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【 東條英機論 その4 】 [雑学]

【 東條英機論 その4 】 

東條英機を、物分りがよく、決断力がある人物だったと評価するのは、川島栄養学の故川島四郎教授です。

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彼は、戦前、陸軍で糧食の研究をしていました。 そして前線の兵隊の主食には玄米を用いるべき・・とした、当時の規則に反対し、前線では白米を主食とすべきだ・・と提言し、大騒ぎになりました。

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懸命なる読者諸兄はご存知かも知れませんが、その背景事情に触れておきます。 

明治時代の陸軍を悩ましたのは、敵以上に脚気でした。日清戦争、日露戦争で大陸に進出したのはいいものの、将兵の多くが脚気にかかり、死者も多数発生し、戦力ダウンは甚だしかったとの事です。乃木希典の参謀であった伊地知中将も脚気に掛かっています。そしてこの話は、小説「坂の上の雲」にも登場します。

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軍部では脚気の原因究明が緊急課題となりましたが、2つの意見が対立します。 陸軍軍医であった森林太郎(鴎外)が唱える伝染病説と、海軍軍医だった高木兼寛が唱える栄養(ビタミンB)不足説が対立しました。どちらが正しかったかは、言うまでもありませんが、当時は名声高きエリートの森林太郎の権威によって、伝染病説の方が信用されました。

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余談ですが、英国風を範とし、かつ航海中の栄養不足による壊血病などを恐れた海軍では早くから食事に工夫をしていますが、陸軍ではその配慮が遅れました。「坂の上の雲」では弟が兵学校に入る事になって、陸軍の兄がよろこび「海軍は飯がうまいと聞いている。よかったな」と語る場面があります。

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その後、高木説が正しい事が証明され、陸軍ではビタミンBの豊富な玄米を用いるようになっていたのです。 そこへもってきて、糧食は白米とすべきという川島教授の提案があり、驚いた陸軍大臣、東條英機は、川島教授を呼び付け、その真意を質しました。

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川島教授はそれに対して、以下の回答をしました。

・玄米は、炊飯に時間がかかり、時間の無い最前線の行動に相応しくない。煙が敵に目撃される可能性もあり、燃料も多く消費する。

・玄米の消化には時間がかかり、効率も悪い。作戦行動中には短時間で消化できる白米の方がよく、栄養吸収も良い。

・精米した時に発生する米ぬかは決して無駄にはならず、軍馬の飼料に活用すれば、好都合。

・懸念されるオリザニン(ビタミンB)の不足については、然るべき方法で補えばよく、米飯からすべてを摂取する必要はない。

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黙って聞いていた東條は深く頷き、川島教授の意見をよくわかったと言って、早速白米を糧食にする旨を通達しました。同時に川島教授の研究に最大の支援を行いました。だから、川島教授は東條英機を、理解力と決断力のある軍人だと評価しているのです。

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ちなみに、川島教授の研究により、日本陸軍の糧食は科学的で非常に優れたものが開発されました。 その代表例が陸軍乾パンです。

栄養価が高く、各栄養素のバランスが良く、携行に便利で、歩行中でも食べられ、水が無くても喉を通り、腐敗しにくく、保存がきく食品です。味は飽きの来ないかすかな塩味です。

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今から30年程前ですが、NHKが戦争を振り返る番組をしていました。その中に、最前線の兵士が携行した備品や食料などを比較し、いかに日本軍の装備が貧弱で劣悪であったかを紹介する場面がありました。司会の鈴木健二アナウンサー(当時)が、米軍の牛肉の缶詰を取り上げ、一方で日本の乾パンのポリ袋を持ち「これじゃあ、勝負になりませんね」とちょっとおどけて語ったのは実に不愉快でした。

けだし陸軍が開発した乾パンは優れた食品です。

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太平洋戦争の戦地で日本軍が飢えたのは、決して糧食の質に問題があたからではなく、兵站を考えずに戦線を拡大し、補給を絶たれたためであり、戦略と戦術の失敗です。乾パンのせいではありません。

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食料事情に理解があった東條英機は、首相時代、粗食を心がけたそうです。しばしば「これは最前線の兵士が食べているものと同じか?」と尋ね、違うと言えば、必ず同じものを用意させたそうです。しかし、それもオヒョウの目から見れば、程度の悪いパフォーマンスです。 もし、本当に最前線を気遣うなら、餓死者や戦病死者が続出したニューギニア戦線やビルマ戦線と同じ様に、泥水をすすり、昆虫を食べるべきでした。

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巣鴨プリズンに入ってからの東條は、健啖家だったそうです。とはいっても拘置所というか刑務所の中の食事ですが、敗戦直後ですから、むしろ塀の外よりは恵まれていたかも知れません。 自殺未遂の傷も驚くべき短期間で癒え、彼は法廷に立つ事ができました。

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そして、彼が最後の日々を送った刑務所で食べたのが、白米なのか玄米なのか、あるいは麦飯なのか・・・川島先生の著作には記述がありません。


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コメント 4

Dr.Y.

