SSブログ

【 あなごめし 】 [雑学]

【 あなごめし 】

 

読者諸兄へのご報告とご挨拶が遅くなり申し訳ありません。私オヒョウは、前職を辞し、先月下旬から広島県呉市の製鋼工場に勤務しております。

思うところあって、東京都心の商社から広島県の工場に転職した訳で、前職の関係者には、ご迷惑を掛けないようにと努力したつもりですが、結局大変な不義理をしてしまいました。お詫びせねばならない人が何人もいることは承知していますが、私のわがままを許して頂くしかありません。

・・・・・・

私のモットーは中国の諺にある「駿馬は後草を食まず」ですから、今は新しい職場で覚えるべきことを、全力で学ぶことが最優先です。 そういう訳で人生何度目かの新入社員を体験していると、会社の方々が歓迎会を開いてくれました。席上でS常務が、「せっかく広島県で暮らすのだから、この土地のおいしいものをたくさん食べられたらいいでしょう」と言ってくれます。そこで私は「広島県の名物・特産品は何かな?」と思い浮かべてみます。

・・・・・・

「牡蠣は有名だけど、7月じゃ季節外れだ・・。 柿の方もおいしいそうだけれど、これも秋だね。 あとは広島風お好み焼きとか、もみじまんじゅう、呉の海軍カレーくらいしか思い浮かばない。大島で取れるファウストという、魂を悪魔に売ったような名前のトマトもおいしいそうだけれど・・・どうかなぁ?」と広島についての私の貧しい知識を反芻してみます。

・・・・・・

すると、N役員が「ああ、宮島のアナゴ料理も捨てがたいね」と私の頭の中を見透かしたような発言です。「ほら、あの厳島神社への参詣の道添いに、何軒もアナゴ屋があるじゃろうが。中には行列ができる店もあるそうな」

・・・・・・

恥をさらすようですが、私はまだ宮島の厳島神社には行ったことがありません。そもそも、アナゴは江戸前のお寿司の有力なすしネタです。だから、アナゴは東京湾の名物かと思っていたのですが、安芸(広島)名物だというのです。

・・・・・・

きょとんとしていると、女性のFさんが、「アナゴなら、宮島まで行かなくても、呉にもあるでしょう。このお店の隣の『魚々屋』もアナゴ飯がおいしくて有名ですよ。単身赴任の休日のお昼ごはんにちょうどいいのでは?」

・・・・・・

私は家内のことを考えました。私の家内は牡蠣があまり好きではありません。お好み焼きも苦手です。家内が呉に来た時にどんな料理を食べようか・・と思っていたのですが、アナゴがおいしい・・というのは朗報です。家内はアナゴが大好きなのです。これはいい事を教えてもらった。

・・・・・・

それにしても、ギョギョヤ? いえ、彼女が言った名前はトトヤです。ギョギョッ・・と聞いて谷啓を思い浮かべるか、サカナ君を思い浮かべるかは昭和か平成かの違いですが、トトヤと聞いて「『おそ松くん』にでてくるトトコちゃんは魚屋の娘だったな」と思い出す私は、完全に昭和人です。

・・・・・・

教えてもらった私は、その週末の昼に早速、魚々屋にでかけました。 狭い間口で奥行きがある店舗はウナギの寝床型で、入り口近くにカウンターがあって、奥にテーブル席がある構造です。 私の経験ではこの手の店はおいしいのです。

anagomeshi02.jpg

・・・・・・

店内では、初老の上品な男性2人が、鴨肉をつつきながら、お酒を飲んでいます。

カウンターの中には店主がひとり立っています。

「いらっしゃい。何にしましょう」

「お昼のランチメニューにアナゴ丼があると聞いたのだけれど・・」

「ああ、『あなごめし』ですね。ありますよ。まいどあり」

・・・・・・

あなごめし・・なのか。 昭和の時代、ご飯の事や食事の事を「めし」と呼ぶのはいささか下品な表現でした。 食事を、料理の味や会話を楽しむ行為と考え、人生の悦楽ととらえるのではなく、生きていくための、あるいは労働のための燃料補給と考えた場合に、食事は「めし」という表現になります。 食事は味わうものですが、「めし」は掻き込むものです。 これを端的に示したのは林芙美子です。

・・・・・・

彼女は、その作品に、一種の露悪的な意味を込めて「めし」という名前を付けています。「私は、お上品な文学少女ではないのよ。たくましいプロレタリアートなのよ」と彼女は作品名で宣言したのです。

