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【 芋の毒 】 [雑学]

【 芋の毒 】

 

いささか旧聞で申し訳ないのですが、神戸市の小学校で、学校の畑で栽培したジャガイモを食べた児童が集団食中毒になったそうです。

https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/201907/0012499532.shtml

https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/201907/0012500006.shtml

 

ジャガイモなら、私も半世紀も前ですが泉野小学校の畑で育て、蒸かし芋にして食べた記憶があります。実家が農家の野村先生は、芽の付近には毒素があるから、丁寧に切り取って料理するように指導されたのを記憶しています。

 

今回の原因は、まだ毒の抜けきらない若い芋を食べたか、毒が集まる芽の部分を食べたかでしょう。

 

今回の食中毒の原因が、ジャガイモに含まれるソラニンなどの毒素によるものか、最終的な判断はまだですが、少し気にかかることがあります。

 

昔の子供たちは、野の草花や野菜の毒についてそれなりに知っていました。キツネノボタンを学校のウサギに与えたりする子供はいませんでしたし、ヒガンバナの根にはアルカロイドの毒があり、食べたら死ぬと教わっていました。野村先生は「しかし、彼岸花の根にあるデンプンは上等で、デンプンをよく洗って、水溶性のアルカロイドを流せば貴重な食料になる」と言われました。しかし、デンプンを水洗いするとは・・どういうことか?と子供の私はいぶかしく思った記憶があります。

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そのジャガイモの毒であるソラニンですが、近い将来、無くなるかも知れません。遺伝子編集技術によってソラニンを含まないジャガイモが登場するかも知れないのです。

先日のNHKの教養番組で、遺伝子編集技術について紹介していました。

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そのNHKの番組では、人々が不安を感じている遺伝子組み換え技術と、今回とりあげる遺伝子編集は違う技術であり、遺伝子編集では予期しない悪い形質が発生する可能性はなく安全だ・・と説明しています。視聴者の遺伝子工学に対するアレルギーを和らげ、社会に受け入れてもらおうとする意図が透けて見えますが、そのNHK記者の知識は付け焼刃の一夜漬けのようで、説明する内容がいまひとつよく理解できません。自分自身が良く理解していない場合、他人に説明することはできない・・という法則を証明する形になっています。

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理屈はともかく、遺伝子編集には、いいことがたくさんあり、人類に福音をもたらすものだ・・と女性記者は説明します。

例えば、トマトでは健康にいいギャバを多く含む新品種を開発中だし、ジャガイモでも毒素であるソラニンを含まない新品種を開発中です・・と説明します。

そして、トマトの研究は筑波大学で研究され、ジャガイモの研究は大阪大学で行われており、この分野では日本も世界の最先端にいる・・と解説します。

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あれっ? 大阪大学が遺伝子工学で先駆的な研究をしていることは知っていたけれど、阪大だけかい? ジャガイモの研究は北海道でもしていなかったかな?

このNHKの女性記者は、どこまで調べたうえで解説しているのかな? どうやら遺伝子編集という新しい技術が拒絶されないようにPRすることばかり考えているように見えました。

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ジャガイモは人類を飢えから救った、ありがたい食物ですが、問題が2つあります。一つはエキ病に弱いこと、そしてもう一つはソラニンなどの毒が芽や皮に近い部分にあり、そのために家畜の飼料にもなかなか・・使えないことです。

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この2つの問題は、ジャガイモの関係者にとっては当たり前のことのようで、当然ながら品種改良研究もこの2つの問題の克服が重要なテーマだと聞いています。多分、研究は大阪大学だけでないだろうに・・どうして?

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それはともかく、平成生まれの都会の子供たちは、ジャガイモの毒について、あまり知らないのかも知れません。

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前述の繰り返しになりますが、野で遊び、山で遊び、虫を捕らえて遊んだ昭和の子供たちは、毒について無知でいることは許されませんでした。

マムシとヤマカガシには近づきませんでしたし、白戸三平の漫画で、ハンミョウに猛毒がある事も知っていました。

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熟さぬ青い梅の実にはシアンが含まれ、食べてはいけない・・とされました。

だから病気にならずに大人になれた訳ですが、令和の時代は違うのかな?

大量の食中毒者を出した学校では、当面、学校にカウンセラーだか精神科医だかを常駐させて、子供たちの心のケアにあたるそうですが、どうにも理解できません。

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死者や重傷者がでた訳でもなく、おなかを壊した児童がでたというだけで、どうしてカウンセリングが必要なのか?

そんなことより、身近な草花や野菜、果物、動物にも実は毒があり、注意しなければならない・・と子供たちに教える方が よほど重要じゃないのかい?と私は思います。


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【 泣いて馬謖を斬る というほどでもない その2 】 [雑学]

【 泣いて馬謖を斬る というほどでもない その2 】

 

今、世の中のTV視聴者は、泣きながらの殊勝な記者会見の影響で、宮迫と亮を許す意見が多数のようです。私も涙に弱い方なので、彼らの会見に嘘はないだろうと思いますし、少し同情します。

一方で、芸人に闇営業を勝手にされて、反社会勢力と関係を持たれて、メンツを潰され、挙句に悪者にされてしまう吉本興行も悪玉とするのはかわいそうです。

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では、問題はどこにあるのか

もちろん、詐欺グループや反社会勢力が悪いのは当然ですが、ビートたけしが鋭い指摘をしています。

そもそも闇営業をしなければ生活できない吉本興業の契約はどうなんだろうね?

確かに正論であり、今の芸能界の仕組みに根本問題がありそうです。

しかし、経済の原則も考える必要があります。

人々は面白くもない修行中の芸人の芸にはお金など払いません。目に見える品物と違い、お笑い芸は、一流でなければまったく無価値なのです。漫才もプロスポーツも、エンターテインメントの世界は超一流のプレーヤーだけが、儲けを山分けし、2流以下は貧乏でも仕方ないのです。

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将来を期待して2軍の選手を養うのも企業経営の見識と言えますが、吉本興業の場合、所属する(自称)お笑いタレントはなんと6000人。一方、年間売上高は、500億円台。一人当たりの売上高でみると、1000万円にも届きません。売れっ子タレントに破格の報酬を払うとなると、残りのお金で駆け出しの芸人達に俸給生活者としての生活を保障することなどできません。そもそもハングリー精神の乏しいサラリーマン芸人など、一流の芸人になれるでしょうか?

