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【 ルパシカ その2 】 [雑学]

【 ルパシカ その2 】

 

ある工業製品、とりわけ耐久消費財について、ある瞬間時点でその性能・品質を評価し、優劣をつけると同時に購入の適否について断じるのは適当か否か? これは難しい問題です。鉄鋼の例を挙げます。

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今から30年ほど前、ポルシェが、耐穴あき錆保証10年保証を打ち出しました。背景事情を説明しますと、以下の通りです。 その前から北欧や北米などの高緯度・寒冷地では冬に道路への融雪材撒布を始めました。路面凍結や降雪時のスリップ防止が目的です。融雪材とは、水の凝固点効果を狙うもので、塩化ナトリウムや塩化カルシウムが主体です。当然、スプラッシュがかかる、自動車のフェンダーやドア、サイドシルといった部品は錆びて短期間の内に孔が空きます。

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そこで耐久性を誇る高級車であるポルシェは、ボディに溶融亜鉛メッキ鋼板(GI)を採用し、亜鉛による犠牲防食効果を利用して穴あき錆発生までの時間を稼ぐことにしたのです。他の自動車メーカーは、全て普通の塗装鋼板を採用していた時代です。

もし、その時点で「暮らしの手帖」が商品テストを行い、自動車のボディの錆びやすさを比較・評価していたならどういう結果になったでしょうか?

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おそらく「ポルシェは合格、国産の全ての自動車は不合格。国産車を買うことはお勧めできません。 皆さん、ポルシェを買いましょう・・」という結論になったはずです。 そんな結論が果たして意味を持つのか?

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自動車用鋼板にメッキ鋼板を用いるのは簡単なようで非常に難しいことです。

ポルシェのような単純なGI鋼板を使う会社は、今は少数です。 GIのメッキ後に合金化処理を行うGAが一般的ですが、電気メッキ鋼板のEGEGでも亜鉛にニッケルを加えて結晶粒を揃えたSZ、クロメート処理をした鋼板等、様々です。GAの上にさらに鉄をフラッシュメッキしたFZという鋼板まであります。

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自動車用メッキ鋼板に多くの種類があるのは、会社ごとに思想が違うことや、製造する車体の形状など、いろいろな事情があるからです。 メッキ厚は厚ければ厚いほど防食性能は上がりますが、プレス成形性は劣化しますし、スポット溶接性も劣化します。メッキ膜の剥離の可能性もまします。 また塗装はメッキしない鋼板の方がきれいにできます。

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したがって、鋼板メーカーは片面だけをメッキしたり、逆に片側のメッキを落としたり、さまざまに工夫しました。ポルシェが簡単に提案した自動車鋼板のメッキ鋼板化というのは、簡単な技術課題ではなかったのです。ポルシェの場合、製造台数も少ない高級車ですから、11台修正や手入れができますが、量産車ではそうはいきません。

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もし、その背景を知らずして、自動車の耐食性能の試験を行われても困ります。TVドラマでは、家電である電気洗濯機の例が出されていますが、こちらはEGという種類のメッキ鋼板が多く使われます。 錆びやすいとされた製品は、どの材料を使い、またメッキがカバーしない切断面の処理をどうしているか、水滴が残存しない構造になっていないか・・などを確認しなければ意味がありません。

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電気洗濯機の問題では、アカバネの洗濯機がメッキのネジを使っていることを問題視しています。 これが私には理解できません。 ネジの表面には強い剪断応力と圧縮応力がかかり、普通のメッキでは対応できません。通常使われているのはクロメート処理をしたネジとステンレス鋼のネジです。 両者は図面段階でどちらを使用するか規定されますし、色が違うので外観上の違いも明らかです。 値段はステンレスの方がやや高い設定になっています。

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本当にメッキのネジが使われていたのかな? 少なくともJIS規格には無いはずです。真鍮にごまかすためにメッキしていたといいますが、それは何色のメッキだったのでしょうか?

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さらに理解に苦しむのは、これが危険だ・・という指摘です。メッキが剥がれると、そこが錆び、漏電の危険性がある・・という指摘です。 金属のネジはメッキだろうが、真鍮だろうが、よく電気を通します。むしろ鉄錆びの方が電気を通しません。だから絶縁性が増すというのなら分かりますが、TVの脚本はアベコベです。それに、真鍮が錆びないのは事実ですが、真鍮のネジで鋼板をとめると、異種金属の接合による電池が発生し、鉄の方で腐食が進行します。むしろ鉄のネジの方が、腐食が遅れます。

