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【 事典を買う 】 [雑学]

【 事典を買う 】

 

今、百科事典の販売は大変なピンチなのではなかろうか?と私は考えます。言うまでもなく、インターネットで簡単に検索できるWikipediaが存在するからです。ウィキペディアに頼らなくても、多くの事柄が検索エンジンを使うことで、インターネット上で簡単かつ高速に調べられます。しかも情報が新しい。そして無料です。これでは百科事典など買う人はこの世からいなくなるでしょう。

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今は昔、昭和の時代、百科事典を持つことは、ちょっとした虚栄心を満たしてくれました。応接間や書斎には、十数巻もある百科事典が置かれ、その家庭の教養というか知的水準を見せつけていました。

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TVCMでは、当代きっての学者と言われた茅誠司教授が平凡社の百科事典を宣伝していました。「この事典は、自分の専門外の事を浅く広く調べるのに非常に適しています」と彼はCMの中で述べています。

それを聞いて、私の母は「『自分の専門外』というところがミソで、自分の専門分野となれば、百科事典などで調べてはいけない訳で、専門書にあたりなさい・・と茅先生は言っているのです」と説明していました。 全くそのとおりで、自分の専門分野では百科事典など、全く役にたちません。

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高校時代の英語の樫本先生は、

「百科事典を自宅に飾るのはスノッブな趣味だけれど、悪いことではありません。でも百科事典を揃えるのならば、2,3年置きに買い換えなければなりません。古い百科事典を持ち続けるなど恥ずべきことです」と言われました。 こちらにはやや異論があります。確かに古い百科事典には新しい記事はありませんし、記事によっては、次々に更新しなければならないものもあります。 一方で、近年は話題に登らないけれど、昔は知識として重要だった事柄も多くあります。それらは新しい百科事典では割愛されてしまうので、敢えて古い版に当たる必要があります。その際、古い百科事典は重要なのです。

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しかしまあ、なにはともあれ、紙で書いた百科事典はもはや時代遅れです。先日、私は中国で昔の百科事典は無いかしら?と骨董市を探しましたが見つけることができませんでした。 おそらく、1960年代までの百科事典には、尖閣諸島は日本の領土として記されていたはずです。 しかし、今中国政府はそれらの古い資料をやっきになって回収し処分しているはずです。 やれやれ殷鑑遠からずと言いますが、中国では21世紀になっても焚書を続けているのです。

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話は変わりますが、私の次男はまだ高校生ですが、数学に興味があるようです。私の知る数学関係の事柄は大概理解した様子です。 勿論、まだ少年ですから、これからどんな専門分野に進むかは分かりませんし、数学を生涯の仕事にすると決まった訳でもありません。 しかし、親ばかの私としては、なんとなく応援したくなります。さりとて、彼の数学の勉強をどうしたら応援してやれるのか?

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「そうだ!岩波の数学事典を買ってやろう」と私は思いました。その昔、私の学生時代、私は川崎のご隠居が持つ岩波の数学事典を羨ましく思ったことがあります。 私の知っている数学知識の全ては勿論、私の知りたい数学の知識も全て網羅され、そして私が知らず、知りたいとも思わない知識も多く載っていました。

これは百科事典とは異なり、専門家が自分の専門を確認するためにも使えます。

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多感な少年時代(高校から大学初年級の頃)、好奇心は旺盛で、何にでも興味を持てます。その時期に良質な本と運命的な出会いをすれば、それが人生を決定づける事もあります。 専門知識を得る入り口にいる人に知的刺激は不可欠であり、数学事典は絶好の書物です。

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よし、これを息子に買い与えよう・・と思い、早速インターネットで価格を調べると、なんと17,850円もします。

「あれえ?川崎のご隠居が持っていたのは数千円だったはず。もっとも随分昔だから、その後、版が代わり、値上げもしただろうが、それにしてもあんまりではないか・・」。

最新のは第4版ですが、その前の第3版は10,290円です。第3版から第4版になる時に、80%も値上げしたのです。これはアコギではないか?