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そしてビートたけしはもっと恐ろしいことを言っています。

・こうやってTVカメラの前で、真顔で涙を流したお笑い芸人の芸をこれから誰が笑ってくれるかね?

実は、それが大事なポイントです。宮迫も亮も引退するつもりはなく、これからもお笑いで生きていきたいようですが、それは無理なのではないか? 彼らの罪を世間が許しても、お笑い芸人には別の基準があります。 お笑いタレントは一度真面目になるともう元へは戻れないのです。

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昭和の話で恐縮ですが、一世を風靡したお笑いタレントでトニー谷という人物がいました。算盤を楽器替わりに鳴らし、独特のザンス言葉を話した漫談家で名司会者でした。その彼が、ある事件を境に、ブラウン管(古い表現です)から消えました。

その事件とは、彼の子供が誘拐された事件です。彼は全国放送のTVカメラの前で涙を流し犯人に向かって「子供を返してくれ」と訴えました。幸いにして、彼の息子はケガもなく、彼の元に帰りましたが、その日を境に、お笑い芸人としてのトニー谷は終わりました。

彼はハワイに移住し、静かに余生を送ったとのことです。

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涙を流して生き残ったお笑い芸人もいます。落語家だった桂小金治ですが、彼はワイドショーの司会者になり、泣きの小金治とか怒りの小金治と言われてお茶の間(これも古い表現です)の人気者になりましたが、落語家としては終わりました。

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親が死のうが、子供が誘拐されようが、失恋しようが、舞台の上やTVカメラの前では、笑って朗らかにしていなくてはならない残酷な商売がお笑い芸人です。

しかし、生きていれば、悲しみや辛さをTVカメラの前にさらさざるを得ない時もあります。ひとつの巡り合わせとして、そうせざるを得ない立場になったら、潔く涙を流し、そして潔くお笑いの世界を去りましょう。まだ若いのだから、新しい道にも進めます。。

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自分にはお笑いタレントしかできない・・などと甘えたことを言わずに新しい道を切り開いてもいいのです。世の中のサラリーマンには、そうして新しい世界に飛び込んでいく人が多くいます。

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私が宮迫や亮だったら、吉本の社長にこう言います。

・ご迷惑をおかけし申し訳ありません。責任を取って辞めます。吉本には反社会勢力と関係を持ったら引退する不文律があるので、それに従い、別の道に進みます。しかし、私たち2名以外の若手芸人については、処分を勘弁してください。

いずれ、詐欺被害者や世間の皆様にもお詫びする機会があれば・・と思いますが、今会見すれば、言い訳や弁解になりかねないので、引退後、時期をみて行います。会社にはこれ以上のご迷惑はおかけしません。

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もし、潔くそう語って、会社を離れられる人物なら、きっと別の世界でやり直せます。今回の件は小さな躓きだったと、後で笑えるでしょう。

しかし、吉本が提案した処分撤回に喜んで飛びつき、再びお笑い芸人に戻ろうとしても、こちらは多分うまくいかないでしょう。おそらく2流のままで終わるでしょう。

 

お笑い芸人が、公の場で泣いてしまうというのは、そういうことだと私は思います。

 

以上


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【 泣いて馬謖を斬る というほどでもない その1 】 [雑学]

【 泣いて馬謖を斬る というほどでもない その1 】

 

あまり愉快な話題ではありませんが、吉本興業のお笑い芸人の愁嘆場が報道されています。闇営業で詐欺グループからギャラをもらっていたとか、反社会勢力と宴席で写真を撮ってお金をもらっていたとか、そのお笑いタレントが吉本興行から規約解除(クビ)になるとかならないとか、馘首されるタレントが泣きながら会見し、それを受けた吉本興業側も、社長が涙を流しながら会見してお詫びするなど、TVのワイドショーは当分話題に困りません。

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宮迫某とか、ロンドンブーツ12号の亮・・と言われても、実はピンと来ません。多分吉本でトップクラスのお笑い芸人ではないのでしょう。

最初の報道では、彼らが特殊詐欺グループのパーティーに闇営業で呼ばれ、相当額のギャラを貰っていたのに、それを隠し、吉本興業の最初の聞き取りではギャラの受け取りを否定し、後でそれが嘘と判明した・・ということでした。

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普通はそれだけで、一発解雇でしょう。彼らの世界は普通の企業とは違うのでしょうが、一般企業とある程度のアナロジーはできます。

もし、一般のサラリーマン(ヒラでも管理職でも執行役員でも同じです)が会社のトップにお金の絡んだ虚偽の報告をして欺いたとなると、普通はクビです。しかも、後になってから白状するとなると、TV番組制作現場は混乱し、CMの契約でも莫大な損害が生じる訳で、損害賠償を請求されたり、背任で訴追もありえます。

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しかし、これらの悪事が露見しても宮迫と亮は自分から退職願いを出した訳ではないようです。そしてまだお笑い芸人の世界に色気があるのか、引退はしない・・とのことです。

彼らは退職願を出す代わりに、記者会見で世間にお詫びする機会を与えてくれ・・と会社に要求し、拒絶されます。

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これはある意味で仕方のないことです。もし記者会見をすれば、そこで2人は世間と詐欺被害者に対して涙ながらに謝るでしょう。その結果、彼らの罪は許され、善人として扱われることになります。

これは一種の「禊ぎ」です。本来「禊ぎ」は神によって清められ、許される行為ですが、神なき国になった今の日本では、一般大衆や選挙民が神を代行し、許しを与えます。

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日本の芸能界は「お客様は神様」ですから、TVカメラの前で涙を流せば許されるのです。宮迫と亮、そして彼らの弁護士がそれを狙うのは当然です。しかし、吉本興業側はそうはいきません。

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宮迫らが会社に白状したあとも、吉本はギャラの受け取りのことを暫く隠そうとしていました。今度は吉本が悪者になります。宮迫と亮は、「ギャラを貰ったことを白状したのに、隠し続けようとした会社も同罪、今度は悪玉になりますよ」と言える訳で、一種の脅迫に近いことになります。

