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【 朝ごはん食べた? について考える 】 [中国]

【 朝ごはん食べた? について考える 】

<今回の内容は以前に書いたものとかなり重複しますが、お許しください>

かつて中国には朝の挨拶に「吃飯了?」という言葉があったそうです。直訳すると「ご飯を食べましたか?」という質問ですが、「おなかはすいていませんか?もし空腹なら、うちでご飯を食べていったらいかがです?」・・と続く訳です。 その後、この言葉は形式化して、ただの挨拶言葉になり、それも今はあまり聞かれません。

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この背景には中国の人々が経験した深刻な飢餓の記憶があります。中華人民共和国建国後、この国は「大躍進」というプロジェクトに取り組みましたが失敗し、深刻な食料不足に見舞われ、多くの餓死者を出すことになりました。人々にとっての最大関心事は、その日、口にする食料があるかないか・・であり、親しい人と会った時に、相手が空腹か否かが重要な問題だったのです。

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この「吃飯了?」というのは、その悲惨な時代の名残だ・・ということで、豊かになった後の世代では、この挨拶を、「何だか貧乏たっらしい」とか、「惨めなニュアンスがする」ということで、嫌がる人も多く、もはや死語の世界らしいです。

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私がその話を聞いた時は、全く別のことを考えていました。

「文法的には、『吃飯了?』と『吃了飯?』では、どちらが正しいのだろうか?或いはどちらも正しいのだろうか? でも慣用句として話されるのは『吃飯了?』だけだな・・」 その回答はまだ得られていません。

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中国の食料不足はその後解消しましたが、朝ごはんを家で食べる人の割合はあまり高くないようです。都市部では、老若男女、朝ごはんは外食・・という家庭を多く見かけました。 朝、通学する児童や生徒が、露店で売られている饅頭や中華ちまきを頬張って学校に歩いていくのです。昔から女性が社会に進出し、夫婦共働きが当たり前だった中国では、朝ごはんを外で摂るというのは、ある意味で当然だったのです。 同じく社会主義国で、多くの女性が社会で活躍するベトナムもそうでした。 尤も最近は社会主義国の定義が揺らいでいますが・・・。

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しかし、これは私に混乱を与えました。「これは困った。どう解釈すればいいのか?」

実は、当時私は、国というか社会の豊かさを測るバロメーターを探していました。いろいろな統計資料がバロメーターの候補になりましたが、どれもしっくりきません。 世界全体が貧しく、戦後の混乱期にあった20世紀の中頃には、国民一人当たりの石炭の消費量だの砂糖の消費量だの、紙の消費量だのが豊かさのバロメーターになるという、実に珍妙な説がありました。 社会科学というのは自然科学に比べてかなりいい加減な学問なのかも知れません。

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そして私は、豊かさのひとつの指標として、家庭の外食比率を考えていたのです。生まれて初めて海外出張した時、米国の生活の豊かさに驚きましたが、そのひとつはレストランでの食事です。普通のサラリーマンの家庭で、週に1回くらいは夫婦で外食に出かけます。ちゃんとテーブルクロスがあってキャンドルが灯る食卓でコースのディナーを食べるのです。「なんて豪華なのだ。そうだ、レストランでの食事の回数はその家庭の豊かさの指標になるな・・」

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その後、日本でも一億総中流化の時代が訪れ、ファミリーレストランがあちこちに登場し、そしてバブルの時代とグルメブームがやってきました。だから私は家庭の外食比率は、その国あるいは社会の豊かさのバロメーターになると考えてきたのです。

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「でも中国はまだまだ貧しいのに外食比率がとても高い。これはどう解釈すればいいのか?」 結局、外食比率は、夫婦共働き比率との相関はあるけれど、それ以上の意味は無さそうだ・・という結論に達しました。あまりに当たり前のことしか言えなかったのです。

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話を日本に移します。食料不足の時代は日本にもありました。それと関係があるのかないのか分かりませんが、来客に対して、とりあえず朝ごはんを振舞う・・という人が日本にもいます。 その代表は、今は亡き田中角栄です。

彼は、目白の屋敷を訪れる地元からの陳情者や、予算や国政の事で相談にくる官僚に対して、「朝めしは食ったか?とりあえず、めしを食べていけ」と半ば強引に食事を摂らせたそうです。 彼が宰相の地位にあった時には、陳情者が門前市をなす有様で、一升炊けるお釜で、1日に何度もご飯を炊いたとのことです。

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この角栄の「オモテナシ」は非常に有効でした。 切羽詰った思いで現れた陳情者達も、魚沼産のコシヒカリを炊いたご飯を食べることで、落ち着き、ゆとりができたそうです。学歴エリートとは正反対の田中角栄が、大蔵省などの高級官僚の心をつかみ、子分に取り込んでいくことができた秘訣とは、案外「朝ごはん食べた?」の言葉にあったのかも?・・というのは牽強付会でしょうか?

