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【 織部焼展に行く その1 ビルバオの鉄 】 [鉄鋼]

【 織部焼展に行く その1 ビルバオの鉄 】

 

3月のある土曜日、私は広島県三次市にある美術館に出かけました。

奥田元宋・小田女美術館です。http://www.genso-sayume.jp/

古田織部の作品を並べた織部焼の展示会があるからです。 茶の湯や焼き物で、千利休の跡を継ぐ存在として、古田織部は巨人です。しかし、彼の残した芸術である織部焼とは何か?を考えると、曖昧模糊として分からないのです。

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古伊万里とか古九谷とか、その焼き物の産地と製造年代を規定すると、説明は容易です。しかし、織部焼・・というと、古田織部の影響を受けた作品群ということになるので、明確な定義が難しいのです(少なくとも私には)。 だから実物を見て、自分の理解を明確なものにしたい・・・という思いで織部焼の展示会に出かけました。

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一緒に行くのは、広島県の茶道である宗箇流を学ぶ人達です。織部と同時代に生き、独自の茶道の流派を確立した上田宗箇は、織部焼と共に語られるべき人物です。

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殺伐とした殺し合いが続く戦国時代、陰惨な戦争や処刑の一方で、美術を鑑賞しそれを尊ぶ心を持った武将がいたことは、私には不思議です。それを「へうげもの」と呼ぶ人もいますが、上田宗箇はその一人です。

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そういう訳で、織部焼の展覧会の会場の入り口には、上田宗箇の甲冑が置かれています。一目で国産の鎧兜ではなく、輸入品(南蛮渡来の舶来品)であることは明らかです。胴着の形状は、日本製の鎧ではなくドン・キホーテが着ているような、一枚板のそれです。

「これは、ビルバオの鉄だな・・・」

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以前、ある理由から、世界の鉄山を調べた事があります。鉄自体は、砂鉄からも学校の校庭にある赤土からも取り出すことができ、世界中に分布しています。しかし商業生産に適した鉄鉱石の産地である鉄山はそう多くありません。 ユーラシア大陸の鉄山で最も東にあるのは、中国の鞍山でしょう(日本列島も含めれば釜石)。一方、最も西にあるのが、スペインのビルバオです。ちなみにユーラシア大陸北端の鉄山は、スェーデンのキルナです。ユーラシア大陸南端の鉄山はインドにあると思います。

脱線しましたが、ビルバオは、16世紀に発見された欧州屈指の鉄山で、その時代の欧州の武器や甲冑はビルバオ産の鉄鉱石から作られていた可能性が高いのです。

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当時の日本の鉄(和鉄)は、磁鉄鉱を主体とした砂鉄から、たたら製鉄法で作られています。一方、当時の西欧の鉄は、鉄鉱石(赤鉄鉱)を、原始的な高炉型の炉で精錬しています。両者は同じ鉄とはいうものの全く別物です。日本も欧州も鉄の圧延技術は未発達で、鍛造による加工が主体でした。従って薄い板を作るのは苦手だったのですが、それでも欧州では薄い板を作ることができ、甲冑は1枚板でできていたのです。

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しかし、私が上田宗箇の甲冑を見て、これは和鉄ではなく欧州の鉄だと思ったのは、薄板でできていたからではありません。問題はその色というか、錆です。上田宗箇の鎧は全体に赤茶色に錆びていたのです。

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和鉄はあまり赤錆を発生しません。比較的に銀色を保ちますが、上手に酸化させれば、表面に黒錆(Fe3O4)が発生します。これは緻密で強固な錆であり、それ以上酸化を進行させず、鉄を保護します。だから、和鉄では黒錆を珍重します。

鉄のことをクロガネというのは多分そのためでしょうし、黒錆を帯びた鉄器は外国でも人気です。

http://biz.searchina.net/id/1563574?page=1

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一方、欧州の鉄は赤錆(Fe2O3)が多く発生します。これは腐食を進行させ、穴を開け、鉄全体をダメにします。 上田宗箇の鎧は、欧州の赤錆の色だったのです。

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和鉄と欧州の鉄の錆の違いはどうしておこるのか? この問題に明確に答えたのは、東工大名誉教授の永田和宏博士です。 永田先生は、たたら製鉄でできる鉄には、酸素[O]が過飽和の状態で固溶しているから錆びにくいと説明されます。

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そもそも日本式のたたら製鉄は不思議な精錬方法です。高炉=転炉法と同じく、間接製鉄なのに、最終段階で脱酸工程がありません。普通、脱酸しないリムド鋼は凝固時にリミングアクションが起こり、穴だらけになります。だから、現代の鋼は殆どが、アルミなどで脱酸したキルド鋼なのですが、たたら製鉄の和鉄は脱酸しなくても、リミングアクションが無いのです。 それは絶妙な方法で溶存酸素を制御しているからですが、

そのため、凝固後の鋼中には過飽和の酸素が残ります。そのため、表層にはFe3O4の膜が発生し、それ以上錆は進行しません。 一方現代のキルド鋼は鋼中の酸素がほとんど無く、錆びる時にはFe2O3が発生し、錆は進行します。

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鋼中の酸素が多いほど、錆びない・・という逆説的な発想です。この説は永田教授の「仮説」ではありますが、私はこの説は正しいだろうと信じます。 なぜなら、私自身がたたらの操業に立ち会った時、1300℃台の炉内で、溶けた酸化鉄(FeO)の粒が白く光るのを目撃しました。 放射率の低いFeでは白く光らないはずですし、光るとしたらFeOでしょうし、そしてFe/FeO1300℃台で平衡関係にあるからです。だから、たたらで製造したズク(銑鉄)やケラ(鋼鉄)に、酸素がふんだんにあると考えるのは合理的です。

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「やはり西洋の鉄は錆びやすいのか・・。何百年も経って、ビルバオの鉄の欠点が判明した訳だ。 やはり錆を理解しなければ、鉄の事は分からない・・・」。

そこで、同行しているKさんから声がかかります。

「サビを理解しなければ、本当の茶道も茶道具もわかりません」

「甲冑ばかりみていないで、お茶碗を見に行きましょう」と私を階下の展示室に誘います。

 

以下 次号


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yusai-zenji

先日は、私が昼食のパーティーで腹一杯で、とんかつ屋さんであまり食べられず、失礼しました。

三次に行かれたのですか。JR時刻表で見ると、広島市からでも大分ありそうで、一度は訪ねたいと思っているのですが、決断できません。『朝霧の巫女』アニメおよび原作の聖地ですね。
by yusai-zenji (2015-03-20 12:20) 

笑うオヒョウ

yusai-zenji様、
コメントありがとうございます。実は三次は訪問先として人気のある場所です。昨年、川崎のご隠居が広島に来られた際も、三次に行きたい・・と言われて、お供した次第です。彼は三次の美術館や、昔の遺跡を見たかったのです。 三次=ブドウ、ワインという発想の私とは違います。
後半の永田教授の説明は、先週東大駒場であった学会の講演で説明された内容を一部拝借しています。 尤も、永田教授の解説は多くの場所で既に聞いています。 川崎のご隠居も、確か、東京芸大でその講義を聴いているはずです。
またのコメントをお待ちします。

by 笑うオヒョウ (2015-03-22 17:14) 

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