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失礼な言い方ですが、世の中の悪党・・は、いろいろな手段で、被害者あるいは善玉の側の人間を悪玉側に引きずり込み、抵抗できなくするものです。繰り返しになりますが、記者会見すれば、禊ぎを済ませた2人は善玉として同情され、一方で吉本興業は悪玉になります。

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しかし、会見を止めようとした吉本興業の社長の対応は非常にまずかったのです。彼は危機管理のイロハを知りません。

会見を止めさせたいあまり、「会見をするなら、2人以外に事件に関わった芸人すべてを解雇するぞ」と脅したようです。この発言のために、立場は逆転し、同情されるべき善玉は宮迫と亮で、悪玉は会社になってしまいました。

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芸人の世界は、親分と子分、先輩と後輩の人間関係が非常に重要だそうです。先輩は後輩をかばい面倒を見る一方、後輩は先輩を慕い、尽くすという構図です。だから後輩の若手芸人もクビにするぞ・・と脅されれば、今度は宮迫と亮が会社に歯向かう口実ができます。

本来、会社に陳謝しなければならない2人が、会社に抗い、会見を開く口実を得たのです。

「僕らだけなら仕方ない。でも『可愛い後輩を路頭に迷わすぞ』と言われたら・・」と語るだけで後輩思いの善玉になれます。

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では吉本の社長はどう言えばよかったのでしょうか?

・会社に嘘をついた責任は極めて重大。2人の契約解除は仕方ない。

・芸能界の我々がどれだけ、反社会勢力と縁を切るために努力しているのか理解しているのか?その努力を無にする行為だけは許せない。

・最も重い処罰では、罪びとに弁明の機会は与えられない。言いたい事もあろうが、その機会を与えないのも処罰の一環と考えよ。

2人がその条件を受け入れるなら、その代わりとして、残りの若手芸人達の罪は問わないことにしよう。君たちが全てを引き受けて、若手芸人を助けるのだ。

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もし、こう言われれば、後輩を助けたいという大義名分はなくなりますし、宮迫も亮も会見を開けなくなったはずです。本当は自分を守るための記者会見でも、「後輩だけは許してください」と言う予定だったのを封じる訳です。

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そして吉本の社長はこう続けるはずです。

・会社に功績があり、かつ実力のある2人を斬るのは忍びないが、反社会勢力に対する毅然とした態度を示す必要がある。だから泣いて馬謖を斬るが、君たちに本当の実力があれば、いつか復活するはずだ。その時は、大手を振って吉本に戻ってきたまえ。歓迎しよう。

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現実には、関西のお笑いの世界は吉本興業の寡占化が進んでいますから、吉本を離れた芸人の復活は現実的ではありませんが、そう言われたら、2人は何も言えなくなったはずです。

 

2人から、「実はギャラを貰っていた」と真実を告白された時点で、時を移さず、上に書いた通りの言葉をかけて処分していれば、吉本興業を揺るがすような事態にはならなかったはずです。

 

以下、次号


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【 市場(いちば)を見よ 】 [雑学]

【 市場(いちば)を見よ 】

 

最近、アジア諸国の都市がどんどん近代的になっています。上海の浦東地区、ドバイ、シンガポールなどだけでなく、中央アジアの各都市にも超高層ビルや奇抜な形のオブジェのようなオフィスビルが並んでいます。

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超高層ビルが林立することが、その都会が近代的で先進的である証拠だと信じる人々は、その風景に満足します。高層ビルを建築するだけの資本が集まっているのですから、それは確かに結構なことなのですが・・・。でもそこに暮らす人にはどうなのか?

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近代的で奇抜な建築を並べることが、必ずしも都市の活力や住民の幸福に直結しない・・という反省は20世紀の中頃からあります。その例として挙がるのはブラジルの人工都市ブラジリアです。近代的で整った都市ですが、人々は暮らしにくいそうです。

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では、都市の快適さや先進性、もっと言えば都市の価値をどこで測ればよいのか?私に言わせれば、衣食住や情報、医療、とりわけ食が問題です。潤沢で質の高い食糧が適切に供給できるシステムが完備しているかが問題です。

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世界中で進行する急激な都市化や人口増大に食糧供給が追い付くのか?という疑問は、素朴に湧いてきます。

食糧といっても、長期保存や遠距離輸送が可能な穀物や食肉などは大きな問題になりません。都市生活者の食卓に不可欠な野菜類、果物、乳製品を生産・供給する、都市近郊型農業が問題となります。

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例えば、急速に都市の拡大が進む中国華東地区(上海都市圏)などは、人口増大に加え、生活水準の向上によって、食生活も欧米化、高たんぱく化、高カロリー化が進んでいます。ではその供給体制はどうなのか? 直近の資料が無いので、あくまで憶測ですが、量の問題としては、上海都市圏での食糧供給に不安は無いようです。

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アジアでも有数の肥沃な穀倉地帯である長江デルタを背後に控える上海都市圏では食糧供給量に問題はありません。それに加え、利に聡い中国の農民は機敏に高収益の作物に転換します。つまり、稲作や麦作より養豚、養鶏、魚の養殖あるいは野菜や果樹、花卉栽培の方が儲かると分かれば、自然に作物を転換します。特に小規模経営の場合、都市近郊型農業の方が穀物栽培より儲かるのは洋の東西を問わず事実です。そして、短期間に飛躍的に伸びた高速道路(高速公路)のトラック輸送や鉄道輸送が、遠隔地からの供給を可能にしています。

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しかし、それらを集め、分配する市場は遅れています。上海には2000万人以上の人口、つまり2000万個以上の胃袋がある訳ですが、その食糧を一か所に集めて市内に分配する中央市場に相当する機関がありません(済みません、私がいた10年以上前の知識ですから、今もそうなのかは分かりませんが)。

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ではどういう仕組みなのか?と言えば、小規模な市場が、住宅街のそこここにあり、近郊の農家から集まった食糧が、その地域の人たちに分配される仕組みです。地産地消を実践している訳ですが、小規模な市場が乱立することには、多くの問題があります。

