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【 アート・ガーファンクルを聞く その2 】 [アメリカ]

【 アート・ガーファンクルを聞く その2 】

どのコンサートに行ってもそうなのですが、集まった観客を見ると、鏡をみているような気持になります。 実際には私より少し年上なのですが、60代前半くらいの中年後期の人が多いのです。既に頭髪は銀色かごま塩になり、おなかは少しでていて貫録のある男性達。 彼らの中には既に仕事を引退して、老後の人生を始めた人も多そうです。アート・ガーファンクルの観客の場合、私と微妙に違うのは、多くの人が、センスのある洒落た服を着て、上品な女性を伴っていることです。 一方、中年女性だけのグループもいます。ちょっと不思議です。夕日の射すロビーで考えました。 

アートガーファンクル.jpg

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この団塊の世代の人達は、自分達の青春の残照を確かめに、このコンサートに来ているのではないか? 多分あの夫婦は独身時代の恋愛を思い出すためにこのコンサートに来ているのではないか?

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そして必ず、観客の中には薀蓄を垂れる人がいます。私のすぐ後ろから男性の声が聞こえます。「1970年のサイモンとガーファンクルのニューヨークのコンサート。あれは凄かった。ものすごく多くの人が集まり、大変な熱気だった。思えば、あれがアメリカの最良の時代だったね。あの後、アメリカはダメになるばかりだ。最近のアメリカに魅力は無いね・・」

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彼はサイモンとガーファンクルが活躍した時代がアメリカの最良の時代だったと考えているようですが、果たしてどうか?

確かに、70年代、アメリカは最も豊かで、最も力のある時代でした。人類を月に送ることに成功し、科学技術は急速に進歩していました。能力があれば誰にもチャンスがあり、アメリカンドリームを叶えることができ、物質文明を享受できました。 しかし、その一方、ベトナム戦争で苦しみ、人種差別をなくす公民権運動でもがいていた時代です。

ユダヤ系の家庭に生まれ、コロンビア大学の大学院で数学の学位を取る秀才であったアート・ガーファンクルも、多感な少年時代に悩んだ事もあるはずです。

私は、今のアメリカの方が素晴らしく、人々は幸せだと思うのですが・・。

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やがて開演のベルが鳴り、アート・ガーファンクルが現れました。長身でスマートであった彼はやはり、少しおなかが出て、老年の面影があります。しかし、柔らかい笑った表情は昔のままです。 少し安心しました。

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彼は、あまりおしゃべりをせず、次から次へと歌を歌います。 そして歌と歌の間に、ローマ字の原稿を読んで、たどたどしい日本語を話しますが、やがてそれを止めて、英語で語り掛け始めました。 ゆっくりとした分かりやすい発音で語り掛けます。

「大丈夫、安心していいよ。 アート・ガーファンクルのコンサートを聞きに来る人なら、あなたの分かりやすい英語は全て理解するよ」

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彼の歌う曲名(セットメニュー)は事前に明らかになっていませんでしたが、彼の天使の歌声が充分に発揮される歌ばかりが続きます。 そしてそれは私の大好きな曲ばかりです。 「うーむ、実に選曲がいい。アートと僕は考えが一致する。」

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ボクサー

ア ハート イン ニューヨーク

水曜の朝午前3時に

スカボローフェア

LAから99マイル

ケイシーの歌

サウンドオブサイレンス

59番街橋の歌

ブライトアイズ

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そうかと思うと、アントニオカルロスジョビンの曲を歌ったりします。

彼には尊敬する5人のアーティストがいて、彼らの曲を歌うのが大好きだとのことです。その中にはポール・サイモンがいて、彼についても語ります。喧嘩別れした二人なのですが、やはりポールを持ち上げます。

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そして、アートが一番好きな歌はケイシーの歌だそうです。

この点も、私と全く同意見なのですが、なんのことはない、ケイシーとはアートの奥さんだったのです。

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心配だったのは、72歳の彼の高音がちゃんと出るか・・ですが、多少メロディをアレンジして、ごまかしていました。それでもスカボローフェアでは、声がかすれたところが、2か所ありました。 でもその後の「水曜の朝午前3時に」では、より高音のパートがあるのですが、そこは上手にクリアーします。

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かつて、若い頃に素晴らしい演奏をした外国の音楽家が、老いてから来日し、衰えた技量で、しかし一所懸命演奏する姿に、日本の観客が暖かい拍手を贈るということがありました。

