazon.co.jp/American-Made-Making-Things-Greatness/dp/1137279796

彼は、NUCORの創始者であるKen Iversonの後継者で、NUCORイズムを引き継ぐ人物です。

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鉄鋼の世界におられる方ならご存知でしょうが、NUCORというのは米国鉄鋼業界の風雲児です。従来の製鉄業に風穴を開けて、20世紀後半の北米の製鉄業に大変革をもたらした会社です。

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製鉄会社のビジネスモデルは20世紀の前半に確立したのですが、それは巨大設備である高炉を中心とした一貫製鉄所を操業するものです。 鉄鉱石とコークスを入れた高炉から溶銑をとりだし、それを鋼鉄に変えて、圧延するまでを、ひとつの製造所内で行うもので、製鉄所内には幾つもの工場が配置され、製鉄所単位での投資額は、近代的製鉄所では1兆円以上とされます。

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かつて、多くの国が一貫製鉄所の建設を夢見ましたが、巨額の投資と種々の技術が必要なため、実現できた国は少数でした。 近代製鉄は、北米、欧州、ソ連(当時)、と日本に独占されていたのですが、やがて日本の協力のもとに、東アジアの各国にも建設されていきました。

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中国の場合、毛沢東は、高炉を有する近代製鉄所の重要性を理解できず、土法高炉という奇妙な方法にこだわり、かの国の近代化を遅らせました。 その後、鄧小平の時代に、近代製鉄法の重要さが理解され、中国は宝山製鉄所をはじめとする、高炉の時代を向かえました。 その能力は爆発的に増大し、今は世界の粗鋼の過半を中国が製造するという大変な時代になっています。

・・・・・・

それに対して「高炉はいらない。スクラップを電気炉で溶かしてより安価な鋼を提供する」と言って、新しいビジネスモデルであるミニミルを提案したのは、NUCORであり、その創始者である、Ken Iversonです。 言わば、メンバーの限られた高炉クラブに殴りこみをかけた訳ですが、高炉側では、NUCOR否定論が唱えられました。

「我々が長年研究しても成功していない薄スラブ連続鋳造など、NUCORごときにできるはずがない」

「スクラップから作ってもどうせ駄物しかできない。自動車用の鋼材などできるはずがない」

「中央研究所も冶金学の研究者もいない会社に開発能力などない」

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実際、日本の鉄鋼メーカーは、薄スラブの連続鋳造には、まだ成功していません。

しかし、NUCORは成功し、実操業に応用して収益をあげています。北米の全ての高炉メーカーが赤字で苦しんでいる時もNUCORは好決算を出しています。

・・・・・・

なぜ、日本の会社にできなくてNUCORにできるのか? ・・という質問に対して私も含め、日本の鉄鋼技術者は回答を持ち合わせていません。

自動車用鋼板については、非常に特殊な高品質が要求されるので、まだNUCORをはじめとした電炉メーカーの製品はあまり採用されていませんが、こちらも時間の問題です。電炉メーカーの鋼材の方が安価に製造できるなら、将来採用される可能性は高いと考えるべきです。 自動車メーカーは品質とともに価格について非常にうるさいのです。

・・・・・・

私は、そのNUCORの創始者、Ken Iversonの自伝的な本を読んだことがあります。

Plain Talk: Lessons from a Business Maverick で、邦題は忘れました。

http://www.barnesandnoble.com/w/plain-talk-ken-iverson/1111764797?ean=9780471155140

ご承知の通り、Maverickとは、一匹狼ならぬ一匹牛のことで、異端者とか孤立者という意味です。彼は鉄鋼業界のまさに異端児だった訳です。 その本に書かれた内容は、鉄鋼業だけでなく多くのビジネスに通じる内容でした。 それはNUCORイズムとでも言うべきもので、ミニミルの基本でした。

・・・・・・

例えば、NUCORはかなりの大企業になっても、立派な本社を持ちませんでした。ショッピングセンターの一角の建物の2階に事務所を持ち、経営者は社長室に閉じこもらずに、いつも現場にいて、従業員と気さくに話しをします。

社長用の駐車場すらなく、遅く出社した際は社長といえども、遠くに車を停めねばならないのです。机の位置が決まっていないフリーアドレスオフィスは、日本の事務所でもみかけますが、フリーアドレスパーキングで、しかも社長用の駐車場まで無いというのは珍しいです。

・・・・・・

翻って、日本の高炉メーカーの場合はどうか?

