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【 コン・リーは中国の倍賞千恵子か? 】 [映画]

【 コン・リーは中国の倍賞千恵子か? 】

先日、レンタルDVD店で、チャン・イーモウ監督でコン・リーが出演する「妻への家路(原題 帰来)」という作品を借りて観ました。動機は少し不純で、自分の中国語聴き取り能力がどれくらい低下しているかを確認したかったのです。

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最近、単にCDを再生して英会話を聞き流すだけで、英語の聞き取り能力がアップするという学習方法を、盛んにTVで宣伝していますが、私はそれを胡散臭く思っています。(あくまで私オヒョウの主観ですが)。もしそんな簡単な方法で外国語を覚えられるのなら、字幕スーパーの外国映画をたくさん見ている私など、とっくに外国語の達人になっているはずですが、そうはなっていません。それに、自分が外国語でいろいろ苦労した経験を思い出して、「そんな安直な方法で外国語をマスターされてたまるか」という気持ちもあります。

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しかし、現時点での会話能力を確認するために外国映画を鑑賞することは有効であるとは思います。そこで中国映画(北京語)を観たのですが・・・、結果は悲惨で、さっぱり聞き取れません。

「アイヤー、ウォジェンブワンチーラ!」(ああ、私は全部忘れてしまった)とつぶやいたところで、ハテ?と思います。 私は忘れたのだろうか?それとも最初から能力が無かったのだろうか? どちらにしても愉快なことではないのですが、私はどちらなのか、ちょっと迷いました。

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しかし、映画自体は面白く、かつしみじみと考えさせる内容でした。

そもそも、邦題の「妻への家路」とは奇妙な題名です。家に帰るのなら、単に「家路」です。普通、妻は家に居て待っているはずです。敢えて「妻への」と付けるからには、家という場所への帰還ではなく、「妻の心の中への帰還」という意味でしょう。

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そこまでは映画を観る前から分かっていましたが、さて具体的にはどういうことを意味するのか? ・・・・ここから先はネタバレなので書く訳にはいきません。しかし、感じたことを以下に書きます。

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数々の佳作で知られる、チャン・イーモウ監督は、今や中国を代表する監督です。そして彼は日本の高倉健に私淑していたようで、風貌もどことなく似ています。高倉健を起用して、「単騎、千里を走る」を撮影した頃には、彼を中国の高倉健と呼ぶ人もいました。 もしチャン・イーモウが高倉健なら、彼が発掘し、その後、大女優となったコン・リーは日本の女優に例えれば、誰に相当するのか?

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私は倍賞千恵子が当て嵌まるのではないか?と思います。 ただ美しいだけの女優ではなく、庶民の哀歓を表現する女優という点で最も優れた人ではないか?

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美人というだけなら、彼女より美しい女優は中国にたくさんいます。張柏芝とか、李泳泳とか・・・。でも夢多き少女から、人生の辛酸を味わったあとのお婆さんまでを見事に演じる女優は、コン・リーに尽きるのではないか?

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コン・リーは実はあまり笑顔が似合いません。彼女が美しく見えるのは、どちらかというと憂いを含んだ顔です。これはデビュー作の「紅いコーリャン」以降、一貫しているように思います。(あくまで私オヒョウの主観ですが)。 ひょっとしたら、中国では西施の時代から、憂い顔の美人を評価する伝統があるのでしょうか? しかし憂愁の美人というのは笑顔の美人より難しい存在です。少しでも間違うとたちまち醜悪な顔になってしまいます。

まさに西施がそうで、彼女の憂鬱な表情を真似た他の女性は、皆さん醜女(しこめ)にしか映らなかったとか・・・。

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そして美人女優には二種類あって、最近の言葉で言えば、セレブを演じるのに適した女優と、庶民のおかみさんを演じるに適した女優です。この点で、コン・リーと倍賞千恵子は共通するのです。どちらも庶民を演じ、その哀歓を現すことができます。

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それにしても、映画とは優れたメディアです。政治体制が異なり、イデオロギーが対立し、相互に「遠い国」であっても、映画の話や俳優・女優の話をすれば、打ち解けあい、理解しあうことが可能です。

