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【 孟嘗君を探して 】 [中国]

【 孟嘗君を探して 】

中国の戦国策には、いろいろなエピソードが登場しますが、その中で人気があるのは、孟嘗君のエピソードです。そこに登場する彼の才能とは、数多くの「食客」を抱えたことです。何らかの特殊技能を持つものの、それが何の役に立つのやら? という人物ばかりを抱えていました。 しかし、普段は遊んでいる彼らが、一旦緩急あり・・という非常事態になった時、大活躍して主人を窮地から救うのです。

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最も有名なのは「鶏鳴の故事」で、鶏の声をまねるのがうまい、江戸屋猫八みたいな「食各」がいたお陰で、夜は開かない関谷関の関所を通ることができたエピソードです。

余談ですが、最近の大学入試では、学力以外で、何か一芸に秀でた生徒を合格とするAO入試なんてものがありますが、鶏の声帯模写で合格となる大学はあるでしょうかね?

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しかし孟嘗君が凄いのは、その一発芸すら持たない、つまり“無芸大食”の輩を「食客」に抱えていたことです。 私が特に好きなのは、無芸大食の「食客」だった馮諼(日本語での発音は知りませんが、中国ではフェンと発音していましたの故事です。 

ご存知の方も多いでしょうが、彼のエピソードの粗筋を下記します。

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馮諼は仕事もしない居候なのですが、自分の待遇改善を主人の田文(孟嘗君)に訴えます。

彼は自分の長い剣を弾きながら、「長鋏よ帰らん乎。客を遇するに以って魚無し」と言います。つまり「剣よ、帰ろうではないか。ご飯のおかずに魚が無いではないか」と言います。田文がそれを認め、ご馳走を出すと、今度は「外出するのに馬車が無い」と言います。 田文が、これを認めて車を与えると、今度は家族を持つために家が欲しいと訴えます。

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周囲の人々は呆れますが、田文はこれをみとめます。馮諼はそこまでの厚遇を受けても、やはりゴロゴロしているばかりで、仕事をしません。やがて田文が、ある地域に貸し付けたお金を取り立てることになりました。馮諼は「自分が借金取りをする」と手を挙げます。馮諼は馬車を仕立てて借金取りに向かいますが、そこで借金が返せない者からは取立てをせず、借用証を燃やしてしまいます。借金を返してきた者からは受け取りますが、そのお金で酒盛りをし、一緒に使ってしまいました。

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手ぶらで帰ってきた馮諼に田文はさすがに呆れますが、馮諼は「借金を返せない者は実際にお金を持っていないのだから無い袖は振れない。無理に取り立てても恨みを買うだけで、何の得も無い」と答えます。

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やがて、政変が起こり、田文は命の危機にさらされます。都をすぐに脱出して安全な地元に帰らなければならないのですが、脱出するルートがありません。そこでかつて馮諼が借金の取り立てに行って、借金を帳消しにした村を通る事にします。村民は、もろ手を挙げて一行を歓迎し、田文は無事に安全地帯に帰りついた・・という訳です。

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この逸話では、将来を見越して智略を巡らした馮諼がヒーローのようですが、そうではありません。役に立つか分からない多くの食客を抱えた田文つまり孟嘗君の度量の深さがポイントです。 全篇を通して、描かれているのは孟嘗君を讃える内容です。

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実は孟嘗君だけではありません。中国の歴史には、多くの役に立たない「食客」を抱えて、自分の度量を示そうとした豪族が多くいました。 その目的は・・、自分の懐の深さを自慢する・・ということもありますが、つまらない者でも厚遇することで、有能な人材が集まるかも・・という期待です。有名な「隗より始めよ」という言葉もこれに由来します。

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中国だけではありません。日本にも普段は役立たずと思われていた人物が後で大活躍する話はたくさんあります。 「三年寝太郎」はその一つです。

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米国にも、同じような話はあります。 例えば、「あいまい理論」を応用したファジィ制御を確立したザデーはIBMの研究所では異端児で、役立たずと思われていたそうです。 既存の制御理論を追及するだけでは、彼の才能は発揮できなかったのですが、余裕のあるIBMは彼を雇い続け、そして彼は新理論を確立しました。

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翻って、現代の日本を眺めて思うのは、孟嘗君がいないことです。そして「食客」もいません。一見して無駄な人物を抱える事が許されない時代です。 1990年代以降、日本ではリストラという名前の馘首が流行りました。 特に重厚長大産業では、いかに多くの社員を減らすかが、経営者の才能であるかのように喧伝されてきました。

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そこで生き残るのは、その時点で与えられた仕事で、最大限の成果を挙げる人だけです。 しかし、それは将来の変化に柔軟に対応できる能力ではありません。 

実は、無駄飯食らいの「食客」の方が、柔軟性があり、変化に対応できるのですが・・その人材を抱える余裕が無いのです。

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日本は不況下で多くの「食客」を減らした結果、その後の失われた20年を招きました。三菱重工は、ビジネスジェット機MU300の開発に失敗した後、民間航空機の研究開発をリストラしました。 今、ジェット旅客機MRJの開発が難航するのは、そのためかも知れません。 民間機を研究する「食客」をずっと残しておけば、こんなことにならなかったも知れません。 鉄鋼でも革新的な技術が長らく登場しません。 無芸大食の「食客」をリストラしたせいかも知れません。

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今、経済成長や技術開発に勢いがある国は、若い労働人口が多く、人件費が安い国です。 多くの安い労働力の存在は、工業製品の安い製造コストを意味するだけではありません。 多くの「食客」を抱える能力も意味します。

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その観点で世界を眺めると、日本や韓国は難しい状況です。中国も今後、若い人口が急減しますし、優秀な人は海外へ去ってしまうので厳しい状況です。 有望なのはインドや世界中から人を集める米国ぐらいですが、その米国もトランプ大統領の時代になって将来が不透明です。

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私自身について言えば、以前は馮諼の立場で考えていました。 職場の不満、待遇の不満を感じた時、剣を弾いて、「長鋏よ帰らん乎」と言ってみたくなりました。今は微妙に違います。 どちらかと言うと田文(孟嘗君)の気持ちが分かります。

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もっとも、私自身は経営者ではないので、「食客」を抱える人の気持ちは分かりません。しかし仕事をするなら、孟嘗君の下で働きたい・・と思うのです。

私は、60歳で定年を迎えた後、新しい活躍の場を求めて転職を決めました。その際、転職先を選ぶにあたって、その会社の経営者に孟嘗君の雰囲気があるか否か・・を考えました。 自分自身は「食客」になるつもりはありませんし、長鋏も持っていませんが・・・。

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でも、他の人は言うでしょうね。 オヒョウは選ぶ側じゃなくて、選ばれる側じゃなかったのかね? 確かにそうかも知れません。

私の転職の話については、別稿 【人生はトライアウト】に書きたいと思います。


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