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実は、この「ご飯は食べたか?」という問いかけは禅宗の言葉にもあります。

この場合、「ご飯は食べたか?」を文字通り解釈してはいけません。本当の意味は、「悟りは開けたか?」という問いかけなのですが、これ自体がひとつの公案であり、この答えがまた難しそうです。だから、実際にご飯を食べたか、あるいは空腹か否かとは関係なく、自分自身が悟りの境地にあるか否かに基づいて当意即妙な答えをしなければならないのですが、それは私には無理です。 肥満体にして飽食のオヒョウですが、禅に於いては私はまだ空腹の餓鬼なのです。

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禅寺で「飯は食ったか?」と尋ねられ「空腹です・・・」と答えたら、食事にありつけるかも知れません。 しかし、準備の間、待たされるかも知れませんし、食事は出されないかも知れません。 金牛和尚のたまわく、「一日働かざれば一日食らわず」です。

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空腹とは、悟りをいまだひらいていないということですから、ひたすら座禅三昧するしかありません。しかし、空腹です。食事を待つ間、或いは食事が出されないならば、空腹を忘れるために、石でも抱いて座るしかありません。・・・・まさか、そこから世界で最も上品で高級な料理「懐石料理」ができたとは、昔の修行者も思わなかったはずです。

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悟りとは永遠に無縁の愚か者でも、空腹を我慢していれば、なにがしか良い事があるはずです。その後の食事がおいしくなるはずで、西洋の諺の「空腹は最良のソースである」は、まさに真実です。

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しかし、良くないこともまたあります。空腹を我慢したあとのドカ食いは肥満のもとです。オヒョウはまさにそれを憂います。しかし、最大の問題は、個人の空腹と肥満の関係ではありません。民族として、社会として、この問題が存在するのです。

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非常に奇妙なことですが、飢餓を経験した世代の後の世代で糖尿病が増えるという現象があります。第二次世界大戦では、米国以外の多くの国が飢餓を経験しました。

欧州でも、戦地となったソ連、ドイツ、オランダ、フランス等では深刻な食料不足があった訳ですが、その後の世代・・つまり親が飢えを感じた世代で糖尿病が増加しているのです。(ここでいう糖尿病は2型です)。

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「親の因果が子に報い・・・」という見世物小屋の口上がありますが、普通、遺伝学では獲得形質は遺伝しないことになっています。つまり、親が経験したことが、子供の遺伝情報には反映されないはずなのですが、この奇妙な糖尿病の増加はそれと矛盾します。20世紀中頃に全世界的に発生した戦争による飢餓の時代と、その後に出現した食料過剰の時代、そして糖尿病の増加の現象をどう解釈すればいいのか? 単に成人病(生活習慣病)の一種である糖尿病の増加を、過去の飢餓と結びつけた偽相関なのか、それとも本当に因果関係があるのか?

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2型の糖尿病と遺伝の関係については、いまだ不明の点が多くあるようですが、あまりにマクロ的な飢餓と糖尿病の関係については定説が確立していません。

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以前のブログで申し上げましたが、第二次大戦後に発生した深刻な飢餓として、前述の中国の「大躍進」、ナイジェリアのビアフラ紛争、北朝鮮の「苦難の行進」などがあります。その後の糖尿病の発生状況をトレースすれば、親の時代の飢餓と時間差をおいた子供世代の糖尿病の因果関係が明確になるのですが、データがあまりないようです。 北朝鮮の飢餓は現在も続いていますし、中国もナイジェリアもあまりデータを公表しないのかも知れません。

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最近はやりのビッグデータ解析技術は、マクロ的な疾病増加の因子分析に非常に適しているのですが、飢餓と糖尿病の因果関係の研究では、まだ戦力化できていないようです。癌ほど注目されていませんが、糖尿病の激増は日本、いや世界の大問題なのに・・です。

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空腹を抱えて座禅をし、本来無心の境地に至るべきなのに、そんな事を考えてしまうあたり、オヒョウは修行が足りないようです。


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霍去病

細かい事で実に恐縮ですが、文頭の中文は「販」と「飯」が違っています。中文にあまり詳しくない方が誤解してもつまらないので、
敢えて指摘させていただきます。
by 霍去病 (2015-09-11 17:57) 

笑うオヒョウ

霍去病様
コメントありがとうございます。うかつにも、飯と販の漢字を間違えておりました。後ほど、修正いたしますと同時にご指摘に感謝します。

それでは、どうか、いい旅を・・・・。 9月は皆さん、旅行に行かれますね。 私の長男も南半球に行き、帰国するのは9月下旬とのことです。
私は福岡の鉄鋼協会へ・・
by 笑うオヒョウ (2015-09-13 09:47) 

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