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【 ビデオ三昧 その2 】 [映画]

【 ビデオ三昧 その2 】

 Kさんの黒澤明のビデオを預かった際、ちょっとした映画談義をしました。黒澤明は、世界中の映画監督に影響を与えました。例えば「七人の侍」は翻案されて「荒野の7人」になり「用心棒」は「荒野の用心棒」になりました。もっと言えば、「スターウォーズ」の2台のロボットのコミカルな掛け合いは、「七人の侍」からヒントを得ています。黒澤自身も外国の小説や作品を利用していますし、外国の映画も黒澤作品の影響を受けている訳です。

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西部劇が大好きなKさんは「七人の侍」よりも「荒野の7人」の方が面白いと言うのです。私はそれには異論があります。やはりオリジナルの黒澤明の映画の方が面白いし優れていると思うのです。

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それなら「七人の侍」をもう一度見て、日本映画固有の面白さ、当時の日本でしかつくりえなかった面白さを確認して、黒澤映画の優位性を証明したい・・と思いました。

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もともとは機械的にビデオテープをDVDに変換するだけの予定でしたが、やはりパソコンの画面に映画が映れば、他の仕事は中止して見てしまいます。

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私には、何回も見て重要な台詞を暗記するくらいになった映画が幾つかあります。「七人の侍」もそのひとつです。そして不思議なことに何度見ても新たな発見があります。今回は何に着目して見ようか・・という具合に、映画評論家風に考えると面白いのです。例えば、役者の台詞の言い回しは、どこまで監督の指示を反映しているか・・と考えてみると、いろいろな発見があります。侍達の少しぎこちないぐらいの話し方は、ちょうど小津安二郎の映画に登場する役者達に似ています。 固定したカメラアングルも少し似ています。

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やはり、黒澤は小津の影響を受けているのか・・・?今回は、映画制作当時の日本でなければ表現できない点、その当時の日本の観客でなければ共感できなかった点を探してみました。その結果、終戦直後または敗戦直後の日本固有の場面はやはり随所にありました。

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最初は、志村喬と加東大介が再会する場面です。ともに負け戦から命からがら脱出した落ち武者であり、お互いに窮地でいかに生き延びたかを語り合う場面です。 これは終戦直後の復員兵の間で盛んに語られた内容に違いありません。

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次は生活に困窮し何も蓄えがないはずの百姓達が、隠していた食料や武具、衣装などを取り出す場面です。農民とは決して虐げられるだけの弱者ではなく、したたかな存在であると三船敏郎に語らせますが、これは戦後の食料不足の中、農家が供出しなかった食料が闇米となる事情を知る者には奇妙に納得できる話です。

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そして明日は決戦という夜、にわか作りの兵は家庭に帰り、家族との団欒を許されます。これは玉砕とか特攻という非人間的な攻撃を目の当たりにした日本人には、理解しやすく、そして身につまされる話です。

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やはり、この作品は終戦後それほど時を経ていない日本でしか作りえない作品であり、外国人には理解しがたい部分がある・・と私は確信しました。

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しかし、問題は最後の部分です。あの有名な志村喬の台詞です。

「今度も負け戦だったな」その言葉に怪訝な顔をする加東大介に対して、田植えをする農民達をまぶしげに見ながら、

「勝ったのはわしらではない。あの農民たちだ」と言う台詞はひょっとしたら万国共通かも知れません。これは単なる農民賛歌ではありません。戦う者を低く見てシビリアンを高く見るという考えでもありません。

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用心棒の侍も軍人も、平和な時代には無用の存在です。一般市民も軍人も平和を求め、そのために命をかけます。しかしそれは軍人にとっては自らをむなしくするための戦いであり、矛盾があります。日本では敗戦後、それまで威張っていた軍人が急にみじめな存在になりましたが、これは敗戦国だけではありません。 戦勝国であっても平和な時代では軍人の存在価値はありません。 

中国のことわざでいうところの「狡兎死して走狗煮らる」であり、軍人も侍も平和な時代は苦手です。

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第二次大戦の終結後、映画に登場する軍人の立場は変化しました。それまでは、どの国の映画でもおおむね軍人は勇敢で格好いい存在でしたが、第二次大戦後はそうではありません。しばしばアイロニーを漂わせ、苦悩する存在だったりします。平和があたりまえの時代だからです。

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1876年の映画「カサンドラクロス」では、軍人役のバート・ランカスターが医学者役のイングリット・チューリンに「軍人は昔のようにもてる存在ではありません」と自嘲気味に語ります。軍人は主役であってはならないのだ・・という考えは、敗戦国にも戦勝国にも共通の認識です。その点で「七人の侍」は欧米でも強い共感を得たのだと思います。

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しかし「荒野の7人」ではその点が希薄です。なぜなら侍は軍人なのに対して、ガンマンは軍人ではないからです。しかし、外国人に侍、特に浪人や落ち武者の存在が理解できるのだろうか?

私の知るフランス人は、サムライではなく、サムレと発音していたけれど。 次回は、その戦争映画について少し管見を述べたいと思います。(多分 月曜日です)


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