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【 ドイツになれなかったアルザスロレーヌ 】 [フランス]

【 ドイツになれなかったアルザスロレーヌ 】

 

ご承知の方も多いでしょうが、欧州の西側各国には、概ね11社以上の自動車会社があります。

「しかしノルウェーやデンマーク、スイス等には自動車工場はありません・・」と同僚が説明するので、

「いや、スイスにはあったはずだ。ダイムラーと時計会社が合弁でsmartという会社を作ったではないか?」と私が答えると、同僚は「あれっ?smartは確かにスイスの会社だけれど工場はスイスにありましたっけ?」と怪訝な顔をしインターネットで検索します。 

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調べてみると、確かにスイスにはありません。ドイツとフランスの国境近く、あのアルザスロレーヌ地方に工場があります。 あの「最後の授業」に登場する国境地帯は、戦争の結果によって、ドイツに属したり、フランスに属したりします。まさにドイツとフランスの中間地帯にsmartの自動車工場はあるのです。今はフランスに属しますが、地域の住民はドイツ語もフランス語も話すバイリンガルで、どちらの国に属しても生きていけるたくましさがあります。

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全く余談ですが、将来北方領土の四島が返還された暁には、日本語もロシア語も通用する、類似した社会が成立するのかな?と思います。 かつて米国がアラスカをロシアから720万ドルで買い取った時、ジュノーなどの町ではロシア語と英語が並行して使われたようですが、20世紀の末に私が行った時は英語だけでした。

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環境規制に厳しい観光立国スイスに自動車工場は難しいだろう・・という点は理解できるのですが、なぜ敢えてドイツとフランスの国境に工場を置いたのかは不明です。

強いて考えれば、ドイツの技術力とフランスの労働コストのいいとこ取りをした結果ではないか?と思います。 しかし、そのsmart社の工場で激震が起きています。

http://www.nikkei.com/article/DGXMZO92891100W5A011C1000000/

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働く人達にとって、ドイツがいいのかフランスがいいのか・・・・は実は難しい問題です。 ドイツとフランスでは事情が違うからです。

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既にEUが統合されてかなりの年月が経ちますが、実は、仏独で労働条件は違うのです。一言で言えば、ドイツの方が恵まれています。

例えばフランスの失業保険の給付期間は12ヶ月、ドイツの方は12カ月の期間終了後、更新可能な扶助制度があります。 年金も違います。 ドイツの大手鉄鋼会社であるThyssen-Kruppは、退職後、終身で現役最後の頃の年収の80%が保証されます。

私は日本の某製鉄会社を退職する時に思いました。「しまった、S友金属ではなく、Thyssenの方に入社しておけばよかった」

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1週間の勤務時間は、ドイツもフランスもほぼ同じで、週35時間です。 週35時間というのは、日本の週40時間(あるいは38時間45分)より少し短いだけで、あまり違いはありません。 でも、ドイツとフランスでは日本ほど残業はありませんし、法律で決められた長い休暇があります。 だから全体の労働時間は日本よりかなり短いのが実情です。

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その恵まれたドイツとフランスで差がつきそうです。 フランスのsmartでは、勤労時間の見直しを行い、週35時間の勤労時間を延ばす考えです。一般の作業員は、勤務時間が延び、残業していたホワイトカラーは、残業手当が減ることになります。

当然ながら猛反発するのは、労働組合です。 ストライキになるかも知れません。

でも、一般の労働者は冷めていて、労働時間の延長もやむなしか・・と考えています。

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それは雇用の確保の方が大事だからです。フォルクスワーゲンにしても、ダイムラーにしても、生産拠点は、ドイツだけでなく、欧州各国に広がっていますし、中国など欧州以外でも生産量が伸びています。そしてこの不景気の中、生産能力には余剰感があります。 アルザスロレーヌ地方の工場を閉じて、よりコストの低い東欧やEU域外の国にsmartの生産拠点を動かしてもいいのです。

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そうなれば、週35時間労働に固執した結果、雇用そのものを失う・・と分かっているので、一般労働者は諦めているのです。グローバル化の経済の中、フランスが競争力を持つためには、多少の勤労時間の増加もやむを得ない・・・・。

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「でもドイツのダイムラーはどうなんだい? ドイツの方は週35時間労働を維持するなら、不公平じゃないか? こんなことなら、アルザスロレーヌ地方はドイツに属しておけば、良かった」と考える輩は当然いるでしょう。

