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【 エボラ出血熱について考える その1 】 [医学]

【 エボラ出血熱について考える その1 】

今、西アフリカでエボラ出血熱が猖獗を極めています。日本での報道は比較的に少ないのですが、欧米のTVニュースでは連日取り上げられており、死者が1000人を超えたこと、スペインに帰った神父が回復せずに死亡し、アフリカ以外での初めての死者になったこと、逆に米国に帰国した男女2人は回復に向かっていること・・などが伝えられています。

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しかし、これは不思議ではないか? アフリカ西部というか、サハラ砂漠以南のサブサハラと呼ばれる地域は21世紀の現代も伝染病の巣窟です。マラリアでは毎年何万人も亡くなっていますし、野口英世で有名な黄熱病、最近有名になったデング熱、ラッサ熱、ツェツェバエに刺されて罹る眠り病というのもあります。私がロンドンにいた頃、S友商事のアフリカ駐在員がたった一日、マラリアの予防薬を飲まなかったためにマラリアに罹り、ロンドンで死亡するという事故もありました。

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毎年10万人もマラリアで亡くなっているなら、エボラ出血熱の1000人は大した事はないのではないか?と私は考えたのですが、それは誤りでした。エボラ出血熱の感染率の高さと、死亡率の高さ、そして特効薬が無い恐ろしさは、他の疫病の比ではありません。 その恐ろしさは中世に流行したペストに比すべきです。

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そして、ヨーロッパ固有の事情があります。日本と違い、ヨーロッパとアフリカは地理的にも、地政学的にも非常に近いのです。決して対岸の火事ではなく、他人事ではないのです。 そしてヨーロッパの人々の意識の底には、中世の時代から、あるいはそれ以前からの疫病の歴史と、それへの恐怖が刻み込まれているのです。特に猛烈な伝染病であるペストとコレラ(アジアコレラ)には何度も脅かされています。

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有史以来何度も記録されているペストの大流行は、歴史にも影響を与えています。自然科学の歴史にも影響を与えています。 かのアイザック・ニュートンは、ロンドンで流行していたペストを逃れるために、郊外に避難しました。 そこで1本のリンゴの木に出会い、その実が落ちるのを見て、万有引力を発見し、ニュートン力学を構築したことになっています(本当かね?)。

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ヨーロッパの人達の意識には面白い特徴があります。 それは、全ての疫病禍は外国から、つまりアフリカやアジアからやってくるという被害者意識です。歴史上、初めてペストがヨーロッパに入ったのは、あのジェリコの戦いです。城壁の外側にいた軍隊が、疾病で死亡した兵士の遺体を城壁の中に投げ込んで、内側の兵士を罹患させたのがきっかけでヨーロッパに広まったのだそうです。古代の戦いにも細菌戦といか、BC兵器があったのです。

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そして事実、多くの疫病は外国から来ます。 イギリスのダニエル・デュフォーが書いた「ペスト」は、オランダのアムステルダムでペストが発生したという噂から始まります。まもなく、死の病は英国に上陸し、猛威をふるう訳です。

一方、アルベール・カミュが書いた「ペスト」はアルジェリアのオランが舞台です。こちらは疫病が外国から来た・・とは言えません。物語の始まりは、一匹のネズミの死体が見つかったことです。

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多くの疾病がアフリカとアジアから来るというのは事実ですが、地中海に面した国々に人々は対岸の北アフリカが疫病の巣窟だとは考えたくありません。なるべく対岸の国々もヨーロッパの延長であって欲しい・・などと虫のいいことを考えます。

だから、北アフリカとサハラ砂漠以南(サブサハラ)を区別して、後者を特に危険な暗黒大陸と考えたがります。そして今回のエボラ出血熱はそのサブサハラで疫病が始まりました。

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そして彼らが恐れるのはヨーロッパやアメリカへの伝播です。今回、現地で治療にあたっていたスペイン人神父が罹患し、帰国後にマドリッドで亡くなったというのは大変なショックです。アフリカ由来の伝染病がヨーロッパで死者をもたらしたのは、マールブルグ病の騒動以来だと記憶します。

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脱線しますが、この亡くなった神父こそ本当の殉教者と言えるのではないか? 主の御許に召されて祝福を受けるべき存在だと思います。 一部のイスラム教徒は自爆テロで異教徒を殺す事が殉教だと唱えますが、あれは本当の殉教かねぇ?
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もうひとつ脱線しますが、忌まわしい疫病は外国から来る・・という発想は中国にもあります。かの国では、SARS(非典型性肺炎)が流行した時、この病気がベトナムから来たという印象操作を行いました。雑誌「中国国家地理」では少数だったベトナム人患者の死亡記事を取り上げていました。SARSが中国オリジナルではなく、ベトナムから来た・・とするのはかなりの無理がありますが、中国では越南は猖獗の地であるという認識があるので、中国人は信じたかも知れません。思えばあの頃から中国とベトナムは仲が悪かった・・。

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話がどんどん脱線しますが、この種の世界的災難が発生すると、各国の対応に違いがあり、その国の民度が分かります。 その昔、感染地域の宗主国であり、今でも関係が深い、ヨーロッパの国々は、医療スタッフを派遣し、救援に力を注ぎますが、いざそのスタッフが感染すると、そのスタッフだけを自国に呼び戻して手厚い治療を受けさせます。

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アフリカの資源と国連安保理での票に期待し、援助外交に余念の無い中国では、アフリカ諸国との親密さを強調しましたが、今回の騒動で、空港の検疫を強化しアフリカからの旅客を重点チェックしています。

アフリカに企業進出し、多くの勤労者をアフリカに送り出している韓国も、アフリカ直行便の乗客を別室で検査しています。それどころか、ソウルで開かれる高校生の国際会議へのアフリカからの参加を拒否したそうです。

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では対岸の火事として眺めている日本はどうか? 日本には日本なりの貢献の仕方があるのも事実です。 例えば特効薬の開発です。

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それについては次号で申し上げます。


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