SSブログ

【パンストM氏の憂鬱】 [中国]

今回も、昔の中国の話です。今はだいぶ事情が変わりました。 長江の北側にある南通市には、帝人や東レの大きな工場ができ、高品質のナイロンや炭素繊維を量産しています。以下に書くのは、あくまで昔の話です。

・・・・・・

【パンストM氏の憂鬱】

 

かなり昔、北杜夫だったか斉藤茂太だったかのエッセイに、彼らの母堂である斉藤輝子がモスクワ旅行中に倒れた時の話がありました。医者である息子は、すぐに旧ソ連時代のモスクワに駆けつけるのですが、大事な携行品として、真珠のネックレスとパンストをたくさん鞄に詰め込んで飛行機に飛び乗ったとの事です。

・・・・・・

真珠のネックレスは主治医である女医(ロシアは女医の比率が高い)への、パンストは看護婦(看護師?)へのお土産です。

・・・・・・

著者は、共産圏では消費物資が不足しており、一見、贈答品とはなりえない、パンストが当地では喜ばれるのだ・・・とトクトクと解説するのですが、読んでいて不愉快でした。なぜなら、自身が医療従事者であるのに、医師への付け届けを当然の事として肯定し、かつ医師と看護師で格差を付ける身分制度を、当然の事として、書いているからです。

・・・・・・

それに、旧ソ連ではストッキングが貴重品で、女性達は伝線したストッキングを繕って履いている・・・という話は、既に誰でも知っていたからです。

・・・・・・

著者の意見で、オヒョウが全面的に同意したのは

「ロシアの女性はある年齢から急速に肥満する。若い看護婦か熟年の看護婦かで、靴下のサイズも当然異なる筈で、うまくサイズが合うか心配した・・・・」というくだりだけです。

・・・・・・

それから20年数年後、私(オヒョウ)は、中国のお土産として天津甘栗を持って、当時の勤務先の東京の本社にいました。 OL達に甘栗を配ると、その中の1人が、「オヒョウさん、中国に戻る際、日本からのお土産はいらないのですか?」と尋ねるので

「そうですね。なにか日本のお菓子でも買って帰ろうかな」と答えた瞬間、

OL達の間にクスクス、ゲラゲラという笑い声が沸き上がったのです。

笑い声の間に「パンストMさん」との声が聞こえます。これはいったい何か?

・・・・・・

その時、総務部長のOさんが目配せして、私をコーヒーに誘いました。以下、コーヒーを飲みながらのO部長の話です。

「オヒョウさんの前任者であるMさんは、有る意味、非情に律儀な人でした。 一時帰国の際、向こう(昆山)の飲み屋の女の子に、パンストを買ってくる様、頼まれたようですな。彼はOKと言って日本に来たものの、自分で買うのはあまりに恥ずかしく、かつ奥さんに頼む事もできず、考えた結果、こともあろうに本社総務部のOLにパンストを買ってくる様、頼んだのですね。しかし、OLに個人的な頼み事をするという事は、即ち情報の秘匿については諦めろという事です。たちまちその話は社内に広まり、ついたあだ名が「パンストMさん」です。ちょっと気の毒ですな。

中国でハメを外そうが、如何なる生活をしようが、いい大人ですから構いません。しかし、日本でつまらん噂が流れると、中国駐在員全員がそういう目で見られるので困った事になります。」

・・・・・・

再び、中国へ戻った私は、M氏がかつてなじみだった飲み屋に顔を出しました。

私が「今日本から戻ったところだ」と小姐に告げると、初対面の彼女は

「次に帰る時には教えてね。日本製のパンストのお土産をお願いするから・・・」と

言うではありませんか。一瞬で酔いが醒めました。

・・・・・・

その翌日、会社で同僚のL君に「驚いたね。つばさの王小姐にパンストをねだられてしまったよ」と話したところ、彼は怪訝な顔をして、

「それがどうかしましたか? 昆山では日本のパンストが珍重され、お土産として喜ばれていますが・・・。僕の女房も日本からの出張者のお土産のパンストを喜んで穿いていますよ。」 

・・・・・・

私が不可解な表情をしたためか、彼は更に話しを続けました。

「そもそも、日本のパンストと中国のパンストでは性能、品質が全く違います。全ての繊維は、細くて、長くて、強靱である事が理想ですが、中国の場合、30デニール未満の細いナイロンは、まだなかなか作れない筈です。それ以外に、カプロラクタンか6-6ナイロンかという違いもあります。また日本の伸縮性のあるパンストはナイロンにスパンデックスを織り込んだりしていますが、そんな芸当は中国ではできません。

・・・・・・

繊維が細くできないとどうなるか?全体に布地が厚ぼったくなります。厚くなると編み方の自由度もなくなり伸縮性のある編み方ができません。また、布地が厚くなると、着用時に暑いので夏場は穿けません。日本の女性の様に夏でもパンストを穿くなんていうことはできないのです。かつ靴下が透明でないので、格好悪く(やぼったく)見えます。 つまり中国のパンストは、厚ぼったくて蒸し暑く、かつ伸縮性が無いので履き心地が悪いのです。」

私は大いに驚きました。無骨が信条とばかり思っていた、機械技師のL君がこんなにパンストについて詳しいとは思わなかったからです。

・・・・・・

「それで、君はパンストの履き心地を知っているのかい?」

彼は慌てて首を横に振り

「あくまで女房に聞いただけですよ。あぁ ところで中国のパンストと日本のパンストの簡単な見分け方を教えましょう。中国のパンストは伸縮性に欠けるのでかかとの上(くるぶし)部分に皺がよります。皺があれば中国製、無ければ日本製です。」

・・・・・・

話題を転換して窮地を脱したL君は、工場に去っていきました。国産品の外見だけは、西側先進国の製品に似せる事ができても、本当の性能は劣っており、越えられない差があるという厳然たる事実を、産業界の人だけでなく飲み屋の小姐までが(文字通り)肌で感じているのが中国です。

・・・・・・

その次の週に、再びつばさに行った私は、顔を合わせた老板の女性に

「この前、君のところの小姐に日本製パンストをねだられたよ。いったいどういう了見なのかね?」と尋ねると、彼女は顔を曇らせて、こう答えました。

・・・・・・

「スナックでは、お客様におねだりしてはいけないという指導はしていないのでそこまでは、把握していませんでした。 でも私個人の行動と考えはこうです。

 1.お客様に日本の品物をお願いする事はあるけれど、それはあくまで中国では

手に入らない特殊なもの。実際にはMD等の電器製品やイタリア料理の本など。

中国で手に入る衣類などは頼みません。それに勿論、代金はお支払いします。

 2.直接肌に触れるもの(化粧品とか装身具、下着)などを家族以外の女性にプレゼントするのは失礼なのでは?また依頼する女性の方もずうずうしいというかなれなれしくて、失礼だと思うわ。」

・・・・・・

私は少し安心しました(なんだ、中国にもちゃんとまともな考えを持った、常識のある人がいるではないか)。

・・・・・・

でも次の瞬間、私は気づいたのです「アレッ?」

何気なく眺めた彼女の足のくるぶしに、ストッキングのたるみや皺は全く無かったのです。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。