SSブログ

【 スナメリはイルカ? その1 】 [雑学]

【 スナメリはイルカ? その1 】

 

その日、山口県岩国市はまだ午前9時過ぎだというのに、車を降りると暑さを感じます。そしてまだ9時半の開店前だというのに、その囲炉裏焼きの店の前には列ができています。朝食と昼食の間の中途半端な時間に、私達は「山賊」という囲炉裏焼きの店に来ました。

少しでも到着が遅れると、入り口で長時間待たされることになる・・と聞いていたからです。勤務先の職場では、以前からこの店の評判を聞いていました。広島県から山口県までわざわざ出向いても食べるだけの価値があるお店・・という事です。

・・・・・・

私と同僚3名は、この囲炉裏焼きというか、炉端焼き・・というか、とにかくこの店のお薦め料理を注文すると、屋外のテーブルに席を取りました。 幸いにして楓の葉が日差しを遮り、木漏れ日は暑さを感じさせません。 上をみると楓の葉を透過する太陽光のせいで、葉っぱが明るく見えます。 「あれっ?東北地方の楓みたいだ」。

・・・・・・

葉の肉が厚い中部地方や関東地方の楓は、太陽光を透過しません。だから逆光線の中で葉を見ると、暗いシルエットになります。でも東北地方や山口県の楓は葉が薄く、光が透過し明るい黄緑色に見えるのです。その風景が涼しさを感じさせます。

・・・・・・

それはともかく、鶏のモモを串焼きにした山賊焼きと、巨大なオムスビ、それに二八そばを食べるともう満腹です。朝食を軽めにしてよかった・・・・。

・・・・・・

そこに、Fさんの声が聞こえます。

「これから周防大島に渡り、そこで連絡船に乗ってスナメリ見物というのはどうでしょうか?それから陸奥記念館、それにジャムのお店にも行きましょう」

http://www.suouoshima.com/kanko/sunameri.html

・・・・・・

脳みそではなく胃袋に血が集中している私は、軽く聞き流します。

「スナメリって、あのクジラの?」と訊くと

「いえ、違います。スナメリはイルカですよ」とFさん。

「ええっ?でもスナメリの形はどうみてもクジラだよぉ」と私。

後の2人に尋ねると、2人も迷いながら、「クジラじゃないのかなぁ?」と自信の無い返事です。どうもよく分かりません。

・・・・・・

そこで、私はスマホを取り出して、はっきりとした大きな声で「スナメリ!」と話しかけます。 するとスマホは一瞬にして反応し、スナメリの観察できる海、スナメリのいる水族館、そしてスナメリについて解説する動物図鑑を表示しました。

・・・・・・

そこには、クジラ目、ハクジラ亜目、ネズミイルカ科、スナメリ属、スナメリという不思議な分類が書かれていました。これはどう解釈すればいいのか? 一応ネズミイルカ科ということはイルカなのか。それなら、Fさんの意見が正しいのですが、クジラ目・・とも書いてあります。そもそもイルカ自体がクジラの仲間であるなら、クジラかイルカか・・という問題は意味を持たないのか・・。

第一、ネズミイルカ科は普通のイルカつまりドルフィンとは違うようです。 これは困ったな・・。

・・・・・・

そこで私は、「分かりました。とりあえず、周防大島へ行きましょう」

実は私には単純で愚かな考えがあったのです。

「鼻から潮吹きをするならクジラ、ジャンプだけで潮吹きをしないならイルカ。潮吹きをするか否か、それを目で見て確かめよう」。 我々はお勘定を済ますとすぐに出発しました。

・・・・・・

山口県は道路が整備されていて、ついスピードを出したくなります。一方、取り締まりの警察官も多く、その餌食になる他県ナンバーの車も多いそうです。 私も気を付けなくては・・と思いますが、軽自動車に大人4人が乗り(しかもその一人はオヒョウです)、エアコンをフルパワーでガンガンかければ、スピード違反などできるはずもありません。 おのずと安全運転で、橋を渡り、車は周防大島に入りました。しかし、そこから乗船する連絡船が待つ久賀の船着き場までは数十キロもあります。 Kさんが、船の出発に間に合うか微妙ですね・・・と心配します。予定していたのは、11:20発の船です。

・・・・・・

はて?我々が乗る船は前島と周防大島を結ぶ連絡船で観光船ではありません。乗り遅れれば、次の船に乗ればいいではないか? しかしFさんは「この連絡船は1日に3便しかありません。それに乗り遅れれば、次は16:00の船になり、今度は呉に帰れません」 「これはえらい事だ。早く駆けつけねば・・」

