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【 グラスシーリング 】 [鉄鋼]

【 グラスシーリング 】

 

大統領や首相や自治体の首長に女性が就く例が増えてきました。 英国はサッチャー女史以来の女性首相となるメイ首相が誕生し、EUの盟主であるドイツのメルケル首相と交渉することになります。米国ではヒラリー・クリントン氏が大統領になる可能性が増しています。台湾では蔡総統が誕生しました。そして日本では小池百合子氏が初の東京都知事になります。1959年にセイロンの大統領にバンダラナイケ女史が就任してから60年弱、女性のリーダーが一貫して増加傾向なのは間違いありません。

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政治家や行政府の長だけでなく、いろいろな分野で女性がリーダーに就いています。私が暮らす呉では海上自衛隊の護衛艦の艦長に女性自衛官がなっています。

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いろいろな職場や社会で、女性の昇進に限界があり、ある地位から上には登れない・・という状況をグラスシーリングと呼んでいましたが、だんだんガラスの天井は薄くなっていくようです。やがて無くなるでしょう。

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私が某高炉メーカーに勤務していた頃、ジェンダー差別としてのグラスシーリングが話題になりました。当時、製鉄会社は女性の活用という点で最も遅れた産業だったのです。

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「オヒョウ君、グラスシーリングについてどう思う?」と訊かれた時、私は口ごもり、うまく答えられませんでした。 すると相手は私がグラスシーリングという言葉を知らないのだ・・と思って、解説してくれました。 しかし、私はそうではなく、別のことを考えていたのです。

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私に問いかけをしてきた相手は東大卒で、社費留学で海外の名門大学で研究し、Ph.Dを取得した技術者です。将来を嘱望され、役員・取締役コースが見えている人でした。その一方で、私大出身の技術者は参与から上への昇進は難しいとされていました。「昇進差別があるのは男女だけではありませんよ。グラスシーリングは、学歴やその他の条件についても存在します」そう言おうとして、私は言えませんでした。

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「我々の職場でも女性の活用を図るべきではないだろうか?」その質問に咄嗟に応えることができず、私は米国出張時に経験した話でごまかしました。

「アメリカのLTVを訪問した時、女性の作業長がいるのに驚きました。CC(連続鋳造設備)のタラップを彼女が先導して登って行ったのですが、彼女の巨大なお尻に圧倒されて、押しつぶされそうな思いがしました。あれだけの迫力がある女性だったら、作業長はじゅうぶん勤まるでしょうね」そう言って、私はごまかしました。

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ちなみに、米国の製鉄所では作業長は基本的に大卒です。彼女の場合、LTVのライバル会社のベスレヘムスチールにブルーカラーとして就職したのですが、会社の奨学金を得て、大学を卒業し、その後LTVに転職して作業長になったのです。

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「そりゃまた仁義にもとるのではないですか?」と私はへたくそな英語で質問しましたが、彼女はウィンクして「アメリカではよくあることで問題はない」と答えました。

当時、日本の大手鉄鋼メーカーでは会社間の転職はタブーでしたし、会社の奨学金を貰った後に退職する場合は、返済義務がありました。作業長は基本的に大卒ではなく、そして製鋼工場の職場は男性だけの職場でした。

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米国で起こっている現象は、1030年遅れで、日本でも起こるという法則がありますが、まさにそうでした。今、日本でも雇用は流動化し、転職は当たり前になりましたし、女性は製鉄所の現場で活躍しています。大卒のブルーカラーもたくさんいます。

一方、米国のベスレヘムスチールもLTVスチールもなくなってしまいました。そして日本の住友金属もなくなってしまいました。

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21世紀の今、ジェンダー差別は、どこでもなくなりつつありますが、いろいろな理由で昇進の差、到達できるポストの限界は残っています。 男女の差ではなく、学歴、門閥の違いによる、ガラスの天井は残っているのです。

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サイモンとガーファンクルの曲に、”One man’s ceiling is another man’s floor”という曲があります。彼らが育ったニューヨークでは多くの人がアパートに住んでいます。普通に何階建てかの住宅に住んでいればあたりまえのことですが、自分の天井が他人にとっては床なのだ・・という事実は何かを象徴しているかに思えます。

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大会社に勤めると実感するのですが、出世コースとそうでないコースでは、出発点と終着点が異なります。例えば昔の国鉄です。大卒の本社採用というエリートの場合、駅長というポストが出世コースのスタート地点です。一方、大卒でない一般職の場合、順調に出世した最後の到達点が駅長です。国家公務員でも財務省のエリートコースの人にとっては、税務署長がキャリアのスタート地点ですが、エリートコースでない人にとっては税務署長が終着駅のポストです。

製鉄会社の場合、技術系でエリートでない人にとっては工場長(課長級)が最終ポストで、一方エリートコースを歩む人にとっては工場長がスタート地点です。

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明確な階級社会で、学歴で昇進が明確に規定されているという点では、軍隊が一番でしょう。 戦争をしていない時の軍隊は、日々訓練をするだけですから、完全な官僚機構となります。優秀な成績で学校(士官学校や兵学校、海軍大学や陸軍大学)を卒業して任官することが全てです。 そうして構成された階級組織の軍隊が本当に戦力として強いか・・は不明です。やや疑問が残ります。

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江田島にある、旧海軍の資料を集めた教育参考館には特攻で戦死した多くの兵士の名簿があります。それを見ると同じ特攻の戦死者でも、兵学校卒は尉官か佐官なのに対し、兵学校を出ていない予科練の卒業生は、一飛曹や二飛曹といった具合に、兵か下士官のままです。彼らはどんなに戦果を挙げても、士官にはなれなかったのです(教育を受けて特務将校になる人はいました)。英霊となった後も身分の差は続きます。

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ベテランのパイロットで多くの戦果を挙げた撃墜王の列伝を見ると、米国や英国では、ほとんどが将校に昇進しているのに対し、日本では下士官のままです。頑張っても上に行けない世界であった日本の軍隊・・・日本が戦争に負けた理由はそこにもあるのかも知れません。

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一見、公平な競争社会のようで、実はスタート時点でそれぞれゴール地点が違う社会、いやスタート地点そのものが違う社会が、いかに不健全で活力を削ぐものであるか、経済成長が長く滞っている日本では真剣に考える必要があります。

ところで、競争社会に於ける、個々人の昇進と限界について研究した「ピーターの法則」という理論があります。以前、このブログで取り上げたことがありますが、グラスシーリングとピーターの法則について、また稿を改めて考察してみたいと思います。


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Ar

大変楽しい記事を毎回楽しみにしております。
特に鉄鋼物は有意義です。
私には気の利いたコメントはできませんが、引き続き宜しくお願い致します。
失礼致します。
by Ar (2016-08-03 03:12) 

笑うオヒョウ

Ar 様 コメントありがとうございます。

実は鉄鋼分野は、私にとって最も書きたいことが多い分野なのですが、知的財産権の問題や、私の知己が多く登場する事などから、書く上で制約が多いのです。私のブログに登場する方で、人物が特定される場合は、公人を除いて事前了解を得てから書いております。

しかし、ご興味を持っていただけるのなら、これからもどんどんと書いていこうと思います。お読み戴き、そしてコメントを頂ければ幸いです。 なるべくその内容が昔話、思い出話ばかりにならないように注意いたします。 なにせ還暦の中年後期のオヒョウですので。 またのコメントをお待ちします。
by 笑うオヒョウ (2016-08-04 01:19) 

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