【 リニア中央新幹線のトンネル工事について考える 】 [鉄道]
【 リニア中央新幹線のトンネル工事について考える 】
リニア新幹線の建設工事の内、最も難工事が予想される南アルプストンネルの掘削工事が始まりました。
http://www.yomiuri.co.jp/local/nagano/news/20161101-OYTNT50086.html
http://response.jp/article/2016/11/01/284649.html
http://www.asahi.com/articles/ASJBX4JLDJBXUOOB00Q.html
http://www.asahi.com/articles/ASJB05JQPJB0UOOB00W.html
例によって、マスコミは残土処理に絡んだ環境の問題や地元の反対派をクローズアップして批判的な姿勢ですが、とにかく、これは日本の鉄道トンネル史に於いて、記念すべき日です。
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石原裕次郎主演の映画「黒部の太陽」には、印象に残る場面があります。黒四(クロヨン)ダムに通じるトンネルの掘削を持ちかけられた主人公の石原裕次郎が「無理だね」と一言言って、割り箸をポキリと折ります。
「日本列島のフォッサマグナの地域は、折れた割り箸のささくれだった折れ部と同じだ。こんなところにトンネルは掘れない」。
それに加えて、世紀の難工事で夥しい数の犠牲者を出した黒三(クロサン)ダムのトンネル工事の悪夢が頭をよぎります。この難工事については吉村昭の「高熱隧道」に詳しいので詳しくは説明しません。
結局、数々の断層や破砕帯、湧水を克服してトンネルは掘られ、工事は完成しました。
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そして、その後に作られたトンネル映画は、高倉健の「海峡」で、こちらは青函トンネルの掘削工事が舞台です。映画では、技術者達は「頚城トンネル」の工事現場から呼ばれます。北陸本線の頚城トンネルも、フォッサマグナ地域を抜ける難工事として有名です。
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考えてみれば日本の幹線鉄道の建設の歴史とは、長大トンネルの歴史です。
東海道本線の丹那トンネル、山陽本線の関門トンネル、上越本線の清水トンネル、北陸本線の北陸トンネル等、幹線には全て名物トンネルがあります。
中央リニア新幹線では、フォッサマグナ地帯を貫通する25kmの南アルプストンネルが名物トンネルになるのでしょうか?
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しかし、今回のトンネル工事で重要なのは、実はそんなことではありません。その掘削工法がNATM工法だという点が重要なのです。
普通、トンネル工事は、ごく浅い場合はケーソン工法、深い場合はシールド工法を用います。海底トンネルや長大トンネルは、シールド工法の一種であるTBM工法が普通です。
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TBM(Tunnel Boring Machines)工法は、トンネルの断面直径と同じ円形の巨大な掘削機を切羽に置いて、岩石を削りながら前に進む方法で、青函トンネルも英仏海峡トンネルもこの巨大掘削機を用いたこの工法で作られました。英仏海峡のドーバー側の入り口に使用された巨大な掘削機TBMがモニュメントとして置かれているのを見られた方もいるかと思います。
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それに対して、新しい工法として、火薬で岩盤を砕き、ただちに支保工とコンクリートで周囲を固め、さらにハリネズミのように周辺にボルトを打って強度を確保する方法があります。場合によってはセメントミルクなどを注入する場合もあります。これがオーストリアで開発されたNATM工法(New Austrian Tunneling Method)です。高い地圧を利用して岩盤の強度を高めて崩落を防ぐ方法です。数値解析の教科書には、有限要素法の土木工学への適用事例として紹介されています。
(こんな風に言葉で説明しても、ご専門でない方にはさっぱり分からないかも知れません。専門用語については、どうかWikipediaなどでご確認を願います)。
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日本が得意なTBM工法は海底トンネルや地下深いトンネルに用いられるのに対して、このNATM工法は山岳地帯の岩盤掘削に用いられ、欧州のアルプスのトンネル掘削に用いられるのです。
