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【 ルコント監督とその世界 その2 】  [鉄鋼]

【 ルコント監督とその世界 その2 】 

 

以前、弊ブログで、造船所が登場する日本の映画3本について言及したことがあります。山田洋次の「故郷」、降旗康夫の「居酒屋兆治」、熊切和嘉の「海炭市叙景」の3本です。どれも、造船所が悲劇の源、あるいは諸悪の根源のように扱われています。

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「故郷」では石運搬船の船長が、尾道の造船所に転職することを、しかたなく苦役に就く悲劇、あるいはまるで人生の敗北のように描いています。「居酒屋兆治」は、不景気の中、社員のリストラを強いられた函館ドックの人事課長が、自ら脱サラする話で、その主人公にリストラを強いた悪役の重役がガンで死ぬ・・と言う話です。 逆に「海炭市叙景」では函館ドックをリストラされた主人公が経済的に追い詰められ、ケーブルカー代にも事欠く・・という悲劇を扱っています。 どうしてこうも造船所は悲劇的で悪役なのか・・。

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では製鉄所はどうなのか?と言えば、製鉄所も登場する映画は、私が知る限り数本しかありません。 1本は「ディアハンター」で、かつて私の上司であった栗田満信氏が社内誌に書いていました。 ペンシルバニアの古びた製鉄所で働く若者達は、田舎町で、地味だけれどそれなりの青春を謳歌していましたが、やがてベトナムの戦地に行き、精神を冒され、人格が破壊され、人生を失っていきます。 栗田氏は、映画の冒頭に登場する、近代的な計器類もない、旧式で素朴な高炉が印象に残る・・と言っています。

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それ以外では・・・正確には製鉄所とは言えませんが、キューポラのある街では、小規模なキューポラが登場します、溶鉄の入った鍋に接近し、原始的な光学温度計であるOPOptical Pyrometer)を操作する労働者が印象に残ります。

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それ以外ではコン・リーが主演する中国映画の「活きる」です。 これは20世紀の中国の歴史を一市民の目を通してダイナミックに描く大作ですが、革命の熱に浮かされて、土法高炉なるものを作り、鉄ではなく泥を製造する労働者達が登場します。

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ああ、映画に登場する製鉄所もロクなものではないな・・・と思っていたのですが、面白いことに、今回のルコント監督の「暮れ逢い」でも、冒頭に製鉄所が登場します。20世紀初頭のドイツの製鉄所です。 詳しい場所は示されませんが、デュッセルドルフやフランクフルトの名前が登場しますから、デュイスブルグのティッセンか、ドルトムントのヘッシュあたりがモデルかな?と推測します。

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今回の登場人物は、労働者ではなく、経営者の参謀となる技術者です。「原料となる資源がドイツには無いことが、ドイツの製鉄業のネックだ」と看破し、マンガンの調達に原料コストの1/3を割いていること、ニッケルも足りない・・と訴えるあたり、これは特殊鋼を製造するクルップ社がモデルかな?と思います。ドイツには鉄鉱石も原料炭もふんだんにあり、主原料には事欠かないのですが、特殊鋼用の合金成分の資源が足りないのです。

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世界大戦の前、各国がニッケルやクローム、モリブデンなどの合金成分の確保に密かに努めていたことは事実です。この映画は、かなり鉄鋼に詳しい人が脚本を書いたな・・と理解できます。 1912年頃のドイツであれば小型の高炉を並べて、平炉で溶鋼を吹いていた時代です。 それらは既に現存しませんが、映画の中ではうまくごまかしていました。

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20世紀初頭のドイツの製鉄所に興味があって、この映画を観たのですが、大事な部分はごまかされていました。でも鉄鋼に於けるマンガンの重要性に言及した映画はこれが初めてでしょう。

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もうひとつ興味深いのはオーナー経営者と参謀となる技術スタッフの関係です。 実は世の中には2種類の製鉄会社があります。 オーナーがいて私企業として存在する製鉄会社と、国営または官営の会社として始まり、今は株式会社の体裁を取るものの、公的企業の性格が強いものの、2種類です。

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日本では、高炉メーカーに公的企業が多く、電炉メーカーにオーナー企業が多い訳ですが、世界を見渡すと、高炉メーカーでもオーナーが所有する会社もあります。どちらが良いかとか、どちらがあるべき姿か・・は何とも言えませんが、オーナー型の製鉄会社を知らない、私としては、ドイツのオーナー型の製鉄会社にとても興味があったのです。 ちなみに、日本の製鉄会社のオーナー一族を描いた作品に「華麗なる一族」がありますが、あれはだめです。あれは、製鉄のことを知らない人が書いた作品です。