製鉄所では課長級である工場長ですら、専用の駐車場を持ちます。 工場事務所に一番近い場所に工場長用の駐車場があり、そこだけ屋根があったりします。 部下や外来者が間違って停めると叱られます。私も新入社員の時に経験しました。

・・・・・・

ではその上の部長級以上は?というと、黒塗りのタクシーかハイヤーが割り当てられます。製鉄所長には専属の運転手がいて社有車での移動となります。つまり部長級から上は自分でハンドルを握らないのです。もっと言えば、製鉄所の部長から上は個室と女性秘書と車が付きます。 その女性秘書が有能か否か、あるいは美人か否かは、場合によりますが・・。

・・・・・・

話が脱線しましたが、NUCORの凄いところは、Ken Iversonが会社を去った後も、後継者がその精神を受け継いでいるところです。もっとも、これは私自身が確認したことではなく、冒頭に紹介したM氏から伺った話ですが・・。

傑出した創業者の考え方を、後輩が引き継ぐ・・というのは日本でも見られます。松下幸之助が存命の頃の松下電器、本田宗一郎から直接薫陶を受けた世代が経営者だった頃の本田技研、今だったら・・稲盛和夫のキョーセラぐらいが該当します。

・・・・・・

しかし、そのようなカリスマ的な経営者は日本の鉄鋼業界にはいません。もっと言えば、顔が見える経営者が鉄鋼業界では稀です。旧川鉄の西山氏、旧住金の日向氏、東鉄の池谷氏ぐらいしか思い当たりません。 だから、創業者の経営理念というかイズムを引き継ぐことなど日本の鉄鋼メーカーには無理です。

・・・・・・

やがてNUCOR流のミニミルの経営がうまく行くと分かると、大手の高炉メーカーはその真似を始めました。 しかし目の付け所が正しかったは疑問です。

北米の場合、大手高炉メーカーの製鉄所は五大湖の周辺に多く分布します。 これは歴史的必然性からそうなのですが、その地域には強力な労働組合(全米鉄鋼労組USW)が存在します。 高炉メーカーの経営者は、経営上大きな障害となるUSWの影響下にない地域に生産拠点を設けたことが、NUCORが成功した理由だと考えました。

・・・・・・

そこで、五大湖から遠い、南部、それもDeep Southと呼ばれる地域に新しい工場を建てました。Deep SouthにはPoor Whiteと言われる、まじめで低賃金で働く白人が多く、産業立地上、好適だとされたのです。 そして高炉ではなく電気炉で製鉄を始めました。NUCORの真似です。

 

以下 次号


【 フランクフルターアルゲマイネ その3 シュピーゲルの翻訳 】 [鉄鋼]

【 フランクフルターアルゲマイネ その3 シュピーゲルの翻訳 】

 

1998年のその日 ロンドン駐在だった私は、ちょうどドイツのカールスルーエに出張で来ていました。用事が終わって、フランクフルトの空港へ行くために鉄道の駅に向かおうとしたところ、訪問先の人が私を呼び止めました。「今日、北の方で大きな列車事故があり、ドイツ国鉄全体のダイヤが乱れている。フランクフルト空港行きの列車が定刻に発車するか確認してあげるから、ちょっと待て」というのです。それがエシェデで発生した、ドイツの高速列車ICEの脱線事故で、100人以上がその事故で亡くなったのです。

・・・・・・

この事故はドイツ国鉄で戦後最大の事故だっただけでなく、高速列車ICEでの初めての大事故であり、かつ時速200Km以上の列車/電車が脱線転覆した史上初の事故だったのです。