・・・・・・

しかし、日本語は、最初下品な言葉であっても、やがて市民権を得ていくものです。だから何時の間にか「めし」という単語から下品な匂いは消えました。

・・・・・・

注文を受けた店主は、何を始めたかというと、茶筒を取り出して、急須にお茶の葉を入れています。 そしておもむろにお茶碗に入れたお茶を出してくれました。それから料理にとりかかります。 私は驚きました。普段私が利用する牛丼屋では考えられないことです。「うちはファーストフードのチェーン店でも、急ぎのランチ屋でもないよ」という矜持でしょうか。 そして、そのお茶の美味しかったこと。

anagomeshi00.jpg

・・・・・・

ほどなく登場したあなごめしにも、私は驚きました。 私がちゃんとしたお店でアナゴ丼を食べたのは、数年前になりますが、伊勢神宮の前のお店で、Y教授と食べたのが最後です。五十鈴川を眺める落ち着いたお店でしたが、登場したアナゴ丼は、うな丼と似たものでした。無論、うなぎとアナゴでは味が違うのですが、スタイルはそっくりで、似たようなタレがかかっていました。まるで「私はうな丼の亜流です」とアナゴが白状したようなものです。 アナゴはアナゴで独自のおいしさがあるのですから、自分自身の味を主張すればいいのに・・と思ったのも事実です。

・・・・・・

しかし、この店「魚々屋」で出された「あなごめし」は、うな丼とは全く別の物でした。アナゴの一切れ一切れは、小さく、ドジョウに近い大きさです。 形だけみると、ウナギの「ひつまぶし」にも似ていますが、タレが全く異なり、アナゴの味を引き出すアナゴ専用のタレです。 あっさりしたアナゴらしさを強調しています。

anagomeshi01.jpg

・・・・・・

そこで店主の声が聞こえました。

「お吸い物の身には気を付けてください。これは鱧(ハモ)ですから、うっかり頬張ると口の中が骨だらけになりますからね。」

お椀の蓋を取ると、アナゴともウナギとも全く違う香りがします。「ああ、これは鱧だ!」。正直なところ、私にとって、この昼食で一番おいしかったのは、この鱧の吸い物です。

・・・・・・

ご飯の上にはアナゴを載せて、お吸い物には、肝吸いではなく、敢えてアナゴとは似て非なる鱧を用意するところが、ちょっと面白いです。 私はすっかり堪能して、昼食を終え、お勘定をすませると、明るく蒸し暑い8月の往来に出ました。

・・・・・・

私は、初めての土地での暮らし、初めての会社での仕事で、不安を感じていたのですが、何だか、ちょっと安堵したような、朗らかな気分になりました。 川崎のご隠居が来ても、Y教授が来ても、私の家内が来ても案内できる店がひとつできた・・・。

・・・・・・

それにしても、私はニョロニョロしたものが大好きです。ウナギ、鱧、アナゴ、ドジョウみんな好きです。 なぜかなぁ? ひょっとしたら、胴が長くてオアシが無い・・という共通点があるから、私は無意識のうちに親近感を感じるのかな?


nice!(1)  コメント(4)  トラックバック(0) 

nice! 1

コメント 4

佳弘

写真の形から見ると丼ではなく、椀のようなので、「あなごめし」だと思います。 「めし」は元々「召す」が語源の尊敬語だったのですが、時代と呼ぶには長すぎる年月の間にニュアンスはかわるものですねえ。 林芙美子の「めし」も、上方ではそんな感じではないかも、菊乃井本店でお昼にいただけるのは、時雨めし弁当http://kikunoi.jp/store/ です。
by 佳弘 (2014-08-03 13:35) 

笑うオヒョウ

佳弘様

コメントありがとうございます。なるほど「めし」は「召す」から来ているのなら、昔は上品な言葉だったのでしょうね。勉強になりました。ありがとうございます。
それから丼に盛られていれば「どん」、椀に盛られていれば「めし」という区別も初めて知りました。言われてみればなるほど・・・ですが。 私の好きな川柳に、「レストラン、めしや屋台と、進む恋」というのがあります。
私などは最初のデートから牛丼屋に誘って軽蔑される男ですが、「めしや」はそれに近い庶民的な世界だ・・と考えていました。 またのコメントをお待ちします。

by 笑うオヒョウ (2014-08-03 17:09) 

yusai-zenji

確かに伊勢であなごの料理をご一緒しましたね。味とか外見は、全く忘れてしまいましたが。ところで、8月後半か9月前半に広島県に行くつもりです。お目にかかれれば幸いです。
by yusai-zenji (2014-08-05 09:18) 

笑うオヒョウ

yusai-zenji 様
コメントありがとうございます。 いつでも大歓迎ですので、期日をご連絡ください。 と言いながら、現在私の勤務する工場では、金曜日と土曜日がお休みで、日曜日は出勤となります。 事前にご連絡いただければ、
いろいろ段取りしますので、詳しくは電話にて。

またのコメントをお待ちします。

by 笑うオヒョウ (2014-08-06 07:14) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。