【 最低賃金論 その2 】 [政治]
【 最低賃金論 その2 】
意見はいろいろありましょうが、賃金は職種や職能によって異なります。 最低賃金とは誰でもできる(というと語弊がありますが)非熟練の作業を前提とし、非正規の使用人が対象となるものです。
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日本では、それらの職種の賃金が、安すぎるのは事実であり、これは改善する必要があります。 具体的には・・・・。
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ある賃金が高いか安いかを議論する場合、外国との比較、他の職種との比較など、いろいろな見方ができますが、憲法で保障された、健康で文化的な最低限度の生活を営む上で必要十分かという点も重要です。
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ここでいう「最低限度の生活」というのは飢え死にしない程度・・・という北朝鮮級のレベルではありません。ちゃんと結婚して家庭を築き、子育てをして、次世代に子孫を残し、かつ貧困の連鎖を断ち切れるレベルです。 「年越し派遣村」で有名な法政大学の湯浅誠教授が提唱する「タメのある生活」を実現できる生活水準です。普通にまじめに仕事をしている人達なら、普通に幸福な生活をする権利があるという発想です。
最近は、幸福追求権なんて変な言葉を使いますが、昔からあった考えです。
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なぜ、今、それが重要かと言えば、日本で長く続いた、就職氷河期に学校を卒業し、正社員として就職できなかった人たちが、派遣社員や非正規の勤労者のまま、40代を迎え、マスジェネレーションとして存在するからです。 それらの人たちには、不本意な形で、非正規の勤労者になり、本来最も充実した社会人であるべき時期に、最低賃金額が影響する仕事に就いている人も多くいます。
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非正規であることは、単に手取りの収入金額が少ないことだけではありません。 技術や技能を身に着け、昇進し、責任ある立場になることが望めないということでもあります。 正規と非正規の違いだけではありませんが、職種・職能の違いは至るところに存在し、注意深く眺めれば目に見えない問題が格差として見えてきます。
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例えば建設現場。
手っ取り早く就業でき、特に資格がいらないとび職、鉄筋工などの人々、資格を持つ専門職だが必ずしも組織には属さないクレーン運転士などの専門職、終身雇用の大会社の社員であるゼネコンの職員・・・。実に多くの雇用形態が存在し、働く人の待遇はさまざまですが、すべての人が揃わなければ、工事は進まず、建築は完成しません。
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病院や療養施設も同じです。
組織の頂点に立つ医師、専門職の看護師やその他のパラメディック、低賃金がしばしば問題となる介護職の人々、その介護職も資格によって、何段階ものヒエラルキーが存在します。もちろん給料には大きな開きがあります。
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同じ施設で働いていても、それぞれに待遇は異なり、生涯所得も大きく異なります。 様々な職種の中で最も所得の少ない人の賃金をまず上げる必要がありますが、組織あるいは職場の中の格差や階層を無くすことは現実的ではありません。
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格差や所得差が残るなかで、いたずらに最低賃金をいじっても限界があります。あとは本人次第と言うと、正確ではありませんが、本人がより高収入の仕事や、より責任の重い仕事にチャレンジできる環境を作る方が重要なのではないか?と思います。
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雇用の流動性を確保し、労働需要の変動に対応できる社会が必要です。働く人の立場から言えば、何歳でも、何時でも、新しい仕事や資格にチャレンジして未来を切り開ける社会が必要です。社会に活気が戻り、人々も生き生きとする社会を目指すべきです。それは具体的にはどういうことか?と言えば・・・。
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例えば、建設工事現場でとび職や玉掛作業をしている職人が、クレーン運転の免許を取ってクレーン運転士になりたい・・と言ってくることがあります。クレーン運転士の不足に悩むクレーン会社は、その申し出を歓迎し、運転免許取得を応援します。働く本人にとっても、より高度な資格を得て、新しい世界を切り開ける訳ですから、これはすてきなことです。しかし、これは職業全体でみると稀な事例でしょう。
