SSブログ

【 毒 】 [金沢]

【 毒 】

 

金沢土産を川崎のご隠居に届けて、ちょっと驚かしてみようと思いました。金沢のお土産とは猛毒であるフグの卵巣の粕漬です。これを見て彼はどうするか?

・・・・・・

彼はウナギと並んで、フグが好きなのですが、内臓(肝臓や卵巣)や皮など、有毒の部分を食べた経験は無いはずです。そこでフグの卵巣をごちそうして文字通り「肝試し」をしようと思ったのです。 さあ、大人を5,6人も殺せるほどの猛毒テトロドトキシンを前にして、彼はどうするか?ソクラテス宜しく、平然として毒を口にするか、それとも拒絶するか?

・・・・・・

しかし、金沢でお土産を選ぶ時間はありませんでした。金沢駅のお店でやっと見つけたフグの卵巣の粕漬は、ごく少ない量を、チーズで和えて、ほとんどただのチーズみたいな状態でした。 そしてビン自体も随分小さなものです。 しかし、他に選ぶ品物もなく、私は、それを買い求めました。

・・・・・・

そのビン詰を見て、ご隠居は少しも驚かず、少量をご飯の上にのせて、何食わぬ顔で、そのまま食べてしまいました。 完全な空振りです。 彼はこの食品が無害であることを知っていたのです。 加賀地方に伝わる特別な食品である、このフグの卵巣の粕漬は、猛毒テトロドトキシンを洗い流していて無毒なのです。

・・・・・・

これほど科学が発達した時代でも、フグ毒とそれを取り除く研究はあまり進んでいません。フグの毒については幾つもの疑問がありますが、解答は得られていません。

・・・・・・

1.フグはなぜ体内に毒を持つか?

フグが、他の大きな魚や天敵に捕食されないように、有毒であることをアピールするために猛毒を持つ・・という考え方もありますが、正しくないでしょう。

フグを襲うかも知れない大型の魚たちの間で、フグが有毒であるとの知識が共有されれば、魚たちはフグを襲うことはなく、フグにとっては大成功となりますが、そうは問屋が卸しません。フグを捕食した魚はすぐに死んでしまうでしょうから、仮りに魚たちの間に情報伝達する機能があったとしても、フグの危険性を他の魚たちに伝えることはできません。海を泳いでいる多くの魚は(フグ自身も含めて)フグが有毒で危険な魚だと知らないはずです。

・・・・・・

私の個人的な意見ですが、海の動物で毒を持つものは、餌となる他の動物を痺れさせて捕食しやすくするために毒を持つ場合が多そうです。

ただ、ゴンズイや、オコゼ、アカエイの毒針については、その理由が分かりません。自分の身を守るためという考え方は否定できませんが、外敵による捕食を免れるためであれば、警戒色の派手な色にした方が効果的に思えます。

・・・・・・

2.フグの仲間でもマンボウやカワハギなどは毒が無い。これはなぜか?

私はマンボウを食べたことがありませんが、おいしいそうです。つまりフグに似た味なのか・・・。それで毒が無いのですから、多いに結構なことですが、あいにくマンボウはあまり捕れません。魚屋に並んでいるところを見たことがありません。

マンボウに毒が無くて、フグに毒がある直接の理由は不明ですが、ある程度のことは分かってきました。

・・・・・・

フグ毒はフグの餌が持っていた毒が体内に蓄積したもので、自分で毒を合成したものではありません。その証拠に完全養殖のフグには毒であるテトロドトキシンがないそうです。 それを足掛かりに、フグ特区を申請した人がいるそうです。

・・・・・・

つまり、特区の中では養殖フグだけを扱い、そして特区の中では、フグ調理師免許を持たない人でもフグを調理してよい・・・という提案です。それによって安価でおいしいフグが特区内でふんだんに食べられる・・というものです。

・・・・・・

しかし、このフグ特区構想は実現しませんでした。反対意見としては、もし有毒のフグが特区内に紛れ込んだら大変だという意見もあったそうですが、本当の理由はそうではないでしょう。 フグ特区で安全でおいしいフグをふんだんに食べられるようになったら、特区外のフグ料理店は大打撃でしょう。 既存の利権にしがみつく人達が足を引っ張ってフグ特区を阻止したのでしょう。

・・・・・・

3.加賀のフグの卵巣の粕漬の解毒作用は、どういうメカニズムなのか?

