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【 造船業と安全保障 その2 】 [アメリカ]

【 造船業と安全保障 その2 】

 

戦前、山本五十六がワシントンの大使館付武官として駐在し、仮想敵国となりうる米国を調査旅行した際、彼は石油産業や航空機産業に注目して現地を訪れ、詳細な報告を作成しています。しかし、製鉄産業や鉄鉱石の鉱山を無視し、調査していません。造船所についてもあまり調査していないようです。

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実際には、当時の米国の粗鋼生産能力は、日本のそれの10倍で、軍艦建造能力も、日本のそれに比して桁違いに大きなものでした。軍艦に関して言えば、日本の攻撃によって失う量より多くの艦船を建造したため、開戦時以降、軍艦の数はどんどん増える一方で、戦力は充実していきました。開戦時の空母や戦艦、巡洋艦の数だけを念頭に置いて、作戦を練った日本海軍の戦術と戦略はたちまち破綻しました。一方、日本はミッドウェイ海戦以降、軍艦を建造する速度より、失う速度の方がはるかに速く、終戦時にはろくな軍艦が残っていなかったことは、皆さんの知るところです。開戦時の戦力比較ばかり考慮し、消耗戦の中での継戦能力を決定する工業力について、日本はあまり頓着しませんでした。

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当時の米国の造船能力を示す特徴的なものは、リバティー船と呼ばれた規格化された1t級の輸送船です。性能面や品質面には多くの問題があったものの、量産に適したブロック構造の船体や、溶接工法の採用などで、最盛期には、1日に3隻のリバティー船が竣工したそうです。また1隻を建造するのに要する期間はたった42日だったとか。

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太平洋戦争について語る日本人は、しばしばアメリカの物量に負けたと言いますが、具体的に、何を生産・供給する能力に於いて、米国が優り日本が劣ったかを分析しなければ、意味がありません。その中で艦船の建造能力の差は最も極端なものでした。

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今、米国と対峙しようとする中国は上海や大連に大型の造船所を複数持ち、空母の建造能力を比較した場合、米国に優ります。米国では正規空母の建造には概ね10年かかります。 だから、ニューポートだけで建造するなら10年に1隻しか空母はできません。

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一方、中国の空母は米国の空母と比較するとかなり貧弱な存在ですが、4年以内に建造可能です。しかも空母を建造可能なドックは3箇所以上あり、3隻同時に建造できます。概ね23年に一隻の空母が誕生する計算です。

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米中、もし戦わば・・という子供じみた空想をした場合、人類の破滅につながる核戦争は、両方とも望まないでしょう。そして核兵器を使わない戦争で、兵員と兵器の消耗戦になれば、航空機と軍艦の建造能力が鍵になります。

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飛行機やミサイルはともかく、継戦のための軍艦の供給能力では、米国は中国に既に敗北しています。造船所以前の問題として艦船用の鋼材を生産する製鉄所を比較した場合、中国の粗鋼生産能力は、既に米国のそれの8倍にも達しています。

あのアメリカが「中国の物量には敵わない」とボヤく時代になるのです。

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誤解と錯覚と知ったかぶりの塊であるトランプ大統領のメッセージの中で、安全保障上の理由で米国の造船業を保護しなければならない・という部分はそれなりに正しいと言えます。ただし、遅すぎた感はありますが・・。

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米国だけではありません。イギリスも、そして日本も安全保障上の理由で造船会社を維持する必要があります。 日本の場合、1970年代末に倒産しかかった佐世保重工を残したのも、艦船の建造補修能力を重視したからです。 21世紀の現代、三菱重工の神戸造船所を残すべきか否かは議論の対象になりますが、三菱重工と川崎重工の神戸造船所は潜水艦を建造するただ2つの造船所なので無くす訳にいきません。

最近、三菱重工は神戸造船所の仕組みを新しくすると発表しましたが、生き残りのためには、何でもありです。

https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/082400234/082400002/?n_cid=nbpnbo_mlpum

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一方で水上艦の方は、多くの造船所で建艦可能ですが、問題は多くあります。日本の艦船建造で非常に重要な役割を果たしていたIHIも造船事業を縮小しています。愛知造船所を閉鎖したのです。

https://www.nikkei.com/article/DGXLZO15694920U7A420C1TI1000/

駆逐艦建造では、世界的に有名だった住友重機浦賀ドックは、15年も前に閉鎖しています。

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安全保障のために、造船業を残すというなら、軍需だけでなく、民間船舶も一定量建造し、そしてそれで足りない分を、政府が応援するしかありません。

今のところ、それがうまく機能しているのは、中国ぐらいですが、中国の強みは生産コストだけです。 日本の造船業が生き残るには、これまでに培った技術力で、他国に差別化できればいいのですが、これが難しいのです。

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私が米国の製鉄業の衰退を眺めていた頃、その現象を解析しました。産業の衰退の過程で最初に発生するのは、人材が集まらなくなるという事態です。

その国を代表する名門大学(例えばハーバードのビジネススクールやMIT)の卒業生がUSスチールを見向きもしなくなりました。やがて人材が枯渇すると、技術開発力が衰え、製品の競争力が無くなります。そして市場を失い、売り上げが低迷し、資金繰りに苦しむようになり、経営破綻します。

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日本でも、その産業の将来を占うには、日本を代表する学校の卒業生がその産業を目指すかどうかで占えます。

 

日本の場合、1学年1000人以上いる、東大の理科Ⅰ類(主に理学部と工学部へ進学するグループ)の学生の希望学科を見れば分かるのです。船舶工学科は、1980年代の造船ショック以降、底なし学科(つまり希望者は誰でも進学できる不人気学科)に転落したままです。

これでは、日本の造船業も、軍艦建造技術も危うくなります。米国で起こっている事態は決して他人事ではないのです。

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あっと、もうひとつ底なし学科がありました。 冶金金属学科です(今は名称が変わりましたが・・)。 製鉄産業も将来は危ういかも知れません。


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