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かつて中国にいた頃、歴史認識などを話していて、中国人と少し緊張した状態になった時、日本の女優、中野良子の話題になってお互いに笑顔になったという記憶があります。 どうして中野良子が中国で人気があるのか、不明です(多分、「君よ憤怒の河を渡れ」の影響か?)。

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国が違い、政治体制が違っても、庶民の暮らしや感情にはなにがしかの共通点があり、そこに共感することで、分かり合える・・・ そのツールとして、映画は大変役に立っています。

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そう言えば、日本から一番遠い国である北朝鮮の首領だった金正日も、映画「男はつらいよ」のファンだったとか・・。彼に寅さんの気持ちが分かったかは不明ですが。

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そして、この映画を観て、もう一つ思うのは、文化大革命がこの国に残した傷の深さです。こちらは日本人の私には、ピンと来ないところもあるのですが、中国人でこの時代の記憶がある方には感慨深いはずです。

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社会主義革命に於いて、難しいのは知識階級の無産者階級への取り込みです。ロシアではレーニンが「インテリは意識面ではプチブルだが実生活に於いてはプロレタリアートだ」と言って、知識階級を革命勢力に取り込むことにある程度成功しました。

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しかし中国では、一般教養や高等教育はブルジョアに独占されていた・・ということで知識階級は攻撃すべき対象になりました。 文化大革命では多くの知識人が迫害され、追放され、そして下放されました。 現代の中国映画を見ると、下放された知識人が主人公になったり、話の発端になった映画が幾つかあります。

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それなのに、当時の日本では、(自称)インテリの人に文化大革命礼賛者が多かったという事実は、全く滑稽なことです。中国の人にその話をしたら苦笑いされましたが。

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この作品「妻への家路」は、父親は大学教授、母親は高校教諭というインテリ家庭が舞台です。娘はバレリーナを目指し、家にはピアノがあります。 夫が帰ってくるというので、妻は「夫はピアノが好きなのに長い間調律していない。彼が帰る前に調律しなければ・・・」と思います。 文革時代の中国を考えた場合、これは平均よりかなり豊かなインテリ・・というよりプチブルの家庭です。そこを悲劇が襲うのです。

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今、中国では、文化大革命を批判的に扱った作品も認められるようになりました。まだまだ毛沢東批判は無理ですが、少しずつ表現の自由が可能になってきたのかも知れません。 将来は天安門事件を扱った作品も登場するかも・・・やはり無理かな?

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文革時代の事情はどうしても日本人には分かりにくく、感情移入が難しいのですが、それを救うのは、高齢化が進む日中共通の問題、つまり認知症の問題です。このお陰で、この映画は分かりやすくなっています。

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そして中国人なのに、懐かしさを感じさせる女優コン・リーに、欠点は何も無いように見えますが、一つだけ問題があります。それは彼女の名前を漢字で書こうとすると日本語には該当する文字が無いということです。

もっとも、中国を離れシンガポールで暮らす彼女が、漢字で署名することは、もう無いのかも知れませんが。


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霍去病

80年代前半、中野良子などの映画と並んで「男はつらいよ」も
確か一作上映された記憶があります。意外にも中国人の評判は
良くなく、「あの人間ははやくざ(=黒社会)だから」というものでした。多分寅さんの科白を翻訳するのは不可能だったのでしょう。
by 霍去病 (2016-03-03 17:48) 

笑うオヒョウ

霍去病様
先日は、大幅に遅刻し申し訳ありませんでした。 あの日は飛行機が遅れたのがケチの付き始めで、お会いする約束だった多くの方にご迷惑をお掛けしました。
ところで、中野良子は私の好きな女優でした。過去形で語るのは失礼ですが・・・。コン・リーも中野良子も倍賞千恵子も、今はみんなお婆さん役がお似合いです。ちょっと悲しいです。
またのコメントをお待ちします。
by 笑うオヒョウ (2016-03-05 23:24) 

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