陸軍の白米食と軍医森林太郎の件は、色々な所で言われているので屋上に屋根を重ねる必要もないのでしょうが、上のは少し不正確なので一言。陸軍が鴎外の説をとったのは彼がエリートだったからとかは関係なく、単に陸軍全体がドイツ医学に依拠していたためで、脚気についてもドイツ流の当時の通説に準じただけです。反対に海軍はイギリス医学派だったから、そうした考えをとらなかった、というのがより正確です。つまり、当時はビタミンが発見されてなくて、ドイツ医学が脚気伝染病説をとっていた(鴎外のオリジナルな説ではない)、ということです。ですので、海軍が脚気ビタミン説をとっていたが、鴎外の権威に負けた、というのは事実と違います。
ちなみに、この話は某農水省官僚の要請によって私がやることになった、ある市民向けの講座でも紹介した所です(もう少し、具体的な事例に基づく話もしましたが........)
by Dr.Y. (2009-12-10 15:23) 

笑うオヒョウ

Y博士殿
貴重なご意見をありがとうございます。
森林太郎と脚気の問題は多くのところで議論されていますが、オヒョウの記載は、吉村昭の「白い航跡」のあらすじに基づいたものですが、ブログでの表現に正確さを欠いておりました。

鈴木梅太郎によるオリザニンの発見は1911年ですから、確かに日露戦争よりかなり後です。
しかし、高木兼寛はオリザニン(ビタミンB1)発見前から、脚気=食料原因説を唱え、海軍の麦飯化を訴えています。これは日露戦争より前の段階で、日露戦争時点では、陸軍では脚気が猖獗を極めたのに対して、海軍では脚気にかからなかったという顕著な差がでています。もっとも高木兼寛は、ビタミンではなくタンパク質の不足が脚気の原因だと間違って考えていた時期もあるそうですが。

森林太郎と高木兼寛の対立と、森の名声が高木の説を退けた・・・という点については、吉村昭の主観とフィクションが入っていたかも知れません。

吉村は、前野良沢と杉田玄白の対比など、面白い人物を比較して小説に取り上げていたので、オヒョウは好きなのです。 このあたり、稿を改めてまた書きたいと思います。

by 笑うオヒョウ (2009-12-10 15:50) 

Dr.Y.

東條とは時代も違うのに、余計なことを書いてすみませんでした。夏に市民向け講座で脚気と森鴎外の風聞を紹介し、ビタミン発見前なのに鴎外痛恨のミスみたいに言われているのは釈然としない、と話した記憶から、つい余計な書き込みをしました。
それにしても、東條は、おそらく著作が無い人だと思うので、実際にはどうだったのか考察するのは空しくないでしょうか? たまたま今書いている論文で、石川県の郷土史家が当地の禅僧について書いている文章を論じていて、対象となっている僧侶の多くに著作がなく、したがって郷土史家の言っていることが妥当なのかどうか?、と決定不能になっていたので、東條の場合もそうなのかなあ、などと思いました。
まあ、軍人なのに自殺に失敗した、という一点にすべて現れているのかも?
by Dr.Y. (2009-12-11 14:26) 

笑うオヒョウ

Y博士殿
貴重かつ鋭いご指摘に感謝します。森・高木の脚気を巡る論争について誤謬があったのは私のブログの方です。謹んでお詫びして訂正します。
陸軍がドイツ方式を取り入れ、海軍が英国方式を採用したのは、周知の事実ですが、医学的見地に基づいた糧食の選定にもその影響があったかは議論があろうかと思います。それは、陸軍がリスペクトしたのが軍師モルトケの戦術論であり、医学は彼の専門外だったと思うからです。
しかし、結果として軍医の森林太郎はドイツに留学し、高木は英国に留学して、医学を修めていますから、結局ドイツ対英国の構図ができたという点では同じですね。またドイツに学ぶという陸軍の方針の一環として、森の留学先が決まったのなら、御説の通りだと思います。
糧食の決定は、陸軍全体の意向であり森個人の問題に帰着させるのはおかしいとのご指摘にも同意しますが、医学衛生面で、森の軍内部での発言力は非常に強かったと推察されます(小倉に左遷されるまでは)。だから医学的な論争については、軍の考え方=森の意見だったとオヒョウは考えました。その点、貴兄のお考えを伺いたく。
ちなみに、森の小倉転勤は左遷だったと言われますが、オヒョウの昔の勤務先では小倉転勤は栄転とされていました。もっとも、この点もオヒョウの勝手な理解であり、江陰仮面さんに訊かないと何とも言えませんが。

by 笑うオヒョウ (2009-12-11 15:01) 

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