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例えば衛生管理です。中国の小規模な生鮮食品の市場には衛生上の問題が多くあります。中国には生鮮食品は新鮮な方が良いという大原則があります。しばしば動物は生きたまま市場に運ばれ、そこで屠殺されます。鶏などは生きたまま籠に入れられて売買されます。鶏が羽ばたけば、埃が舞います。生きた動物はそのもの自体が汚染源です。その環境下で、21世紀の初めにSARSと呼ばれる新型肺炎(重症急性呼吸器症候群)が流行しました。発端は、広東の市場で売られていたハクビシンが感染源だったようですが、中国当局は明らかにしません。その後、トリインフルエンザも流行しました。感染は農場で始まったのでしょうが、それがパンデミックになったのは、市場で食い止めることができなかったからです。責任の一部は生鮮食品市場にあります。今、日本では豚コレラの流行が大問題になっていますが、これは多分中国から持ち込まれた豚肉が感染源でしょう。だって中国では日常的に豚コレラが発生していますから。

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中国政府は、SARSの時と同様、自国の病原体が原因とは認めないでしょうが、中国が衛生管理の面で遅れているのは事実です。繰り返しになりますが、家畜の伝染病を防ぐには、畜産農家の現場での防疫処理が大前提となりますが、遠距離への拡散を防ぐには、流通過程、特に市場での衛生管理が徹底的に重要になります。

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近代的な市場では、短時間に多くの競りを行い、集荷と出荷が能率よく行われることが重要ですが、併せて衛生管理が必須条件となります。今、東京の豊洲市場には海外からの観光客が多く訪れますが、彼らは見学通路から競りを眺め、その手際の良さと衛生的な環境に感心するそうです。逆に考えれば、外国の市場はそれだけ遅れているということでしょう。

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築地に魚市場があった頃は、無神経な観光客が競りの現場に踏み込み、指でマグロに触ったりして問題になったそうですが、これも自分達の国の市場はそれほど衛生的ではない・・ということでしょう。

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令和の時代、日本から外国に輸出するものは、これまでの工業製品から、目に見えないソフトに移行していくと私は考えます。その中の一つに、大都市で生鮮食品を扱う市場のシステムもあると私は考えます。とりわけ人口増大とスプロールが進む、アジアの大都市圏で、このノウハウは重要です。

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東京の魚市場の築地から豊洲への移転は、システムの近代化を実現するいい機会でしたが、政争の具にされてしまいました。その価値を議論する以前に、対抗する政治勢力が立案・企画したものだからとにかく反対しなくては・・とばかりに、地下の有害物質を発見して鬼の首を獲ったがごとく、プロジェクトを妨害しました。その影響もあってか、マスコミも豊洲市場については極めて冷淡です。

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しかし、新市場の良いところは良いところとして認め、それを世界に発信し、アジアの新しい大都市にも導入を促すことが、日本の行政の責任であり、マスコミの責任でもあります。東京の新しい市場が完成したからそれでいいや・・ということにはならないのです。

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アジアの国々の衛生問題は他人事ではありません。アジアから毎年一千万人以上の人々が、日本を訪れます。輸入品の検疫だけでは、疫病の防護壁としては全く不十分です。ここはおせっかいと言われても、アジアの大都市の市場の近代化、清潔化を応援するのが得策です。

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そして市場の問題は衛生管理だけではありません。市場を見れば、実に多くのことが分かります。大袈裟でなく、市場を見ればその街で暮らす人々の生活の全てが見通せると私は思います。

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だから読者諸兄の皆さまには、外国に行かれたら、その街の市場を訪問することをお勧めします。すると、そういうオヒョウはどうなのか?アジアではなくヨーロッパの事情はどうなのか?という質問が来そうです。

 

それについては、稿を改めてご紹介したいと思います。


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【 ヴの無い世界 】 [雑学]

【 ヴの無い世界 】

 

いささか旧聞ですが、外国の国名表記から「ヴ」の字がなくなったそうです。

何でも外務省が法案を提出して国会で決めたとのことですが、外国の名前の呼び方が法律で決まっていたとは、寡聞にして知りませんでした・

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しかし、その決め方というのが、よく理解できません。普通、法律というのは、お上(おかみ)が最初に決定して、国民に知らしめ、国民がそれに従う・・・という仕組みになっています。

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しかし、今回は巷間で使われる庶民の言葉の頻度を調べ、もう使われないから・・ということで、法律がそれを追認するというものです。一体何のための法律か?と思います。それ以前に行政の主体性の無さというか、国民への迎合は何だ?とさえ思います。

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マスコミにはその法案作成に尽力した若い課長補佐が登場します。

https://www.nhk.or.jp/politics/articles/feature/15156.html

彼は目の前に膨大な書籍を置き、それらを読んで、誰も知らないような小国の名前がどのように表記されるかを解析したとのことです。全く分かりません。

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今は、パブリッシュされる文章が、純粋に活字にとどまることはあまりなく、多くはデジタル化されます。それなら手作業で調べなくても、外国の天才達が開発した検索エンジンを使えば、一瞬で検索できます。彼が手作業で何カ月もかける作業がほんの一瞬の作業になります。彼は一体何のためにそんな労力をかけたのか?

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それにしても暇な役所です。「セントクリストファー・ネーヴィス」が、「セントクリストファー・ネービス」になったところで、何の意味があるのか?そんなことに時間を費やすくらいなら、もっと他にすることはないのかい?

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外務・防衛・警察・公安といった治安に関わる役所が暇を持て余すというなら、これは大変結構なことですが、実は今、外務省は問題山積で多忙を極めている筈です。

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北朝鮮問題、それに輪をかけて頭痛の種である韓国問題、日本にすり寄り始めた中国との関係、四島を返さないロシアの問題、通商問題で無理難題をふっかける米国、EUを離れる英国の問題、外国人労働者の受け入れの問題、数は多いが質が伴わない留学生や研修生の問題・・・。戦後かって無かったほど、外務省は多くの問題を抱えています。そもそもソウルの日本大使館の新築工事の案件も宙ぶらりんです。

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来年の東京オリンピックも一大イベントですが、それより目前に迫った即位の礼こそ、日本最大の慶事で、各国からVIPが集まります。その出迎え、応接、警備その他で、外務省はてんてこ舞いだそうです。外務省始まって以来だそうですが、他の省庁から応援部隊を受け入れ、急場をしのぐことになっています。

それなのに、ひたすら書物を調べ、ヴの文字を探す・・というのは、有為な若い課長補佐のやることか?

