SSブログ

【 玉の輿 その1 】 [中国]

【 玉の輿 その1 】

今年のノーベル文学賞に中国の莫言氏が選ばれたことは周知のとおりです。

先日歩いた西安市の都心にある大きな書店でも、玄関に大きな電光掲示板を置いて、「祝莫言氏ノーベル賞受賞」と表示していました。

莫言氏のノーベル賞については、選考委員に中国政府から高価な贈り物があったとか、不愉快な噂もありますが、今回はそれには触れません。中国らしいといえば、そのとおりですが・・。

自然科学系のノーベル賞でも、受賞者を選ぶのは大変な作業ですが、文学賞はさらに難しい作業です。 どの作家がどの作家より優れているなどと、誰にも判断できないからです。

世界中にはさまざまな社会があり、そこに暮らす人をいろいろです。そのありさまを描き出す文学にも、さまざまな手法があります。文学は多様性の世界です。ましてそれを表現する言語がちがいます。それらにどうやって優劣をつけるか? 不可能に決まっています。 客観的に比較できないなかで選ぼうとすると、どうしても政治的な配慮が登場します。

特に地域性や文化圏の違いを考えてバランスを取ろうとすると、言語の問題があります。ある一定の頻度で、非欧米言語圏(アルファベット以外の文字を用いる文学)を受賞対象として選択する必要がでてきます。 アルファベット以外の文字・・とは最近の流行語で言えば、2バイト文字文化圏の文学という意味です。

・・・・・・

非ヨーロッパ言語圏からノーベル文学賞を選ぶにしても、問題は多く残ります。

どうしても、良質な翻訳者に恵まれるかどうかがポイントになります。ヨーロッパ人で構成される審査員が皆、日本文学や中国文学を原文で読めるとはとても思えませんから。 そしてどんなに優秀な翻訳者でも原文の価値を損ねずに翻訳することは不可能です。

・・・・・・

例えば、山田美妙の美文調が翻訳されて英文になったとしても、あのリズムは完全にスポイルされます。また夏目漱石の、和、漢、洋の全ての教養が登場する小説を翻訳して、全ての意味を伝えることは、およそ不可能です。ですから、明治の教養人達は翻訳の限界を悟り、外国人に伝える場合は、最初から英文で本を書いた訳です。例えば、岡倉天心の「茶の本」がいい例です。 山田美妙や漱石を翻訳してその価値を留めることは不可能です。

・・・・・・

実際、大江健三郎がノーベル文学賞を受賞したのも、優秀な翻訳者に恵まれたことも大きな理由だと私は考えます。

・・・・・・

そう言えば、思い出すのはやはり小学校時代の野村先生の授業です。

先生はインドの劇作家タゴールの作品「郵便局」に触れて、「なぜタゴールがアジアで最初に、ノーベル文学賞を取れたか考えてご覧」という、非常に難しい質問をされました。

・・・・・・

先生の説明は、以下の通りです。

「多分、ノーベル賞委員会は、非欧米圏、或いは非白人に文学賞を授与したかったに違いない。その方が公平に思え、ノーベル賞の権威を高めるからだ。しかし、非欧米言語では、ノーベル賞の審査員は読むことができない。だから妥協策としてインドの作家を選んだ訳だ。 それなら英語の作品を読んで評価できるからね」

「ノーベル賞の委員会が、非白人、非欧米圏に賞を授与してバランスを取りたい・・という思いは、確かにあるようだ。 ひょっとしたら湯川秀樹博士の受賞の背景にも、日本人に元気と自信を与えたい・・という思いがあったのかも知れない。自然科学の分野なら、言語の違いという障壁は最小限だから、比較的に簡単かもしれない」

・・・・・・

たしか、それからまもなく川端康成がノーベル文学賞を受賞したはずです。

・・・・・・

今度の莫言氏の場合はどうだろうか?

中国の場合はどうしても、政治的な背景がつきまといます。反体制側でも体制側でも、何らかの政治色やイデオロギーが付くと、受賞が難しくなります。

莫言の中国語の発音は、モウイエンで、私には「もう言えん」と聞こえます。

実際、このペンネームの意味は、無駄な事は口にしない・という意味です。

・・・・・・

これは「言いたいことは、活字に表現するから、それを読んでくれ」という意味と「政治的に私は無色だ」という意味の両方が入っています。実に面白い名前です。

この名前のおかげで、中国政府も干渉せず、素直に受賞を喜んでいます。

実際には、ノンポリ、完全中立というよりは、かなり中国政府寄りの立場を鮮明にしていますが・・・。

・・・・・・

では、私が思う近代中国最高の作家、魯迅はどうでしょうか?

私の中国語の家庭教師によれば、「彼はいい時に死にました。時の政権にしばしば批判的だった魯迅は、中華民国政府を非難的に眺めながら亡くなりました。だから中華人民共和国でも評価されます。もし彼が長生きして、中共政府をも批判していたら粛清されたでしょうから・・」と妙に納得できる説明です。

・・・・・・

(そう言えば、莫言原作の「紅いコーリャン」はいい映画なのに、終盤で唐突に日本軍が登場して主人公の女性を殺害してしまうという、取ってつけたような結末で、物語全体を台無しにしていたな・・。 あの最後の部分は、中国当局へおもねった結果なのだろうか・)。

・・・・・・

そんな事を考えながら、西安の街を歩いていると、ほうぼうのホテルで結婚式に出くわします。1027日(土曜日)は中国では、結婚に縁起のいい日なのでしょうか?

そして、あるホテルの前に紅い輿を見つけました。

紅色というよりは、緋色に近い赤です。 ああ、これこそ「紅いコーリャン」の冒頭に登場した輿だ・・と、私は思いました。

以下 次号

IMG_0213s.jpg
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。