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【 大停電の夜に 】 [雑学]

【 大停電の夜に 】

 

出先から戻ると、室蘭製鉄所で停電事故発生とのニュースが流れていました。製鉄所で完全に電源を失うことは奇異に感じられます。なぜなら、製鉄所には炉頂圧発電設備など、幾つかの発電設備がありますし、室蘭の場合はそれに加えてIPP発電所という商業用発電所と同じ規模の巨大な発電設備があります。 製鉄所のIPPだけで約10KWですし、同じコンビナートには石油会社のIPP発電所もあります。だから製鉄所で電源を失い広範囲な停電が起こるというのは・・たとえは変ですが消防署が火事になるのと同じくらい不思議なことなのです。

停電で製鉄所の各設備が停止したら、大きな混乱が予想されます。

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引き続き、次の連絡を待ちますが、なかなか次の連絡が入りません。

「どうして?」

「室蘭営業所の事務所も停電してしまい、電子メールで情報を発信できなくなったのでしょう」。停電は製鉄所だけでなく北海道の広範な地域で発生していたのです。

なるほど・・、普通ネットワークのサーバーは無停電化され、停電時もバックアップされるはずです。しかしクライアントのPCはそうはいきません。デスクトップPCは停電で即停止しますし、ノートパソコンはすぐにダウンしなくてもバッテリー切れでダウンしてしまいます。第一報を発信することはできても、第二報が発信できなくなった可能性は高いのです。 それに第一、今の季節に室蘭で停電となれば、事務所の中は暗く、そして寒く、仕事にならないのであれば、長時間居続ける必要はありません。製鉄所内の情報さえ追いかけられれば、よいのです。

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今回の北海道大停電は大規模になりましたが、北国では冬のストームの際に停電が起こることはままあります。厳寒期でない時期に、湿った雪が送電線に付着して風を受け、送電線が垂れ下がったり、絶縁が低下したりするのです。

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その夜、TVのニュース番組を見ながらいろいろ考えます。

電気暖房が使えないのは不自由ですが、それだけでなく石油ファンヒーターも使えないのです。当たり前ですが、ファンヒーターはコンセントにつないで使います。停電になると、昔ながらの石油ストーブしか使えません。一挙に昭和の時代に戻ってしまいました。そして、ローソクの灯りの中、TVのインタビューに答える人々がいます。

停電の被害にあった住民が「あらためて電気のありがたみを感じました」とは、素朴な気持ちです。

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当たり前のように受けられたサービスが受けられなくなった時、その事に怒り非難する人と、逆に普段気付かなかったありがたみに気づき、感謝する人の2種類がいます。 日本人にはしばしば後者の人がいますが、外国人はもっぱら前者のようです。

外国人といっても、国によっていろいろですが・・。

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それにしても、マスコミはどういう意図で、普段の電気のありがたみについて、住民に語らせたのでしょうか?

つい最近まで、いや今の時点でも、マスコミは反原発運動の高まりを好意的に取り上げてきました。表面上は中立でも本音としては、TV局も新聞社も一部を除き、反原発の立場であることは明らかです。その論理の中では、電気の価値を低く見ることになります。

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国会前のデモも含め、各地で開かれた反原発集会がマスコミ報道されましたが、それらの反原発の運動で記憶するのはニューヨークから駆け付けた坂本龍一のメッセージです。

「たかが電気のために(危険な原発を持つことは許されない)」という彼の言葉は繰り返し、報道されました。 選挙演説でもそうですが、ちょっと過激なセリフが惹句として記憶されることはよくあります。『たかが電気の為に・・』は原発の存在を究極の凶と考える人々には琴線に触れる耳障りのいいセリフだったに違いありません。

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しかし、その言葉は、私には別の意味で印象的でした。

本当にたかが電気だろうか・・?

私事で恐縮ですが、私の米寿になる母は、常時酸素吸入を受けており、片時も酸素供給装置が離せません。比較的短時間の外出であれば、携帯型の酸素ボンベで対応できますが、長時間となれば、ゼオライトを利用した酸素濃化装置が必要なのです。 もし、長時間の停電になれば・・それは即ち生命の危険ということになります。

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安定した電力の供給は母とその家族にとっては、文字通り生命線であり、これが電力事情の悪い途上国であれば、母はとうの昔に他界していたはずです。

多分、坂本龍一の周辺には、そんな病状の家族・親戚はいないのだろうな・・。

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それとは別に、彼の言葉に違和感があるのは例のCMのせいです。

日産の電気自動車リーフを坂本龍一が運転しながら、自分が環境を汚染せず(排出ガスを出さずに)運転できるのは気持ちいいものだ・・と語るCMです。

かなり偽善の匂いがしますが、それが彼らしいと言えば、そのとおりです。

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彼は電気で走行する自動車を讃えながら、一方で「電気なんかのために」と電気をけなしています。彼はリーフに充電する電気をどこから得るつもりなのか? まさか太陽光発電・・・とは言わないでしょうね? もしそうならそのシリコンを精錬するための膨大な電力をどこから確保するのか? 疑問は際限がありません。

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その矛盾について彼はどう考えるのだろうか?と思い、インターネットで調べると、彼の発言に非難が集まっています。 電気で音を出すシンセサイザーを主体にしたテクノポップで儲けたくせに、電気の悪口を言う資格がお前にあるのか?という指摘です。・・・なるほど、そういう見方もあったのか。

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無論、坂本龍一はそれらの指摘は一切無視して、だんまりを決め込みますが、やがて彼も気づくでしょう。 ニューヨークは日本以上に電力供給に脆さがある土地です。 過去、何回か大停電を経験しています。

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坂本龍一が住むマンションのエレベーターが止まり、上下水道が止まり、インターネットが使えなくなり、灯りの消えた街路では犯罪が発生し、寒さに震えるニューヨーク大停電が発生した後でも、「たかが電気」と彼は言えるだろうか?

