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【 卒業式 その1 】 [映画]

【 卒業式 その1 】

 

マイク・ニコルズ監督の青春映画「卒業」は封切りから50年経っても、色褪せない傑作です。原題は「The Graduate」ですから、正確には「卒業式」だという人もいます。私は、卒業生(対象を特定しなければ不定冠詞のAが付きますが、特定の卒業生=ダスティン・ホフマン演じるベンジャミン・ブラドックを指すならTheが付きます)を意味するのではないか?と思います。実際、映画には、卒業式のシーンは登場しません。

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物語は、東部の大学を卒業したベンが故郷に戻り、少しフラフラした後、一つの決断をしてそれを実行する訳で、その流れ全体を、大人に脱皮する一つの通過儀礼と考えるなら、たしかに題名は「卒業」または「卒業式」となります。でもやっぱり、卒業生の方がいいように思いますが・・。まあ、どうでもいいことですが。

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この映画のラストには、ちょっとした工夫があります。

花嫁の奪取に成功し、追手も振り切った安堵感と達成感で笑顔のダスティン・ホフマン演じるベン、彼の愛を確認した喜びと逃避行への期待で微笑むキャサリン・ロス演じるエレイン。普通ならそこで映画は終わるのですが、そうは問屋が卸しません。

監督はなかなか「カット!」を言わず、カメラは長回しを続けます。だんだんダスティン・ホフマンとキャサリン・ロスは不安になり、笑顔は消え、落ち着かない表情になり、戸惑っている様子です。そこで監督は初めて「カット!」の声を掛け、画面は走り去るバスのお尻に変わり、Endのサインが現れます。

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映画解説者は、さまざまに解釈します。

1.卒業は、終着点ではなく、次の人生の始まりだ。当然、不安や戸惑いもあるはずで、それを表現しなくては「卒業」ではない。だから二人の不安な表情が欲しかったのだ。

2.1960年代のアメリカはベトナム戦争まっさかりで、大学を卒業した青年にも徴兵と戦場が待っている訳で、ノー天気に喜んでいられる時代ではなかった。ダスティン・ホフマンの不安そうな表情は、ベトナム戦争を暗示している。

3.戦後、空前の好景気が続いた米国経済も陰りが見えだし、大学を卒業しても、いい仕事にありつけるか分からない不透明な時代だった。だから監督は敢えて、ダスティン・ホフマンとキャサリン・ロスの表情が曇るのを待ち、それをフィルムに納めたのだ。

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いろいろ意見はありましょうが、未来への不安というのは何時でも誰にでもあります。1960年代に米国の大学を卒業した人だけではないのです。でもそうはいうものの、とりわけ、期待と不安が混ざった複雑な気持ちになるのは学校を卒業する人々でしょう。

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学校を卒業しても、いろいろな思いから社会人になることをためらい、能力があるのに就職しない人がいます。西海岸の実家に帰ったベンもその一人ですし、日本にも昔からいます。

明治時代、夏目漱石が小説に登場させたそれらの人達は高等遊民と呼ばれました。昭和の時代は、慶応大学の小此木啓吾氏がそれらの人々をモラトリアム人間と呼びました。そして平成の現代、彼らの名前はフリーターまたはプー太郎です。

もっとも、現代のフリーターは、高等遊民のように経済的余裕があるとは限りませんし、就職したくてもできなかった不本意な人も多い筈です。

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ではモラトリアムな人達にとって、大学の卒業式はどんな感じなのか? 卒業へのためらいや抵抗はあるのか?

西島三重子が歌う「ローリングストーンズは来なかった」は若者たちの屈折した心情を表現した歌です。大学生(とおぼしき)カップルが社会人になることに、ためらいと抵抗を感じながらも流されていく内容です。この歌では、卒業は必ずしもハッピーではありません。

「ねえ、明日は卒業式ね」という言葉に対して、「まだネクタイが似合わないんだ」と答えます。「ねぇ、髪を切るのは止めて」という言葉には、「もう青春は終わりなんだよ」と非常にネガティブな答えです。私が「『いちご白書をもう一度』型フォークソング」と呼ぶ、それらの作品は、ひたすら暗く、去り行く青春を嘆く歌詞です。

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惜春は俳諧の重要なモチーフですが、惜青春はシャンソンとともにフォークソングの重要なテーマです。もはやそれらの歌は流行りませんが、現代の大学生はどう考えるのか?

そんなことを考えていると、あっという間に新幹線は仙台駅に着きました。

 

以下 次号


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