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【 テトロドトキシン その1 】 [金沢]

【 テトロドトキシン その1 】

 

先日、金沢で、新聞社を定年退職したばかりの畏友T君と会食する機会がありました。仕事の関係で訊きたいこともあったのですが、「毎日が日曜日」になった友達の様子を確認したい・・という思いもありました。

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欧米なら・・・間違いなくハッピーリタイアメントとして、「おめでとう」と祝福すべきなのですが、ここは日本です。退職の風景には、しばしば寂しさも漂います。果たして彼の場合はどうか?彼は典型的な仕事人間だっただけに、ある種の喪失感や寂寥感に捕われていないか?という懸念もありました。しかし、それは結局杞憂だったのです。

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かつて、拙ブログ【俺達の帰去来の辞】で、定年後に能登で晴耕雨読の日々に入ると宣言していた彼は、それを実現しています。父親から引き継いだ古民家の屋敷をリフォームし、耕運機を買って畑を耕し、今はシイタケ栽培を始めたそうです。 チェーンソーでホダギを切り、切り込みを入れて、雑菌を防止するために消毒してから、種となる菌を植えていきます。さらに暫くしたら、ホダギを逆さまにする作業があります。全く忙しく、かつ快活な様子です。どうやら彼は、定年前から、退職後の生活について周到に計画を練り、準備していたようです。それともう一つは、先年他界されたご父君の屋敷と農地を引き継ぐ必要に迫られた・・ということもありそうです。

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一方、彼と同じ年齢なのに、私がまだサラリーマンをリタイアしていないのは、一言で言えば経済的事情からです。子供が遅く生まれて、2人とも学校に通っているからですが、優雅な老後をおくるには、貯蓄と年金が不十分という事情もあります。現代の中年後期の男達の生活において、時間的なゆとりと経済的事情とは裏腹の関係にあります。もっともこれは中高年だけでなく、若年層でも同じことですが・・。

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心配されるべきは、リタイアしていない私の方だ・・と、苦笑いしながら、私は、彼が案内する香林坊の裏通りにある居酒屋「いたる」に入りました。かすかに雨が降る春先の金沢は「灯ともし頃」の時刻です。

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冷酒「手取川」を飲みながら、彼が低い声で言います。

「この店には例のアレがあるのだよ」

このセリフは、なんだか小津安二郎の映画に登場する、旧友の再会の場面みたいです。映画と違うのは料理が出されるたびに、カメラでパシャリと撮影するT君の仕草です。ご承知の通り、Facebookに載せるためだと思いますが、ひょっとしたら摂取カロリーを管理するために、その日食べたメニューを全部、細君に報告しなければならないのかも知れません。そうだとすれば憂鬱なことです。

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出された料理の写真を撮るのは、最近、レストランや居酒屋で見かける当たり前の光景ですが、これは、料理を作る板前にとっても、緊張を強いられると同時に、励みにもなります。日本料理はもともと見てその美しさを愛でる・・という点で他国の料理と違いますが、写真撮影が流行になって、ますます美しく盛り付けようという意識が盛り上がるのではないか?と思います。

そこで私も、「ようし、今度、僕もいつも行く牛丼屋で写真を撮ってみよう」と思った次第です。

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カウンター越しにT君は若い料理人に小声で言います。

「今日は、アレはあるかい?」

「ああ、ふぐ子ですね。残念ですが今日はありません。 あれを扱う板前が今日は本店の方にいまして、入荷の方も分からないのですよ」

ふぐ子とは、以前の拙ブログにも紹介しましたが、猛毒中の猛毒、ごまふぐの卵巣の粕漬けです。 「しまった、あれに期待してきたのになぁ」

若い料理人は、T君の耳に口を近づけ、

「でもお客さん、ふぐ子なら当店でなくても、この先の角にあるスーパーマーケットでも売っていますよ」 なんと?猛毒のふぐの卵巣を、スーパーで売っているだと?

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代わりに出されたブリの煮付けを食べ、適量の日本酒を飲んでご機嫌になった我々は、お勘定を済ませた後、「いたる」を出て、そのスーパーマーケットに向かいました。

 

以下、次号


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