私はそれを「ホロビッツ効果」と呼びますが(誰も支持してくれません)、アート・ガーファンクルの場合は、そんなことはなく、やはり、CDよりもLPよりも生の声がいい・・と思わせる歌声でした。 ああ、よかった。

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しかし舞台の上は極めてシンプルで質素です。以前、サイモンとガーファンクルと言えば、ライブでも録音でも日本製のリズムセットを駆使していたのですが、今はなんとノートパソコン1台でできるのです。 ああ時代なのか・・。

そしてギターを演奏するロシア出身のアーティストが寄り添っているだけです。二人とも普段着です。 「ああ、やはりここにポール・サイモンがいればなあ・・」と思った時、舞台の袖から一人の男性が現れました。 まさか?と思いましたが、別人でした。

彼は、アート・ガーファンクルの息子、アーサー・ジュニアでした。年齢は23歳、私の長男とほぼ同じ年齢です。

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そしてアーサージュニアは父親の曲を歌い始めました。父親と同じ、透き通るハイトーンです。そして次には父親とデュエットで歌います。 声は美しく、父親に優ります。

でも何か違うのです。衰えても、父親の歌の方が心を打ちます。そしてサイモンとガーファンクルのデュエットの方が、やはり、すばらしいのです。生きてきた時代の違いなのか、それは分かりません。

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私以外の観客には、スカボローフェアが一番評判良かったようです。 サイモンとガーファンクルが想を得た民族音楽(フォルクローレと言うべきか)で、人気があったのは、「スカボローフェア」と「コンドルは飛んでいく」です。そしてどちらも原曲の世界を離れて、アメリカ人に愛される曲に仕上げています。

英国にいた頃、東海岸の保養地スカボローの隣町まで行ったことがあります。ブロンテ3姉妹の末妹のアン・ブロンテ(アグネス・グレイなどの著作有り)が結核に冒され、保養に訪れ、若き晩年を過ごした静かな町です。

サイモンとガーファンクルが歌う、昔の恋人が住む町というイメージではありません。

でもそれを彼らがアレンジしたから成功したのです。

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アートと別れたサイモンは、グレイスランドでアフリカ音楽の取り込みに挑戦していますが、あまり成功していません。 それは彼がその音楽を自分のものとせず、アフリカの音楽そのものをリスペクトし過ぎたからだ私は思います。

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最後にアート・ガーファンクルはエクスキューズを言いました。

「本当は、最も人気があり、心を打つ曲である「明日に架ける橋」を歌いたかったのだけれど、まだ練習中でうまくできないんだ。 だから最初のフレーズだけで許してくれ」

私は耳を疑いました。「何十年も前に発表して、何千回も歌ってきたはずの曲を練習中だって?」 理由は簡単です。 この曲にはピアノが登場しますが、伴走者のロシア人の青年は、ギターしか弾けず、ピアノは無理だったのです。

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それにしても、なんと真面目で正直な男なのだ・・・。 そういえば私の知るアメリカ人も大抵は真面目で正直だった。

私は大きな満足感を得て、会場の席をたちました。 ロビーに出ると、当然ながら、日はとっぷりと暮れ、外は真っ暗です。

中年後期の男たち(女性も)の、青春の残照も消えてしまったか・・。

私は再びコートの襟を立てて歩き始めました。

「さて、今夜は久しぶりに映画「卒業」でも見ようかな」


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夏炉冬扇

1年はやいですね。
お元気でなによりです。
by 夏炉冬扇 (2014-12-11 16:15) 

笑うオヒョウ

夏炉冬扇様

ご無沙汰しております。 広島県の新しい勤務先に来てから学ぶことが多く、新しい仕事に慣れるのにも忙しく、ブログの更新をずっと怠っておりました。
書きかけの原稿は数多く、また、ぼちぼちと更新いたしますので、宜しくお願いいたします。
広島・・というより瀬戸内の冬は初めてですが、北陸で育った私にはありがたい気候です。 またのコメントをお待ちします。

by 笑うオヒョウ (2014-12-12 12:34) 

新参ファン

こんにちは。アート来日ライブの感想、楽しく読みました。
私はつい2か月前にアートのファンになったばかりで、2014年のライブを逃したことをつくづく惜しんでいます。