・・・・・・

ロンドンに戻った私は、急いで情報を集めて日本に送ろうとしました。信じられないことですが、この列車事故は、事故発生直後の段階から、この事故は車輪の割損が原因ではないかと噂されていました。

・・・・・・

時速200km以上の高速鉄道で使用する車輪を製造できる企業は限られます。そして、当時、私が勤務した製鉄会社は、日本の新幹線用車輪を一手に引き受けて製造し、高速鉄道用車輪では絶大の実績があったのです。だから、ドイツの高速鉄道の車輪が破壊され、大事故に至ったとなると、速報で日本に報告せねばなりません。

・・・・・・

事故から数日経過し、より掘り下げた情報が必要になると、新聞は役に立ちません。フランクフルターアルゲマイネも南ドイツ新聞も、まったく無能です。私は、翌週ドイツに行った際に購入したシュピーゲル誌(Spiegel誌)の特集記事を日本に送ることにしました。 新聞よりも雑誌の方が深く、そして信用できます。

しかし、記事はドイツ語です。 さて困りました。

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既に、勤務先の会社は、デュッセルドルフ事務所を閉鎖しており、スピツキー嬢は引退して年金生活に入っています。 ロンドン事務所の秘書達は残念ながら役に立ちません。彼女達は「フランス語なら何とかなるのですが、ドイツ語は分かりません」と申し訳なさそうに英語で答えます。

・・・・・・

それなら、私が訳すしかないのですが、最初の1ページでお手上げとなりました。べらぼうに時間がかかるのです。かつて勉強したはずなのに多くの単語を忘れています。特に困ったのは分離動詞です。どれが分離動詞でどれが普通の動詞なのか判断に時間がかかるのです。混乱するばかりです。

・・・・・・

そこで私は、当時出始めていた翻訳ソフト「Accent Duo」なるものを購入し、機械翻訳に挑みました。 当時の翻訳ソフトは極めて能力が低く、実際に使い物にはならなかったのですが、同じアルファベット言語である英語とドイツ語なら、かなり精度の高い翻訳が得られるのではないか・・と思ったのです。

・・・・・・

しかし、それが失敗でした。 問題は翻訳ソフトの前にありました。ドイツ語の原文を入力する必要があったのです。 当然、シュピーゲル誌の記事をスキャナーで読み取るのですが、その読み取りソフトは日本製です。エスツェット(ß)を認識せず、Bと誤読します。ウムラウトも全く読めません。 これではドイツ語の翻訳に使えない・・。結局私は自分で翻訳することにしました。

・・・・・・

当時、ドイツの高速特急ICEは、乗り心地の点でライバルのフランスのTGVに劣っていると言われていました(事実、そうです)。 そこで騒音と振動を減らすために、特殊な車輪を採用しました。 それは車輪の外周と内周の間のゴムの輪を挟むという奇抜な車輪ですが、鉄道技術者の間では強度と剛性の点で不安視する声もありました。

・・・・・・

エシェデの事故は、その車輪の割損が脱線をもたらし、脱線した結果、立体交差の橋脚に車両が衝突するという事態なのです。そこまで翻訳したところで、ロンドン事務所長がしびれを切らしました。 彼は、私から口頭で説明を聞いた後、日本語のメモと、ドイツ語の原文をFAXで日本に送付してしまいました。 日本でドイツ語の記事を誰かがまじめに読解したかは不明です。

・・・・・・

ドイツのメディアの話から、いつの間にか鉄道事故の話になりましたが、これらは全て20世紀の話です。今は事情も変わりました。

高速特急ICEでは、ゴムの輪を挟んだ車輪の使用を取りやめました。翻訳ソフトの性能はだいぶ向上しました。 しかし、それ以前に、紙のメディアは、新聞も雑誌も衰退傾向にあり、多くの情報がインターネットで入手できるようになりました。そしてネット上の記事は、すぐに機械翻訳できます。