このドイツの事情については少し説明する必要があります。

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ドイツ人、そしてドイツ連邦銀行が、かつて最も恐れたのはインフレです。それは第一次大戦の敗戦後の悪夢のようなハイパーインフレの記憶があるからです。第一次大戦の戦勝国は、ドイツに対して天文学的な賠償金を求め、敗戦国ドイツの通貨マルクは暴落し、紙幣は紙屑になりました。 銀行は倒産し、多くの人が破産し、ド貧乏になりました。 一生の間、真面目に勤務し、慎ましく暮らしてきた女教師が、退職した際、それまで貯蓄して来たお金と退職金全部で、購えたのはたったパン一斤だったという話があります。 ドイツは戦争の災禍に加え、インフレでも叩きのめされたのです。だから平和で民主的なワイマール共和国は崩壊し、ナチスドイツが台頭したのです。

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第二次大戦の敗戦後、西ドイツはその轍を踏むまいとして、極度にインフレを恐れる政策をとりました。通貨は一貫して強く維持されました。 だからユーロ発足前のドイツマルクは日本円と並んで、最強の通貨でした。 インフレへの恐怖心は、ドイツ国民とドイツ連銀の宿阿とも言えます。しかし、インフレを警戒すれば、どうしてもデフレ気味になり、失業者が増える恐れがあります。 そこで旧西ドイツでは、ワークシェアリングの思想を徹底させ、ひとりでも多くの人に雇用の機会を与えるように配慮してきました。限られた人が雇用機会を独占するのではなく、勤労時間を強制的に短くして、勤労者数を増やすようにしたのです。サービス残業など見つかれば処罰されますし、強制的に有給休暇を消化しなければなりません。 

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日本では、代議士秘書の給与を詐取していた人が、「これは一種のワークシェアリングです」と説明しましたが、ドイツ人が聞いたら笑うでしょう。 もっとも日本の社民党にシンパシーを持っていた南ドイツ新聞の駐在員はそれをとりあげませんでしたが。

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短い勤労時間、高い給与と福利厚生、そして強い通貨となれば、ドイツ製品は高コストになり、世界市場での競争力はなく、経済は衰退するはずですが、そうはなりません。その理由を説明するときりがありませんが、一言で言えば、ベンツや、BMW、アウディの自動車は、同じ乗用車なのに、日本車の倍の価格でも売れます。韓国の車の3倍の価格でも売れます。 それが全てを説明します。

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強いマルクがユーロに変わり、ドイツ連銀の機能は欧州中央銀行(フランクフルト)に移りました。 強すぎる通貨の足枷がなくなれば、ドイツの競争力はますます高まります。 EU諸国は仲良く手をつないで、経済を一体化したはずですが、気が付けばドイツの一人勝ちです。(負けたのはギリシャ、ポルトガル、その他です)。そしてドイツの勤労者は優雅な勤労条件を享受できます。フランスとは事情が違うのです。

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そこで前述の通り、「しまった!こんなことなら、我々はドイツの一員になるべきだった!」とフランス語で叫ぶアルザスロレーヌ人がでてくるかも知れません。

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でも、ドイツもそんなに甘くありません。ドイツでもリストラというか人員削減が始まるかも知れません。smart社は競争力を維持するための徹底した合理化策として「インダストリー4.0」を導入しました。これは日本ではあまり知られていませんが、工場の製造プロセスを全てコンピューター情報として取り込み、徹底的に無駄を省くシステムです。日本ではコマツなどが取り組んでいますが・・・、あまり成果は上がっていません。

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自動車産業ではトヨタの合理化対策が最も進んでいるとされ、欧州の各社はまだ合理化の余地があります。Smart社はトヨタ方式を真似する訳にはいきませんから「インダストリー4.0」で無駄を抉り出し、合理化を進めるのです。無駄と言っても、歩留まりやエネルギーの無駄は限られますから、もっぱらメスが入るのは労働生産性の部分です。 その結果、無駄が見つかれば、必要人員は減り、労働者はリストラされます。ドイツもいつまでも楽園ではいられないのです。

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かつて、同僚とこんな冗談を言ったことがあります。

「実業家または経営者として仕事をするなら英国、工場技師または工場労働者として仕事をするならドイツかフランス、老妻と余生を過ごすならスペイン、若い愛人と暮らすならイタリアが最高だね・・」と。しかし、ドイツやフランスが勤労者の楽園であり続けるのは難しいかも知れません。 

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あっ、為念、申し上げますが「若い愛人と・・」の部分は全くの冗談ですので、お間違いのないように。


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