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海外の人気ドラマERの主役の一人は、看護師から医学生になり、今は医師として活躍しています。日本では看護師から助産師になる人はたくさんいますが、看護師が医学部に入って医師を目指す例は少ないようです。 司法書士になった人が弁護士になる例も少ないようです。
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それは一旦職業人になったら、別の職種にチャレンジするだけの時間的、精神的余裕がないからでしょう。政府が推奨するリカレント教育も、一般教養を深める学習が中心で、職種の変更に役立つ専門教育が対象ではないようです。
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最低賃金の引き上げによる、勤労者の報酬の底上げも重要ですが、各個人が自分でステップアップして高賃金の職種に移れることも重要です。
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学校を卒業した後の最初の就職で一生が決まるような社会の仕組みは、もはやナンセンスです。
今、社会に活気があり、経済成長率も高い国では、労働力も流動的であり、勤労者も複数の職種を経験します。「職業を転々とする」という表現では、どうも辛抱が足りない人、或いは、どの職場でも通用しなかった人・・というニュアンスになりますが、これからは、より高賃金、より大きな責任を負う仕事にステップアップする、ポジティブな場合が一般的になるでしょう。
ちょうど、“A rolling stone gathers no moss”に悪い意味といい意味の2種類があるように・・・。
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日本の少子高齢化による労働人口の減少は、もはやプラスの経済成長を維持するのが難しいほどになっています。労働人口の絶対数を増やすのは困難ですが、せめて雇用のミスマッチ(産業界が必要とする人材がいない)を解消するために、勤労者の再教育と、転職・職種転換の機会を、行政は確保すべきです。 勤労者(とりわけ就職氷河期を経験して機会を得られなかった人々)を豊かにするためには、最低賃金の底上げより、その方がずっと重要だと私は考えます。
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産業の競争力や、労働分配率のバランスも失業率も考えず、ただ闇雲に最低賃金を上げる愚は、隣の国の大統領に任せておけばいいのだ・・と私は思います。
【 造船業と安全保障 その2 】 [アメリカ]
【 造船業と安全保障 その2 】
戦前、山本五十六がワシントンの大使館付武官として駐在し、仮想敵国となりうる米国を調査旅行した際、彼は石油産業や航空機産業に注目して現地を訪れ、詳細な報告を作成しています。しかし、製鉄産業や鉄鉱石の鉱山を無視し、調査していません。造船所についてもあまり調査していないようです。
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実際には、当時の米国の粗鋼生産能力は、日本のそれの10倍で、軍艦建造能力も、日本のそれに比して桁違いに大きなものでした。軍艦に関して言えば、日本の攻撃によって失う量より多くの艦船を建造したため、開戦時以降、軍艦の数はどんどん増える一方で、戦力は充実していきました。開戦時の空母や戦艦、巡洋艦の数だけを念頭に置いて、作戦を練った日本海軍の戦術と戦略はたちまち破綻しました。一方、日本はミッドウェイ海戦以降、軍艦を建造する速度より、失う速度の方がはるかに速く、終戦時にはろくな軍艦が残っていなかったことは、皆さんの知るところです。開戦時の戦力比較ばかり考慮し、消耗戦の中での継戦能力を決定する工業力について、日本はあまり頓着しませんでした。
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当時の米国の造船能力を示す特徴的なものは、リバティー船と呼ばれた規格化された1万t級の輸送船です。性能面や品質面には多くの問題があったものの、量産に適したブロック構造の船体や、溶接工法の採用などで、最盛期には、1日に3隻のリバティー船が竣工したそうです。また1隻を建造するのに要する期間はたった42日だったとか。
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太平洋戦争について語る日本人は、しばしばアメリカの物量に負けたと言いますが、具体的に、何を生産・供給する能力に於いて、米国が優り日本が劣ったかを分析しなければ、意味がありません。その中で艦船の建造能力の差は最も極端なものでした。
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今、米国と対峙しようとする中国は上海や大連に大型の造船所を複数持ち、空母の建造能力を比較した場合、米国に優ります。米国では正規空母の建造には概ね10年かかります。 だから、ニューポートだけで建造するなら10年に1隻しか空母はできません。
