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【 平和憲法は人命を守るか? 】 [政治]

【 平和憲法は人命を守るか? 】

今回の参議院選挙の争点は、もっぱらアベノミクスは是か非か・・という点に絞られ、改憲論や、有事法制(野党は戦争法と言います)、集団的自衛権の問題はあまり語られません。

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安倍首相自身が、当分改憲する積もりはないと話していることと、東アジア全域での中国による軍事的挑発がエスカレートしつつあるなか、有事法制反対や自衛隊違憲論を話題にすると不利だ・・という思惑が野党側にあるのかも知れません。

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日本の護憲論者は、むしろ夏の参議院選挙の後、秋の話題になることを考えています。つまり今年もノーベル平和賞の候補に憲法9条を推薦し、世界の話題にしてもらおうという考えです。「非戦を誓う憲法は、平和主義を象徴するものである。それに戦力を持たず、国際紛争の解決手段として戦争を行わないという法律が、戦後の日本人が戦争に巻き込まれず、犠牲者を出さずにすんだ立役者だ」・・というものです。

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憲法9条の理念は確かに崇高ですが、それで、日本が戦争に巻き込まれない・・というのはどうも理解できません。 護憲論者は「外国は、憲法9条を掲げる日本に敬意を表し、武器を持たない日本を敢えて襲わない。だから日本の平和は保たれた訳で、これは憲法9条のお陰だ」と主張します。

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一方、憲法9条を非現実的だ・・とする人は「戦後日本が侵略されなかったのは、日米安保条約のお陰であると同時に、自衛隊の存在も大きい」と言います。

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どちらが本当なのか? 実のところ、20世紀の後半以降、戦力を持たなかったか、あまりに貧弱な戦力しかなかった国は、悉く蹂躙されています。旧ソ連によるハンガリー動乱、チェコ事件、クリミア介入、米国によるグラナダ侵攻、パナマ侵攻、中国によるチベット侵略、ウイグル侵攻、ブータン侵略等、数え上げたらきりがありません。

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軍事力を持たない小国への軍事侵攻は、大国にとってバターをナイフで切るよりも容易なことであり、実際なんら呵責を持たずになされてしまいます。

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では東南アジアはどうか?と考えますと、長く続いたインドシナ半島の戦争の後、米軍が撤退した空白の状況下で軍事力を持たない国が、侵略されています。

南シナ海のパラセル諸島やスプラトリー諸島に人工島を造り、中国が軍事拠点を築くのを、軍事力の乏しい国は、黙って見ているしかありません。

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では日本はどうか?日本が平和憲法のみを持ち、自衛隊が存在しなかった一時期(つまり護憲派が理想とした一時期)、日本も侵略を受けています。

1952年、韓国(南朝鮮)の李承晩政権は、突如、日本海上に李承晩ラインという一種の境界線を強引に引き、竹島の海域をも取り込んでしまいました。それまで日本列島と朝鮮半島の間には、マッカーサーラインと呼ばれる境界線があったのですが、それは無視され、大幅に日本側に接近した形の境界線を引いたのです。

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そればかりか、19526月、日本漁船にカモフラージュした韓国海軍の艦船が、竹島海域で操業していた日本漁船に近づき、突如として銃撃し、日本側に44人の死者がでました。 同時期、日本の巡視船も銃撃されています。 

http://sirenai.hatenablog.jp/entry/2014/04/13/175743

ちなみに日本の海上保安庁の巡視船が銃撃されたのは、その時と北朝鮮の不審船の時だけです。

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漁船にカモフラージュできる韓国軍の艦船というのも、情けないものだと思いますが、日本漁船への銃撃については姑息で国際法にも反するものです。

では、なぜ、そのタイミングで韓国が日本漁船を襲ったかと言えば、李承晩大統領は、日本が防衛力を持たない時期を狙ったのだ・・と私は思います。

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時系列でみると、ちょうど、日本には平和憲法が成立し、外国と交戦できない状態でかつ自衛隊が成立する前のタイミングを狙ったのです。

厳密には、韓国による日本漁船銃撃と竹島占拠は、海上自衛隊の前身である、海上警備隊が発足した2ヵ月後ですが、まだ海上警備行動をできる状態ではありませんでした。 李承晩政権は、海上自衛隊ができてからでは、竹島と日本海を奪えないと考え、焦って暴挙にでたものと、私は思います。

1946年 113日 新憲法公布

1947年 53日 新憲法施行

1950年 8月 警察予備隊

1952年 4月 海上警備隊

1952年 6月 竹島事件

1952年 10月 警察保安隊

1954年 防衛庁と海上自衛隊発足

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その後、日本の海上自衛隊が機能しだし、その能力が、韓国海軍のそれを凌駕したあと、韓国は一切、日本船には発砲していません。 小学校時代、自分より体格の大きな相手には決して手を出さなかったガキ大将がいましたが、なんだか似ています。

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平和憲法があっても44人の日本人の命は救えませんでした。 そして自衛隊が無かったために、韓国からの蹂躙を許してしまいました。 「平和憲法があるから、我々日本人は安全なのだ。むしろ自衛隊がある方が、日本が戦争に巻き込まれる可能性があり、危険なのだ」と主張する人々に借問したい。

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戦後、日本が独立を回復した後、日本人が外国の軍隊によって銃撃され、射殺された竹島事件は、憲法のみあって自衛隊がないタイミングを選んで行われたという事実をどう説明するのか? と。

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以下、余談ですが、朝鮮戦争が休戦状態になり、今がチャンスと日本を襲い、漁民を殺し、竹島を掠め取った李承晩は、その前に、朝鮮戦争で韓国が攻め込まれ、プサンまで追い詰められた時、日本に逃げ出そうとしました。 しかしマッカーサーにたしなめられ、韓国に連れ戻されました。 自国民を置き去りにして、自分だけ逃げるとは何事か・・。 その李承晩は、朝鮮戦争休戦後に、その日本を侵略したのです。

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今、日本人の中には、根強い韓国への不信感を持つ人がいますが、その理由の一つは、この李承晩の行動にあるのはないか?と私は考えます。 そしてこの時代の日韓間のしこりはいまだにつづいています(主に韓国側で)。

李承晩時代に確立した、親日だった人々を国家への反逆者として裁く、一種の過去法は、近代的な法の理念に合致しませんが、いまだに続いています。 李承晩は竹島だけでなく、対馬も韓国のものだと主張しましたが、今でも、対馬を日本から武力で奪還しよう・・という主張が韓国では真顔で語られます。

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そして、最も問題なのは、韓国にとっての脅威が北朝鮮であることは明らかなのに、韓国軍の装備が、対北朝鮮ではなく、日本への攻撃を念頭において整備されているという事実です。 李承晩の時もそうでした。戦争中の相手は北にいるのに、彼の関心は日本への攻撃だったのです。北朝鮮がどんなに挑発しても、韓国軍が考えるのは日本との戦争のようです。全く奇妙なことですが、60年以上、その状態が続いています。

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しかし、韓国軍による対馬奪還作戦はいまだ実現していません。 日本の自衛隊の戦力が韓国軍のそれを上回る状態が続いているからだ・・と私は思いますが、ひょっとしたら、憲法9条のお陰なのかも知れませんね。


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