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今は、雑誌や新聞記事をスキャナーで取り込み、パソコンで翻訳する必要も無くなった訳ですが、変わらないものがあります。それは新聞各紙の論調です。朝日新聞も南ドイツ新聞も人民日報もニューヨークタイムスも、いまだに70年前の戦争責任について、日本を非難することに余念がありません。 最近、日本の従軍慰安婦の記事が誤まりであったことを朝日新聞は認めましたが、決して誤まりを謝った訳ではありません。

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暫くしてほとぼりが冷めたら、従軍慰安婦を既成の事実として再び取り上げるでしょう。もともとは虚偽から発生した話ですが、その時、朝日は 「だって人民日報だって南ドイツ新聞だって報道しているのだから事実に違いない」とでも言うでしょう。


【 フランクフルターアルゲマイネ その2 】 [鉄鋼]

【 フランクフルターアルゲマイネ その2 】

 

その昔、「ミュンヘン、札幌、ミルウォーキー、うまいビールの代名詞・・」という宣伝がありましたが、ミュンヘン、東京、北京、ソウル、ニューヨークで相互連絡して一連の反日キャンペーンを繰り返していたのです。メディアのグローバル化と言いますが、これは反日キャンペーンのグローバル化です。

・・・・・・

前回も書きましたが、この新聞の論調に、習近平も朴槿恵も乗っかっています。彼らはドイツに行く度に、人民日報、朝日新聞、ニューヨークタイムスの記事そのままの論調で日本を非難しています。つまり、戦後、ドイツは戦争の罪を償い、責任を果たしたが、日本は責任を果たさず、反省もしていない・・という根拠の乏しい言説です。

・・・・・・

どうして、フランクフルターアルゲマイネと南ドイツ新聞が、反日なのか・・と言えば、その出発点にあります。第二次大戦後、ドイツの新聞は一度すべて廃刊になりましたが、いち早く、連合国の許可を得て発行を開始できたのは、この2紙なのです。当然、その前に踏絵を踏まされました。 つまり、戦争はすべてナチスをはじめとする枢軸国の指導者が行ったもので、一般のドイツ人は無辜である。今後もナチスと日本を非難する代わり、一般のドイツ人は免罪とする論調を取る・・というものです。

・・・・・・

しかし、日本のことをろくに知らないドイツ人記者がかってなことを書くのはいかがなものか?南ドイツ新聞の日本特派員は、ながい間、ひげ面で達磨のような印象の名物男が勤めていましたが、彼は日本語でそこそこで、日本の文化や思想を深く理解していたとは思えません。結局、朝日新聞の記事を受け売りし、朝日と提携する人民日報の主張を取り込むしかなかったのでないか?

・・・・・・

前報に書きましたが、フランクフルターアルゲマイネは自他共に認めるリベラルな新聞、南ドイツ新聞は左派系の新聞です。しかし、それらの新聞を信用していいものか? 疑問です。

・・・・・・

日本でリベラル・・というと何だか知的で格好良くスマートな感じがします。でも私がアメリカにいた頃、米国人が話すリベラルという単語には、非常にネガティブなイメージがつきまといました。 すなわち、リベラルとは、不道徳で快楽追求型で、犯罪には寛容で、社会の規範には常に反発する人々・・・もっと言えば、ならず者に近いイメージがありました。これは共和党支持者でも民主党支持者でも同じです。

・・・・・・

そこで私が「フランクフルターアルゲマイネが一流紙かね?」と尋ねればドイツ人に「では日本はどうかね?」と反論されそうです。 日本にクォリティペーパーがあるのか?確かになさそうです。 まあ、日本の新聞も似たようなものです。

・・・・・・

かつて、日本社会の特異さを占めるエピソードとして「日本では公園の浮浪者でも一流新聞を読んでいる」という話がありました。 しかし、その一流新聞というのが朝日新聞のことだと分かると、ちょっと興ざめしました。

・・・・・・

単に「日本には文盲がおらず、階級によらず、人々の識字率が非常に高い」という表現だけでよいのです。一流紙などはないのですから・・。 嘘だと思うのなら、読者諸兄の皆様、ご自分の専門分野についての一般紙の記事の内容を思い出してください。