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一方、中国の空母は米国の空母と比較するとかなり貧弱な存在ですが、4年以内に建造可能です。しかも空母を建造可能なドックは3箇所以上あり、3隻同時に建造できます。概ね2~3年に一隻の空母が誕生する計算です。
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米中、もし戦わば・・という子供じみた空想をした場合、人類の破滅につながる核戦争は、両方とも望まないでしょう。そして核兵器を使わない戦争で、兵員と兵器の消耗戦になれば、航空機と軍艦の建造能力が鍵になります。
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飛行機やミサイルはともかく、継戦のための軍艦の供給能力では、米国は中国に既に敗北しています。造船所以前の問題として艦船用の鋼材を生産する製鉄所を比較した場合、中国の粗鋼生産能力は、既に米国のそれの8倍にも達しています。
あのアメリカが「中国の物量には敵わない」とボヤく時代になるのです。
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誤解と錯覚と知ったかぶりの塊であるトランプ大統領のメッセージの中で、安全保障上の理由で米国の造船業を保護しなければならない・という部分はそれなりに正しいと言えます。ただし、遅すぎた感はありますが・・。
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米国だけではありません。イギリスも、そして日本も安全保障上の理由で造船会社を維持する必要があります。 日本の場合、1970年代末に倒産しかかった佐世保重工を残したのも、艦船の建造補修能力を重視したからです。 21世紀の現代、三菱重工の神戸造船所を残すべきか否かは議論の対象になりますが、三菱重工と川崎重工の神戸造船所は潜水艦を建造するただ2つの造船所なので無くす訳にいきません。
最近、三菱重工は神戸造船所の仕組みを新しくすると発表しましたが、生き残りのためには、何でもありです。
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/082400234/082400002/?n_cid=nbpnbo_mlpum
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一方で水上艦の方は、多くの造船所で建艦可能ですが、問題は多くあります。日本の艦船建造で非常に重要な役割を果たしていたIHIも造船事業を縮小しています。愛知造船所を閉鎖したのです。
https://www.nikkei.com/article/DGXLZO15694920U7A420C1TI1000/
駆逐艦建造では、世界的に有名だった住友重機浦賀ドックは、15年も前に閉鎖しています。
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安全保障のために、造船業を残すというなら、軍需だけでなく、民間船舶も一定量建造し、そしてそれで足りない分を、政府が応援するしかありません。
今のところ、それがうまく機能しているのは、中国ぐらいですが、中国の強みは生産コストだけです。 日本の造船業が生き残るには、これまでに培った技術力で、他国に差別化できればいいのですが、これが難しいのです。
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私が米国の製鉄業の衰退を眺めていた頃、その現象を解析しました。産業の衰退の過程で最初に発生するのは、人材が集まらなくなるという事態です。
その国を代表する名門大学(例えばハーバードのビジネススクールやMIT)の卒業生がUSスチールを見向きもしなくなりました。やがて人材が枯渇すると、技術開発力が衰え、製品の競争力が無くなります。そして市場を失い、売り上げが低迷し、資金繰りに苦しむようになり、経営破綻します。
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日本でも、その産業の将来を占うには、日本を代表する学校の卒業生がその産業を目指すかどうかで占えます。
日本の場合、1学年1000人以上いる、東大の理科Ⅰ類(主に理学部と工学部へ進学するグループ)の学生の希望学科を見れば分かるのです。船舶工学科は、1980年代の造船ショック以降、底なし学科(つまり希望者は誰でも進学できる不人気学科)に転落したままです。
これでは、日本の造船業も、軍艦建造技術も危うくなります。米国で起こっている事態は決して他人事ではないのです。
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あっと、もうひとつ底なし学科がありました。 冶金金属学科です(今は名称が変わりましたが・・)。 製鉄産業も将来は危ういかも知れません。