最初の塩漬けの工程で、浸透圧でテトロドトキシンが吸い出されて流れ出すのか、粕漬の工程で、分解されるのか、それとも他の現象なのか・・・。粕漬が完成する前の段階で試食することができない以上、なかなか結論が出ません。

・・・・・・

それにしても、昔の人達は、よほど飢えていたのか、それともよほど食い意地が張っていたのか・・・・。 まかり間違えば死んでしまう危険な食材を、上手に食べる方法を開拓してきました。

・・・・・・

例えば、ヒガンバナの根です。ヒガンバナの根にある澱粉は非常に良質ですが、強烈なアルカロイドも一緒にあります。飢饉で植えた人が食べて落命し、死人花などという不吉な名前が付いたのではないか?と私は考えます。

実のところ、ヒガンバナのアルカロイドは水溶性で、ヒガンバナの澱粉は流水でよく洗い沈殿させれば無害なのです。 しかし、そのことに気づくまでに何人の人が亡くなったことか?

・・・・・・

青い梅に含まれる青酸は、さほど強力ではなく、サスペンス映画で青酸カリを飲んだ人のように即死することはなさそうです。でも梅に限らず、未熟の果実になんらかの毒性があることは事実でしょう。 壺井栄の小説「二十四の瞳」や「母の無い子と子の無い母」には、熟していない柿を食べた子供が腸カタルで亡くなる話が、登場します。

・・・・・・

青い果実を食べたくらいで本当に死ぬのか? 腸カタルと食べ物の関係は本当なのか? 医学者でない壺井栄の説明に誤謬は無いのか?などと考えたことがありますが、文学の本質とは遠い部分です。 子供達に、単に未熟な果実を食べないように諭すために、そのような逸話を作成したのか・・それとも真実なのか、飽食の現代、未熟な果実を食べる子供がいるはずも無く、確かめようがありません。

・・・・・・

古代、山野や海浜にある動植物が有毒なのか無毒なのかを知る事は、非常に重要でしたが難しいことでもありました。多くの毒キノコ、トリカブトなどの有毒植物の確認は犠牲の上になりたっています。

・・・・・・

中国の初代皇帝にして、漢方医学の始祖である神農は、伝説の人物ですが、杖で触れば、その植物が有毒であるか無毒であるか、薬であるかが瞬時に分かったそうです。私は上海の薬膳レストランで神農の肖像を前にして食事をしながら、相手の女性に持論を展開しました。

・・・・・・

「漢方医学の黎明期には薬と毒を見分けるために多くの犠牲が出たはずだ。後年の中国の医学者や為政者は、その犠牲に感謝し畏敬の念を表すために、その犠牲を神格化し、その象徴として神農という偶像を作って崇めたのではないか?」

中国人の女性は、首を傾げ「犠牲者を神格化するのは日本の習慣ではありませんか?」と切り返してきました。 彼女は神農の存在を認めたかったようです。

・・・・・・

先人の勇気と犠牲に敬意を払い、おいしい食べ物に感謝するというなら、神農も大切ですが、最初にフグの卵巣の粕漬を食べた加賀の人も尊敬されてしかるべきでしょう。

おそらくは幾人も犠牲者を出しながら、珍味を開発した全く無名の加賀の人こそ勇気のある人です。

・・・・・・

そう言えば、最近「笑うオヒョウ」も毒が無くなってきたと言われます。個人攻撃をしないから・・とか、穏便なことしか言わないから・・・と言われますが、私は特に遠慮したりはしていません。 ただ、ちょっと筆が躍るというか、過激に過ぎた文章はお蔵入りにして、塩漬けにしています。 こちらの方は、どれだけ塩漬けにしても毒気が抜ける訳ではないのですが・・。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。