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話題を変えましょう。

かつて明治から昭和の時代、日本語の仮名では表現しにくい発音をなんとか表記するために、人々は苦労しました。ウィスキーだって、昔は無理やりウヰスキーと書いたりしました。VBの違いにこだわる人は、Vの発音にはヴを用いたのです。

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とりわけイデオロギーにこだわる人達には、ヴは大切な文字でした。 ソ連はソビエトではなくソヴィエトでしたし、「東方」と言う意味を持つ宇宙船はボストークではなくヴォストークでした。ウォッカは確か・・ヴォトカだったような(あまり自信はありません)。

・・・・・・

しかし1991年にソ連が崩壊し、マルクスレーニン主義者は心の故郷を失いました。もうソヴィエトだろうがソビエトだろうがどうでもよくなったのです。そしてその後四半世紀以上を経て、ついに若い課長補佐の手によって、ヴは葬り去られるのです。合掌。

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しかし、国名以外の名詞で、ヴに愛着を持つ人はたくさん残っています。イデオロギー関係なしです。お金持ちは、ルイ・ヴィトンはやはりルイ・ヴィトンでなくちゃ・・と思うでしょうし、お金持ちでないオヒョウもやはりヴにこだわります。

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ポール・ヴェルレーヌの「秋の歌」を上田敏が翻訳し、「海潮音」に「落葉」として納めています。「秋の日のヰ“オロンのためいきの身にしみてひたぶるにうら悲し」。

一方、フランス文学の泰斗 堀口大學の訳では、「秋の日のヴィオロンの・・・」になり、

金子光晴の訳では、「秋のヴィオロンが・・」になり、窪田般弥の訳では「秋風のヴァイオリンの・・」になります。 誰一人として「ビオロン」や「バイオリン」と表記する人はいません。 実際のところ、「秋の日のビオロンの・・」では全く興ざめです。

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私は、国名は仕方ないとしても、文学の世界だけはヴを無くさないで欲しい・・と思います。

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再び話題を転じます。中央省庁では、若いキャリア官僚を他省庁に出向させて武者修行させることが多くあるそうです。つまらないセクショナリズムに陥らないよう、また他省庁の人と交流することで刺激を受けると同時に、視野を広げますし、人脈を作るうえでもいい機会です。前述の通り、外務省も他省庁から人を受け入れるそうです。

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さて、多くの書籍を調べて、ヴを抹殺する方案を作成した、くだんの課長補佐ですが、彼も孤独な作業から解放され、視野を広げるために他省庁に出向する機会があるかも知れません。それは結構なことですが、文科省だけは勘弁してください。言葉狩りや文字狩りをされては困ります。泉下の上田敏や堀口大學が「ひたぶるにうら悲しく」思う事でしょう。


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【 後悔などあろうはずもない? 】 [雑学]

【 後悔などあろうはずもない? 】

 

いささか旧聞ですが、平成時代を代表する野球選手であるイチローが引退しました。

もっとも、日本よりも米国での活躍が目立ったイチローとしては、日本の元号で時代を区切られることに違和感があるかも知れませんが・・。

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この偉大な選手について語りたいことは山ほどありますが、今回は彼の引退会見での一言にこだわります。

記者が「後悔はありますか?」と質問したのに対して、「後悔などあろうはずもない」と答えたのです。

https://www.asahi.com/articles/ASM3P7GBXM3PUTQP02M.html

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私が「あれっ?」と思ったのは、質疑応答の齟齬です。記者は「決断に後悔は?」と訊いています。「ここで引退すると決めたことについて後悔は無いのか?」という意味でしょう。一方、イチローは、これまでの野球人生全般について後悔はないか?と質問されたと解釈したようです。

だから「今日の球場の様子を見れば分かる通り、後悔などあろうはずもない」と答えたのでしょう。これは記者の質問の仕方が悪かったと言えます。

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ただ単に「後悔はありません」と言えばいいのに、「後悔などあろうはずもない」という、もってまわった大袈裟な表現を用いたのは、イチローのひとつの癖で、質問者(記者)を小馬鹿にする時に用いるパターンです。

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しかし、私が考えるのは「後悔は無い」というその発言です。

同じように、かつて「我事に於いて後悔せず」と記した人物がいます。あの宮本武蔵です。勝負師としての在り方、求道者としての生き方を考えると、何となくイチローに重なります。武蔵は、晩年に著した「独行道」でそう語っています。

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この一文については、多くの解釈がなされているようです。

https://view.cafe/monopoly/a-new-day/6480

勿論、自分はこれまでの人生で、一度も失敗や判断ミスをしなかったという浅薄な自慢話ではないでしょう。しかし、同じく武蔵が著した「五輪書」では、「我生涯に六十余度戦いて一度も負けず」と自慢話を書いていますから、やっぱり単なる自慢話かも知れません。

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これを「倨傲ではないか?」と、噛みついたのは、昭和の天才棋士の一人、升田幸三九段です。升田九段がまだ存命だったころ、NHKの歴史番組で、「宮本武蔵は本当は弱い人物だったのではないか?」と語っています。

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即ち、本当に強い人物だったら、武蔵は自分の人生を振り返り「いつ、どこどこで、辛き(からき)目に遭いけり」と、自分の失敗談や不名誉な記憶を正直に語ったはずだというのです。それができなかったのは、彼の弱さであり、強がりであろうと升田九段は語りました。 本物の勝負師だった升田九段だからこそ言える話です。

・・・・・・

実際の宮本武蔵の人生には、失敗と後悔が溢れています。関ケ原では負け組の西軍に付いた(真偽は不明)し、島原の乱では老骨を鞭打って参戦するも、負傷・気絶するという不名誉を体験しています。あまり出世もしていません。巌流島の決闘だって自慢できる勝ち方ではなかったという話もあります。それなのに、武蔵は、「生涯負けなし」と書き、「我、事に於いて後悔せず」と書きます。嘘つけ。

・・・・・・

だから、私は「後悔は無いです」という人の言葉を素直には信じません。

イチローの長い野球人生は、栄光に満ちていて、余人にはまねのできない素晴らしいものです。しかし、そこに失敗は何もなかったのか?後悔すべきことは何も無かったのか?と彼に尋ねたい思いにかられます。

イチローは本当は弱い人物だったのではないか?

