【 第三種郵便物 】 [雑学]
【 第三種郵便物 】
子供の頃、定期的に発行される雑誌を講読していました。それらの雑誌の表紙または裏表紙の隅には、第三種郵便物・・と必ず記載されていました。即ち、公共性が高く、人々への有益な情報伝達手段である定期刊行物は、郵便で特別扱いをして安い料金を設定するというものです。そして、その対象は紙の印刷物に限られます。
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その私が購読していた雑誌とは、学研の「科学」や小学館の「小学六年生」といったもので、それらには分厚い付録がついていました。昭和30年代から40年代の前半、子供の私は、それらに夢中になったのです。
しかし、その付録の多くは紙の印刷物ではなく、プラスチックだったり、紙は紙でも模型用のボール紙だったりしました。
それらを本誌に挟み、輪ゴムで止めて雑誌として売っていました。
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果たして、それは第三種郵便物の対象と言えるのか? 第三種郵便物と認めるべきだと主張する出版社と、認めたくない郵便局の間に葛藤があったのでは?と解説するのは、今は亡き山本七平と山本夏彦です。二人とも出版業の経験があり、プラスチックの付録を第三種郵便物として認めざるを得なかった悔しさから、郵便局がいじわるをする・・という他愛の無い話を、文庫本「いじわるは死なず」に書いています。
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この第三種郵便物という概念は、もうそろそろ切り替えた方がいいようです。多くの人々にあまねく情報が行きわたるようにすることは、社会にとって重要なことですし、教育に必要な書籍や出版物を安価に輸送することも重要なことで、それを国家が応援・補助するのも当然なことです。
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しかし、現代の情報は必ずしも、紙に印刷された活字の形で伝わる訳ではありません。
テレビ・ラジオ・インターネット・・・ありとあらゆる媒体を使って情報は伝達され、書籍自体も紙とは限りません。 紙に印刷した定期刊行物のみを対象にして便宜を図るというのは時代遅れです。 そして、日本郵政も民営化されました。第三種郵便物の負担を“民間企業”に押し付けるのも、ある意味、適当ではありません。
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そして輸送業自体も、郵便に頼る必要は必ずしもありません。民間の宅配便業者だってあります。 そうこうしているうちに、新聞を第三種郵便物の対象にするのはいかがなものか・・という議論が巻き起こりました。
どういう事かといえば、新聞が行っている「押紙制度」は、購読者数をごまかす一種の詐欺的行為であり、それによって第三種郵便物の便宜を与えている日本郵政は被害を被っており、民間企業となった日本郵政は訴訟することも可能だ・・と言っているのです。
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押紙とは、新聞社が押し付ける形で、新聞販売店に無理やり買わせている部数の上積み制度のことです。 実際の購読者数を上回る部数を販売店が押し付けられる訳で、その分は、翌日にはそのまま新聞から新聞紙になって廃棄されます。一方、新聞社から販売店には、販促費用として押紙の費用がある程度補填されます。
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これは、不当なノルマを課す、一種の下請けいじめであり、公取法または下請け法違反の可能性が高い悪弊です。 そしてそれ以上に多くの問題を孕んでいます。
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押紙によって、各新聞社は、自社の新聞の購読者数をごまかしています。そして不偏不党、公平無私をうたいながら、各新聞はそれぞれに思想を持ち、政治的に偏っています。 人々は、各新聞の購読者数を見ることで、世論が今、どの政治思想を支持しているか、或いは、どういう思想の人がどれだけいるかを占っています。新聞社側もそれを知っており、自社の購読者数を誇大に示したがります。 押紙はその手段であり、そして極めて卑劣な方法です。 この不適切な悪弊にメスを入れるべきだと多くの人が思っているのですが、肝心のオピニオンリーダーたるべき新聞社自体の問題ですから、提起されることがありません。
そこに第三種郵便物の詐欺という観点からメスが入るのだとすれば面白いことです。
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そして紙の出版物の時代が少しずつ終わりに近づいていることも考えるべきです。
新見南吉の童話「おじいさんのランプ」では、文明の利器も、時代が進めば不要な存在として、見捨てられる事に気づいた主人公が、最後に時代が変わっても必要とされ続けるものを商おうとして本屋になります。目に見えない情報は、時代が変わっても重要であり続けるし、情報を載せた本は、廃れることがないと考えたからです。
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しかし現在、地方の小規模な書店はどこも経営が成り立たなくなり、閉店があいついでいます。 大規模な書店が登場して客を取られたという事情もありますが、人々の活字離れも大きな原因です。
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人々が情報を欲しなくなった訳ではありません。 活字ではなく映像や音から情報を得るようなってきたことと、紙ではなく電子媒体を多用することになったことの影響が大です。 当然ながら、この傾向は若年層ほど強く、昔ながらの本を読むのは老眼鏡をかけた人々が多くなっていきます。世代交代が進めば、町の本屋さんはますますピンチになるでしょう。 新見南吉が聞いたら驚くでしょうが、それ以前に第三種郵便物の対象が無くなってしまいます。
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だから、第三種郵便物の対象を拡大し、「公共性があり、有益な情報を載せた、電磁的記録媒体を含む全ての記録媒体」を対象にすべきでしょう。
しかし、それとて、インターネットでのダウンロードが当たり前になり、民間の宅配業者が活躍する時代に、どれだけの意味を持つのか、全く疑問ですが。
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ところで、本誌よりもその付録に魅了された少年時代を記憶する人々は多いようです。
かなり前から、「子供の科学」をもじって「大人の科学」という雑誌みたいなものがあります。それは本誌抜きで、付録の組み立て玩具だけを抜き出したもので、その昔の理科系少年の琴線に触れるようにできています。
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そして、そのノスタルジーの思いに駆られて購入しようとする訳ですが、中身を見ると驚きです。とても子供相手の玩具ではなく、大人の・・それも相当こだわりのある理科系の人を対象にした、レベルの高い模型です。最初の頃の例を見ると、コップを利用した蝋管蓄音機やスターリングエンジンなどがあります。
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そうか・・本が売れなくなった時代には、こんな付録だけの(しかもレベルの高い)雑誌を売っているのか・・。 ひとしきり、感心する次第ですが、店を出てから、ひとつ見落としした事に気づきます。
「大人の科学」は、第三種郵便物の認可を受けているのだろうか?
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