少しだけ、事実でないことが書かれてありましたので、お伝えします。
>理由は簡単です。この曲にはが登場しますが、
>伴走者のロシア人の青年は、ギターしか弾けず、ピアノは無理だったのです。
理由は伴走者でなくアート自身です。アートは2010年に声帯の不調により歌手活動停止を余儀なくされました。彼が苦闘の果てにコンサートを再開できたのは2013年になってからで、それから精力的に各国で公演していますが、いまだ回復途上の位置づけだと思います。それが「練習中」の経緯です。

去る10月3日に At Last! と題してカーネギー・ホールで公演したのが節目となって今後は完全復活モードに切り替わる・・・といいのですが、ブートレグを聞く限り、やはり年齢的に厳しいかな・・・でも現在進行形で素敵なショウですよね。

Tab Laven は2002年頃からずっとアートのギタリストを務めています。2010年以前に彼の伴奏でアートがBridge Over Troubled Waterを歌ったことは、間違いなくあるでしょう。彼のせいではありません。

差し出がましくてすみません。Tabの名誉のためにご寛恕ください。

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Tabはロシア出身なのですか?サイモン&ガーファンクルを12歳からリアルタイムで聴いていたそうなので、ロシア(当時のソ連?)出身というのはどうも解せませんが・・・でも、彼の出身については私は何も知りません。たしかな話なら興味深いです。
by 新参ファン (2015-10-22 02:12) 

笑うオヒョウ

新参ファン様 コメントありがとうございます。

貴重なご指摘をありがとうございます。私はアートの話した内容をそのままブログに記したつもりですが、聞き間違いがあったかも知れません。ご指摘の内容をそのまま拝受いたします。

個人的な思いいれと錯覚かも知れませんが、「明日にかける橋」にはピアノ伴奏が不可欠だと思います。でも、その日の公演は、パソコンのリズムセットとギターだけでピアノがなかったので、私が錯覚したものと思います。

Tabについては、その昔ロシアから来たという紹介だったと記憶しますが、現時点ではもとの発言を記憶しておりませんので、なんとも自信がありません。無論、ロシアから着たばっかりという訳ではありません。

アートが暫く音楽活動を休止していた事情については、彼自身のプライベートな問題(薬物所持と使用による刑事事件や、家庭内暴力事件)のために謹慎していたのか・・とかってに推察していました。そしてそこには触れないのが大人のマナーと思って、詳しくは書きませんでしたが・・・。

でも確かに高音部で声がかすれていたことなどを考えれば、彼の体調にも問題があったと推察されます。ご指摘の内容に納得する次第です。

個人的は、ポールサイモンもアートガーファンクルも好きです。既に老境に入り、性格もまるくなったはずの二人が再びデュオを組んでくれたら、私には最高です。21世紀の音楽しか知らない息子達に聞かせたい・・・。そんな気がします。

またのコメントをお待ちします。


by 笑うオヒョウ (2015-10-22 13:18) 

新参ファン

アートが家庭内暴力?!初耳です。本当だったら目茶苦茶ショックですけど、ちゃんと知っておきたいので、なにか詳細をご存知でしたら教えてもらえますか?
(マリファナ事件は10年前だし、アートも周りも気にしてなさそうです)

そういえばポールも昨年夫婦げんかで逮捕されましたけど、深刻なものではなかったようですね。州法上、家庭内暴力の線で通報があれば仔細問わず逮捕されてしまう、とどこかで見た気がします。

4歳の長男は私の巻き添えでS&Gファンになりました。Cecilia なんか歌われるとちょっと面映ゆいですが、親子合唱できる日を楽しみにしています。
by 新参ファン (2015-10-23 10:22) 

笑うオヒョウ

新参ファン様 

ご指摘ありがとうございます。仰るとおり、暴力で逮捕されたのはPaul Simonの方です。私の錯覚です。 ちょっとだけ弁解しますと、下記のビルボード誌にも紛らわしい書き方があり、読者が、暴力事件を起こしたのはポールの方だと指摘しています。
http://www.billboard.com/articles/news/6575978/art-garfunkel-on-paul-simon-he-has-become-a-monster

アートの薬物事件は2回あるようですが、どちらも10年以上前ですね。

ご指摘に改めて感謝します。

このブログには錯覚や誤謬がときどきあります。 その都度ご指摘いただければ、ありがたく存じます。 それだけ熱心にお読みいただいているということで、私には励みになる・・というのが本音です。
またのコメントをお待ちします。
by 笑うオヒョウ (2015-10-23 13:13) 

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