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【 誰がザハ・ハディドを選んだのか? その2 】 [雑学]

【 誰がザハ・ハディドを選んだのか? その2 】

昭和38年の事です。当時の東京都知事は東龍太郎で、東京は深刻な水不足に悩んでいました。戦後の高度成長で人々が首都圏に集まり出し、水需要が増えたのに水源開発が遅れていたからです。都民は断水と給水制限に苦しみました。

しかし、行政は東京オリンピック関連の工事を優先し、東京都は小河内ダムの完成と、それによる水不足解消を昭和40年代と考えていました。

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「それでは東京オリンピックに間に合わないではないか!」と怒ったのは、自民党の実力者大野伴睦です。彼はその前に、自分の地元である「岐阜県に新幹線の駅が無いとは何事か!」と一喝し、むりやり岐阜羽島駅を作らせた男です。彼の銅像は岐阜羽島駅の駅前広場にあるそうですが、オヒョウはこの駅を使う機会がなく確認していません。ちなみに、新幹線が走っているのに駅が無いという都府県・・もとい都道府県は現在一つだけあります。茨城県です。

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話が脱線しましたが、大野伴睦の鶴の一声で、東京の水源開発はあっと言う間に進み、予定の工期の半分以下で完了して、東京の水不足はオリンピック前に解消しました。これは一体どういう事でしょうか?

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速乾性セメントや、新工法という技術的な事情もあるでしょうが、大事なのは行政の計画に予め組み込まれている余裕です。近年は多くの公共工事は、完成間近になるまで、完成時期を明らかにしません。建設中の高速道路も開通時期はなかなか明らかにされません。発表して、もし遅れが生じたら責任を問われるからです。完成時期を開示する場合は、かなり余裕をみて完成時期を発表します。余裕をみるのは予測できない天候の問題や人手の確保、地盤強度などの不確定性があるからです。

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一般に公共工事で最も時間がかかり、そして予測が困難なのは、土地収用の手続ですが、上水道工事でも国立競技場の建設でも、この問題はありません。

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大野伴睦は、行政の作成した工期予測にはサバを読んだ部分があると看破し、半ば恫喝のように、突貫工事を強いたのです。前回のオリンピックの前も、多くのインフラ整備が急がれ、首都圏は工事ラッシュで人手不足でした。それによる工期遅れやコスト増を見込んでいたのですが、それは行政の指導や優先順位の指定で、ある程度、何とかなるものなのです。

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過去にそうであれば、今もまたそうです。新国立競技場の建築に3年以上もかかり、オリンピックに間に合わないなどと、したり顔で言う人は、自分で計算したのでしょうか?私には信じられません。 スタジアムは大規模建築で金額も大きいのですが、単純で大雑把な構造物です。ジェット旅客機の設計みたいに何百万枚もの図面が必要な訳ではありません。仮に図面が1万枚必要だとしても、100人の技術者がそれぞれ毎日5枚の図面を書けば、20日で書けます。昔は、構造計算にも時間がかかりましたが、今はCADで自動的に計算してくれます。図面作成の仕事は昔よりはるかに短時間でできるのです。

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もし、CADが登場する以前の作業効率で、建築設計の所要時間を計算していたなら、そしてそれをもとに工事が間に合わない・・と主張するなら、それはペテンというものです。

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人手不足や業者がいない・・というのも、嘘でしょう。昭和の東京オリンピックは日本人が競技場を建設しましたが、今回は日本人だけで建設する必要はありません。アジアには多くの若い労働力があります。開催地は東京でも、アジアの多くの人が協力・参加したスタジアムであっても問題ありません。 広く、労働力を世界に求めれば、工期の問題は、容易に解決します。

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森元首相は、誰に吹きまれたのか、キールアーチを構成する三次元の複雑な鉄骨構造を作れるのは日本に2社しかなく、競争原理が働かないからコストも高くなるし、時間がかかる・・などとうそぶいていますが、理解できません。

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ひょっとしたら建築の分野では鉄骨の三次元構造を製作する企業は限られるのかも知れませんが、造船やクレーン製造の世界では鋼鉄の形状変更は当たり前です。船舶の船殻に用いる鋼板を曲げる加工は、バーナーで炙って行います。クレーンの厚板の修正も同様で、ごく一般的な加工工程です。 実は、溶接や鋼板加工は、第二次産業の基礎となる技術であり、どれだけ優秀な技術者や技能者を確保できるかで、その国の産業規模が決まるのです。 キールアーチを日本で作ることに、何の問題もないと考えます。

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ひとつ、ひっかかるのは、溶接技術でも、鋼板の曲げ加工技術でも、最近は韓国の方が、技術者の層が厚いように思われることです。日本の重工業はちょっと心配です。

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いずれにしても、新国立競技場の建築に何年もかかるというのは誤りでしょう。だいたい、くだらないキールアーチなど止めてしまえばいいのです。

古川柳に「芋虫の尻に立てたる角ひとつ」とありますが、キールアーチも何の役に立つのか不明な存在です。

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そもそも、新しい国立競技場など必要だったのでしょうか?

2004年のアテネでオリンピックの数年前にギリシャを訪問した時です。私は第一回の近代オリンピックのメインスタジアムの跡を訪問しました。質素な石造りの白い観客席は威厳をもった存在として残っていました。観光ガイドは、これが次回のオリンピックでもマラソンのゴールになると説明していました。費用の節約と言うよりは、オリンピックの始祖の国であるという自負、レガシーを大切にする国民性に基づくものですが、日本もこれを見習うべきではなかったか?

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そう言えば、ロサンゼルスも前回のスタジアムを有効活用していました。最近、日本の高度成長期を懐かしく思い、誇るべき輝かしい時代であったと回顧する人がいます。東京タワー(スカイツリーではありません)が建設中だった頃の時代背景の映画が流行ったりしています。TVでは「チロリン村とクルミの木」「ホームラン教室」「月光仮面」を放映していた時代です。

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その日本が一番元気だった高度成長期の象徴的催しが、東京オリンピックだったと私は思います。私は何でも昔が良かったとする懐古趣味や下降史観には賛成しません。しかし、あの時代のモニュメントが東京にあってもよかったのではないか?とも思います。

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何が何でも新しい国立競技場を作らなくては・・・とばかりに、大慌てで昭和の国立競技場を破壊した人々は、昭和への郷愁を全く持たない人なのか・・・あるいは別の思惑を持つ人だったのだろう・・と私は考えます。


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