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【1992年12月7日】 [鉄道]

これは、10年前に、福知山線脱線事故について書いた雑文です。

始まりはさらにその13年前にさかのぼります。 

1992127日】

 

私の欠点の一つですが、少し外国語が話せるようになるとやたらに饒舌になる事があります。 外国語の会話で、特に難しいのは交渉事、相手に苦情を言ったり、それを受ける事であると、私は考えますが、少し言葉が話せる様になるとそれを外国語で言ってみたくなるのです。

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1992127、午後8時、私は、勤務先のシカゴ事務所から郊外のGlenviewにある自宅へ帰ろうと急いでいました。北向きの郊外列車は810分に発車するのを逃すと、次は夜の10時迄待たなければなりません。

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シカゴユニオンステーションで、通勤列車の切符の回数券を買おうと、切符売り場に並ぶと、前にはウィスコンシン州へ向かう学生らしい青年がいて、出札係の人と、なにやら揉めています。私は後ろでイライラするばかりです。

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どうやら、学生は学生割引を使いたいらしいのですが、係員は、それは長距離鉄道(アムトラック)用で、近距離の郊外列車には使えないと言っている様です。数分間も押し問答した挙げ句、漸く学生はあきらめて、窓口を離れ、やっと私が切符を買った時は、815分になっていました。定刻を5分も過ぎています。

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列車はもう発車しただろうな・・・と思いながらも、急いで、あの、映画アンタッチャブルで乳母車が落ちていった階段を駆け上り、ホームに出ると、案の定、列車の姿はありません。やはり間に合わなかったか・・

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しかし小雪の舞い散るホームには多くの乗客がオーバーの襟を立てて立って居るではありませんか。気温はマイナス5℃です。乗客の一人に尋ねてみると、810分の列車はまだ到着していないとの事。ちょっと安堵感を覚えて、ホームで列車の到着を待っていると、今度はなかなか列車が来ないので、イライラします。

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何せ、氷点下の気温で立っているのですから。ちょっと苦痛です。駅からは、何の放送も案内もありません。多分、北の方の降雪が原因で列車が遅れているのだろうと、先程の乗客が言いますが、さだかではありません。

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結局、列車がホームに到着したのは830分で、20分の遅れ。私がホームで、震えていたのは15分間です。列車に乗り込むと、暖房の快適さで、気が緩むと同時に、むしょうに、話したくなりました。

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シカゴに来て3ヶ月が経ち、私は、漸く自分の言いたい事が、英語で少し表現できるようになって、内心はしゃいでいたのです。しかし発音は典型的なカタカナ発音でした。

私の隣には、サラリーマンとおぼしき、中年の白人男性が座りました。彼は、ホームで私が少し会話を交わした乗客です。私は彼に話しかけました。

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私は(列車が遅れたお陰で、自分が乗車できた幸運など、すっかり忘れ)、

「連絡もなく、何十分も鉄道が遅れるとは、全くひどい話だ。おかげで、こちらは危うく凍死するところだった」と話すと、相手の男性は、

「しかし、鉄道の遅れなどは、何時でもどこでもあるでしょう。」

そこで私は

「とんでもない。日本の鉄道は正確だ。理由もなく遅れる事はありえない。もし5分でも遅れたりしたら、責任を取って、コンダクターかステーションマスターがハラキリスーサイドだぜ!」 (私の表現の下品な雰囲気を出すためにカタカナで書きました)。

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すると、男性は、ちょっと驚いた表情をして、少しだまってからこう言いました。

「それで、ノムラとクルスはどちらがハラキリしたのかね?」

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一瞬、理解できませんでしたが、すぐに思い出しました。思い出したのは、2つの項目です。

1.そういえば、昨日TVで映画「トラトラトラ」をやっていたな。

  今日は真珠湾攻撃の日だ。(日本では128日だけど、米国では127日です)

2.シカゴ赴任時に同僚が私に忠告していたな。

  ・日本と米国を比較する形で、米国を貶すな。つまらん事で刺激するな。

   特に真珠湾攻撃の日や終戦記念日は・・・。

  ・日本とは違う、昨日の日付けの国で生活している事を忘れるな。

米国では、日本の宣戦布告(正式には交渉断念を伝えるもので宣戦布告ではありませんが)が真珠湾攻撃より2時間も後だったことに、憤慨している人が今でも多いのです。そして、それが日本人のルーズさによるものか、狡さによる意図的なものかを悩む人がいるのです。

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その後、グレンビューで下車するまで、私はずっと沈黙を保ちました。

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それから13年が経過し、JR西日本の福知山線脱線事故が発生しました。その時、私は中国に単身赴任していました。 脱線事故をTV報道で知った、息子が、Skype電話で私に話しました。

「お父さんの言った通り、脱線したのはボルスタレス台車の車輌だったよ」。

 → ご不明の方は拙稿【中国の鉄道2】をご参照願います。

私は、

「ボルスタレス台車で脱線が発生するのは、ポイント付近など、線路の曲率が大きく変化する場所だけだ。地下鉄日比谷線の脱線事故は該当するが、今回の福知山線の現場は違う。緩い湾曲部で脱線したなら、単なるスピードの出し過ぎだと思うぞ」

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やがて、この事故は第一報が紹介された後に、その事故の規模の大きさだけでなく、その原因が運転手の不可解な運転操作にあった事から、注目を浴び、「偏執狂的なpunctualityの追求がもたらした、日本特有の異常な事故」として中国でも続報されました。 定時出発と定時到着に、なぜそれほど、拘るのか?その為にスピードを出し過ぎて脱線するなんてありうるのか?

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中国の鉄道の感覚からみれば、確かに信じられない事故だったのです。

(信じられない事象・・・ということだけで考えた場合、中国の方が遙かに多いのですが)。

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この事件が、シカゴで報道されたかどうかは判りません。犠牲者の数を考えると、報道はされたでしょうが、その原因、あるいはその背景にある事情を分析して報道されたかは不明です。

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でも、1992年の127日に、シカゴで一緒に列車を待ち、Glenviewで降りたあのおじさんが、福知山線事故の原因を報道するTVを見たとしたら、私の事を思い出したかも知れません。

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あの変な発音の日本人が言っていた、正確無比なダイヤ運行を求める日本の鉄道の事も、全くの誇張ではないのだな・・・と、思ったかも知れません(明日の日付の列車事故のニュースを見ながら)。


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