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むしろ、「自分は、過去の事にくよくよしたり振り返ったりせず、常にこれからの未来を考える前向きな人間なので、だから後悔はしない」と答えた方が、よっぽどイチローらしく返答として適切だったのではないか・・と私は思います。

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言うまでもないことですが、引退会見は、それまでの野球人生に幕を下ろす宣言であると同時に、新しい人生を始める宣言でもあるからです。

これからのイチローの長い第二の人生で、彼が何をしようとしているのか、まだ発表はないのです。 ひょっとして「野球五輪の書」でも書くのかな?

 

東京オリンピックで野球も復活することだし。


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【 24時間働けますか? その2 】 [雑学]

【 24時間働けますか? その2 】

 

ではブルーカラーの生産性はどうなのか?と考えると、こちらはむしろ日本以下でしょう。トヨタの生産方式などと比べると、ドイツの工場は遅れていますし、働いている人は外国からの出稼ぎだったり移民だったりするので、なかなか生産性はあがりません。

(もっとも、これは自動車の組み立てラインの話ですが)。

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余談ですが、現場の生産ラインの効率はまだまだ改善の余地があると、ドイツ人は考えたのでしょう。近年インダストリー4.0という生産効率を上げるための方策を打ち出してきました。ITをとことん活用して、省力化や自動化を追求し最大効率を目指すことになります。

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そのドイツで慌てたことがあります。週末をデュッセルドルフのホテルに留まって過ごした時です。ご存知の方も多いでしょうが、日曜日はありとあらゆる店が閉店してしまい、食べ物にあり付けなくなります。私は空腹を抱えて月曜日の朝を待つ羽目になりました。 これは勿論、店員を日曜日に休ませるためです。

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「日本のサービス業で日曜日が休みなんて考えられない!みんな教会にでも行くのかな?」と思いますが、必ずしも協会に行く人ばかりではないようです。郊外の家庭菜園で土をいじる人もいれば、趣味やスポーツに興じる人もいます。自分の時間は自分の為に使うのです。

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「しかし、日曜日に全ての商店がお休みなんて・・・。皆がキリスト教徒という訳ではないはずだ。安息日が異なるユダヤ教徒やイスラム教徒はどうなのだ?」と考えても仕方ありません。近くにはユダヤ教徒の街もイスラム教徒の街も見当たりませんでした。

( 日本ならコンビニがあるのに・・ )

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ドイツ人が見れば、1365日、24時間開いている日本のスーパーやコンビニ、ファーストフード店は、驚異でしょう。「まるで高炉のある製鉄所みたいだ!」

( さすがのドイツでも、高炉は36524時間稼働しています )。

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日本ではそこまで顧客の利便性に配慮しなければ、商売はなりたたないのか? 「お客様は神様です」というけれど、サービスする側の人はそこまで卑屈にならなければならないのか? 店員の方の人権はどうなるのか? とドイツ人は思うはずです。

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その日本でも、24時間営業を強いる本部に対して、一部のコンビニ店が、反旗を翻し始めました。もはや消費者は王様ではなく、消費者の利便性が最優先される時代ではなくなるのです。今回の反乱は単に人手不足に対応できないからですが、その先には長時間労働の是正や人間らしい働き方の追求があります。20年前から叫ばれていた、サービス業に従事する人に、人間的な生活を保障する勤務体系が実現しつつあるのです。もっとも実態は下記の記事のように前途多難ですが。

https://citrus-net.jp/article/78949

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我々はドイツを範とし、ドイツのスタイルに近づこうとしているのか? それもいい事だと思います。サービスをする側や店員の側に立ってルールを作ることには大賛成です。

でも、それだけではだめです。片手落ちです。

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ドイツをまねるなら、お店の営業時間だけでなく、限られた時間内のホワイトカラーの生産性を上げる必要があります。ドイツ人の働き方は、短時間に集中して、成果をあげるスタイルです。日本の一部のオフィスのように、くつろいだ雰囲気はありません。冗長で非効率な会議もありません。

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今ならさしずめOAを駆使したデスクワークが求められます。グループウェアをベースにして、紙の書類は追放されます。 全員が一同に揃う会議も不要です。必要ならインターネットのTV会議で十分です。ドイツのインダストリー4.0の日本版です。

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商店ならキャッシュレス化は常識となります。AIを駆使し、顔認証や籠の中の商品を瞬時に数えて計算する仕組みも必要となります。 商品を棚に並べるのはロボットです。 そうしなければ、勤務時間の短縮も難しいでしょうし、「働き方改革」は実現しません。

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かつて、日本では長く続いた低成長期の間、経営者側は「賃上げは生産性向上の範囲内」と言われてきました。しかし実際には生産性の伸びは低く、賃上げ率も低かったのですが。

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今度こそ、生産性を極限まで上げて、時短を勝ち取り、夜間と休日は誰もが休める仕事を目指すべきです。もっと発達した自動販売機とキャッシュレスのレジが並び、顔認証で会計が済む時代になれは、生産性はあがり、人間はもっと人間らしい仕事ができます。労働時間も短くできます。

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あれ?でも、無人化したりロボットを活用するお店なら、何も夜間に閉店する必要はありません。むしろ24時間操業のお店が増えてくるかもしれません。必ずしもドイツと同じようにはいきません。

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すると結局、無人化・ロボット化した24時間商店に対抗すべく、零細な有人型の商店も長時間操業を強いられることになります。ではその店舗の経営者と店員には、どうやって補償すればよいのか? 過渡期の問題ではありますが、これは課題です。

 

さしずめ、健康ドリンクのリゲインでも配りますか?

