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【 山の神とオコゼ 】 [雑学]

【 山の神とオコゼ 】

 

あるゼネコンの会合で私より年長のAさんと出会いました。聞けば、彼は根っからのトンネル屋で、日本の数多くの長大トンネルの掘削工事を経験されました。「笑うオヒョウ」で紹介したNATM工法や鍋立山トンネルにも詳しい方です。

http://halibut.blog.so-net.ne.jp/2016-11-04

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その彼がポロリと漏らしました。「どうもトンネル掘削現場に女性は馴染まないんだよね」

実は、今、多くの建設工事現場で女性の進出が目立っています。

ゼネコンの建築技師や土木技師はもちろんのこと、トラックや大型特殊車両の運転手、クレーンのオペレーターにも女性は登場してきています。建設会社も彼女たちを「建設小町」と呼んだりして大切にしています。女性用の更衣室やトイレはもちろんのこと、殺伐としていた現場にフラワーポットを並べたりしています。

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建設業界が女性の進出を積極的に応援するのは、深刻な人出不足に対応するためと同時に男女雇用機会均等法以降の、ポリティカルコレクトネスに留意しているからです。そしてそれ以上に、女性を積極的に起用すれば、3Kの代表で昔の土建屋的なネガティブなイメージを払しょくできると期待しているのです。

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しかし、トンネル掘削工事だけはそうはいきません。一時期、女性が工事に参加しようとしたのですがうまくいかず、今もトンネル掘削現場は男たちばかりの世界です。

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「それはなぜですか?」

「結局は山の神を恐れてのことでしょうね。山の神が女性を嫌い、災いをもたらすという迷信です。でも何か事故があった時、男性の作業員から白い眼で見られれば、居心地も悪いでしょうし・・・」。これは相撲協会が女性を土俵に乗せない・・というような普通の男女差別とは微妙に異なります。

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トンネル掘削現場での禁忌について、吉村昭は小説「高熱隧道」の中で触れています。例えば坑道の中で口笛を吹いてはいけないという戒めがあります。ひょっとしたら口笛による空気の振動が岩盤に亀裂をもたらす可能性もある・・という無理筋の説明をしていますが、多分違うでしょう。日本では暗闇の中での口笛を不吉なものとしているのです。トンネルだけではありません。では山の神とは何か?

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一瞬、箱根駅伝の青山学院大学の選手を思い浮かべたオヒョウはかなり間抜けですが、それはともかく、このヤマは単なる山ではなさそうです。鉱山の坑道、あるいは隧道の掘削現場の意味を持つようです。それなら形状は凹であり、陰陽で言えば陰にあたり、つまりヤマの神は女性なのだ・・・と勝手に納得します。

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「山の神は女神で、同じ女性が現場に来ると、嫉妬するのだそうです。無論、単なる迷信ですが、縁起をかつぐことは他の社会でもあるでしょう。それだけ危険な職場にいるという自覚が作業員にあり、少しでも縁起の悪いことは避けたいという訳です。さらに言えば、相手とする大自然に対する畏敬の念を常に彼らは持っています。トンネル掘削の現場では自分たちにはどうしようもない現象で、事故や災害が発生します。だから彼らは自然を畏れ、迷信にもこだわるのです」。

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大自然を相手にする仕事は、トンネル屋以外にもたくさんありますが、皆自然の前では謙虚で素直に恐れています。なるほどねぇ。

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山の神の嫉妬・・と聞いて、次に私が連想するのは、「山の神、オコゼを喜ぶ」という伝説です。博覧強記の怪物であった南方熊楠と、民俗学の巨人柳田國男に親交があり、手紙をやりとりしていたのは有名ですが、その文通の最初に登場するのは「山の神、オコゼを喜ぶ」という逸話です。

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例によって、粗筋を紹介してしまうのは、無粋の極みですがお許しください。

山の神は女神で、地域の村人たちにいろいろな恵みを与えていますが、実は大変な醜女(しこめ)です。本人(本神?)はそれを知らなかったのですが、ある時、水面に映った自分の顔を見てショックを受け引き籠ってしまいました。それ以来、村には厄災ばかりが起こります。とりわけ、同性の女性が山に入ると、自分の容貌のコンプレックスから、ますます荒れ狂い、村には大災害が発生します。

困り果てた村人たちは、対策を考えました。「そうだ!山の神より醜い生き物をお供え物にして出せば、山の神は優越感を感じて、心が晴れるかも知れない。問題は、その醜い生き物だが・・・そうだオコゼだ! オコゼをお供えしよう!」

その結果、山の神はおおいに喜び、村には平穏と豊穣の日々が訪れたとのことです。

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私が、この話を最初に聞いた時は、三重県の尾鷲の話だったと思いますが、同じ話は西日本の各地にあるようです。

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「どうでしょうかね。トンネル掘削の切羽に、オコゼの剥製かなにかをお供えして、山の神をなだめ、安全祈願をしてから、女性の技師や作業員を入れるというのは? 山の神も喜ぶし、男性作業員も安心するし、女性陣も気持ちよく仕事できるとなれば、いいことづくめではないですか?」

私はそう話しかけようとしたのですが、Aさんはその日のうちに新潟に帰らなくてはならないそうで、私の最後の提案を聞く前に席を立ってしまいました。

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私はおつまみを口に運びながら考えました。まだ私は食べたことがありませんが、オコゼは大変おいしい魚だそうです。

「こんど、家内を誘ってオコゼ料理でも食べに行こうかな。家内も喜ぶに違いない」

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念のために申し上げますが、「我が家の山の神」が喜ぶだろうと言うのは、おいしい料理だからで、他意は全くありません。誤解ありませんように


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