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【 重力場とデンドライト(柱状晶) 】 [鉄鋼]

【 重力場とデンドライト(柱状晶) 】

 

昔、雑誌「鉄と鋼」で見た不思議な写真を覚えています。

金属結晶の写真ですが、一方向凝固の過程で、定期的に明瞭なデンドライト(柱状晶)が現れ、その後にデンドライトが消滅して、等軸晶(equiaxial crystal)の領域が現れ、さらに再びデンドライトが現れる写真です。これは飛行機の急降下で短時間の微小重力状態をくりかえし発生させ、その間に一方向凝固を行う実験の結果です。

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重力が存在する環境下ではデンドライトが成長し、重力が存在しないか微小であればデンドライトにはならない・・という証拠写真でした。(残念ながら引用元の文献を失念しました)

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確実なのは、デンドライトの成長には液相側に流動の存在が必要ということです。

一般的には、温度差+濃度差 → 密度差・比重差 → (重力下での)対流の存在と考えれば分かりやすく、重力場の存在はデンドライト成長の必要条件と考えられたのです。例えば以下の報告があります。

http://www.jasma.info/wp-content/uploads/past/assets/images/jornal/19-2/2002_p125.pdf

https://www.jstage.jst.go.jp/article/tetsutohagane1955/76/8/76_8_1211/_pdf

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1980年代、私は鋼の凝固においてデンドライト凝固がカタストロフィックに終了し、等軸晶凝固に切り替わる引き金となる条件は何か?を考えていました。いろいろな説がありましたが、はっきりしません。上司・先輩のアドバイスでは液相側で流動が無くなることが引き金だろう・・とのことでした。

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重力は常に一定ですから、流動を妨げる抵抗の存在が重要であると思われました。凝固が進むと液体の流路が狭くなり、流動抵抗が増し、流動限界固相率に達するとデンドライト成長は止まりますが、その流動限界固相率をDarcy流れの理論に基づいて、北海道大学の高橋教授などが計算されました。

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しかし、私は重力とデンドライト成長の関係について、いまひとつ理解できなかったのです。その疑問は今も続いています。疑問点は多くありますが、

1.液相側の局所的な濃度差や温度差は、それほど大きいとは思えません。はたして強い熱対流を起こす理由となりうるのか?仮に熱対流があったとしても、マクロ的な溶鋼流動に比べて相対的に小さく無視しうるのではないか?

2.重力場は、方向が一定で下向き(当たり前ですが)。一方、凝固は三次元的で、各方向にデンドライトは成長する。垂直方向の成長と水平方向の成長に差が見られないのはなぜか?

3.熱対流がなくても他の対流が存在する。重力場がなければ熱対流はないが、他の対流、例えばマランゴニ対流の影響を考慮すべきではないか?

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特に3は重要なポイントで、微小重力下でもデンドライトはできるのではないか?というのが私の考えですが、それについて専門家から解答やアドバイスをいただくことはできませんでした。当時、私は製鉄所を離れて海外事務所に異動になったからです。

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ご専門でない方に申し上げます。マランゴニ対流とは重力の代わりに表面張力が原因となって起こる対流のことです。目に見える例としては、ワイングラスの内側でワインの雫がなかなか液面に降りてこない現象があります。「エンゼルの涙」とか言うそうですが、私は文学的な表現が苦手です。

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無重力下または微小重力下ではマランゴニ対流が顕在化して、通常とは異なる形態のデンドライトができるはずではないか?それなのに等軸晶になるのはなぜか?

どうも飛行機や竪坑を用いた短時間の微小重力実験ではそこのところが分かりません。 誰か本格的な実験をしてくれないかな?と考えていましたが、ちゃんといました。

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デンドライト成長とマランゴニ対流の関係を研究した例として、阪大の岡野氏の研究などがあります(残念ながら鉄鋼ではありませんが)。

http://www.jasma.info/wp/wp-content/uploads/2013/02/2013_p002.pdf

そして宇宙ステーションでは大西宇宙飛行士が本格的にマランゴニ対流の実験を行う予定です。

http://www.nikkan.co.jp/articles/view/00397830

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実は宇宙ステーションの運営を考えた場合、難しいのは、研究のマネジメントです。もっと言えばコストに見合うような研究テーマを継続的に確保できるか?です。 無重力に近い微小重力、非常に気圧が低い高真空、宇宙空間の厳しい放射線環境、それらを有効活用し、宇宙空間でなければできない実験テーマはそれほど多くありません。一方、宇宙飛行士を一定期間、宇宙ステーションに滞在させて、実験を行うためにかかる費用は莫大です。本当に行う価値のある研究・実験テーマを掻き集めて計画を立てないと、せっかくの日本の実験棟「きぼう」も遊んでしまいます。 正直に言って、これまでの日本の研究テーマの中には、どうでもいい研究が多く含まれていました。

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魚のコイは宇宙酔いをするか?なんてテーマは、人間が宇宙酔いをするか否かを確認するための基礎実験だったそうですが、既に人間の宇宙飛行士が長期間宇宙に滞在しているというのに、今更コイで何を確認するのでしょうか? 無重力下でクモはどのように巣を張るのか?なんてテーマも・・・どうでもいい事に思われてなりません。

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研究テーマを提案した学者達は真剣だったのでしょうが、実験を請け負わされる宇宙飛行士達はどう思っていたのか・・・。多分ばかばかしいと思いながら実験したのではないでしょうか?

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金属関係の研究も多く実施されています。特に、比重差が大きく、重量のある地上では決して均一に混じらない2種類の金属を混ぜて、新しい物質を作り出す研究が宇宙実験で進歩しました。 しかし、凝固現象の本質の追及という点ではデンドライトの研究の方が面白そうです。

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繰り返しになりますが、金属凝固にマランゴニ対流の影響が現れるか否か、これは興味深い問題です。そして私が長い間、解を求めて得られなかった問題です。今回、大西宇宙飛行士の実験によって、それが明らかになるのだとしたら、実に楽しみで、ワクワクします。 

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問題は、その答えが出る時、私がまだ現役の鉄鋼技術者でいるかですが・・・。


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