(30年前のCMですが)


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【 24時間働けますか? その1 】 [雑学]

【 24時間働けますか? その1 】

 

昔話で恐縮です。20年ほど前、ロンドンにいた頃です。まだEUは通貨統合をせず、各国が自国通貨を持ち、自国の経済政策を行っていました。出張でドイツのデュイスブルグにあるティッセン社の本社を訪れ、ミュッシェンボーン博士と打ち合わせをした時です。午後に到着し、世間話から始めようとすると、少しソワソワした様子で、「本題を話そう。5時までに打ち合わせを終わらせる必要があるのだ」と言います。

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そこで会話の内容を極めてビジネスライクなものにして、5時前に切り上げました。では「この続きはデュッセルドルフの日本料理店で・・」と言って別れ、夜の会食を待ちました。

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現れた彼は「先ほどは失礼した。我々に残業は許されないのだ。定時に仕事を切り上げないと罰を受けるのだ。だから会議も短時間で終え、仕事の密度を上げなければいけない」と話し始めました。 定時以降も会社に残っていると罰を受けるとは、どういうことか?

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それだけでなく、与えられた有給休暇も確実に消化しなくてはならないのだそうです。

そして55歳になると早期退職が始まります。同社の場合、退職すると一生、現役時代の収入の80%の年金が保証されるということ。

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理工系の人々の高学歴化が進んだドイツでは、多くの学生が大学院まで進み、博士号を取る人も多くいます。そうなると、25歳~30歳の間に就職し、そして退職は55歳となると、会社員で働いている期間は30年程度しかありません。それで一生暮らせるのかな?

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日本企業に勤める私からみると夢のような話です。でもどうしてそこまで労働時間を減らせるのか?或いは減らさなくてはならないのか?理由はドイツの高い失業率にありました。

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ドイツは第一次世界大戦後の天文学的なインフレを経験しています。その悲惨な経験からどうしても経済政策をデフレの方向に舵取りします。その結果ドイツマルクはひたすら強くなりますが、失業率も高くなります。 サラリーマンの場合、リストラする際、経験年数の短い人から馘首されます。年配の人は既得権を守り、若い人はわりをくいます。ドイツでは慢性的に若い人の失業率が高かったのです。それに加え、東ドイツを統合吸収した後だったので、多くの人が東ドイツから職を求めて豊かなウェストファーレン州に来ていたのです。失業率が高いといっても、ドイツ人は汚れ仕事は嫌がります。高学歴の若いドイツ人はホワイトカラーを希望し、就職は狭き門になります。3Kの仕事はトルコや旧東ヨーロッパからの出稼ぎ労働者が受け持つのです。

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ドイツ人の技術者の多くが大学院に行き、博士号を持つのも、実は就職難が背景にあります。「だから、職にありついた人は長時間働いて仕事を独り占めせず、皆に機会を与えなければならないのだ」というのが彼の説明です。当時、ワークシェアリングという言葉があったか忘れましたが、つまりそういうことです。

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日本人の私には分からないことです。

ロンドンに帰ると、先輩のMさんがフィナンシャルタイム紙を読んでいます。「面白いねぇ。ドイツでは年間労働時間が1500時間以下なのに、英国は1600時間以上ある。だからドイツ並みに労働時間を年間1500時間以下にすべきだという論調だよ」横から、Kさんが「日本なんて年間1800時間以上も働いているぜ。英国どころじゃない。もっと時短しなきゃ軽蔑されるぜ」

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当時、日本はもっとゆとりを持つべきだ・・という風潮で、職場で「時短」が叫ばれ、学校教育は「ゆとり教育」が標榜されました。

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私は、「でも香港じゃ年間の労働時間が2000時間以上ですぜ。日本どころじゃないやな」Kさんはちょっとムッとして「香港を参考にしてどうなる。我々は西欧のゆとりを見習うべきだろう」

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ちょうど、香港が中国に返還される少し前でした。経済が低迷する英国本土に比べ、香港には活気があり、英国内で就職できなかった英国人が敢えて、香港に行って就職したりしていました。

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「労働時間が長すぎるのも困りものだけれど、やはり活気があった方がいいなぁ。労働時間を短くすると、国際競争に勝てなくて、経済は伸び悩むのでは?」と私は思いました。

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それにしても、あれだけ労働時間が短く、言い換えれば、遊んでいるドイツ人が、あれだけ豊かなのはなぜかな?・・・・ あくせくしている日本人が貧しいのはなぜかな?

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答は明らかです。多くのドイツ人のホワイトカラーは、勤務中は仕事に集中します。だらだらした時間潰しのような会議はしませんし、執務中は雑談もしません。そして定刻までに仕事を終えます。その効率の良さというか生産性の高さには感心します。

そして工業製品には高いブランド力があります。例えば自動車ですが、ベンツ、BMW、ポルシェ、アウディ、オペル・・多くは高級車です。同じ4つのタイヤを履いたセダンでも、韓国車の3倍の値段で売れます。つまり、同じ工数を掛けて1台の自動車を作っても、売り上げは韓国の3倍なのです。或いは同じフォルクスワーゲンを製造しても、ドイツ製と他国製では価格が違います。ドイツ製は高く売れるのです。つまり人気があるからですが、それなら豊かになるはずです。

 

以下 次号


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【 意趣返し その3 】 [雑学]

【 意趣返し その3 】

 

韓国は、日本への嫌がらせのために、慰安婦の少女像を世界中にばらまいています。北朝鮮は昔から金日成や金正日の巨大な銅像で知られる銅像大国ですが、韓国もまた銅像が好きなようです。日本の在外公館の前に置くのは、大使館や領事館を侮辱してはいけないというウィーン条約に明らかに違反していますが、韓国人にとっては国際条約より、自分たちの感情が優先します。もっと言えば、怒りと恨みに基づく行動が最優先となります。

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警察当局は「民間が置いた設備を公権力は動かせない」などと、これ以上の詭弁はないくらいの詭弁を弄して、撤去をサボタージュします。

それなら、私たちもやりましょう。

「どうぞ、日本国内にも少女像をたくさん建てて下さい」とお願いしましょう。東京にある韓国大使館の前にも少女像を建ててもらうのです。アメリカなど、他の国の公的施設の前にも建ててもらいましょう。

・・・・・・

そして、その横に今度は日本人が銅像を建てるのです。

ニンマリと笑ってお札の数を数える父親の像です。 父親の姿は(白丁)パクチョンが着る韓国の民族衣装に帽子です。そしてその父親の横に長煙管で煙草を吸ってずるがしこく笑う、同じく韓国衣装の女衒の銅像も建てるのです。