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あくまで一般論ですが、オーナー企業では、意思決定が迅速です。一方、国営もしくはそれに準じた企業では意思決定が遅く、しばしば機会を逸します。一方、オーナー企業では、オーナー一人では正確で緻密な分析が難しく、情報量にも限界があります。

優秀で有能な参謀や部下を置いて、情報を集め、分析させる必要がありますが、そのような人材を見つけられるか、あるいはその人物を信用できるかが鍵になります。それ以上は、このブログでは言えませんが、日本中の企業でみられることです。

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「暮れ逢い」では、若い参謀の能力を認め、彼の提案を受け入れる、聡明なオーナーをアラン・リックマンが演じますが、死期を悟った彼が、若い妻を青年に譲ろうとして煩悶するというのは・・どうも理解できません。この映画の重要なポイントなのですが・・。

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そして、この映画でもう一つ、興味深い点があります。第一次大戦前夜のドイツとは、どんな世界だったのか?ということです。 第一次大戦の勃発は第二次大戦の場合とはだいぶ違います。 大国間の政治・経済摩擦や外交の失敗、軍事的緊張が高まった上での勃発という点では同じですが、第一次大戦は、セルビアでのオーストリア皇太子夫妻の暗殺という偶発的事件で始まった訳で、それまでドイツ国内には戦争直前の緊張感は乏しかったようです。

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第一次大戦の前のドイツを知る上で、私が参考にしたのは、トーマス・マンの「魔の山」ですが、その小説では、平和で優雅だったドイツ(というよりヨーロッパ)社会が突然、戦火にまきこまれ、唐突に小説は終わってしまったのです。

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同じように、第一次大戦前のドイツが書かれているのは、最近亡くなったギュンター・グラスの「ブリキの太鼓」ですが、第一次大戦前の部分は一部しか登場しません。だから第一次大戦直前のドイツがどのように描かれているのか・・興味深かったのです。

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戦争で負けた方の歴史はしばしば葬り去られます。それでも第二次大戦前の状況は、日本・ドイツともかなり情報があります。 しかし、第一次大戦前のドイツの状況はどうだったのか?そして戦争の背景に存在する基礎産業、特に鉄鋼産業はどうだったのか?を私はこの映画で確認したかったのです。

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そのある意味で不純な目的は、半ばしか達成できませんでした。 しかし、ルコント監督の新しい側面を確認でき、彼が新しい映画を作り始めたことを確認できただけで、今回は満足すべきかと思います。 従来の耽美的な女性の美しさを追求する作品とは少し離れましたが、作品の幅を広げたとも言えます。 彼の次回作に期待します。


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鉄鋼花子

日本映画にも製鐵所がテーマの映画で記憶に残るものはあります。
1.山本薩夫「熱風」(1943;東宝)
戦争中の映画ですが、溶鉱炉の操業がテーマです。
山本薩夫が監督となると、オヒョウ様には嫌われるかもしれませんが、原作は岩下俊作;八幡製鐵所に勤務しながら小説を書いていました。
特撮;円谷英二 主演;藤田進、共演;原節子と戦争中でもこんなメンバーで映画を作っていたのですねえ
2.木下恵介「この天の虹」(1958;松竹)
PR映画といってもいい内容です。笠智衆、田中絹代、高橋貞二、
久我美子、川津祐介、田村高廣なんかが出ています。この頃から八幡製鐵はウジミナスに関与していたのですね。この映画の中のエピソードとして運輸部の菊夫(川津祐介)が労災事故を起こす話があるのですが、これは前に出た岩下俊作が当時安全課普及掛長であったので無理やり入れたとの話をどこかで聞きました。
ご参考になれば

by 鉄鋼花子 (2015-06-04 22:01) 

笑うオヒョウ

鉄鋼花子様

コメントありがとうございます。返信が遅くなり、申し訳ありません。また貴重な情報をありがとうございます。
「熱風」「この天の虹」とも、映画の名前は知っておりましたが、見たことはなく、そしてストr-リーも知りませんでした。
貴重な情報を頂戴し、機会があれば、見てみたい・・と思います。
願わくは、単なる製鉄所の宣伝映画にとどまらず、文学的価値がある作品になっていれば・・と思います。

ご推察の通り、山本薩夫はあまり好きな監督ではありませんが、毛嫌いする訳ではありません。常に先入観なく、映画を観たいと思っております。

次のコメントをお待ちします。
by 笑うオヒョウ (2015-06-06 17:12) 

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