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インターネットの記述をよく読むと、編集委員長による、値上げの言い訳ともとれる、コメントが記載されています。

http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/0803090/top.html

曰く、第3版発行の後、数学界では多くの大きなニュースがあった。フェルマーの大定理が証明されたり、ポアンカレ予想が証明された。 日本人研究者の名誉ある受賞もあった・・ということで、内容が増え、大幅な増補となったので、やむなく値上げに至ったとのことです。

それに電子化も進み、PDF版にして、タブレット端末やPCで読めるようにするため、CD-ROMも添付したとのこと。

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実際には、CD-ROMを付録にすることで、7,000円以上も高価になるとは思えませんから、これは口実でしょう。 やはり大きな理由は数学上の大発見が相次いで、大幅にボリュームを増やしたことが値上げの理由でしょう。

「うーむ、フェルマーの大定理が証明されたことで儲ける人が出るとは・・・泉下のフェルマーも思わなかったろうなぁ」

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この本の価格を見て、私はちょっと躊躇しました。 その数日後、私はある人との待ち合わせの為に、会食場所の近くにある八重洲ブックセンターに行きました。普段は会社の近くにある丸善に行く事が多いのですが、この日はブックセンターです。

待ち時間の間、数学書のコーナーを見ていると、岩波の「数学入門事典」なるものが置いてあります。少しコンパクトな本です。 価格は7000円弱です。

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どれどれ・・と、中身をパラパラと見ると、入門とは書いてあるものの、理工系の大学生にとっても、そうとう歯ごたえのある内容のようで、十分に充実しています。

「数学事典でなくても、こっちの入門事典でもいいのじゃないかな? 入門という名前に少し引っかかるけれど高校生だし・・」

しかし、私はその場では買いませんでした。

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その週の週末、私は多摩川でのお花見の為に、川崎のご隠居の家にでかけて1泊しました。 彼に数学事典の話をすると、「ああ、それなら入門事典の方でいいんじゃないか?」と言って、早速彼の書斎からその本を持って来ました。彼は「数学事典」も「数学入門事典」も持っていたのです。

「価格的にも手頃だし、本当に数学の専門家になると決まった訳ではないのだから、『入門事典』の方をお薦めするよ」との意見です。

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これまで、数十年、彼のアドバイスが外れたことはありません。常に正確に判断する男です。もっとも、馬券買いだけは、そうはいかなかったようですが。私は彼のアドバイスを尊重し、心の中で「数学入門事典」を購入し、次男にプレゼントすることを決めました。

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この週末、鹿島の家で次男と数学について少し話し、「岩波の『数学入門事典』をプレゼントしてやろう。どうだ、興味があるのだろう?」と切り出すと、息子はちょっと驚き、それから言葉を選びながら、こう言いました。

「いや、今はいいよ。遠慮しておくよ。 だって数学事典は学校の図書館で普通に読めるからね。 それに数学を専門にすると決めた訳ではないし、今は数学を学べる立場になるための試験勉強(つまり大学受験勉強)をしなければいけないから、当分は必要ないよ。 あっ、そうだ。入学試験に合格したらプレゼントしてよ」と、普段はおよそ遠慮などしたことのない息子が、えらく殊勝なことを言います。

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ははあ、これは父親の懐具合を思って遠慮しているのかな? それなら嬉しいような、悲しいような、ちょっと複雑な気持ちだ・・。 はてどうしたものか?

だが、ちょっと待てよ、次男が大学に入学するまでに、もし数学の大発見が相次ぎ、再び、数学事典が(入門事典も)、増補につぐ増補、増ページにつぐ増ページになれば、また価格があがってしまう。 これは困る。

「どうか、息子が大学に入るまで、数学の新発見がありませんように・・」と私は、全くトンチンカンな事を願わずにはいられませんでした。

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次男の大学受験は来年春、そして私はまだ数学事典も数学入門事典も買っていません。


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夏炉冬扇

お早うございます。
お元気そうでなにより。
こちら新緑の季節です。いわゆる「この芽時」。ぼちぼち気を配ります。
by 夏炉冬扇 (2013-04-15 10:19) 

笑うオヒョウ

夏炉冬扇様 コメントありがとうございます。
返事が遅くなり申し訳ありません。
最近「笑うオヒョウ」の更新が滞っているのは、忙しいというか、夜に落ち着いてブログを書く時間と精神的余裕が無いからです。この年齢で仕事がますます忙しいというのは喜ぶべきか悲しむべきか、或いは笑うべきか・・と思いますが、とにかく元気でおります。 遅れながらも、時々更新していきますので見捨てないでいただければ幸いです。

次のコメントをお待ちします。
by 笑うオヒョウ (2013-04-18 01:12) 

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