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もし韓国人が抗議してきたら、こう言ってやりましょう。「私有物なので、我々公権力は撤去できないのですよ。それにこれはウィーン条約にも違反していませんしね。それより早く、財団に拠出した10億円を返してくださいよ。韓国の少女像を撤去しないのならね」                                


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【 意趣返し その2 】 [雑学]

【 意趣返し その2 】

 

次はモノです。

日本から輸出を制限して、韓国経済に大打撃を与えることができる物質は実にたくさんあります。最初はフッ酸です。フッ酸は半導体の製造に欠かせません。私の専門分野で言えば、ステンレスやチタンの製造にも欠かせない重要戦略物資です。しかし一方で、フッ酸はガラスをも溶かす特殊な酸でしかも猛毒です。タンクローリーから少し漏れただけで、運転手が死亡するといった悲惨な事故が時々発生します。

・・・・・・

そして、そのフッ酸の供給を韓国はほとんど日本に頼っています。日本が供給をストップするだけで、韓国経済を支えるサムスンの半導体は生産できなくなります。

・・・・・・

しかし、その作戦がうまくいく保証はありません。フッ酸は蛍石から製造しますが、その蛍石は中国で取れます。日本もまたフッ酸を中国に頼っているのです。だから日本からの供給を絶たれた場合、韓国は中国からの輸入に切り替えるでしょう。

猛毒の危険物質であるフッ酸の場合、流通経路を変えるだけでも大変ですが、中国からの輸入に切り替えるのは単に時間だけの問題です。

・・・・・・

それ以外にも、半導体製造に用いる露光装置、材料となるシリコンウェハー、研磨装置や切断に用いる糸鋸などを韓国は日本に頼っており、その供給を絶たれると、DRAMの製造ができなくなり、サムスンの経営は悪化し、もっぱら財閥の稼ぎに頼っている韓国経済は破綻します。しかしその場合、日本の産業も相当の返り血を浴びます。

・・・・・・

次に韓国への輸出禁止で効果があるのは軽油です。不思議なことに、日本は韓国からガソリンを輸入し、一方で軽油を輸出しています(どちらも少量ですが)。これは韓国の製油所の事情によるものだそうですが、日本から軽油の輸出をストップすれば、韓国はその分を他国から輸入せざるを得ませんが、すぐには無理でしょう。スポットのかなり高い軽油を買わざるを得ません。そうなると、冷え込みつつある韓国の景気をさらに冷やします。

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しかし原油や石油製品の禁輸は最後の手段です。かなり追い詰められた時の手段です。みだりに使うべきではありません。実際、米国からの石油輸出がストップしたため、やむを得ず、南方の油田を求め、太平洋で戦争を始めた国が過去にあります。

そして、韓国の産業を支える戦略物資を抑えた場合、日本経済への跳ね返りも大きいのです。さらに言えば、輸出制限という作戦は韓国の人々の日本への恨みをますます増大させることになり慎重にならざるを得ません。

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私がロンドンにいた1990年代、英国がアイルランドに謝罪するということがありました。一体何のことかと言えば、150年も前、アイルランドで大飢饉が発生した時に英国が助けなかったことを謝ったのです。 アイルランド人の主食であるジャガイモのエキ病が大流行して収穫できなくなり、多くの餓死者がでました。飢えを逃れて新大陸(つまりアメリカ)に移住した人も多いのですが、残った人は飢餓に苦しました。その時、隣国の英国は冷淡で食糧援助に消極的でした。それが今でも遺恨となって、両国の関係をギクシャクとしたものにしています。物資の供給停止は長期にわたる恨みの元になります。

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日本が戦略物資の供給をストップしても、それで韓国が自国の非を認めたり、天皇陛下への謝罪要求が非礼で行き過ぎだったと反省する訳はなく、逆に日本憎しの思いが募るばかりです。小人(しょうじん)とは自らを省みず、ひたすら逆恨みする存在なのです。モノの制限は難しいかも知れません。

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では、その次に考えるのは、カネです。

誰もが考えるのは、「もう二度と韓国との通貨スワップはしないぞ!」ということです。

ご承知の通り、韓国の外貨準備高は多くありません。 昨年夏の時点で日本の1/3程度ですが、実はその多くがすぐに現金化できない有価証券なので、対外債務の支払いなどには使えません。一方で対外債務は巨額です。もし支払いが滞れば、通貨ウォンは信用を無くして下落し、加工貿易のもとになる原材料や部品が買えなくなり、経済は破綻します。

日本では輸出産業を守るために、意図的に円安に誘導したりしますが、韓国では自国通貨が信用を無くし、ウォンが暴落することこそが悪夢なのです。

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日本は、外貨の乏しい韓国とスラップ協定を結んで何度か韓国を助けてきましたが、韓国はそれに恩義を感じていません。スワップ協定は相互的なもので、我々が日本を助けた場合もある・・などと荒唐無稽なことをのたまい、挙句に、日本が頼み込んできたからスワップをしてやった・・などと言ったりします。

ここはスワップの申し込みがあっても拒否し、誰が誰を助けてやっているのかを明確にすべきでしょう。

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失礼ながら、文政権にまともな経済政策を考える人はいないのかも知れません。もしいれば、後先無しに最低賃金の猛烈な引き上げをしたり、愚かな財閥潰しの政策を出したりしないでしょうから。やがて韓国で再び信用危機が起こり、債務不履行となる可能性があります。

その時、スワップ協定の重要性を知り、日本に甘えてくる可能性が大です。

このスワップ協定拒否の制裁はその時まで取っておくべきです。

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それ以外にも、ワールドカップ日韓共催の時に、日本から貸したお金の返済を求めるとか、いろいろ督促すべきお金はあります。しかし韓国は返済する気は無いでしょう。慰安婦財団のために日本が拠出した10億円以外は・・・。

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ではどうすべきか? ヒト・モノ・カネの制限は確かに有効ですが、かえって韓国の恨みを買ったり、日本側にも負担がでるなど、副作用も大きいのです。

・・・・・・

そこで私が考えるのは韓国の作戦を逆手に取ることです。

以下、次号


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