オヒョウの場合は、鉄鋼業が対象となりますが、鉄と鋼の違い、転炉と電気炉の違いが分からず混同して記事を書くような新聞を一流紙とは認めたくありません。

・・・・・・

一流紙(クォリティペーパー)と三流の赤新聞(タブロイド紙、またはイエローペーパー)の違いがはっきりしているのは、英国とフランスです。 これは全国紙が多いからです。

そして教養人と、無教養の人々の区別があり、教養人が一定の矜持を持つ社会があるからです。 ロンドンでは歴とした紳士が、地下鉄の中で、サンやデイリーミラー紙を

読むことはまずありません。

・・・・・・

日本では、ネクタイを締めたインテリが電車の中で、東京スポーツや競馬新聞を読んでいます。だから本当の意味での一流紙も存在しないし本当の三流紙も存在しないのです。

・・・・・・

私には、S次長のマネはとても無理ですから、ドイツの新聞から情報を仕入れることはあきらめました。そして私はデュッセルドルフからロンドンに移ったのです。

しかし、そこでちょっと困った事態が発生しました。

                                 以下 次号


【 フランクフルターアルゲマイネ その1 】 [鉄鋼]

【 フランクフルターアルゲマイネ その1 】

かつて海外駐在をしていた頃です。海外駐在が勤まる条件とは何か?について考えたことがあります。海外駐在業務のひとつは的確かつ迅速な情報収集ですから、当地でしか入手できない情報にアクセスする必要があります。たとえば新聞です。

・・・・・・

私は海外駐在者になる資格の一つは現地の新聞を辞書なしで読めることだとかってに考えています。でもそうすると、私の場合・・・駐在できる国はごく限られ、具体的には日本語の新聞が発行される国だけになり、つまり日本だけになってしまいます。

・・・・・・

一時期、ドイツのデュッセルドルフに滞在していた頃、先輩の駐在員に、やはりドイツ語の情報を集めなくてはいけない・・・と言われました。 実は私の専門である鉄鋼関係の情報は必ずしもドイツ語で読む必要はありません。 多くは英語版も用意されており、そちらを読めば良かったのです。

・・・・・・

しかしそれだけではなく、一般情報も収集して、時には日本に報告しなくてはいけない。それにはドイツの一流紙を読まなくてはならない。というのが、先輩のS次長(当時)の意見です。しかし、ドイツの一流紙とは・・・・?

・・・・・・

実は、ドイツは16個ある州の連合体、つまり連邦制であり、州の独立色は強く、新聞も地方紙が多いのです。従って英国のような全国紙のクォリティペーパーは無いのです。 その中で、発行部数が多く、標準的新聞として認められるのは、フランクフルターアルゲマイネ(Farnkfurter Allegemeine Zeitungフランクフルト一般)、或はシュドドイッチェツアイトゥング(Süddeutsche Zeitung南ドイツ新聞)といったものです。

・・・・・・

S次長は、フランクフルターアルゲマイネの記事をしばしば引用していました。これはなかなか大したものだ・・と尊敬したのですが、ある時、カラクリが明らかになりました。彼は、デュッセルドルフ事務所に、古くから勤務する秘書のスピツキー嬢に、英訳を頼んでいたのです。若かかった頃は美人だったに違いない老嬢は機関銃の速さでタイプを叩き、新聞の英訳を作成していました。

「なんだスピツキーさんのおかげだったのか・・」。

・・・・・・

しかし、その内、S次長の意見が少し鼻に着くようになりました。 その頃(今もですが)、第二次大戦に於けるドイツと日本の戦争責任についての議論が盛んになされていました。 マスコミの多くが唱えるのは、ドイツは非を認めちゃんと戦争責任を取っているのに、日本はそうでない・・という、ドイツ善玉、日本悪玉論です。

