【 無人潜水艇奪取 その1 】 [中国]
【 無人潜水艇奪取 その1 】
どうにも理解に苦しむことがあります。いささか旧聞になりますが、なぜ、中国海軍は、公海で調査中だった米軍の無人潜水艇を横取りしたのか?
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不思議に思うのは以下の点です。
1 重大な軍事機密が、あの小型の潜水装置があるとは、考えにくいこと。
多分、海の深さ、水温、流速、塩分濃度ぐらいを測定していたのでしょう。
無論、それらは潜水艦の行動には非常に重要な情報ですが、なにも米軍の
測定装置を奪わなくても自分で測定すればいいのです。
2. 誰の目にも国際法違反のドロボウ行為であることが明らかなこと。
今回、奪取時のビデオ映像は公開されていませんが、まさに米軍の母艦が
回収しようとしたところに中国艦が割り込んできて、あっという間にさらっていったとのこと。
それは事実でしょう。なぜなら、中国当局はこの点について反論していません。
言い訳のできないドロボウ行為を白昼どうどうと行う神経が不可解です。
3. 米国の政権の変わり目の微妙な時を選んでなぜ、こんなセンセーショナルな
行動にでたのか? 米中関係を考えた場合、中国にとって最悪のタイミングです。
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特に問題なのは、3番目です。
米国は大統領交代の時期にあり、外交方針も大きく変わる可能性があります。米国との関係がギクシャクしているなら、それを機会に改善したいと思うのが当然でしょうし、少なくともトランプ次期大統領の方針が明確になるまで様子見・・というのが普通の考えでしょう。
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有能なビジネスマンとされるトランプ氏は、硬軟とりまぜた外交方針、アメとムチを使い分けた政策で、外交交渉に臨む可能性が大です。
中国が為替操作をしていると非難し、南シナ海での中国の暴挙を批判する一方で、新しい駐中国大使には習氏の老朋友をあてるという配慮もします。台湾の総統と電話会議して、「一つの中国論に縛られる必要はない」と喋る一方で、それは中国との外交交渉でのカードであることを匂わせています。 交渉を有利にするなら、親中か反中かを最初から明確にしない方がいいのです。
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そしてトランプ氏は僅差で大統領選挙に勝ったものの、米国民全体の支持と取り付けたとはとても言えない状況です。そういう時は、相手の出方を見るのが中国流です。外交方針が明確に見えてから、行動するなり、意見表明すればいいのです。
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然るに、今回は中国側が誰の目にも明らかな不法行為を行ったために、トランプは中国批判に回るしかありません。怒りまくった様子をネットに公開し、多くの米国民もそれを支持して団結し、トランプの支持率とともに対中国強行論者の支持率が上がります。
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ヒラリー・クリントンが当選していたら、中国のロビイングが奏功するかも知れませんが、トランプではそうはいきません。全く大事な時に余計なことをしてくれたものだ・・と北京の中国外交部は思ったに違いありません。 中国の報道官は、「落ちていたものを拾ったら、誰でも中身をあらためるではないか? これは当然のことをしただけだ」と説明しますが、そんな理屈が通るとは、彼女自身も思っていないでしょう。こんな無理筋の抗弁をせざるを得ないのは、後ろめたさを感じている証拠です。
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問題の無人潜水艇は、極短期間で米国に返還されました。 米国の反応が予想以上なので慌てて返すことにしたのは明らかですが、ほんの2日では分解して中のデータを解析することはできなかったでしょう。多分、露出した各種センサー類からどの情報を収集していたかを確認しただけでしょう。
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実はこの問題の本質は、潜水艇の情報ではなく、中国の人民解放軍の指揮系統がどうなっているかです。前述の通り、最悪のタイミングで暴挙に出た訳ですが、報道官の苦しい説明から察するに、政府の外交部や共産党の中央政治局は、潜水艇奪取の命令を出さず、その報告も事後報告だったのではないか?ということです。
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これこそが最大の問題であり、憂慮すべき事柄です。中国の人民解放軍は国軍ではなく共産党隷下の組織です。そのためかある種の独立性と発言力を持ちます。微妙なのは国家主席の交代時です。全ての権限を禅譲したはずなのに、前の為政者が人民解放軍の指揮権だけはなかなか手放さないということがあります。権力争いが生じた際、人民解放軍がキャスティングボードを握ることもあります。
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習国家主席も人民解放軍の指揮権を手にしてやっと権力を掌握した形になりました。その事は、逆説で言えば、共産党の中央政府が軍におもねる可能性もあるということです。それをうかがわせる事情があります。今中国のGDPの伸びは鈍化しつつあり、6%程度の安定成長に移行しつつありますが、軍事費の伸びは、それと乖離して10数%と、大きく突出しています。多分、軍のご機嫌をとらなければならないのです。 そういう状態が続くと、やがて軍隊が暴走する可能性があります。
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既に20世紀に世界はその悪夢を経験しています。日本で言えば、政府方針に反して、大陸での戦争を拡大した関東軍、統帥権の干犯という屁理屈で組閣を妨害した陸軍が存在しました。中国だって中華民国の時代、軍閥が割拠して統制がとれない状態が続きました。
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軍事政権がいけないのではありません。軍人が首班でもいいのです。問題は文官が内閣の首班だったり大統領の時に、配下の軍人達が勝手な行動を起こすことです。その場合、独断専行を行う軍人はしばしば全体を見渡せず近視眼的に行動するのです。
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それに加えて中国固有の問題があります。組織内の命令指揮系統が不明確だったり上意下達が徹底できないことがあるのです。かつて中越戦争で中国人民解放軍がベトナムに攻め込んだ際、勢力では圧倒的に優っていたのに敗北した理由は指揮系統がはっきりしていなかったためとも言われています。現場がかってなことをして、偶発的に紛争が始まり、大戦争に発展することを恐れます。盧溝橋事件もそのひとつか?
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指揮系統の乱れを危惧させる例としてレーダーロックオン事件があります。中国軍の艦艇や航空機が、自衛隊機に対してレーダーを照射しロックオンした事件は、最終的に誰が命令したか不明です。 現場の勝手な判断によるものかも知れません。国際慣行としてレーダーロックオンは明確な敵対行為であり、反撃の理由となることを、末端の将校や下士官が知らずに行った可能性があります。
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最近、宮古島の沖の上空を通過する中国軍機が自衛隊機に妨害弾を発射されて、迷惑したという抗議が中国外交部から来ましたが、これもロックオンに対して、自動的に(または手動で)フレアダミーを放出したものではないか?と言われています。
https://trafficnews.jp/post/61361/
(真相は藪の中ですが)。 フレアダミーは熱戦追尾型ミサイルの追撃をかわすために放出する花火ですが、もしそうなら、これも中国軍機が不用意にレーダーを照射したことに起因するもので、責任は無知な中国機の乗組員側にあることになります。
(中国は認めないでしょうが・・・)。
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そもそも、妨害弾・・とは何か? 多分フレアのことでしょうが、軍事用語に疎い外交部の報道官が軍から届いた連絡をよく理解しないまま、日本への抗議として発表しているのでしょう。
日本と中国には、偶発的な衝突を避けるためのホットラインがまだありません。しかし、中国の場合、自国の政府と軍の意思疎通ができていないのなら、何をかいわんや・・というところです。
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しかし、今回の事件は中国海軍の現場の統制や意思疎通の問題ではない・・という意見もあります。 それについては次号で管見を申し上げます。
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