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【 金沢文庫 その3 】 [雑学]

【 金沢文庫 その3 】

 

9月中旬の日曜日、私は再び金沢文庫を訪問しました。駅からの道を歩きます。9月に入っても、やはり日差しは強く汗は噴き出します。

「あかあかと日はつれなくも秋の風」という、芭蕉が私のふるさとで詠んだ句を思い出しながら、金沢文庫の玄関に入ります。

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受付の若い女性に最初に尋ねます。

「白氏文集の金沢文庫本に関する資料を見たいのですが、どちらに行けばよろしいでしょうか?」

若い女性の顔が一瞬こわばり、「ハクシモンジュウ?ですか?」と聞き返します。

「ハクシブンシュウ」と発音した方がよかったかな・・と一瞬思いましたが、発音の問題ではなさそうです。 受付嬢は「学芸員を呼んでまいりますので少しお待ちください」と言って、奥にはいります。

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まもなく、私と同じぐらいの年齢の女性の学芸員が登場し、にこやかに笑いながら、いっきに説明を開始しました。

「ご照会の金沢文庫本は、現在、金沢文庫には全くありません。ご承知のように三井財閥や五島財閥に買い取られ、それぞれの美術館に収蔵されています」

「でも、それらの複写本とか解説した資料、研究資料等はここに残っていないのですか?」

「全くございません。 でも、お客さんは幸運です。なぜなら、もうすぐ、ちりぢりになった金沢文庫本が里帰りして公開される行事が予定されているからです」

彼女は、手元のパンフレットを示し、11月から鎌倉時代の資料を集めて公開・展示する催しがあることを示しました。

 金沢文庫 唐物.png

 

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「それだけではありません。日本で恵蕚(エカク)研究の第一人者である、関東学院大学教授(前副学長)の田中史生先生が講演を予定されます。お会いになった時に、いろいろと質問できると思いますよ」

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恵蕚(エカク)とは、遣唐使として中国に渡り、蘇州の禅寺にこもって、一心に白氏文集をコピーした人物です。金沢文庫本の作者とされ、白楽天の研究家の間では知られた人物です。 その恵蕚研究の第一人者が関東学院大学におられるとは知りませんでした。 

http://www.chugainippoh.co.jp/ronbun/2015/0220-001.html

考えてみれば、関東学院大学は京浜急行で一駅の距離にあります。

白氏文集の研究者がおられるのも、ある意味で当然かもしれません。しかしなぜ経済学部なのか?。

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それにしても、恵蕚なる留学僧、面白い人物のようです。普通、遣唐使として留学した者は、仏者であれば、まず経典を筆写し、仏教思想を学びます。実学を目指す者は、医学、農業、食品工業、軽工業の技術などを学びます。

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しかし、恵蕚白氏文集という文学を選んだのです。実学ではなくリベラルアーツを選ぶというのは、国費留学生としては、思い切った判断です。明治時代、夏目漱石が英国に国費留学した頃も、実学を学ぶ者が多く、文学を学ぶ漱石は肩身が狭かったことと思いますが、恵蕚もそうだったかも。

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学芸員の女性の話は続きます。「恵蕚が白氏文集の筆写に励んだ839年頃、68歳の白楽天は洛陽に居て、恵蕚に会っていません。一方、恵蕚は蘇州の南禅院千仏堂にこもって作業を続けていたのです。 会ったことはないけれど、恵蕚は白楽天から強い影響をうけたのでしょうね」

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その時期、白氏文集のオリジナルの原稿は、一部が蘇州、一部が廬山にあった模様です。蘇州にあったのが、今の南禅院本です。 金沢文庫本は蘇州にあった原稿を元にしたものです。 その時期、唐では仏教が迫害にあっており、非常に厳しい環境下での恵蕚の作業を、南禅院の多くの学僧は応援し、温かく見守ったのだそうです。

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「蘇州南禅院千仏堂か・・・」

私は、中国を離れることが決まったあと、ガイドをかってでてくれた女性と、日帰りの蘇州巡りをしました。観光客でごった返し、喧噪と埃で、風趣が全くない寒山寺や虎丘、拙政園ではなく、もっと静かで落ち着いた寺院を回ったのです。その中に南禅院はありました。静かで美しく落ち着いた世界でした。 中国を去り帰国せねばならないことを少し悔しく思ったのを思い出します。

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恵蕚がいた寺院がそこなのか確証は持てませんが、そこで大昔、留学生が漢詩を必死に筆写していたのか・・と、思わず、感慨に浸ります。

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ぼんやりとしている私に学芸員は「田中先生の講演会の日程は近い内にホームページに公開されますので、それを見て、予定をお立てください」と話します。

まるで、私が虫干し期間中(燻蒸処理期間中)に来て、空振りだったころを知っているみたいです。

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そこで、私は彼女に50年以上前に見た記憶について質問しました。

「金沢文庫に、鳥獣戯画のコピーはありますか?」

 

以下、次号


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