SSブログ

【 幣原喜重郎と芦田均 その2 】 [政治]

【 幣原喜重郎と芦田均 その2 】

そしてもう一つ、法律論の素人である私が不可解に思うのは、現行憲法が硬性憲法であるということです。

しかし、その制定にあたっては、帝国議会の審議だけで、国民の総意がありません。 制定した時の手続きは簡単なのに、それを改正する際のハードルは非常に高いのです。 全く民主的でなく、国民の意見をないがしろにした存在だと言えます。これを国民の総意に基づいたものだとするのは欺瞞です。 民主主義を高らかに謳う憲法なのに、その制定手続きは民主的ではないのです。

・・・・・・

明治憲法は欽定憲法でしたから、天皇の裁可のもと、停止や廃止が可能です。しかし、その後を硬性憲法にするのなら、制定手続きも厳密に行うべきだと私は思うのです。

改変手続きが難しい硬性憲法と、比較的容易な軟性憲法のどちらがよいかはここでは議論しません。

・・・・・・

しかし、common lawではなくconstitutionである、米国の憲法が200年以上も続いているのは、軟性憲法であり、時代時代に応じて変化できたからだ・・と語る米国人がいます。 裏返せば、硬性憲法でありながら、70年も存続している日本の憲法は奇跡だ(もしくは、時代に合わない旧式の法を今でも戴いている日本人は愚かだ)と思われています。

・・・・・・

自らの改変は難しい日本憲法ですが、外圧に弱いのが日本だと言われます。

不磨の大典「憲法第九条」ですが、もし尖閣で中国から砲弾が飛んで来れば、或いは北朝鮮からのミサイルが国土に着弾すれば、たちどころに改憲派が勢いづき、非戦の戒めは破られるでしょう。

・・・・・・

そのことの是非については言えませんが、憲法を変えざるを得ない圧力が国家にかかるというのは、甚だ不幸なことであり、歓迎すべきことではないと思います。

ところで、芦田均は兵庫県の旧制柏原中学を卒業しています。その少し後の卒業に、海軍特攻隊の生みの親とされる大西瀧冶郎中将がいます。

リベラルな芦田と、軍人だった大西は正反対の存在ですが、両方に英語を教えたという私の祖父は大西については語らず、芦田については「目立った秀才で、才気煥発、口八丁手八丁の男だった」と回想しています。寡黙で影の薄い首相と揶揄された芦田にもそんな時代があったのです。今、旧制柏原中学の跡を継ぐ柏原高校が、この二人の対照的な卒業生をどのように顕彰しているのか・・ちょっと知りたいなと思います。


nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。