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【 水銀追放 】 [雑学]

【 水銀追放 】

先日TVを見ていると、その昔の中国の皇帝が不老不死の薬を求めていた話が登場しました。コメンテーターの荒俣宏がまるで誰も知らない事のように言います。

「彼らが不老不死の薬にしていたものの中には、水銀もあるのですよ。現代人なら知っているあの猛毒の水銀を中国の皇帝は薬だと信じていたのですね。水銀の化合物は真っ赤な色をしていますから、それに生命の力を感じたのかも知れませんね」

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彼の説明は半分正しく、半分間違っています。

水銀の鉱物である辰砂(しんしゃ)は確かに赤く、朱の原料でもあります。これは硫化水銀(HgS)の一形態ですが、硫化水銀の中には赤くなく、黒いものもあります。

そして、水銀の毒性ですが・・・、確かに水銀は毒ですが、その毒の程度は種類によって違います。 これは体内での吸収し易さの違いとも言えますが、具体的には有機水銀と無機水銀の違いです。

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無機水銀は、昇汞を除けば、蒸気にならない限り、ほぼ無毒です。一方、有機水銀は、経口で摂取した場合、体内に侵入し、神経などをおかします。無機水銀の場合も水銀蒸気になって、肺に入れば、猛毒となります。 文献によっては、有機水銀の毒性は無機水銀の数十倍という記述がありますが、体内への入り方が違うので、単純比較はできません。

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無機水銀の毒性が低いことは、以前は常識であり、身体に触れる用途にも水銀は普通に使われていました。

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かつて、虫歯に詰める詰め物はアマルガム(水銀と他の金属の合金で、柔らかく、練って形を自在に変えられるもの)でした。中学生の頃、歯の詰め物が取れて、それを飲み込んだことがあります。 友達に相談すると「それは鉛と水銀のアマルガムだ。有毒の金属が合体して胃袋に入ったのだから、大変だ。もうじきお前は、鉛中毒か水銀中毒のどちらかで死ぬぞ!」と脅され、心配になって歯医者さんに尋ねると、にっこり笑って「大丈夫、ちゃんとウンコと一緒に排泄されるよ」との回答でした。その後、歯の詰め物がどうなったかは分かりませんが、まだ私は水銀中毒にも鉛中毒にもなっていません。

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歯の詰め物だけではありません。無機水銀については、以前は身体に触れる用途がたくさんありました。 その代表が、赤チンことマーキュロクロームです。私が子供の頃は、切り傷や擦過傷といえば、赤チンこと、マーキュロクロームでした。出血は大したことないのに、赤チンを派手に塗られると傷の周囲が真っ赤になって、大量の血が流れた如く見えて、自分の傷に改めて驚いたのを記憶しています。同じく赤い消毒薬であるヨーチンことヨードチンキは沁みるのに、赤チンは沁みないので、怪我をした際、「どうかヨーチンでなく赤チンで手当てしてください・・」と子供心に祈ったものです。

この赤チンには、マーキュロクロームの名前の通り、水銀が含まれます。殺菌に水銀が有効だったのです。赤チンを飲む物好きはいませんが、もし飲んでも毒性は低いと聞いたことがあります。

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水銀を用いた薬は他にもあります。いずれも無機水銀です。 甘汞(かんこう)と呼ばれる塩化第一水銀は、強力な下剤として長く使われてきました。甘い・・という字が使われ、英名がカロメル・・という点からも、この薬は甘かったようです。水銀が甘い?

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塩化第二水銀は昇汞(しょうこう)とも呼ばれ、こちらは猛毒です。腸で吸収され、有害ですが、消毒薬や防腐剤としてかつては使われていました。

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もうひとつの用途は水銀軟膏という薬ですが・・・、これについては良く知りません。梅毒や毛ジラミ、水虫の特効薬なのだそうですが、最近、日本で使われているという話は聞きません。どうも不名誉な病気の薬ということで、あまり宣伝されないのか、日本では既に禁止されているのかのどちらかでしょう。でも東南アジアでは現役です。以前、中国出張のおり、日本の同僚から、中国には水虫の特効薬があるから買ってきて・と頼まれたことがあります。 ひょっとしてあれは水銀軟膏だったのか?