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さらに理解できないのは、漏電の結果です。TVでは唐沢が漏電すれば、発熱し高温になる危険がある・・と言っていますが、漏電で最も恐れるべきは感電です。アースの不完全な洗濯機の濡れた箇所に触れ、主婦が感電死するという事故が、電気洗濯機の普及期に多発したのです。 そして前回も触れましたが、「暮らしの手帖」はこの問題の糾弾に於いて、全く無力だったのです。

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このTVドラマは一見、技術的な詳細を解説するようでいて、全くトンチンカンな説明をしています。少しだけとはいえ安全工学をかじった者としては、どうにも引っかかります。軽々しく安全の問題に言及して欲しくない・・というのが本音です。

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安全は全てに優先しますし、絶対に重視しなければならないものですが、社会的な事情との関連で考えることも必要です。 例えば、駅のホームの安全性を、「暮らしの手帖」(もとい「あなたの暮らし」)が検証したとしましょう。

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当然ながらホームドアの無いホームは危険と言うことになります。一時、総武本線の新小岩駅では通過する成田エクスプレスや特急電車に飛び込むのが流行りました。

雑誌が、事故発生率を議論すれば、新小岩駅は危険だから利用するのを止めましょう・・ということになります。 全ての駅にホームドアが設置されたつくばエクスプレスは安全ですから、この電車を利用しましょう・・なんて結論になりますが、その結論が利用者にとってナンセンスなのは、言うまでもありません。

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ホームドアには、停車する列車や電車のドアの間隔がまちまちだと設置しづらい問題があります。特に首都圏の私鉄(民鉄)の場合、地下鉄、更には地下鉄を介して都心の反対側の私鉄と相互乗り入れするのが普通であり、ドアの数も違えば、車輌の長さも違ったりします。

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それに、プラットホームの土台の強度が不足し、ホームドアを設置できない場合もあります。それならプラットホーム全体を作り直す大工事になりますし、駅によってはホームが狭く、ホームドアの幅を確保できない場合もあります。

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ホームドアを設置しても、線路の曲率が大きく電車とホームの隙間が大きな飯田橋駅のような場合は、問題解決とは言えません。車輌を短くするなどの別の対策が必要になります。

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駅のホームの問題一つをとっても安全性を高めるには、お金の問題だけでなく、技術面の課題解決が必要です。 話を元に戻しますが、工業製品の作り手ではない雑誌編集者が、具体的な改善提案も示さず「あなた達にメーカーとしての矜持は無いのか?」と“上から目線”で言うのはどうでしょうか? そのような場合には、海外の現地法人で、本社からの無理な指示に対して、よく言われた言葉“OKY”と答えるしかありません。

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OKYとは”Omae ga Kite Yattemiro”の頭文字です。 出版社の編集者が本当に優れた製品を設計してから、他社製品を評価・批判するのが筋ではないでしょうか?

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話題が、安全の話に及ぶとなると、私は言いたい事がたくさんあるので、きりがありません。 その辺りの話は、また稿を改めて書きたいと思います。


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鼻守康時

ドラマの時代が昭和なのは仕方がないのですが、解説も昭和の思考では残念です。 今の消費者に近い会社では、消費者志向が浸透しお客様の声に積極的に耳を傾け、商品やサービスの改善や開発に活かし、また情報公開により理解を得るように努力しているのが現実ではないでしょうか? 製造者サイドでは大きなロットであっても、消費者にとってはn=1が問題なのですから、そこは現在の製造者は充分認識していると思います。
by 鼻守康時 (2016-09-23 21:21) 

笑うオヒョウ

鼻守様 コメントありがとうございます。

昔はともかく、現在の日本のメーカーは消費者の立場に立って品質を管理する思想が徹底しつつあると思います。

ご意見には全面的に賛成です。

それから、消費者にとっては、この1台が全て・・とはその通りですね。

同じような理屈は、工場での災害についても言えます。工場管理者や経営者は、事故や災害の発生を統計論で議論しがちですが、死亡災害の遺族にとっては、亡くなった夫が全てです。部下が何千人もいる会社の社長にとっては数千分の一でも、家族には1分の1です。この考え方に基づいて、だから現在では、災害件数の目標を0以外の数値にはしないようになりました。

しかし、それにしてもとと姉ちゃんはひどい。今日も花森こと唐沢が、職人気質を「しょくにんきしつ」と読んでいました。
彼は坪内逍遥の「当世書生気質」を「とうせいしょせいきしつ」と読むのでしょうか? それ以外にも、当時の履歴書の写真はモノクロなのにカラー写真・・とか、昭和30年代にラジカセとか、あまりに杜撰です。まあ、ドラマを貶すのが趣旨ではないので、このあたりにしますが・・・。

2つの集団を比較し、有為な差があるかを検定する、統計の話は、別稿にて管見を述べようかと思います。

またのコメントをお待ちします。

by 笑うオヒョウ (2016-09-23 23:20) 

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