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【 ふらんすへ行きたしと思へども について考える 】 [フランス]

【 ふらんすへ行きたしと思へども について考える 】

会社で仕事をしていると、どこからか男女の雑談が聞こえてきます。何やら高尚な趣味の話をしています。ふむふむ、フランスの印象派の絵画の話か・・。なるほど。 ルーブル美術館とオルセー美術館のどちらが好きかだって? うーむ、鋭い質問だが、難しい質問だな。日本人は、どちらかというとルーブルより印象派の絵画が多いオルセーの方が好きな人が多いようだが・・。 

オイオイ、スーラの「グランド・ジャット島の日曜日」は、フランスじゃなくて、アメリカのシカゴ美術館にあるよ・・。 ふたりはフランスの美術が大好きみたいです。

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日本人は西洋の絵画の中でも、特に印象派が好きみたいです。 それ以前の宗教画の世界となるとキリスト教に詳しくない人には、どうもピンときません。私にはどうも良くわかりません。むしろ明るい風景画や、自然な光線の中の人物画の方が、理解しやすく、好きになれます。

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しかし、考えてみると、印象派の絵が好きなのは、日本人だけではありません。アメリカ人もそうみたいです。 19世紀のアメリカは、言ってみれば新興の財閥というか成金の世紀でした。欧州と比べて、歴史と伝統に劣ることについて、一種のコンプレックスを抱いたアメリカ人は、当時流行だった印象派の絵画を欧州から買い漁りました。 シカゴ美術館には、モネの睡蓮もたくさんあります。先ほど申し上げた「グランド・ジャット島の日曜日」も、印象派が好きなアメリカの好事家が購入したものです。

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ここで20年近く前のパリでの会話を思い出します。

私が初めてパリに行った時のことです。 ああ、もう随分昔ですが、初めてパリに行った時の感動は、生まれて初めて海外出張に行った時の感動と同じく、忘れられません。

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私が尊敬するKさんは、語ります。

「確かに、日本人にはオルセーは人気があるけれど、美術館の格としては、ルーブルとオルセーでは比較にならないよ。 新しいものばかりが並ぶオルセーでは、全くかなわない」 ・・・ちょっと印象派がけなされたような気にもなります。

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「でも、考えてみれば、ルーブルでもオルセーでもいいから、見たい美術品、知りたい事柄というのが、明確にあって、それでパリに旅行に来るのなら、素晴らしいことですね」とKさん。

「以前は、文学や美術を通してフランスに憧れ、パリに来たいと熱望してやって来る日本人が多かったのですが、最近はそうでもないようです。 若い女性に多いようですが、パリについて何の予備知識も無しに、みんなが行くから、あるいはブランド品のお店があるからパリに来た・・という人もいますよ」

「フランスやパリについてろくに知らず、無教養であることを、そしるつもりは全くありません。でも、昭和の時代、パリに憧れ、来たいと思いながら、ついに希望を叶えられなかった多くの日本人のことを思うと、半ば無目的にパリを訪れる観光客を見て、複雑な思いになります」 フランス人以上にフランス語が上手で、パリにながく暮らすKさんならではの言葉です。

「ところで、オヒョウさんはパリに到着してから、最初にどこに行きましたか?」

「実は、最初に行ったのは『ヴィクトル・ユーゴー博物館』です」

「ほう、それは珍しい。観光名所の多いパリの中で、あの博物館に最初に行く人はあまりいませんよ」

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実は、私はユーゴーの小説のファンなのです。 「レ・ミゼラブル」、「ノートルダム・ド・パリ」「1793年」といった小説は、パリを知らなければ話になりません。逆に、それらの小説を読めば、必ずパリに行きたくなります。

「Kさん、実は私はパリの街を歩きながら、どこかに下水道の入口が無いかと探したくらいなのですよ」

「それは・・また、随分とレ・ミゼラブルの影響を受けましたね」とKさんは笑います。

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実は、欧州には下水道が観光名所になっている都市が2つあります。 ひとつはウィーン。映画「第三の男」に登場する有名な下水道があります。 もう一つはパリで、「レ・ミゼラブル」に登場します。市街戦のバリケードの中から、ジャン・バルジャンが辛くもマリウス青年を救い出す時に通ったのが有名なパリの下水道です。 

「第三の男」も「レ・ミゼラブル」も架空の小説ですから、実際にその下水道がある訳ではありません。 しかし「第三の男」は映画ですから、撮影の舞台を訪ねることはできます。 しかし、パリの方は、小説だけですから、「これが、ジャン・バルジャンが通った下水道さ」とガイドが説明すれば、真っ赤な嘘と言えます。しかし、その嘘がジョークとして許されるのが、パリの観光です。

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Kさんと会食した翌日、私は、新凱旋門の近くにある、フランスを代表する製鉄会社の本社を訪れました。 そこで会った副社長のひとりはまだ若く、私とそれほど年齢が違いませんでした。 彼の名前はマリウス。 私は 「あなたの名前は、日本では有名ですよ」と、冗談を言うと、彼は「でも、私の家内の名前はコゼットではありません」と笑いながら答えました。 私がフランス人と交わした数少ない冗談です。

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その後、そのフランスの製鉄会社は、インド人が経営する世界的な鉄鋼メーカーに吸収合併され、そして鉄鋼業界自体も、開放的でなくなり、相互に訪問する機会はなくなりました。 私も業界を離れ、ながくルーブルにもオルセーにも行っていません。

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会社で、フランス美術が好きな男女の会話を聞いて、私は萩原朔太郎を思い出しました。

「ふらんすへ行きたしと思へども ふらんすはあまりに遠し」

ああ、私には沁み入るように彼の気持ちが、理解できるけれど、今の若い女性たちには分からないだろなぁ。


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