・・・・・・

Kさんは、おもむろにスマホを取り出し、特殊なカーナビソフトを起動して「予想到着時刻は出港時刻ちょうどです」とコメント。 それを聞いてFさんが、自分のスマホで船会社を呼び出し、4人が到着するまで船を待たせて貰えないかと談判します。

「定期便だし、他のお客さんもいるので、遅らせることはできないそうです。とにかく急いで港に着く事です。駐車場はオレンジ色のビルの手前だそうです」とFさん。

・・・・・・

ただ一人、ガラケー派のAさんは、泰然自若として、波一つない光る海を眺めています。 

・・・・・・

信号機が一つもなく、そして交通量の少ない海岸通りは、軽自動車でもすいすい走れます。やがてKさんが、「到着見込みは出港5分前です。だいぶ挽回しました」と言った時、岬の向こう側の小さな港の奥にオレンジ色のビルが見えました。 

・・・・・・

「どうやら間に合いましたね」と安堵して車を降り、船に向かうと、「あれっ?これは連絡船と言うより、ただの漁船じゃありませんか?」

小型の白い漁船の甲板に、10人程度の先客が乗って、我々の乗船を待っています。

乗り込むと間もなく、ヤンマーディーゼルのエンジンが起動し、船は滑るように真夏の海原に走り出します。つまり、この船は前島と大島を結ぶ船でありながら、実質的には、スナメリを観察するための遊覧船だったのです。

IMG_0380s.jpg

IMG_0376s.jpg

・・・・・・

果たしてスナメリは現れるか? 私は、双眼鏡をFさんに渡し、自分自身は目を皿のようにして海面を眺めます。「・・・鏡の如き黄海は・・・」という明治時代の歌を口ずさみながら・・・。

・・・・・・

しかし、残念ながらスナメリは現れず、船は前島の小さな、そして静かな波止場に到着しました。帰りの船の出港は20分後です。島には何軒かの家がありますが、人通りはありません。港の先で海水浴をしている親子が見えるだけです。遠くを見れば海に張り出した松林をかすめて大型の猛禽が飛びます。羽に白い部分がチラリと見えます。「これはミサゴだな。人もまばらな夏の海に一羽のミサゴが飛ぶ・・と言うのは絵になるな・・」などと考える内に、帰りの船の出港です。乗船客は、先ほどと全く同じ顔ぶれです。今度はスナメリが見えるかな? 

IMG_0378s.jpg

・・・・・・

しかし、なかなか海面にそれらしき姿はありません。そして航路を半分ほど過ぎたところで、突然、船は急ブレーキをかけたように減速して停止しました。私は思わず前につんのめりました。 一体どうしたのだ? その時、船長が「左前方300m」と叫びました。まるで敵潜水艦を発見した駆逐艦の艦長のようです。「スナメリが現れたぞ」

・・・・・・

双眼鏡を手にしたFさんが「あっ。ジャンプした」。Kさんも、「あっ、スナメリが見えた」

しかし私には見えません。「えっ?どこどこ?」乗客が一斉に左舷によって、船は少し傾きます。 (おい、ちょっと待った。私は救命胴衣をしていないのだ。ここで転覆は困る)。 私は、「イルカはいるか?スナメリはイルカ?」とつぶやきましたが、もうスナメリは現れません。 本当はその後に「シャチはオルカ?」と続くのですが、こちらは古い映画を知らない人には通じない駄洒落です。暫く連絡船というか漁船は、その場所に留まりましたが、やがて、あきらめたようにエンジンを始動し久賀の埠頭が近づいてきました。 私はAさんに「スナメリは見えましたか?」と尋ねると、「いや見えませんでした」。

 

・・・・・・

スナメリは、潮吹きをせず、水面に顔を出しただけのようです。 クジラがジャンプしたら、ブリーチングという派手な水しぶきをあげますが、それもありません。 ということは、やはりスナメリは、クジラではなく、イルカだったようです。

・・・・・・

それにしても、近くにいたのに、FさんとKさんには見えて、Aさんと私に見えなかったのはなぜかなぁ? ひょっとしたら、このスナメリは50代以上の人には見えない、幻のイルカなのかも知れない。まあ、そんなイルカがいてもいいかもしれない。

・・・・・・

その時、私は唐突に、昔読んだ吉田一穂の鮮烈な詩「delphinus デルフィヌス」を思い出しました。私にも、もしスナメリが見えていたら、詩の一遍も書けたかも知れない。

それができないのは私の詩才の無さか、あるいは年齢か? 

上陸するとFさんはスタスタと駐車場の方に歩きだします。

「次は陸奥記念館ですよ」

以下、次号


nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。