私が最初にこの種類のトンネルを見たのは、スイスの大規模揚水発電所です。発電所に用いるペンストック用鋼管に勤務先の会社の鋼材が用いられたので見学に行ったのですが、既にトンネルは完成しており、工事中の風景を収録したビデオを見ました。 日本ではこの種類のトンネルを見ることはあるまい・・と思っていたのですが、実は日本にも有名なトンネルがあります。
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私が上越市の工場に勤務していた頃、ほくほく線の各駅停車の電車に乗ることがありました。 単線のほくほく線にも長大トンネルがあり、トンネルの中の待避線で対向電車とすれ違う事があります。トンネルの中で相手の電車を待って停車しているのを見て面白いと思いましたが、これが鍋立山トンネルだと知り驚きました。
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ほくほく線は単なるローカル線ではありません。旧国鉄が先進鉄道技術の実験に用いた線路です。広軌論者と狭軌論者が論争を続けていた旧国鉄では、ほくほく線を利用して、狭軌でどこまで高速化が可能かを調べようとしました。また新幹線が北日本へ延びること予定される中で、豪雪地帯を通る高速鉄道の研究にも使われました。
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トンネル掘削技術や架橋技術についても、新しい取り組みがなされ、長さ10Km弱の鍋立山トンネルではNATM工法が採用されたのです。しかしこれはトンネル史に残る難工事で工期も非常に長くなりました。 旧国鉄時代に工事が始まり、できた時にはJRになっており、しかも、結局ほくほく線はJRではなく第三セクターになったのです。鉄道会社もトンネルも数奇な運命を辿った訳です。
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しかし、大半の乗客は鍋立山トンネルの事を知りません。金沢と越後湯沢間を走った特急「はくたか」は在来線最高の160Km/h~165Km/hの速度で、このトンネルをあっという間に通過してしまったからです。それどころか、北陸新幹線ができて、特急「はくたか」がなくなると、誰もほくほく線の事を思い出さなくなってしまいました。まして鍋立山トンネルのことなど、忘れ去られてしまいます。
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鉄道の高速化は歓迎すべきことですが、あまりに速く、短時間で長大トンネルを通過してしまうと、トンネルの長さが実感できません。それを掘ったトンネル屋の苦労も偲ぶことができません。 そしてやがて忘れられます。仕方ないことですが、ちょっと詰まりません。
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中央リニア新幹線のトンネル掘削にあたって、最難関のフォッサマグナ地帯でNATM工法を採用した技術者達の意欲には敬意を表しますが、これも大変な難工事になるでしょう。
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工事が完成したら、記念のために、「黒部の太陽」、「海峡」に続く、本邦3本目のトンネル映画を作ってもいいかも知れません。しかし、主役の土木技師を演じる俳優を誰にするかで悩むことになるでしょう。
なぜなら、昭和の時代、最もカッコいい男だった、石原裕次郎も、高倉健も、もはやこの世にはおらず、それを継ぐ平成のヒーローもいまだ登場していないからです。
NATM工法でトンネルを掘っていた、福岡市の博多駅前で大規模な落盤・出水事故があり、道路が陥没しました。
地下鉄工事は、普通のシールド工法が適しているのに、なぜNATM工法を採用したのか? 理解できません。
by 笑うオヒョウ (2016-11-08 21:14)
宮沢賢治のお話し会、講師は友人です。毎年12月は話してもらってます。
今月29日は朝日カルチャーでも話します。
『宮沢賢治童話論集』最近上梓しました。2500円。検索されれば購入できます。
よろしく。
by 夏炉冬扇 (2016-11-15 07:22)
夏炉冬扇様 コメントありがとうございます。
書籍については、今度購入したいと思います。
ただ時間が無くて・・ドタバタしているので読めるのは何時になるか
分かりませんが・・。
またのコメントをお待ちします。
by 笑うオヒョウ (2016-11-15 16:45)