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【 惑星探査機 あかつき について考える 】 [雑学]

【 惑星探査機 あかつき について考える 】

金星探査機「あかつき」が5年間のブランクの後、ついに金星の衛星軌道にはいり、金星の雲の様子を示す写真を送ってきました。これまでは探査機からの惑星写真は、米国パサデナのJPL(ジェット推進研究所)から配信されるのが普通でしたから、JAXAが著作権を持つ画像の配信は、それだけで新鮮です(無論、月や小惑星の写真は惑星写真には含みません)

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5年前に軌道投入に失敗した時、私はこのブログで酷評したのを覚えています。ちょうどロケット噴射のタイミングで、探査機が金星の裏側に入り、通信が途絶するような軌道を選んだのが問題である・・と。また肝心な時に壊れる探査機のエンジンはロバスト性(堅牢さ)に欠けるとか、遠距離のリモートコントロールでは、通信に大きな時間差が生じるので、自律型のプログラムにすべきだ(これは「はやぶさ」の時)・・とか。 いま前言を撤回して、JAXAの研究者諸氏の能力と努力に敬意を表したいと思います。 こんなことができるのは日本の研究者達だけではないかと思います。

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正直なところ、前回、軌道投入に失敗した時、数年後にもう一度だけチャンスがある・・と報道されましたが、どうせダメだろうと、私は悲観的に考えていたのです。基本的には「あかつき」も金星も、同じ太陽の周囲を公転しているのですから、そりゃいつかは再び接近するだろうけれど、何年も先というのじゃ、非現実的ではないか?と思ったのです。

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しかし、決して諦めないJAXAの研究者と技術者は、その針の穴を通すような一点の可能性に賭けて成功しました。 前回、大事な時に故障した主エンジンについて、なんと華奢なのだ・・と思ったのですが、今考えれば、主エンジンが故障しても姿勢制御用小型エンジンが束になってバックアップする仕組みになっていた訳で、システムとしては十分に堅牢だった訳です。

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マスコミは、「はやぶさ」や「あかつき」のエンジンが故障した時に、苦肉の策として残りのエンジンを活用してピンチを乗り切る知恵を生み出したエピソードを、劇的に紹介していましたが、故障時の代替策として、設計段階から考えられていたのかも知れません。多分最初からエンジン故障時の手はずは整っていたはずです。惑星探査プロジェクトには数百億円の国費が投じられています。 だから簡単に諦めていいプロジェクトではなかった訳です。

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いやお金の問題ではないでしょう。 JAXAの科学者達にとって、自分が直接関わることができるプロジェクトはそう多くありません。 金星探査や火星探査は、準備に数年、探査機の飛行に数年、結果の解析に数年かかります。 研究者として一番、脂ののりきった30代、40代の頃に参加できるプロジェクトは1件か2件でしょう。 それを逃せば、JAXAにいても、もうチャンスはありません。

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「あかつき」のプロジェクトに研究者人生の全てを賭けた研究者は、石にかじりついても、このプロジェクトを成功させたかったはずで、その執念が成功させたと言っても過言ではありますまい。

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それにしても5年は長い。この探査機を打ち上げた5年前と言えば、東日本大震災の前です。 私の息子達はまだ大学に入る前でしたし、私は別の会社に勤務していました。 打ち上げ時に参加した研究者の中には、定年を迎えたり、大学に移ったりして、既にJAXAを離れた人もいるでしょうし、今、歓喜の声を上げている若い研究者は、打ち上げ当時は、大学か大学院の学生だったかも知れません。プロジェクトの途中でも研究者がどんどん代替わりしていくのです。

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ところで、今回の成功劇で気付いた点ですが、マスコミがスポットライトを当てた研究者の中に女性の主任研究員がいました。彼女は軌道計算の担当者で、「あかつき」の1万通りもの軌道計算を行い、「これが最善、いやこれしかない」という軌道を発見し、みごと計算どおりに成功させたのだそうです。ゴルフで言えば、グリーンのアンジュレーションを読み切り、10mのロングパットを決めた時の自信と満足感のような感覚・・といえば失礼かも知れませんが・・・。

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軌道計算というのは至って地味な仕事ですが、惑星探査機に於いては、これが最も重要な仕事といっても過言ではありません。一口に1万通りの軌道計算といいますが、3次元空間で、お互いに引力を持ち、軌道上を移動する存在ですから、複数の天体(人工天体も含む)のランデブー軌道を求める計算はものすごく複雑で、高速の計算機無しでは無理でしょう。

