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【 大学院大学 】

【 大学院大学 】

いささか旧聞ですが、山中伸弥教授がノーベル医学生理学賞を受賞された事は、嬉しいニュースであり、門外漢の私にもある種の安堵感のようなものを与えました。なぜなら、過去の受賞事例と異なり、彼のノーベル賞は早くから予想され、時間の問題というのが下馬評でしたから、驚きを感じたという訳ではないのです。

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発表された時、私はちょうど中国にいましたが、反日キャンペーン真っ盛りの中国でもアジア人の受賞として報道されました。尖閣諸島の報道に比べれば、ささやかなニュースでしたが・・。

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それにしても、この山中教授という人、非のうちどころの無い人物です。端正で理知的な顔立ち、そして単なる青白きインテリではなく、柔道とラグビーに明け暮れた青春時代を送ったスポーツマンであること、インタビューでの全くそつの無い発言。

またその手の完璧な人間がしばしば周囲の凡人から敬遠されるのを考慮したのか、過去の挫折や失敗談を紹介したり、ユーモアを混じえたりする語り口。さらに周囲のスタッフや家族への配慮やいたわり。単なる学究ではなく、大組織をまとめ、政治家と交渉して予算を獲得する行政的手腕。

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うーむ、どれをとっても最高です。困ったね。ケチのつけようが無い。中学、高校の同級生に熱烈なプロポーズをして、初恋を実らせたというのも、実に羨ましい。 しかしまあ、これは文句を言うべきところではない・・・。

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そして澎湃として聞こえてくるのは、「やっぱり京大、またしても京大、京大でなければ」という声です。このノーベル賞では京大が最高・・という議論は、福井謙一氏が受賞した頃から聞こえてきたもので、『紳士淑女』子こと徳岡孝夫氏などが唱えてきたものです。

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それに反論する考えは全くありません。彼のiPS細胞の発明は京大時代の業績であり、素直に「ご同慶の至りです」と京大OBの読者諸兄に申し上げたいところです。しかし、山中教授に基礎医学、特に遺伝子工学の道を歩ませ、方向性を見出させたのは、京大時代ではなく、もっと前です。では何時か?

神戸大学は、医師になるための学部時代の勉強ですから違います。大阪市立大学は理論物理学の泰斗である南部陽一郎教授が教鞭をとった大学ですが、これもノーベル賞の研究とは無縁です。

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山中教授が遺伝子工学で卓越した才能を開花させたのは、奈良先端科学技術大学院大学時代ではないのか?彼はそこで、ライフワークとなる研究テーマを見つけます。では、この奈良先端科学技術大学院大学・・・という学校は何か?

イメージが沸かない・・という人は、昭和の時代に学校を出た、旧人類です。私もそのひとりですが。

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先端科学大学院大学とは、奈良の他に北陸(石川県)や沖縄などに設置された、大学院大学です。 既に大学が最高学府である以上、大学院大学など屋上屋を重ねるようなもの・・という批判もありえますが、日本の科学技術の牽引車として期待される存在です。

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1980年代に、日本の科学技術を世界最高の水準に維持するために、大学院重視の文部省方針が示されました。そして「選択と集中」の考えから、少数の大学を新設して、そこに予算を集中させる方針が示されました。無論、日本ですから、どこかの国とは違い、露骨に「ノーベル賞を狙う」などという下世話な表現はありませんが、「ノーベル賞を狙えるような」研究が期待されました。

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今回の山中教授の成功は、見方を変えると、30年前の文部省の政策が実を結んだものと言え、その点で非常に意義深いのです。

この慶事に私事を絡ませて説明するのは、僭越の極みなのですが・・、私がアメリカにいた頃、ブライアン・トーマスというイリノイ大学の准教授と何度か話したことがあります。 彼によれば、米国の大学はかなり明確に、研究型の大学と教育型の大学に分離しており、シカゴ大学やイリノイ大学は前者であるとのこと。

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研究型の大学では、先生は、日々の学生相手の講義から解放され、先端的な研究に没頭できるので、非常に効率が高くなる。 教える相手はかなり専門性を備えた大学院生だけになる。 一方で教員養成系の大学や、研究者を目指さない学生のための大学も、その地域にとっては非常に重要であり、教育型の大学となる。米国では州立大学の多くは、教育型の大学であるとのこと。

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実は英国の大学もそうです。自然科学系のノーベル賞を多く受賞する国は、たしかに研究型と教育型に大学を分離しているのかも知れません。

では日本ではどうなのか? かつて、昭和の時代、新制大学ができた頃は、教養課程(教養部)と専門課程で、性格が異なりました。これは前者が旧制高校の流れをくみ、後者が旧制帝大の流れをくんでいたのです。

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しかし、その考え方はすぐに成立しなくなりました。大学が増え、大学生が増えましたが、その全部が研究者になる訳ではなく、すべての大学の専門課程を研究型組織にする事には無理がありました。その対策を文部省は考えました。

