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【 鵜の真似をする鴉 水に溺る その2 】 [鉄鋼]

【 鵜の真似をする鴉 水に溺る その2 】

 

1990年代、米国の高炉メーカーがミニミルに着目しだした頃、もうひとつの流行が米国にありました。MBAブームです。経営学大学院を卒業した人を幹部に迎え入れ、企業の経営を合理的にしようという考えです。

文科系の学部の場合、学者を志すのでない限り、学部で十分に勉強すれば、大学院は必ずしも必要なかろうに・・というか、屋上屋を重ねるような学歴主義はいかがなものか?とオヒョウなどは思ったのですが、実際にMBAを取得した人はそうではないと言います。

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ビジネススクールで学ぶのは、浮世離れした学問ではなく、実際のビジネスに密着した実際的なノウハウなので、卒業すれば企業の即戦力となるし、そこで学ぶと学ばないとでは、考え方も違うし、働き方も違う・・というのです。

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今は無き、米国の高炉メーカーLTVもバリバリのMBAを幹部として雇い入れました。1990年代の初めです。彼が最初に行ったのは製品の値上げです。ちょうどその頃、米国の景気がよくなり、鉄鋼の需要が増大していたのです。鉄鋼メーカーとしては滅多になり値上げのチャンスだった訳です。

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クリーブランドの製鉄所に行った私に、日本から派遣されている上級アドバイザーのO氏が話しかけました。

「なあ、オヒョウよ。値上げの方法として、このLTVの論法はなかなか面白いと思わないか?」

それは、直列に並ぶ製鉄所の生産工程で、ボトルネックとなる工程を探し、その工程を通過する製品の価格を上げるというものです。

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高炉=溶銑予備処理=転炉=炉外精錬=連続鋳造=熱延=酸洗=スキンパス=冷延=焼鈍=メッキ・・という具合に製鉄所の工程はつながっているのですが、各工程の生産能力は同じではありません。 必ず、生産能力の少ない、ネックとなる工程があり、その工程の能力が製鉄所全体の生産能力を制約することになります。換言すれば、その工程を通すことによって、他の工程には機会損失が生じることになります。 そのロスコストを、そのネック工程のコストに被せて、製品の価格に転嫁しようと考えたのが、若きMBA氏です。

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例えば、熱延の酸洗工程の能力が足りない場合、酸洗をしない黒皮コイルに比べて、酸洗コイルの値段が非常に高いものになります。連続鋳造の能力が足りない場合は、連続鋳造で製造した鋳片は、インゴットの鋳片より高い値段になります。

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その話を聞いて私は思いました。

「一見合理的な論理だけれど、これはあまりに生産者側の都合ばかりじゃないか?顧客の立場になった考え方が少しもない」

実際、鋼材が売れている時は「この理屈が嫌なら買わなくていいよ」と言えたのです。

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LTVは一時的にその論法で鋼材価格を吊り上げ、収益を拡大しました。しかし、すぐに不景気が訪れ、今度は逆に鋼材を買い叩かれることになりました。米国の高炉メーカーが電炉のミニミルと違うのは、その高い固定費です。特にレガシーコストと呼ばれる退職者の年金や医療保険の負担がばかになりません。

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するとたとえ限界利益を確保した値段で売っても、全部原価では大赤字ということになります。損益分岐点は高くなり、価格設定の下方弾力性はなくなり、経営は窮屈になるのです。そして前述のボトルネック理論は、価格引下げの局面では、裏目にでます。

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そこでMBA氏は、彼らの本領とも言うべき行動にでました。上品にM&Aという言い方もありますが、私に言わせれば「会社ころがし」です。それはMBA氏が最も得意とするビジネスです。

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彼らは企業をひとつの価値あるいは商品と考えます。企業価値あるいは株式の時価総額・・といったものを極大化し、それを他人に売りつけて、利益を出す。或いは、企業価値の高い会社をなるべく安い値段で買収して、利益を出すという、ビジネススクールで学んだ商売をしようとしました。

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彼らはオハイオ州にあったカッパーウェルドという少し怪しげな会社を買収しました。しかし、蓋を開けてみると、大手高炉メーカーであったLTVは、逆にカッパーウェルドに乗っ取られたのです。一種のトロイの木馬型の乗っ取りですが、小が大を呑みこむという点では「華麗なる一族型」の合併劇です。

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実はカッパーウェルドは、別の日本の鉄鋼会社(電炉メーカーのD社)との合弁会社を、シカゴに持っていたのですが、その不誠実な経営姿勢に手を焼いたD社は、合弁を解消しました。その直後にカッパーウェルドはLTVに吸収合併され、そして逆にLTVの主導権を握ったのです。しかし、彼らは鉄の事を知らず、まじめに製鉄会社を経営する積もりも無かったようです。

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LTVはほどなく倒産し、その資産は売り飛ばされました。製鉄所の幾つかは、アルセロール・ミッタルのものになりました。

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その少し前、LTVは、NUCORを真似て南部のアラバマ州、ディケーターに、ミニミルの子会社TRICOをつくりました。 日本のS友金属、英国のBスチールとの合弁企業です。 しかしそのTRICOも、満足に操業できないまま倒産しました。TRICOに雇われ、確実な現金収入を得られると期待したアラバマのプアー・ホワイトの人たちは、路頭に迷い、立ち尽くすことになりました。21世紀の初めの頃の話です。そのTRICOは、今、NUCORに買い取られ、黒字の操業を続けています。

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TRICO消滅から10年以上経ったある日、私は今の勤務先の会長と昔話をする機会がありました。 私はTRICOの設備やビジネスモデルに問題があったことを知っていたので、TRICOの失敗の原因を技術的な問題として指摘しました。

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しかし、Y会長は一言 「いや、それは問題の本質とは違うね。TRICOの失敗の本質は、大手高炉メーカーの発想のままで、ミニミルを経営しようしたことだ。この2つは全く異なるビジネスモデルであり、高炉一貫製鉄所の感覚で電炉製鉄所を経営しようとしてもうまくいくはずがない。そのことに経営者が気づかなかったのが失敗の本質だよ」

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昔のことを思い出すように語る人は、しばしば遠くを見るような表情をするものですが、

この時のY会長は、そうではなく、オヒョウの顔を真正面から見ます。

(ああ、そうか。TRICOのことを言いながら、実は、大企業的感覚が残っている私のことを戒めておられるのだ)と私が気づいたのは、1分後です。

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Ken Iversonはその著書の中でMBAブームを揶揄しています。

MBAには確かに優秀な人物が多いのだろうが、残念ながらNUCORと相性のいいMBAは現れない。 何人ものMBANUCORに入社したが、不幸なことに、みな早くに退職することになった」

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現場第一主義のKen Iversonとしては、机上で空論を繰り広げるMBAの仕事を認めることはできなかったのでしょう。 その後継者である、Dan Dimiccoの著書は「American Made」です。 アメリカは、製造業が再び元気になり、「ものづくりに回帰するぞ!」と宣言する本なのかも知れません。 翻って、日本はどうか? 日本でも米国の後を追って、MBAブームが到来し、今彼らが若手経営者として活躍を始めています。でも、実際に汗を流して、会社の規模を拡大した訳でもないのに、M&Aでライバル会社を吸収し、業界のシェアを大きくしたとか、世界何位になった・・と自慢する経営者ばかりです。

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なんだかLTVの末路が思い出されてなりません。


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