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【 2つの映画 その1 】 [映画]

【 2つの映画 その1 】

 

久しくブログ更新が滞っており申し訳ありません。 なぜ、更新が滞っていたかといえば、精神的な余裕がなかったからですが、そのあたりの事情はまたご報告いたします。ところで、先日、米国に出張したのですが・・、機中で幾つも映画を見ることができました。 今回はそれについて書いてみます。

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シカゴ行きの飛行機の中で、最初に見たのは、岡田准一の「永遠のゼロ」です。実は私は、どうも、戦争もの、特に特攻隊を描いたものは苦手です。

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必要以上に特攻隊の隊員を美化したり、日本の軍隊をいたずらに肯定的・悲劇的に表現する事にも抵抗を感じますし、逆に厭戦思想をひたすら強調したり、自虐的に当時の日本を悪しざまに描くことにも抵抗を感じます。特にそれが薄っぺらな表現だったら不愉快になります。

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過去の戦争や歴史についてどう考えるかは、その人の自由ですが、その考えを映画にかこつけて他人に押し付けるな・・と考えるからです。 だから特攻隊ものは苦手だ・・と思っていたのですが、「永遠のゼロ」は、ちょっと違うらしいと感じていました。

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映画の前宣伝によれば、卑怯者で臆病者とされたパイロットが、なぜ最後に特攻で命を落としたか・・を謎解きの形で語る映画だとのことです。 戦争賛美でも反戦でもない映画なら見てもいいか・・と思ったのです。

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その判断は正解でした。 戦争ものの映画では出色の出来だと私は思いました。

物語に登場する幾つものエピソード(例えば、体当たりを思いとどまり、帰投する途中で海上に不時着水し、鮫の餌食になったパイロットの話など)は、皆どこかで聞いた話です。でも主人公のパイロット(特務将校)の生き方は、(フィクションなので当たり前ですが)初めて聞く話で、興味深かったのです。

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操縦の腕前は抜群なのに、殺し合いである空中戦には、とても消極的で、命を惜しんだ男は、実は家族を思い、家族への責任を果たすために、生き延びたかったのだ・・というストーリーは現実的なのか? その当時に生きていない私には分かりません。

でも自分が亡くなった後に残された家族が露頭に迷うことを避けたい・・という思いは何時の時代も同じですし、戦時中にそう考えた軍人も当然いたはずだ・・と私は考えます。

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日本の軍人は何のために戦い、そして死んだのか? 皮相的な見方をする人は「天皇陛下の為に死ね」と強制されたのだ・・・と言います。 軍国主義と愛国主義に染まり、他国を侵略することに呵責を持たなかったのだ・・と言う人もいます。

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一方で、国の為でも、天皇陛下の為でもなく、八紘一宇の為でもなく、単に家族を守りたかったから戦い、犠牲になったのだ・・という人もいます。始めてしまった戦争で、もし負ければ、日本に残した家族が敵に蹂躙されるかも知れない・・という思いから戦った・・という人もいます。

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どちらが本当なのか? おそらくはどちらも正確ではなく、国の為と家族の為の折衷的な思いから、日本の将兵は戦い死んでいったのではないか?と私は考えます。

何百万人もの人が亡くなった戦争ですから、皆が同じ思いであったとは限りませんが、

多くの人が自分なりに戦う理由を見つけ、自分の死をなんとか合理化して、死んでいったのが大東亜戦争でしょう。

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国や天皇陛下の為の戦いなら悪で、家族の為の戦いなら善であると・・現代の民主主義者は考えるかも知れません。 でもそれはナンセンスです。過去の人の生き方を現代の価値観の物差しで測る事が無意味であることをこの映画は示しています。

臆病者とされたパイロットは、実は最も勇敢な男であったことがだんだん分かってきます。一人の男の生き方も、角度を変えてみれば、臆病に見えたり、勇敢に見えたりします。 主人公をそしる同輩や部下も実は主人公の勇敢さを認め、尊敬していることはだんだんに分かってきます。 生き残った彼らは、戦後、主人公の遺族の生活を陰に陽に助けます。それは特攻で死んだ主人公を敬愛したからであり、約束を果たすためでもあります。

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主人公の孫がインタビューを重ねるうちに、それが分かっていきますが、本当に言いたいことは、人間は複雑であり、単純にダメな男、優れた男・・と決めつけることができないということかも知れません。それは現代社会でも通じることです。

家族を思うこと、家族への責任感、そして簡単には評価できない仕事の価値・・これらは普遍的なことで、現代を暮らす私の琴線にも触れます。

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そういう訳で、このストーリーには、何度も泣ける場面が用意されています。 そして高空で空気が薄く、寝不足で、しかもアルコールが入って感情失禁に近い状態の私は、思わず泣きたくなります。 しかし、その度になぜか、客室乗務員が私の席にやってきて「ドリンクはいかがですか?」とか、「つぎの軽食はいかがしますか?」と尋ねてきます。 中年男の泣き顔などは決して見せたくないのですが、何度も見られてしまいました。なんとも困ったことです。この映画で最大に困った点です。

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それにしても、岡田准一は若いけれど、実にしっかりとした俳優です。単なるハンサムな俳優ではなさそうです。 日本の若手俳優で、格好いいニ枚目役をこなす人は多くいますが、特攻隊のパイロットを演じて感動させる人は滅多にいません。彼はその一人です。

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そして気づかなかった事がひとつあります。登場した女優の中に斎藤とも子がいたようです。 かつて昭和の時代、学園ドラマで清楚な優等生を演じて人気があった彼女は、私にとって懐かしい存在です。 もう50代の半ばであれば、中年女性役として登場したのでしょうが、気づきませんでした。 しまった・・。

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でもちょっと不可解です。 女子生徒役を卒業した彼女は、結婚・離婚・大学・大学院を経て、原爆の被害者に寄り添い、反戦平和の活動をしているはずです。その彼女が特攻隊の映画に出演するとは・・。

この映画が、決してかつての日本軍を肯定したり、否定する単純な戦争映画ではないことを示す証拠ではないか? そう私は思います。

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そして私は、それとちょうど対比することになる、もう一つの映画「小さな家」を帰りの飛行機で観たのです。 そえについては、次号でご報告いたします。

 


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