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有識者の中には暴論も多くありました。 国立大学と私立大学で機能を分けよとか、拠点大学と地方大学で、役割を変えよというものです。具体的には旧帝大に、東工大や一橋など、少数の国立大学を加えて、拠点大学として、集中的に予算を配分し、研究大学にせよという「八ヶ岳構想」なるものです。

つまり、東大ひとつがトップに君臨する富士山型ではなく、複数の峰々が並立する八ヶ岳型です。しかし、その提案をした人の多くは、自分自身が旧帝大の出身で、自分の母校をエリート校として残したいという私情も入っていたりして、とても納得できるものではありませんでした。 

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私が知る限り、世界の大学のランキングで東大より上位に位置する、オックスフォード、ケンブリッジ、ハーバード、スタンフォード、イェール等の大学は全て私立です。国立大学の方が私立大学より明らかに優れているのは、中国、韓国といった、独創的な研究に乏しい・・もっと言えばノーベル賞に無縁な国家ばかりです。

私立大学の研究に期待するな・・というのは愚かな考えです。

私立大学は劣るから切り捨てよ・・という議論は・・、多分自分自身はろくな研究をしたことのない人の意見でしょう。 

なんにせよ、種々の議論の結果、政府の方針として大学院を充実させようという政策が打ち出されました。

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同じ1980年代、つまり昭和の終わり頃、日本では理工系学部の大学院進学者が急増し、否が応でも大学院の充実が求められてきました。その結果、先端的な研究は大学院で・・という仕組みが成立しました。先端科学技術大学院大学は、時代の流れの中で登場しました。 行政の施策と世の中の流れが合致したのです。

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なにはともあれ、山中教授のノーベル賞は、奈良先端科学技術大学院大学への勲章でもあり、同大学の設立構想を描いた人達の誉れでもあります。

私に、もし豊かな才能があり、そしてもっと若くて、少しお金があったなら、入ってみたい学校が、先端科学大学院大学です。

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石川県の手取川を渡る橋の上からは、山裾に位置する北陸先端科学技術大学院大学が見えます。 残念ながら、鉄鋼や金属学は研究していないようで、この大学の論文を私が見ることはあまりありませんが、一度だけ目にしたことがあります。

それは、コンピューターによる音声認識のプログラムであるJuliusの研究です。私は個人的に、このプログラムに興味を持っているのですが、その分野では先駆的な研究をしているそうです。

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それにしても、それまでの学問研究の中心地であった東京からも京都からも離れ、敢えて石川県でも金沢を離れた田園の地に、先端科学の研究機関を設けても、研究者達は集まるのでしょうか?

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郊外型の大学として先輩になる筑波大学も、設立当初は、不便な田舎であることから、人が集まらないのではないか?と心配されました。 でも筑波はまだ首都圏で東京にも行けます。奈良先端科学技術大学は、京都のすぐ近くです。 しかし石川県の場合はどうか? 幸いにして優秀な研究者が集まり、最先端の研究成果が出つつあるそうです。 では、そこに勤務する研究者達の思いはどうか?

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江戸時代、福井で活躍した学者、橋本左内は弟子に尋ねられたことがあるそうです。 「先生は、なぜこんな田舎(福井の皆さんごめんなさい)に留まっておられるのですか? 江戸に出た方が研究もはかどり、名声もあがると思うのですが?」

それに対する橋本左内の言葉は、

「学問はどこにいてもできる。都会でなければ学問ができないというのは誤りだ」

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多分、北陸先端科学技術大学院大学も同じです。橋本左内の言う通りでしょう。まして今はインターネットがあります。東京とも日帰りで往復できます。

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山中教授は「京都大学にいたからiPS細胞の研究ができた」と語りますが、私は敢えて反論します。 確かに潤沢な予算と自由な環境は必要だが、彼ほどの才能があれば、どこにいても最先端の研究ができたのではないか? 奈良にいても石川県にいても、愛知県の岡崎にいても、茨城県の筑波にいても、彼は研究を成功させたはずです。

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日本の基礎科学のレベルを更に上げていくためには、大学院大学をもっと充実させる必要があります。そしてその所在地は、東京や京都である必要はなく、田舎でも構いません。 やがて、北陸の地からもノーベル賞の受賞者がでるでしょう。

文科省はつまらぬ事業仕分けなどに振り回されずに、長期的視野にたって行政を行うべきですが、その大臣が田中真紀子ではねぇ。 まあ、蓮舫よりはましかな?


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夏炉冬扇

お早うございます。
時折ぎゃらりぃに「大学」の方がへ見えます。もちろん近場の方でずか。
どこも生徒言で、大変と話されます。
by 夏炉冬扇 (2012-10-15 07:30) 

笑うオヒョウ

夏炉冬扇様 コメントありがとうございます。

Y教授の学校も受験生を集めるのに一苦労だそうです。
みんな都会の大学にいきたがるのですね。

でも、考えてみれば、この私も若い頃はそうでした。

またのコメントをお待ちします。
by 笑うオヒョウ (2012-10-16 01:40) 

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