【杭州一日行】 [中国]
今回も古いブログの再掲です。ご記憶の方は本件は読み飛ばしてください。10年ほど前の話で、今は事情も変わったはずです。文中に登場する母も今年他界しました。
【杭州一日行】
私が、中国に赴任する前、老母から、唐突に
「その昆山という町は杭州からは遠いのか?機会があったら行ってみたらよい」と言われました。なぜ、杭州の名前が出てきたのかは不明です。
しかし、もともと西湖という風光明媚な公園があり、また古い中国の面影を留めた都市という事で、日本でも有名ですし、母が興味を持っていたのかも知れません。
或いは、その頃、母が読んでいた芥川龍之介の支邦旅行記に杭州が登場したからかも知れません。
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実際には、昆山と杭州とは近いとも遠いとも言えない半端な距離です。以前は、日帰り往復はちと大変でした。今は高速道路のお陰で容易です。母の話は、とんと昔に忘れていましたが、先日、中国語の家庭教師との雑談で再び登場しました。
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「今、住みたい都市と言えば、大連、青島、上海の旧租界あたりかな・・」と家庭教師が言うので、「どれも美しい街だが、大連はロシア、青島はドイツ、上海の租界はフランス、英国と、旧植民地ばかりではないか。異国情緒が漂うといえば、その通りだが、中国オリジナルの良さを持った都市で美しい街は無いという事ですか?」と皮肉を言うと、彼女は口をとがらせて反論し、「そんな事はありません。内陸部には、植民地にならず、古い中国の趣を残す街も多いのです。 沿海部でも、杭州などは美しい上に昔の雰囲気があり、素晴らしい街です。でも、その為に、最近杭州の不動産価格は急騰し、よほどのお金持ちでないと 暮らせない町になってしまいました。それが何とも残念・・。」
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最後はお金に絡んだ愚痴になってしまうのは、彼女の常で、一つの限界なのですが、そこで私は母の話を思い出しました。
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その週の土曜日は、朝からいい天気で、そよ風が吹いていました。「窓を開け、チュンテンライラと つぶやけり」など駄句をひねりながら、ひとつ杭州へ行ってみるか? と考えました。
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実は、高速道路網が整備される前に、杭州へ行こうかと思った事があります。しかし、上海乗り換えの鉄道は便利とは言えず、日帰りは難しかったので断念したのです。
さて、高速道路のできた今はどうか?とバスターミナルに出かけてみると、丁度、朝の杭州行きのバスの切符が買えます。そのままバスに飛び乗りました。杭州までは、2時間半のドライブで実に快適でした。
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西湖は、大都市杭州の中心から少し外れていて、対岸には緑の山山が広がります。
舟で沖に出て、後方を見れば高層ビル群が見えます。面白い対比です。環境に無神経と言われる中国人も、西湖の借景となる景色は保っているのです。湖岸の公園は、老若男女が集まる憩いの場所で、ちょっと西欧的です。ローザンヌのレマン湖のほとり、または・・・例えて言えば、スーラの「グランドジャッド島の日曜日」の雰囲気です。
西湖湖岸の公園
脱線しますが、実際に、この絵を見ると、その大きさには圧倒されますが、意外に暗い絵だと気付きます。肌色を示すのに、青い絵の具を使うくらいですから。それに、本物のグランドジャッド島も大したことはありません。それに比べれば、西湖の湖岸の公園はもっと明るく、もっと陽気でした。
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ところで、予想と大きく異なったのは、昔からの街並みというのは、殆ど保存されていなかった事です。確かに、湖岸通りの家屋は外壁を残して内部をリニューアルするという方法で再開発されていますが、ブリュッセルの再開発ほど徹底して元の景観を留めておらず、新しい建物といってもいいほどです。しかも中にあるのが、欧州の高級ブランドのブティックとあっては、老杭州の雰囲気を求める私には興ざめです。上海の新天地みたいなものです。もっと庶民が穏やかに暮らしている、古くて、こぢんまりとして、しかし清潔な街はないのか?