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水銀が薬として重宝されたのはその毒性ゆえでしょう。 人体にも毒だけれども、病原体にはより強い毒性があることから、「肉を切らせて骨を切る」的な使い方がされたのです。 現代の抗がん剤に似ています。

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だから、子供の頃、私自身は無機水銀の毒については、罪一等を免じてやってもいいのではないか?と思っていました。私だけでなく、社会全体もそうです。かつて無機水銀については、その毒性を理解した上で、人々はそれなりに使いこなしてきたのです。

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それが、ある日日本では、問答無用で一切の水銀はダメ・・という事になりました。その理由は、水俣病や阿賀野川流域での第二水俣病の災禍です。それらの公害病の研究の過程で、無機水銀無害説が覆されたからです。

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無機水銀も環境に放出された後、バクテリアなどによって、容易に有機水銀化することが判明したのです。水俣病は単純な現象ではなく、環境の中で無機水銀が有機水銀に転換することで発生した公害病です。それが判明した以上、無機水銀といえども禁止すべきだという行政の判断は当然です。

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これは、水銀だけに留まりません。従来は物質が直接人体に接触した時に有害か否かだけを論じたのですが、今は環境自体が汚染されたら、それが形を変えて、異なる物質となって人体に害を及ぼすという発想に転換したのです。これで重金属全体に対する見方が変化しました。 

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今ではこの発想は、先進国間では常識ですが、残念ながらアジア諸国の中には、理解しない国もまだあります。

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そういう訳で、社会全体から水銀を駆逐・追放しようという運動が、日本やその他の先進国で始まりました。小中学校の理科に登場する、大気圧を測定するトリチェリの実験では水銀柱を使いますが、もうこの実験はしません。気圧を示す際に、水銀柱の高さを意味したmmHgの単位も若い人には意味不明です。血圧計からも水銀はなくなりました。

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交流電気機関車はかつて水銀整流器を使っていましたが、それがセレン整流器になり、今はインバーターに代わっています。水銀灯は残っていますが、徐徐にナトリウムランプに切り替わりつつあります。 

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そして私が最も問題だと思っていた蛍光灯が急速に姿を消しつつあります。蛍光灯の中には水銀蒸気があり、紫外線を白色の可視光線に転換します。しかし蛍光管が割れた時には、この水銀蒸気が空中に飛び散り、これを吸い込むと有害なのです。

猛毒の水銀蒸気を封入した蛍光灯が普通に使われていること自体、驚くべき事実ですが、これが姿を消しつつあるのは、水銀の毒性が指摘されたからではありません。

3人のノーベル賞学者による、青色発光ダイオードの発明のお陰と、皮肉な話ですが東日本大震災による電力不足のために、白色LEDが急速に普及したためです。このお陰で蛍光灯の中の水銀の問題は解決しつつあります。

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青色発光ダイオードの発明の功績については、多くの解説がなされていますが、蛍光灯中の水銀問題に言及した人はいません。なぜかは分かりませんが・・。

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多くの犠牲の上に、水銀の毒性が理解され、日本の水銀は姿を消しつつあります。しかし、環境への蓄積は、長い時間差をおいて進行するので、海洋などの水銀汚染はこれから本格化します。経済成長が著しく、かつ環境規制が甘い、アジアの他の国では水銀汚染がさらに加速化しそうです。マグロなどの魚介類に水銀が蓄積され、その脂肪と反応して有機水銀が合成され、水銀中毒をもたらす・・・と懸念する人も多くいます。 逆にこれに反発する人もいます。マグロの水銀濃度は水俣病を発症した時のレベルに比べればはるかに低く、心配は無用だ・・・と言う意見です。

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昔、リーダーズダイジェスト誌にこんな小噺が載っていました。 

アラスカの人たちが水銀汚染について話しています。

「釣った魚に水銀が多く含まれている。どうしようか?」

「大丈夫さ。 思いっきり寒いところに持っていって、頭から吊るしておくのさ。暫くすれば、水銀は下がって、尻尾に集まる。そこで尻尾を切れば、水銀もなくなるってもんさ」

この小噺を若い人に言っても、全くぴんときません。どうやら、温度計も体温計も銀色をしたあの水銀柱ではなく、サーミスタのデジタル方式になってしまい、この小噺のオチが理解できないのです。 やっぱり、昭和の時代の笑い話は通用しないな・・と思いながら、「ひょっとして、まだ水銀軟膏を売っているあの国ならば通じるかも?」と思ったりします。


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