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米国は、日本以上に発送電が自由化され、そのために良く言えば効率的、悪く言えば不安定な電力供給態勢になっています。

日本のように縦に長い国家と違い、米国は広く広がった国土に網の目のように送電線網があり、それが50州をカバーしていて、地域間で相互補完しています。 なまじ電力の融通が利くために、発電には余力があまりありません。 一地方で電力不足が生じ、電圧低下や送電中止が発生すると、連鎖的にトラブルが広がり、広範囲にわたる大停電が発生します。 そしてその復旧にはとてつもなく時間がかかります。

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米国が追求する効率化、合理的な経営とは、設備投資を最小限にして、最大の利益を上げることです。 電力供給に関しては、発電所を最小限にして、メンテナンスをなるべく手抜きして、それでいて、いかに全国民にふんだんに電気を使ってもらえるか・・の勝負です。そこに無理があり、電力供給はロバスト(強靭)になりえません。

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発送電の分離も、システムを合理的にして、低コストで安定した電力供給を実現するというキャッチフレーズで進められました。 しかし、まことしやかにその嘘をついていたエンロンという会社はデタラメの会社で、その投資話は史上最大の詐欺事件として、米国民の記憶に残っています。

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そんな歴史を知ってか知らずか、東日本大震災の後の電力不足に際して、発送電の分離を唱える政治家やエコノミストが日本に多数いるのは驚きです。

スマートグリッドは、送電網をうまく活用して、一番ロスが少ないように発送電するロジックをコンピューターに計算させるもので、確かに無駄はもっとも少なくなりますが、それとて、魔法の杖ではありません。発電所なしで送電できる訳ではありません。

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電力需要に対して、発電所が絶対的に足りなければ、無い袖は振れません。

英語で言えば、I can't give what I don't have.です。

そんな訳で、米国では10年~30年に一回、大停電が発生します。

米国だけではありません。中心国や途上国では今でも停電が多いのが当たり前なのです。 

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原発を無くし、火力発電所にも慎重な日本は、スマートグリッドに期待しますが、それだけでは不十分です。 やがて日本も停電の多い国になるのか? いや日本人の性格も考えると、日本は原発を放棄しても、発送電システムの堅牢さは維持するでしょう。 足元を見られて、法外な価格の石油や天然ガスを買わされてでも電力供給は確実に続けるでしょう。しかし、これにより電気料金はどんどん上がります。

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日本の貿易収支は何十兆円もの赤字になり、電気料金は何倍にもなり、しかし電力の安定供給は続くでしょう。 でもその頃、高いエネルギー価格に嫌気がさした日本の産業界は全て日本を脱出し、日本に残っているのは、失業者と年金暮らしの人だけです。 彼らに高い電気料金が大きな負担となります。

既に、鉄鋼業界は、日本での電炉産業は生き残れないと見ています。

実際、大手の中山製鋼は経営破綻しました。

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原発を諦めるというのはそういう事です。 

発電方法の選択肢をひとつ失うという事は、必ずエネルギー価格が上がることにつながります。 でもまあ、それが我々の選択かも知れません。

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あっ、一つだけ言い忘れていました。 1977年にニューヨーク大停電があった時、その290日後をピークに、ちょっとしたベビーブームがニューヨークであったそうです。

ニューヨークに帰った坂本龍一が、35歳のアメリカ人に会って「たかが電気なんて」と語りかけたら面白いですね。 相手はちょっと困惑してこう答えるかもしれません。

「たしかに『たかが電気』かも知れない。でもあの時ニューヨークで大停電がなければ、僕は生まれていなかった」 坂本龍一には何のことか分からないかも知れませんが。

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日本でも、来年の9月にベビーブームが起これば面白いですね。 内閣には少子化対策担当大臣という屁のような存在の大臣がいますが、停電のトラブルで少子化がくい止められるなら、彼女は大喜びでしょう。 その頃まで、今の内閣が残っている可能性は全くありませんが。


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夏炉冬扇

こんにちは。
なるほど、電気の奥は深い。
by 夏炉冬扇 (2012-11-30 17:34) 

笑うオヒョウ

夏炉冬扇様

コメントありがとうございます。
現在、ベトナムにおりますが、当地の電力事情は日本に比べると悪いようです。一昨日も夜中に2回停電しました。

飲料水と電気は、日本ではあたりまえに供給されるのでありがたみを感じませんが、外国に来るとそのありがたみを切実に感じます。

私は「たかが電気」などとは、とても申せません。
またのコメントをお待ちします。

by 笑うオヒョウ (2012-12-14 03:02) 

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