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おそらくは、リーダーを務める中村教授のはからいでしょうが、マスコミが軌道計算に打ち込んだ女性研究員にスポットライトを当てたのは、実に適切でした。 今回の軌道投入成功の立役者は彼女でした。そう、惑星探査機の場合、ロケットを打ち上げた後は、ひたすら計算につぐ計算の日々なのです。

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その昔、明治時代の天文学者である木村栄(ひさし)は水沢緯度観測所で、算盤を2台並べて、天体の軌道計算を行ったとのことですが、彼の時代には1万通りも考えることはできず、途中でギブアップしたに違いありません。

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いや、それ以前に天体の軌道を解析的に解く事には限界があります。 今でも厳密解は求められず、近似解でお茶を濁している訳です。 それは多体問題があるからです。

多体問題とは・・ご存知の方には失礼ですが、簡単に申し上げると・・・・、

3個以上の天体が、3次元の宇宙空間で運動していて、相互に引力が働く環境にあっては、それらの軌道は解析的には得られない・・という数学的な命題です。

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実際には、惑星探査機が外惑星(地球より外側の軌道の火星など)を訪問する場合と、内惑星(地球より内側の金星と水星)に行く場合で、随分違いますが、 今回の金星探査の場合、 探査機「あかつき」は、太陽の引力、金星の引力、さらには水星の引力に加え、金星と地球の接近時には、地球の引力の影響も考慮しなければなりません。まさしく多体問題の対象です。

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紙と鉛筆を使った理論計算ではダメでしょうから、コンピューターを使った数値解析に頼るしかないでしょう。その場合の問題は、無限にある、軌道候補の中から、いかに早く最適解に到達するかですが、おそらくJAXAには門外不出の独自の計算方法があるのだと思います。

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宇宙開発では、有人宇宙船を飛ばしたり、月に着陸したりする派手なパフォーマンスも必要でしょうが、一方で、遥か彼方の一点に、長い時間をかけて到達させる精密な軌道計算やロケット制御技術も重要です。以前は「知る人ぞ知る」技術だったのですが「はやぶさ」のお蔭で、私のような一般の素人も、その価値と難しさを知るようになりました。 そしてこの分野で、日本の宇宙開発は、トップクラスだと思います。

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ところで、多くの日本人が感銘を受けたのは、5年後に訪れた、たった一度のチャンスを確実にものにしたことだけではありません。 人々はJAXAの研究者の執念と努力にも感動しますが、探査機本体にも感動を覚えます。そう既に耐用年数を超え、傷んでいるはずの探査機が、けなげにも、指令を受けて金星調査に挑んでいることに感銘を受けた人も多いはずです。

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なにゆえか、宇宙空間を飛ぶ探査機を擬人化し、感情移入して語る人が多いのです。日本人に特に多いようですが、私はこれを「はやぶさ効果」と言います。このネーミングを誰も支持してくれませんが・・。

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「あかつき」を一人の男の人生に例えてみると、若い頃、乾坤一擲・この一番という時に失敗して、予定していた軌道を外れた人のようです。具体的には、大学受験に失敗して、蹉跌の人生を送っている人を彷彿とさせます。 その後、さらに太陽の強い輻射熱に炙られて、ボロボロになる人生が続いた訳ですが、それが何と、定年も過ぎてお払い箱になろうかというその時に、「チャンスをやるから頑張れ・・」と大役を任されたようなものです。 いやがおうにも頑張らざるを得ません。ポンコツになった身体に鞭打って金星に向かい観測を開始します。 ずっと昔に、半ば諦めていた使命を果たせるというなら、男子の本懐です。 心配なのは健康ですが、ここはそんなことを気にしておれません。

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今、日本に暮らす団塊の世代とそれに続く世代の人々は、感覚的には、耐用年数を過ぎてから金星の軌道に入った「あかつき」の状況に似ているかも知れません。 本来なら定年前後で、自分の仕事人生を総括すべき時期です。でも、もうひと頑張りしたい・・・。そして、仮に、明確な挫折や方向転換を余儀なくされた人生ではなかったとしても、皆さん過去を振り返って、自分はもっと活躍できたはずだ・・という思いがあるようです。

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もう一度、チャンスを貰えれば、もう一花咲かせられるのに・・と思う人も多いはずです。彼らにとって、「あかつき」は希望の星であり、感情移入の対象です。

かつて、中島みゆきはプロジェクトXの主題歌の中で、目立たないけれどしっかりと仕事を成し遂げた男たちを、天空には輝かない「地上の星」に例えました。

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でもね、みゆき姉さん、今、男たちが自分をなぞらえる「地上の星」は、埋もれておらず、空高く、金星の近くを回っていますよ。 私の目には見えないけれど。


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