【 産業の老いる日 その1 】 [鉄鋼]
【 産業の老いる日 その1 】
今年の1月4日付けのAMM紙(American Metal Market紙)を読んでいたら、面白いことが書いてありました。 アメリカの鉄鋼産業には2017年問題とも言うべき問題があるというのです。それは鉄鋼各社で、今年、経営幹部から中間管理職、ベテランの作業員まで含めて、大量の定年退職者が出て、大幅な人事の刷新が行われる問題です。
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1980年代初頭、レーガノミクスで米国の景気が一時的に好くなった時期に、大量に就職した人達が定年を迎え一斉に退職するのです。記事の題名は“Steel moves a step closer to retirement ‘bomb’” というもので、2017年に発生する大量退職問題を時限爆弾に例えています。
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定年を迎える人が多いという、その点だけを聞くと、職場の若返りは結構なことじゃないか・・と思いますが、ことは簡単ではありません。
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米国の会社は業務の引継ぎや技術の伝承がシステマティックにできない場合が多いのです。会社側は技能や技術伝承のための教室まで設けて対応しているとの事ですが、そううまく行くとは思えません。ノウハウを失う製鉄会社は一時的に相当の戦力ダウンとなるでしょう。
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そしてもうひとつはいわゆるレガシーコストの問題です。退職者は会社と縁が切れる訳ではなく、退職者の年金(ペンションプラン)負担や医療保険負担が会社にのしかかります。現在働いていない人達のコストを会社が負担するのです。
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オバマ大統領が考えた一種の国民皆保険制度(いわゆるオバマケア)は、米国の医療保険制度を根本的に見直すはずでしたが、トランプ次期大統領はそれを反古にする考えです。会社が退職者のために負担するコストは減らないでしょう。そしてその退職者が2017年に一斉に増えるのです。一部のミニミルを除き元気がない米国の鉄鋼産業にとって、2017年問題は頭の痛い話だろうと思います。
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それでは、日本の場合はどうだろうか?と考えます。日本はやはり米国と違います。年金負担は、一企業の問題というより国全体の問題として捕らえられています。定年を迎える人達の意識も違います。 私オヒョウも含めて、定年後も働こうという人が多くいます。会社から請われて嘱託や顧問で残る人も多くいます。(勤労意欲旺盛ということもありますし、定年から年金受給開始までの間の収入確保という事情もあります)。 団塊の世代の退職もそれほど一斉ではありませんし、技術・技能の伝承も外国よりはうまくいっています。 それでもベテランの退職に伴うロスは大きく、技術・技能の伝承は、鉄鋼各社の大きな課題です。
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高炉の操業技術などは、AIを活用して、技術伝承を進めています。語り部となるベテラン作業長から聞き手の技術者がノウハウを聴き取り、それをLISPやPROLOGといった言語のプラグラムで、コンピューターに移植し、ノウハウの喪失を防ごうとしました。数万ステップに及ぶプログラムでベテラン作業長の知識・経験を全て網羅できたかは不明ですし、人工知能そのものも、現在あるIBMのワトソンなどと比べれば素朴なもので限界があった訳です。
しかし、この現代の太安万侶と稗田阿礼の努力のお陰で、米国の2017年問題のようなことは防止できています。
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しかし、人材に関して問題は無いのか?と言えばおおありです。 鉄鋼産業に於ける人材の問題は、先進国共通で、良質の人材は枯渇しつつあるのです。 そして人材の枯渇こそが産業を衰退させるのです。
そのあたりの事情については次号で管見を述べたいと思います。
今年も引き続き楽しみに読ませて頂いております。
私もAMMの記事を読みました。次号を楽しみにしております。
宜しくお願いいたします。
by Ar (2017-01-11 09:11)
Ar様 コメントありがとうございます。読者にAMMを読まれている方がおられるとは知りませんでした。鉄鋼関係について書き掛けのブログが数件あるのですが、どうも筆が進みません。現在、私は環境の大変化を前に、精神的に余裕が無いからですが、時間を見つけて仕上げていこうと思います。環境の激変についても、時期が来たらご報告いたします。しかし鉄鋼関係についての記事はだんだん昔ばなしが多くなり、文字通り昭和を懐かしむ記事ばかりになってきました。このままではいけない・・と思うのですが、新しいエピソードがあまり登場しません。まだ私は現役なのですが・・・。
またのコメントをお待ちします。
by 笑うオヒョウ (2017-01-12 05:05)