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デュッセルドルフのアルトシュタットの様に。私が探したところでは、わずかに、裏通りに一区画残っていたのみでした。「沈先生、あなたのいう、古き良き中国の街並みはありませんよ」とつぶやきました。
杭州の路地裏
西湖は構成が北京の頤和園と似ていますが、もっと雄大です。舟で沖合の幾つかの小島に出かけると、それらの島自体が、それぞれ庭園であり、趣があります。島から湖面の全方向を眺めると、それぞれ美しい景色が広がります。観光客が多すぎるのを除けば、実に素晴らしい場所で、小島の茶屋の一つで休憩する事としました。
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当地の名産である、蓮根の粉末からこしらえた葛湯の様なものを食べ、さらに暑さを覚えたので、アイスクリームを食べて、散策しました。アイスクリームは2元(当時 約30円)でした。
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次回の日本への帰国時に、病床の母に渡す、蓮根の粉末も買い求め、「杭州はとても風光明媚な街で昆山からも近かったよ」と母への報告の言葉も考えました。更に、生まれて初めて、七言律詩を詠もうか・・・などと考えました。
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江南庭園湖池多 江南の庭園湖池多し
蘇州晩鐘湖畔聴 蘇州の晩鐘は湖畔より聴き、
杭州碧山舟上看 杭州の碧山は舟上より看る
山是峨峨水是平 山はこれ峨峨たり、水はこれ平らなり
朝遊島楽柳色青 朝、島に遊びて、柳色の青きを楽しみ
晩巡岸眺夕照紅 晩、岸を巡りて、夕照の紅なるを眺む
君莫忘夜半荷風 君忘るなかれ、夜半の荷風を
惜是水上月光寡 惜しむらくは、これ水上月光のすくなきを
いやはや駄作駄作、韻と平仄があっていません。これから修正します。でも、それにしても今日は愉快だと、湖を渡る風を心地よく感じた次第です。
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夕刻の舟で、対岸に渡り、杭州のバスターミナルから、再び高速バスで昆山に戻りました。 今度も、2時間半の快適なバス旅行の筈でした。
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ところが、まだバスが淅江省を走り、江蘇省にはだいぶ距離がある頃、突然、私は下腹部に妙な感覚を覚えました。下痢の兆候です。続いてしみじみとした腹痛が訪れました。
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「さては、あのアイスクリームか?」
そこで・・・ 中国語の家庭教師の言葉を思い出します。
「中国では1元のアイスクリームを食べてはいけません。おなかを壊します。それらは水道水を凍らせて作っているとの噂もあります。2元のアイスクリームは、大丈夫かも知れません。」
「今日食べたのは2元のだけれど、観光地価格だから特別だ。あるいは、品物は1元の品物だったかも知れない。しまった。」
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昆山までの時間はとても長く感じられました。高速道路で100km/h以上の速度なのに、バスはとても、遅く、さらに遅く感じられました。その途中、脂汗を流しながら、私は金沢に里帰りした時、杭州について母になんと報告しようかな?と 再度考えていました。
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「オヒョウよ、杭州は昆山から遠かったかい?」
「いや、往きはとても近く感じたよ。新しい道路ができていたから。 でも、帰り道はとても、遠く長く感じたよ。アイスクリームのせいで・・・。」
沈先生は間違っていませんでしたね。
by C99 (2015-04-22 00:15)
C99様 コメントありがとうございます。
当時、私のブログに頻繁に登場しました、中国語の家庭教師沈女士は実に不思議な人でした。私の中国語は全く上達しなかったので、教師としての才能は無いのかも知れませんが、彼女は、中国の事と日本の事についての知識は抜群で、本当の教養人でした。だから彼女との雑談(勿論日本語での)は、私にとって知的刺激に満ちたもので、楽しい時間でした。
またのコメントをお待ちします。
by 笑うオヒョウ (2015-04-22 02:18)