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【 トラック野郎の憂鬱 】 [フランス]

【 トラック野郎の憂鬱 】

1990年代の後半、私が欧州に駐在した頃、マーストリヒト条約が各国で批准され、アムステルダム条約が締結されました。EUの一体化を更に進めるための条約です。EUというと、一度に共同体ができたように思えますが、実際にはシェンゲン協定、マーストリヒト条約、アムステルダム条約、ニーズ条約・・と段階を踏んで、統合を進めていった訳です。

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そのアムステルダム条約の議論が行われている頃です、ロンドン事務所の先輩Mさんが新聞(Financial Times)を読みながら、「なあ、オヒョウよ。フランスとは面白い国だなぁ」と感心しています。

どんな記事かと見れば、フランスのトラック運転手が定年の時期を早くしてくれ・・とデモを起こしたというのです。日本人の感覚で言えば、元気でいる限り、少しでも長く働きたい・・という思いがあり、日本では定年は延期の方向にあったのです。 実際、55歳から60歳に延びました。 現在は年金受給開始年齢の引き上げにより65歳まで働くのが普通です。 

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無論、経済的な理由で働かざるをえないというのも事実ですが、それだけではありません。中年後期あるいは初老の人々に、仕事が生きがい・・と考える人が多いのも事実です。でもフランスでは逆に早くリタイヤしたいというのです。

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フランス人だけでなく、欧米の多くの人にとって、労働は苦役です。だからそれから解放される定年退職は、囚人が刑務所から釈放されるのと同様、喜ばしい事であり、バラ色の余生が待っている、まさにハッピーリタイアメントです。 しかし、今回のデモはそれが目的ではないようです。

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フランスの年金は、リタイヤした時の年収が基本になっていて、それに幾らかの料率を乗じた金額が定期的に支給される仕組みです。 トラック運転手の場合、肉体を使う苛酷な作業であり、年収のピークは壮年期になります。加齢に伴い体力が衰えると、年収も下がります。 だから、少しでも年収の高い内に退職し、年金の額を多くしたいという思いから、定年を早くしたい・・と訴えたというのです。

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Mさんは、「我々サラリーマンだって、年功序列で年をとれば、給料が上がっていくという時代は終わった。 平凡なサラリーマンなら40代で年収のピークが来ることになる。他人事ではないわな」と語ります。 

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実はその話は半分だけ本当です。実際、オヒョウの年収のピークは40代だったのですが、Mさんはその後昇進して、日本を代表する製鉄会社の常務です。彼の収入は年をとっても単調増加で増えていったはずです。

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私は、「なるほど早く引退したい・・という考えも理解できる」と思ったのですが、その後、話は更に変化しました。

ある日、Mさんが再び新聞を読みながら、「オヒョウよ。またフランスのトラック運転手がデモをしている。どうやらマーストリヒト条約に反対しているようだ」

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今度は、スペインのトラックがフランスに入ってきて商売をしている。フランスのトラック業界は商売あがったりだ。なんとか規制してくれ・・というデモです。

マーストリヒト条約では、ヨーロッパ経済を単一の市場にしようとしました。 具体的には単一の通貨ユーロを導入し、人と物とサービスの国家間の移動を自由にして、経済を一つにしようとしました。 アムステルダム条約ではそれをさらに強化しました。

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労働市場が単一になっても、人はすぐに国境を越えて転職する訳にはいきません。人々には家庭があり、暮らしを営むゲマインシャフトがありますから、隣国にいい職があるからといって、引っ越しはできません。だからそう簡単に労働市場が流動化する訳ではありません。 でも最初から、土地を選ばず、移動すること自体が仕事である、運送業は違います。マーストリヒト条約でたちまち市場は単一化して広くなり、そして流動化します。

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ひらたく言えば、それまでフランスのナンバープレートを付けたトラックで、フランス人運転手が、フランス国内で仕事をしていた時は、フランスフランで高い収入が得られました。一方、スペインのトラックは、スペイン国内で仕事をして、ペセタで多くはない収入を得ていましたが、それはそれで平和でした。スペインは物価も安いのです。それが…国境が無くなり、スペインのトラックがフランス国内にやってきて、商売するようになれば、フランス人運転手より安い給料で働きます。給料は同じユーロで支払われます。逆に賃金の高いフランス人のトラックはスペインで商売はできません。

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以前なら、国境で仕事の縄張りが区切られ、物価や賃金の差は、通貨の為替相場によって修正することもできたのですが・・それもできません。フランスのトラック野郎の悲鳴が聞こえます。だから、スペインのトラックを規制してくれ!と言ったのですが、これはマーストリヒト条約の趣旨に反しますから通りません。

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そこで私は気づきました。 その前の定年を早くしてくれ!という訴えは、EUの統合強化で労働条件が悪化することを見込んだトラック業界がその前に引退したい・・と訴えたのだ・・と。

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でも、これは面白いぞ・・と私は思いました。欧州でいろいろなサービスの価格が同じになれば、物流の世界は大きく変わります。 国境の無いトラックは当然として、港湾荷役の費用なども、EU域内で統一されるのだろうか? それなら同じ輸出品でもアントワープ揚げとマルセイユ揚げ、ロッテルダム、ハンブルク・・・皆、同じ金額になる。陸上輸送コストも距離に比例するとなると、最適の経路が自動的に決まる・・・。実際にはそうはなりませんでしたが。

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EU域内で、経済を統合すると、最初は物価や賃金の安い方に価格帯が収斂し、一種のデフレに似た状況になりますが、その後、市場の拡大により、経済規模自体が大きくなり、皆が豊になる・・・とヨーロッパの人達は青写真を描きました。その過程で、貧しい国ほど経済が盛んになり、国家間格差は是正されると期待されました。

実際はどうかというと、全く逆です。貧しかったギリシャはますます困窮し、もともと豊かで経済力があったドイツは、さらに強大になり、まさにEUの盟主です。あのフリードリヒ大王もアドルフ・ヒトラーもなしえなかったことを、メルケル婆さんはなしえたのです。

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皆に公平に機会と富を与えると言いながら、実は一部の人が得をする・・というのは、よくあることですが、EUは構想時の理念から遠ざかっていくようです。

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実は、この問題はEUだけの話ではありません。 島国日本でも事態は変化しつつあります。 今、日本のトラックは日本のナンバープレートのまま、フェリーボートでプサンに上陸し、韓国内で品物を輸送できます。 一方、韓国のトラックは日本国内を走ることはできません。 一種の不平等条約の状態が続いていますが、これは過渡的なものであると私は考えます。やがて事態は変化するでしょう。

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ああ、今フランスのトラック野郎はどうしているだろうか? 日本は平和だ・・・。(TPPが成立するまでは・・)。

そんなことを菅原文太追悼の「トラック野郎一番星」のビデオを観ながら考えます。


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