【 冨田勲と新日本紀行 】 [雑学]
【 冨田勲と新日本紀行 】
今は亡き、漫画家のやなせたかしが、その昔TVで話していたのを記憶しています。
「僕はね、NHKの新日本紀行のテーマ曲が流れてくると、なぜか自然に涙が出てくるんですよ」 それを聞いて「ああそんなものかな」と私は思いました。
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民謡の雰囲気はあるけれども、民謡ではないし、歌謡曲とも違うし、クラシックとも違うけれど、どこかに懐かしさを感じさせる、日本の田舎の原風景を思い出させるメロディーです。
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昭和の高度成長期、日本の都会に暮らす人々の多くは、故郷を離れて都会に生活基盤を移した人達でした。彼らには、たとえ自分の故郷ではなくても、日本の田舎を見れば、それは即ち郷愁の対象だったのです。冨田勲作曲の「新日本紀行のテーマ」は、普段は潜在意識下にある、そんな思いを覚醒させるメロディーだったのです。
高知県出身で、都会で暮らしていた漫画家やなせたかしが、それを感じて涙ぐんだとしても、これは当然かも知れません。
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この「新日本紀行」を、私は毎回見ていた訳ではありません。時々しか見ていません。
第一回目は、金沢が舞台だったそうですが、その回も見ていません。ただ、故郷の金沢を離れてかなり経ってから、NHKアーカイブスで、第一回目の放送の冒頭のシーンを見たことがあります。金沢城の石川門がクローズアップされ、背後にあのテーマ曲が流れました。その時、やっと、やなせたかしの気持ちが理解できました。落涙はしませんでしたが。
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ところで余談ですが、アーカイブスという名前はどうにかならないでしょうかね。 いえね、私の姪っ子が嫌がるのですよ。その昔いじめられたのかな?
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その新日本紀行のテーマの作曲者が冨田勲であることは、早くから知っていましたが、私が入った大学の電気工学科の卒業生だったとは知りませんでした。 工学部を卒業して、作曲家になり、シンセサイザー奏者になるなんて、なんとなく不思議ですが、電子音楽(当時はそう言いました)なら電気工学科というのもありかな? なんて思いました。
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私の卒業した大学には音楽を専攻する学部や学科はありませんが、音楽家は多数輩出しています。松任谷正隆、中村雅俊、ダークダックスは経済学部、加山雄三は法学部、竹内まりやは文学部、そして小林亜星は医学部です。
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「そればかりじゃないぜ、冨田勲の息子も俺達の同学年だせ」と教えてくれたのは、同級生のO君です。
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先駆者、冨田勲以降、シンセサイザー音楽は、ポピュラーになっていきました。シンセサイザーの功績は大です。 独特の味わいのある音色もそうですが、それ以上に、音楽の専門教育を受けていない人でもメロディーを作れるようになった功績が大です。 例えば、これもNHKの人気番組だった、「シルクロード」のテーマを作曲した喜多郎は、楽譜が読めませんでした。しかし、かれはあの名曲をシンセサイザーで作曲したのです。もっとも考えてみれば「シルクロード」のテーマの主旋律は、中島みゆきの「ルージュ」のメロディーによく似ていますが・・。
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世界的な傾向を見れば、ヴァン・ヘイレンに代表されるシンセポップ、YMOやクラフトワークに代表されるテクノポップが発展していきましたが、富田の音楽はかなり違います。交響楽につながる音楽は彼だけの世界です。日本に作曲家は数多くいますが、交響曲を作曲する人はまれです。冨田勲には、その才能があり、さらにシンセサイザーという武器があったのですから、彼独特の世界を創ることができたのです。彼がグラミー賞の候補に留まり、受賞できなかったことは実に残念です。
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その後、NHKのテーマソングはどうなったか?
「新日本紀行」は一度、終了しましたが、その後「新日本紀行再び」として復活しました。でも、その番組では、冨田勲のメロディーに、奇妙なそしてありふれた言葉を散りばめた歌詞が付き、コブシの利いた声で女性歌手がそれを歌っていました。全く興ざめです。
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メロディーだけでノスタルジーを掻き立てるのに十分なのに、何であんな陳腐な歌詞をつけて歌にするのか? 蛇足もいいところではないか!
いったい冨田勲本人はどう思っているのか? それに加えてやなせたかしの意見も聞きたいものだ・・と私は思いました。
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テーマソングが不評だったからかは不明ですが、「新日本紀行再び」は短命に終わり、今は「新日本風土記」が放映されています。この番組は松たか子のナレーションが素晴らしく、私の好きな番組の一つです。でもこれもテーマソングがいけません。南西諸島の島唄を歌う第一人者である朝崎郁恵さんが「あはがり」を歌うのですが、第一、声がかすれて、歌詞が聞き取れません。仮に聞き取れても、方言なので意味が分かりません。この歌は単独で聴けば素敵なのでしょうが、番組のテーマソングとしてはNGです。
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それに加えて、番組の途中でこの歌を大きな音量でかぶせるものだから、出演者の会話も聞き取れなくなります。BGMは小さな音量でいいのです。
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おそらくは、朝崎さんの歌の評判が良いので、音量を大きくし、流す場面を増やしたのでしょうが、余計なお世話です。お婆さんが民謡を歌えば、人々の郷愁を誘い、好印象を与えるだろうというあざとさが透けて見えて、どうもいけません。
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「ああ、本当に心に染み入る音楽は、しばしば歌詞なしの旋律だけでいいのに・・」と、私は初期の「新日本紀行」を懐かしみます。
そんな時に、突然、冨田勲の訃報が飛び込みました。 「ああ、残念なことだ」
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喪主の名前をみると、長男の冨田勝氏は大学教授とのこと。ああ、彼は大学に残って教授になっていたのか・・。
そこで、ふと気になることがあります。 冨田勲氏の「お別れの会」では、どんな曲が流されるのかなぁ? 「ジャングル大帝」か「新日本紀行」か、或いは未完で終わった「ドクター・コッペリウス」なのだろうか・・? 未完成の作品を残して去っていくのも、また素敵な人生ではないか・・・。 人間自身が未完成のまま老いていくオヒョウは、そんなことを考えます。
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