・・・・・・

最近は、中国の習近平や韓国の朴槿恵が、この意見に乗っかって対日批判に利用していますが、論評にも値しないほど杜撰で幼稚な理論です。 そもそも、第二次大戦で同じ枢軸国に属したドイツと日本ですが、その行いは全く違います。ユダイヤ人というひとつの民族の抹殺を企画し、無抵抗の一般市民600万人も殺すようなことを日本はしていません。 

・・・・・・

ドイツは周辺の多くの国に被害を与えていますが、フランスにも英国にもオランダにもベルギーにもポーランドにも賠償金を払っていません。 もともと、第二次大戦勃発の理由の一つは、逆立ちしても払えない天文学的金額だった第一次大戦の賠償金の問題があります。だから当たり前なのですが・・・。

・・・・・・

一方、日本は、東南アジアの多くの国に国家賠償を行い、韓国・朝鮮に対しては、植民地時代の賠償を払い、そして中国には賠償金は払っていませんが、3兆円を超える借款を行っています。

・・・・・・

ドイツはユダヤ人に謝罪したと言いますが、個人への賠償を全くしていません。そしてユダイヤ人が没収した個人資産を全く変換していません。ドイツの連邦銀行には、戦前・戦中にユダヤ人から取り上げたダイヤモンドがたくさん保管されたままです。 従軍売春婦への個人補償を求める韓国・中国の人達が「ドイツは反省しているのに日本は・・・」と語るのを聞くたびに、お前たちは本当にドイツの事情を調べたのか?と訊きたくなります。

・・・・・・

私は何人かのドイツ人と戦争責任について話したことがあります。彼らが異口同音に語ったのは、「全ての悪事はナチスドイツがやったこと。責任者は全てニュルンベルク裁判で裁かれた。ナチスではない、今のドイツ人に責任はない」という文字通りの無責任論です。

・・・・・・

日本は、戦争責任を痛感する立場から、平和憲法を頂き、自衛以外のための軍事力を持ちません。世界各国にPKOあるいはPKFを派遣していますが、一発も銃弾を発射していません。 一方、徴兵制を維持するドイツ軍は、NATO軍の一部として、ボスニア・ヘルツェゴビナやコソボをはじめ、世界各地に展開し、敵を攻撃しています。

・・・・・・

ドイツは戦争責任を果たし、日本はそうではない・・というのは、出鱈目です。 そして、S次長の「ドイツはけじめを付けたが、日本は付けていない」という意見は、実は、フランクフルターアルゲマイネや南ドイツ新聞の受け売りでした。 それが分かった時、私は議論するのもバカバカしくなりました。

・・・・・・

フランクフルターアルゲマイネ紙の論調は、一応、中道です。 しかし、これは立場を変えると変わります。 例えば、中国や朝鮮の主張に耳を傾け、よく知りもせずに日本批判に回ります。そしてしばしば反米的です。この論調は日本の左派系のマスコミと同じです。 だから左派系か?と言えば、自国つまりドイツを擁護するところは、右派系とも言えます。 日本と対比し、日本を批判する事で、自国を擁護するところは、自国内の右派系の読者には聞き心地の良い論調となります。だから中道なのです。

・・・・・・

私がみたところ、フランクフルターアルゲマイネは、中道というよりやや左派(これを日本の一部の人達はリベラルと言いますが・・)ですが、南ドイツ新聞の方ははっきり左派系です。そして両者に共通するのは反日の論調です。

・・・・・・

私が帰国した後ですが、南ドイツ新聞は、日本の皇室を誹謗し、首相の靖国神社参拝をひどく非難しました。 はっきり言ってドイツ人に靖国神社はおろか、日本の神道のことなどわからないはずなのに、どうしてこういう記事が出るのか?といぶかしく思いましたが、その理由はすぐにわかりました。

・・・・・・

南ドイツ新聞の東京支局の住所は築地です。つまり朝日新聞社の社屋の中にあります。 よく見れば、ニューヨークタイムスも人民日報、韓国の東亜日報も同じ場所、つまり朝日新聞の本社にあります。何のことは無い。靖国神社反対のキャンペーンは、朝日新聞から、一連の反日キャンペーンは人民日報からの翻訳記事だったのです。

以下、次号


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